追放と再会
「アデルト、勇者を殺した今……貴様はもう必要ない。魔王は唯一絶対の力でなくてはならん。ここで消えてもらおう」
天歴3067年。
暗雲立ちこめる中、また鮮血の匂いが残るまま、魔王城の玉座にて俺はそう宣言された。
まだこの手に、彼女を……勇者を殺した感触が残っている。吐き気どころじゃない憂鬱に囚われても、それでも……と。
「……どうして俺が? 貴方を殺しに来る勇者さえ倒せば、魔大陸は天下太平だと……」
「天下太平? 破壊の魔族がなぜそんなものを望むと思ったのだ。はははっ!」
俺はただ、平穏に暮らしたかっただけだ。魔大陸には多くの友達が居た。だから、そいつらを人間の手から守るためなら、と……。
「元から、勇者さえ殺してもらえれば貴様は追放する予定だった。魔力を持たない魔族……ましてや四天王の一人が、勇者を殺したとなれば、魔王の面目が立つまい?」
魔王は冷酷に嗤って続ける。
確かに俺は膨大な魔力を持つはずの魔族でありながらにして、一切の魔法が使えなかった。
だが、それでもやりようはいくらでもあった。例えば――
「分かったか? では、さらばだ……最期に感謝しておこう。歴代最強の勇者を殺した魔王にさせてもらい、ご苦労だった、とな」
「魔王様は……お前は、絶対に俺が倒す! こんな王の下じゃ、みんなが安心して暮らせる未来なんかないじゃないか!」
力には力、理不尽には理不尽を。それが魔族というものの性質。
だが、そこで魔王はニヤリと嗤った。それと同時に、玉座全体が漆黒の炎に包まれる。
「生きていられれば、な……魔王の心技・『転送』!」
これは……国宝級の魔法。いかなる者でも世界のどこかへ追い出す事ができる十年に一度だけ使える秘術だ。
「こ、こんなものを食らったら……」
「行き着く果ては、上空五千メートルか、はたまた海底二万キロか……どちらにしても、お前はもうここには戻ってこられまい。どうだ、無敵の貴様を殺す、唯一の手段だ。はは、ははは、ははははっ!」
「……今度嗤うのは、俺の方だからな……!」
その瞬間、世界が消し飛んだ幻覚を見た。転送魔法の発動だ。
◇
それから、どれだけ経っただろうか。意識もはっきりしない。記憶もおぼろげだ。
ああ、俺はやはり死んだのか……?
ここはどこだ。土の中か、海の底か、まだ落下しているのか……。
「あっ、目が覚めた?」
その鈴が転がるような声に、パチリと目が開いた。そこにあったのは……巨大なテントのような、それにしては豪華な装飾がなされた部屋だった。
そして、瞬間に気付いた。この少女……まだ幼いが、間違いない。この女の子は……俺が殺した、あの勇者……ミファーだ!
赤い髪を片方だけ結った髪型は変わっていない。だが、強気そうな、そして誠実そうな、それでいて柔和な顔つきは忘れようもない。
何度も殺し合った仲だ。忘れるはずがない。だが、どう考えてもまだ十そこらの少女だが……。
「悪いけど、今戦闘中なんだー。歩けるなら、さっさと避難してくれない? っと!」
振るわれた剣に釣られて周囲を見渡すと、そこには倒れた人間が数名と大量の魔物……ギガノトコングが居た。
確かに戦場だろうが、俺の知るミファーならこんなもの、何千と倒せたはずだが……。
いや、まずはこの状況がまずい。勇者であるミファーと出会ってしまうなんて……って、何でこいつは生きてるんだ? 確かに俺が殺したはずなのに……。
瞬間、魔王とのやりとりがフラッシュバックする。
そうだ、俺は転送魔法に引っかかって……それから、ここへ飛ばされたのか?
あの、あの……憎き魔王に。俺を瞞し、裏切り、見捨てたアイツ。もう状況なんてどうでもいい。生きているなら、復讐ができるじゃないか。
「……ここは俺に任せろ。君は勇者だろう、なら魔物を倒すんじゃなくて人を助けるために動くべきだ」
俺がそう言うと、ミファーは目を丸くして手を止めた。
「っ……! 私を、勇者って……」
「さっさとしろ! そら、来るぞ!」
俺は檄を飛ばしながら倒れている人に襲いかかろうとしたギガノトコングの燃え盛る腕に……俺はただ『触れた』。
――パァン!
