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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第六章  旭光誓約
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第五十一話  山麓の宴

 夕日が眩しく日が落ちるのにまだまだ時間があるというのに、みすぼらしい幕舎(テント)が数舎ほど立ち並んだ山麓で大宴会の様相を呈している。


 張飛の部下達は自動的に劉備の傘下に入り、百人規模の部曲となった。まだ武器も馬もろくに揃ってもいない烏合の衆ではあったが、士気だけは旺盛のようだ。


 文官気質で酒好きの簡雍、緱氏県から着いてきた若き田予も、この時ばかりは一緒に飲んではしゃいでいる様だ。


 張飛と関羽は杯を交わしながらお互いの健闘を称え合い、そして語らい、たらふく飲んだ。


「そっがぁ。雲長は玄徳あにいの()()()()さんを最後まで看取ってくれだんだな。あん人には俺も可愛がってもらってだんだ。俺からも礼を言わせてくれよ。本当に有難う」


「俺は玄徳殿に命を助けてもらっておきながら、せめて彼の母君に何かお返し出来たらと努めたつもりだ。しかし、お役には立てなかった。だからこそ、これからは玄徳殿に全身全霊を懸けてお仕えするつもりだ」


「おいらも()()()()()()には何もしてやれでねぇ。家の仕事が嫌いでよぉ、ガキの頃に家を飛び出したまま帰ぇらなかっだ。()()()()()()も疫病で逝っちまっだ」


「多くの者が天涯孤独の身となった。しかし、俺たちは兄弟になった。玄徳殿に付き従って功をあげ、この中華に我々の名を(とどろ)かせるんだ」


「おう。その日が来っのが、楽しみだなぁ」


 関羽と張飛の二人は、互いに拳を交えあった者にしかわからない侠客の、そして彼らが主君と奉ずる劉備という存在が、その絆をより深くした。


 一方、ふて腐れ気味の蘇双をよそに、張世平と劉備は、酒を酌み交わしながらしみじみと語り合っている。


「馬商人を生業にしているそうですね」


「ええ。こう見えても波乱の人生でしてな。いろんな事がありましたが、今はこうして商いを営む暮らしです」


「先ほどは楼桑(ろうそう)の里について、何か知っておられる様でしたが」


「ええ。あの里に一際大きな()の木があったでしょう。その巨木にちょっとした思い出がありましてな」


「ふむ。それは私もよく知っております。その木の側にある小さな屋敷が、私の生誕した場所なのですよ」


「はい。実は、存じ上げておりました」


「何ですと……。私の事を知っておられたのですか?」


 劉備の持っている杯から少しだけ酒が零れ落ちた。


「ええ、その大きな耳。その長い腕。お変わりないですな。あなたの大きな志もお変わりはないようで」


「志……?」


 酒を飲む手を止めて、じっと張世平の顔を見つめる劉備。張世平は酒を飲みながらまた語り始めた。


「私は長い長い旅路に就いていました。色んな土地を見て、人を見て、世を見てきました。旅の始まったばかりの頃に訪れたのが楼桑里。あそこだけは何も変わっていないと思っていた」


「私も、そう思っていました」


「天変地異が起こり、飢饉や疫病が蔓延し、人々は道に迷い飢えに苦しんでいる。なのに経世済民の道は廃れ、官は民から税を搾り取り、善は失せて悪が蔓延る世になってしまっている……」


 劉備はぐいっと力強く杯の酒を飲み干し、そのまま杯を持った右手を空に掲げて言い放った。


「だからこそ、今、我らは起たねばならぬのです」


 張世平は首を縦に振って、劉備の掲げた右手の杯に、同じく杯を掲げて言った。


「ふふ。やはり、少年の頃に描いた志は、少しも揺らいではおらぬ様ですな」


 劉備は世平のゴツゴツした岩のような顔について、話をもっていく事はしなかった。それが礼儀だし容姿などで人の価値は計れないと思っていた。


 しかし、長らく話し合ううちに、世平の顔が懐かしく思えてきた。


「そういえば、子供の頃にあの桑の木の下で、貴方のような顔をした不思議な老人に出会ったような……」


 そこへ、酔っぱらってへべれけになった張飛と関羽が、肩を組み酒瓶を持って、劉備と張世平の間に割って入ってきて二人の会話に水を指す。


「何をしんみり飲んでやがんでぇ、兄貴よぉ。じゃんじゃん飲もうぜぇ。うぃ~~、ヒック!」


 泥酔しきった張飛がしゃっくりしながら絡んでくる。張飛が酒好きなのはわかるが、いつも冷静沈着な印象があった関羽までもが、元々赤い顔をさらに赤みを帯びて酔っ払っている。


「え、益徳の言うとおりですよ、兄上。どんどん飲まないと。ささ、世平殿も遠慮なさらずにぃ、ガハハハ」


 関羽は上機嫌で劉備と張世平に杯にこぼれるほど酒を注いでいる。こんな感じで宴会はさらに大騒ぎとなり、酒の弱い者から飲みつぶれて倒れていった。


 劉備は自分が誰と何を話していたのかさえ忘れて、関羽や張飛、簡雍や田予らと共に輪になって地元の祭り唄を大声で歌った。


 少し微笑んで見ていた世平はその場を離れて、一人で酒を飲む士然の側に行き、腰を下ろした。


「士然。一人で飲んでいたのか」


「世平さま。申し訳ないんですが、ああいう輩と酒を飲む気にはなれないんで。それに、今後の事を考えると不安で……」


「すまんな。私が不甲斐ないばかりに。だが、今日は全て忘れて、一緒に飲んでくれないか」


「ええ。一応、そうしてるつもりです」


 二人ともそれ以上は言葉を交わさなかった。僅かな焚き木を見つめながら、ただ酒を酌み交わし続けた。

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