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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第七章  蒼天已死
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第六十三話  薛房

 程立(ていりつ)は早速、逃げ出した県民たちの後を追って東の方角へ走りはじめた。蘇双は程立の走り去る後ろ姿を見ることもなく朝日を見つめている。


「世平様。太平道の者たちが暴徒となっていようとも、かつての同志だった者たちです。その者たちが、これからあの程立によって討たれるかもしれない。そうお考えになられる事はないのですか」


「あの者たちが本当に太平の道を信じた末に暴徒と化してしまった、とは思わん。しかし、困窮した生活に耐えられず已む無く戦う事を決した庶民にすぎない。彼らを出来るだけ救いたいという気持ちは当然ある。要は首謀者である王度を討ち果せばよい」


「私たちに王度(おうど)を討ち果たし、彼らを救える力があるのでしょうか」


「やるしかあるまい。このままでは彼らは賊軍として一人残らず打ち首になるだろう」


「そうですね。で、どうしますか。何か策でも?」


「打開策は仲徳(ちゅうとく)殿が教えてくれたであろう」


「本当に彼の言う通りに事が運びますかね?」


「もちろんだ。私は仲徳殿を信じる」


 一方、程立は逃げ散る県民たちの後を追っていた。やはり読み通りに県城の東にある渠丘(きょきゅう)山の方角へ向かっている。


 走って行けば最後尾にはすぐに追いつけそうだ。程立は躊躇(とまど)うことなく全力を出して突っ走る。


 勢いよく追尾してくる者の存在に気づいた最後尾の男が、鞘から刀を抜いて立ちはだかっている。


「ここから先は通さんぞっ、黄巾の賊め!」


 程立はその声を聞き足を止めた。そしてその男は程立の同僚だと気づいた。


「まてぇ、俺だっ、程仲徳(ていちゅうとく)だっ。 薛伯褒(せつはくほう)、刀を収めろっ」


 姓は(せつ)、名は(ぼう)、字を伯褒(はくほう)といい、東阿(とうあ)県では大姓(たいせい)(有名な家柄)の男で、程立とは県の役人として同僚でもあった。


「おお、程仲徳かっ。生きておったか」


 程立は息を切らしながら薛房に近づいていく。近くになると歩きだし、数歩進んだところで止まった。腰を落として中腰になり、膝に手をついて肩で息をする程立。


「はぁはぁ、俺は生きてるぞ。お主に助けられたよ。ありがとう」


「そうか、生きていたか。君ならしぶとく生き残るだろうと思っていたよ」


 程立が王度の計略に嵌って処刑されそうになった時に、彼を救うために一役買ったのが薛房(せつぼう)であった。




 数ヶ月前、程立が張世平と蘇双に出会う数日前の事、県城内で程立の一族はすでに処刑され、残るは程立ただ一人の処刑を待っている状況であった。


 県城の中央にある広場で謀反人として公開処刑される為に即席で作られた刑場へと連れだされていた。


 程立はすでに拷問で受けた打撲裂傷で虫の息となっていた。首枷と手枷をはめられていかにも罪人としての風貌になっている。


 もちろん、彼の罪は冤罪であり、王度と太平道の繋がりを知ってしまったが故の、証拠隠滅と口封じの為である。


 薛房は薄々ながらも王度の陰謀に気づいてはいたが、確証を掴むことは出来ずに事の成り行きを見ているしかなかった。


 しかし、程立だけはなんとか逃がしてやれないかと考えていた。



 処刑台に登る前に王度や薛房などの県の役人たちの前に程立の身柄は引き出された。


「この薄汚い謀反人がっ、地獄に落ちるがいい!」


 薛房は程立の横顔に唾を吐き、怒号で捲し立てた。王度は隣でニヤニヤしながら喜んでいる様子だ。


 程立にはもはや何も言い返す力はなかった。唾を吐きかけられた彼の顔は下を向いたままであった。


 そのまま処刑台の上に引きずり出された程立は、膝をつき首を差し出した。観衆の声が一層大きくなっていく。


「さっさとやってしまえ。ははははっ」


 王度は処刑人に刑の執行を促した。処刑人は無言で頷き、処刑用の首切り刀を振り上げた。その時、にわかに刑場の周りがざわつき始めた。


「火事だっ、火事だぞっ」


 刑場の近くにあった家屋から物凄い勢いで火が吹き出している!それは薛房の邸宅の一部である。刑場は薛房の勧めで彼の邸宅のすぐ横の広場で行う事にしたのであった。


 薛房は急に狼狽し始め、大声で騒ぎはじめた。


「火がぁ、俺の邸宅がぁ! なんてことだぁあ」


「お、おい、落ち着け」


 王度は薛房を宥めようとするが、刑場に集まっていた群衆は薛房の邸宅の方に流れはじめており、王度も火事の方が気になって落ち着かない様子だ。


 騒ぎが大きくなり群衆の視線は、執行直前の刑場から、業火が吹き出す家屋の方へと移っている。当の処刑執行人ですら火事の方に視線が釘付けとなっている。


 その隙をつき、程立の背後に回って手枷と首枷を外している者がいた。薛房が手配した程立を逃がすために雇われた男だ。程立とその者以外は誰も気づいていない。


「誰かっ、はやく水を持って来いっ、早く」


 薛房は燃え盛る家屋の前で一人叫んでいる。完全に群集の視線は彼と火事になっている家屋に集中している。


 程立は枷が外されると直ぐ様、刑場に巣食う群衆の中に溶けこんでいった。


 それから間も無くして、程立がいなくなっている事に処刑人は気づく。


「いないっ、奴がいないっ」


 王度も処刑人の声で程立が逃走した事に気づいた。


「何ぃ、なんだとっ、程立が逃げたのかっ。何という事だ、探せっ、早く探しだせい!」


 程立は残りの力すべてを振り絞って逃げた。県城から逃げ出すのも容易かった。すべて薛房が上手く仕込んだ自分の逃走を手助けする為の手配だったとすぐに理解した。

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