軽い爆発音のようなものが鳴り、ギガノトコングの体半分が消し飛ぶ。俺に魔法は使えない。だが、そんな魔族は四天王になんかなれやしない。
これがそのタネ。俺の体は全てを『反射』する事ができるのだ。
つまり、相手の殺意が強ければ強いほど、攻撃は相手自身に跳ね返っていくというわけだ。
「うそ……Aランクの魔物が、あんなに……」
「俺の言った意味が分かったか? なら、そこに転がってる奴らを助けてやれ」
俺にとって人間なんかどうでもいいが、ミファーにとってはそうではないだろう。
罪滅ぼし、なんて言うつもりはない。今何がどうなっていようと、俺はミファーを殺した。それは事実なのだから。許されざる過去なのだから。
「ま、任せたよ! 後で、後で絶対にお礼言わせてね!」
ミファーは軽々と大人三人を担ぐと、俺に背を向けて走り出した。何度も振り返る彼女を見送った後、俺はようやく魔物たちを見据えた。
「人間界に送られた魔物はみんな自我を失い凶暴化する……可哀想だけど、俺を襲うからには、死ぬよ」
その言葉が通じているわけもなく、たった独りになった標的めがけてギガノトコング達が咆哮を上げながら飛びかかってくる。
俺はそっと手刀を構える。これが俺にとって最強の武器。喉元を貫通させれば、痛みを感じる間もなく死ねるはずだ。
「こっちも、死んでやるわけにはいかないんだよ……!」
◇
やがて、ギガノトコングは全滅した。当然、俺は無傷。これが魔王すら恐れた『反射』の力だ。
「……だけど、自分の力でやっつけた感なくて嫌なんだよなあ」
そんな事をぼやいていると、遠くから十数人の人間が走ってくるのが見えた。
「ほら、ほらほら! ギガノトコングがみんな死んでるでしょ!?」
先頭に居るあの声は、ミファーのものだ。戻ってきてくれたのか……。
――なんだ、この死体の数は……。
――これをあいつがたった一人で? 嘘だろ?
――ミファーの話なんか嘘っぱちだと思ってたが……。
周囲の大人達は困惑した表情で俺を訝しむ。そりゃそうだ、謎の魔族がいきなり現れて魔物を皆殺しにしたってなりゃあ、それは誰だって――
「ありがとう! あなた、名前はなんて言うのー?」
「俺は……そうだな、リフト。リフトと呼んでくれ」
もし俺が魔王軍の四天王の一人だとバレてもまずい。だから、適当な名前を付けておいた。
「リフト殿……ありがとうございます。私は村の長。おかげで急に襲いかかってきた魔物から村人を守っていただいて」
「おいおい、違うだろう。そいつらを守ったのはそこの勇者だ。俺じゃない」
「勇者……ミファーの事を、リフト殿はそう呼ぶのですか?」
村長はそう言うが、俺の記憶じゃ、最強の勇者は間違いなくミファーだ。なのに、どうして驚く?
「違うのか?」
「ミファーはただの勇者見習いですよ。勇者希望者は世界中に数多居ます。そのうちの一握りが魔王に挑める……ミファーに、そこまでの素質はありませんよ」
何を言うんだ、とただ俺は不思議だった。
「俺は、魔王に挑めるのはそのミファーだと思うが」
「な、何を……!」
「村に突然Aランク? の魔物が現れたんだろう。そこで戦い抜いたのはミファーだけだった。なら、少なくともこの村で一番勇者に近いのはミファーじゃないのか?」
みんなは言葉を失ったように黙り込んだ。
「っ――! ありがと、リフトさん!」
ガバッと、俺に抱きついてきたミファー。まずい、『反射』が……と重い躱した。
そこでミファーは何を思ったか、そっと手を握ってきた。このくらいなら、確かに『反射』は発動しないが……。
「私、勇者の血筋に生まれてきてからずっと頑張ってきたの。でも、誰も認めてくれなくて……あなたが初めてだよ。私を勇者と認めてくれたのは!」
やめてくれ、そんな無垢な笑顔を向けないでくれ。俺は……俺は、君を殺したんだぞ。
そんな奴に、感謝なんてするもんじゃない。俺はいたたまれなくなり、その場を去ろうとした。
「ま、そういうわけだ……じゃあな」
「待って、待ってよー。リフトさん、どこか行く当てはあるの? 粋だ折れてたみたいだけど……」
「帰る場所は……別に、ないな」
その言葉に、ミファーは口をぽかんと。
「じゃあ、旅でもしてるの?」
「いや、そういうわけでも……」
「なんだか、身の着のままって感じだったけどー……その、お金は?」
「おかね……って、何だ?」
やばい。そういえば、俺は人間界の事なんてちっとも知らないぞ。魔大陸での戦争と対勇者戦しかしてこなかったからな……。
「つまり、あれかな……未来、ない感じ?」
「薄汚い過去ならいくらでもあるんだけどな」
その言葉にミファーはクスリと笑い、俺の手を引っ張った。
「うちにおいでー。助けてくれた分くらいは恩返ししますとも」
「いや、そういうわけには……」
「こっちも恩人を見殺しにするわけにはいかないの! 恥かかせないでよね」
元魔王具四天王の俺が、勇者の家に? 何の冗談だ……?
「そもそも、今年がいつかもわかんないんじゃないのー?」
「……そうだった! 今って、いつだ?」
「本当に大丈夫ー? 今年は天歴3052年の雨季だよ?」
……俺が転送魔法で飛ばされる前は、3067年だった。つまり、十五年ほど過去にいる?
ミファーが嘘を吐く理由もない。なら、本当なのだろう。俺は海の底でも空高くでもなく……過去に飛んだのだ。
理屈なんかどうでもいい。なら、俺は……また、やり直せる。今度こそ、あの魔王を殺し平和な世界を目指すために……!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よければ、評価やブックマークでの応援をしていってもらえると、大変励みになります。
それでは、また次話にて。