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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十四話  秘策

 臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、遂に程立の恨みを晴らす時が来た。それもこれも薛房が自分を窮地から救ってくれたからだ。


「本当にありがとう。今こうして私が生きているのは君のおかげだ!」


 程立は涙を滔々(とうとう)と流して薛房の手をとり、頭を下げた。薛房は笑顔で答えた。


「よくぞ生きていてくれた。この喜びを分かち合いたい所だが、今は知っての通りの緊急事態。祝杯を上げるのは全て終わらせてからだ。君がいれば必ずや県城を取り戻せる。まずは、逃げ散っている県民たちを呼び戻して一箇所に集めることが先決だ」


 薛房は震える程立の肩に軽く右手を置いて、東の方に左手の人差し指を向けた。程立は涙を拭って東の方角を少し見た後、県城の方向へ顔を向けて喋りだした。


「ああ、君の言う通りだ。救ってもらったこの生命だ。君の為、そして東阿の民の為に全てをかけようぞ。そして、東阿の県城を取り戻し、君の友情に捧げるつもりだ。もう一つ……私怨になるので後回しにするが、王度だけは何があっても八つ裂きにしてやる……」


 唇を噛み締めて県城を睨む程立。薛房も彼の気持ちは痛いほどわかっていた。


「そ、そういえば、県令は無事なのか?」


 程立は急に思い出したように県令の安否を気遣った。県令とは県の長官の事である。


「県令は私の邸宅の地下室に(かくま)っている。県令は歳のせいで足を悪くしておられたのだ。だから一緒に連れて行くのは叶わなかった。我ながら情けないが、仕方なかったのだ……。賊共に見つからない事を祈るばかりだ……」


「そうか。それは致し方のない事だ。君の責任ではないし、最善の処置だったと思う。さすがは伯褒(薛房)。君と友人である事を心から感謝するよ」


 程立は改めて薛房に感嘆した。だが、薛房は溜息ついて言った。


「とはいえ、県城を取り戻すのは簡単ではない。君なら何か良い策を思い巡らせているのではないか?」


「ああ、あるとも」


 すかさず程立は答えた。思っていた以上に早い返答に薛房は驚く。


「そ、そうか。さすがに早いな。どんな策だ?」


「王度たちが城を占拠することは明白だった。今まで東阿は何の備えもなかったのだから。だが、王度は日を置かずして城を放棄するだろう。何の備えもなかった事が逆に東阿の命運を救ったと言える。必ず王度は城を諦める筈だ。そこで空になった県城に戻って県令を助け出し、再び守りを固めよう」


 薛房はさらに驚いて言った。


「なぜ、賊どもが城を手放すのだ。いくら備えが少ないからとはいえ、城を捨ててしまっては、獲った意味がないではないか」


「君等が思っているほど賊の数は多くない。私が見たところでは一、二千人程度しかいないと思われる。県民はほとんどが城外に逃げ出し、空になった県城にその程度の規模の賊が占拠した所で何になる。財宝を掠めとった後は県城を捨てて、他の賊軍と合流するのがオチだろう。合流するまでの間は西の砦に賊軍を駐屯させるに違いない」


「なるほど……、賊どもの人数に見合った城ではないという事か。県民たちが逃げ出した事も良い機運をもたらしたか」


「奴らが県城を放棄した後、すかさず逃げた県民を城内に呼び戻して、城の守りを固めるのだ。女子供、一人残らず戦わせる。自分の家を守るためなら、家族は全員果敢に戦う筈だ」


「見事な作戦だが……、そんなに上手くいくだろうか……?」


「あの王度と賊軍が城から出たら、すぐに私の所に知らせが来るようになっている。だから県民を城に戻るよう説得するんだ」


「とはいえ、今の彼らの慌てふためいた状況では、そんな事を言っても誰ひとり君の言う事を聞きやしないだろう。女子供ならいざ知らず、兵士たちでさえ恐怖で自分を見失ってしまっている者ばかりだ」


 東阿県は長らく戦乱に巻き込まれる事がなかったので、賊軍と聞いただけで県民は、戦う事なく逃げ出してしまったのである。


 もちろん程立も東阿県の状況は承知している。しかし、それでも行動を起こさなければならない。


「とにかく一度、君の方から彼らを説得してくれないか。罪人扱いされている私では彼らと話する事さえできないが、君は東阿県の大姓(名士)だからな。王度は何の戦略ももたない行き当たりばったりの男だ。賊どもを連れて城から出るに違いない。その隙に皆で城に戻って賊軍を相手に戦う。その為には県民たちの協力が必要だ」


「怯えた県民たちが、我々と共に矛を取って一緒に戦うだろうか?」


「奮い立たせるしかないだろうな。なんとしてでも」


 薛房は大きく頷いて程立の目を見た。


 程立の言う通りなら王度が率いる賊軍が、県城を出ていくのを待てば良いだけだ。それを待って県城に戻れば少なくとも人命は助かる。だが、程立はなんとしても王度に復讐せねばならない。


 王度の首を取る為には県民の協力なしでは難しい。薛房もそれを承知で程立の案に賛成した。


「わかった。県城から賊軍が撤退したのを確認できたら、君の言うとおりやってみよう」


「ありがとう。ここで踏ん張るかどうかで、東阿県の命運が決まるんだ」


「そうだな。やるしかない。何もせず手を拱いて滅びるのを見るのだけは、絶対に御免だっ」


「ああ。ここが正念場だ。俺たちの故郷を取り戻そう!」

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