第二十一話 関雲長
四人の賊を瞬殺した管羽という男に、劉備は瞬きもせずに魅入っていた。
「すげぇ。オッサン、あんた……何者だ?」
「俺はコイツらのいう通り、お尋ね者だ」
最後の力を振り絞って言うと、管羽の体は崩れるように地面に倒れた。
劉備はすぐに管羽の身体を支えて地面に座らせ、徳然を大声で呼んだ。
「おい、徳然。いつまでも隠れでねぇで、すぐに食いモン持ってこい」
岩陰からひょっこり顔出した徳然は「わかった!」と言うなり飛び出した。荷物袋から糉(ちまきの原型となる食べ物)をいくつか取り出し、意識の薄い管羽の手に置いてやった。
「本当に飢え死にしそうだったんだな。そんれでよく盗賊どもを片付けだな」
管羽は手のひらに乗った糉を見て、巨体な上半身をすっと起こし、ガツガツとそれを貪った。
「おい、空腹で一気に食うと体に悪いぞ」
数個の糉を一口で食べ干した後、残りの水を一気に飲み干し、管羽は一息ついた。
「ふう、生き返ったよ。ありがとう」
「オラはてぇしだこたぁしてねぇよ。でも、アンタの目を見た時、ただのお尋ね者じゃねぇ、っで思った。で、オッサン、どこから来たんだ?」
「オッサンじゃねぇ。俺はまだ数えで十四だ」
「嘘だろ! そのヒゲ面、図体のデカさ、どう見ても十四にゃ見えねぇよ。しかもオラの一つ下でねえか」
「あんた、俺の一つ上か。助けてもらった礼として名乗らせてくれ。俺の姓は管、名は羽。字は長生だ。河東の解県から来た」
初見の相手に本名を明かす習慣はなかったが、管羽は姓名を名乗った。
「へぇ、字は長生ってのか。なぁ、長生、あの盗賊どもはなんだ? 何しに解県からこんな北の果てまで来た?」
「話せば長くなるが……」
「いいがら聞かせてげれ、長生」
徳然は少し心配そうな顔を見せて劉備に話しかけた。
「玄徳兄貴、こんな所で寄り道してる場合ぢゃ……」
「うっせぇぞ、徳然。黙って話しを聞けっ」
「へい……」
「話を聞く前に、オラも名乗るぜ。姓は劉。名は備。字は玄徳だ。このひよっ子は徳然。従兄弟で弟分だ。オラ達はこれから遊学の為に雒陽の近くまで行く所だ」
「そうか。では、話の続きをしようか。俺が解を出奔したのは、罪人になったからだ」
「罪人……」
「実家の解県では塩田を持ち、塩商人を商いにしていた。解池っていう塩の採れる湖の周辺で俺は生まれ育った。こんな俺でも幼い頃からまともな教育を受ける事ができた。そして俺も塩商人の息子として修行を始めたばかりだったんだ」
前漢時代の塩鉄は国家の専売制だったが、後漢中期、和帝時代から塩鉄の民間販売が認められた。ただし、県官による塩鉄税の徴収は行われていた。
「で、誰かに嵌められて冤罪になった」
「ああ、解の県官の奴等だ。ただでさえ重税なのに、賄賂まで要求してきやがる。賄賂を拒み続けた親父は、塩税をちょろまかしたと因縁をつけられ、遂に無実の罪で処刑されちっまった」
「そりゃ、ひでぇな」
「それだけじゃねぇ。一族郎党共々連座で処刑だ……」
「そうか……。おめぇはどうやって刑を免れたんだ?」
「俺は(長生)の字をもらって初めて一人での商売修行の為に、隣の州まで行っていたから難を逃れたのさ」
「よく助かったな」
「塩商人は金持ってるから盗賊に狙われやすい。だから俺は学問の他に武道も叩き込まれて育った」
「で、その腕力で役人どもをぶち殺して解県を飛び出し、お尋ね者になった、ってワケだ」
「ああ。夜陰に乗じて皆殺しにした。あの賞金稼ぎどもは俺に適わないから、後を付けながら衰弱するのを待ってたんだろう。こんな所まで追ってきているとは思わなかったが」
「なるほど。それにしても、こんなでけぇ矛を持って、此処まで来たのか」
「青龍偃月刀だ。俺が名付けた。父は冷豔鋸(冷ややかで美しい武器)って呼んでた。俺が成人した際に、腕利きの鍛冶屋に特別に作らせたのさ。鉄を百回も叩き上げて作った百錬鋼の刃だ。俺の守り神だよ」
管羽は死んだ賊の胸に突き刺さった青龍刀を引き抜き、上下にぶんっと素早く華麗に振り廻し、残り血を刀から飛沫させた。
「青龍、偃月刀っていうのか」
「青龍が好きでな。東方を守る四神獣だ」
「おもしれぇ。気に入ったぜ、長生。でもよ、字は変えた方がいいぜ」
「字を変える?」
「お尋ね者なんだろ。幽州まで逃げてきたからってよ、名がそのままじゃ、ちとマズイだろ。例えば、『関』羽ってのはどうよ? 字は『雲長』。雲はなぁ、龍の住処だって話だ」
「関……羽。字は雲長か。良い響きだな」
「そうだ、この先にある楼桑村が俺の故郷だ。そこで匿ってもらえ。村一番のでけえ桑の木がある。その隣がオラの家だ。俺の名を出せば力を貸す奴ぁ村にはゴロゴロいる。オラあ、勉学を終えるまで戻らねぇって言ってっから、一緒に行ってやれねぇが」
「有り難い。だが、見ず知らずの者が厄介になるなんて……」
「村の皆、気のいい連中ばかりだぜ。何だったらオラの家に泊まってもいいぜ」
「本当にすまない。その言葉に甘えて顔を出してみるよ」
「是非そうしてくれ。そういや話は変わるけど、雲長。おめぇ、学問はちぃとは出来んのか?」
雲長と劉備が付けた字で管羽を呼びつけた。
「雲長……俺の事か。で、学問が出来るかって話だが、左伝は好きでよく読んでる」
「左伝か。おい、徳然、さでんってなんだ?」
「春秋左氏伝の事だ。オイラも好きでよく読むし、今も持ってる」
「そりゃあ、丁度いいべ。それを雲長にやれよ、徳然」
「ええ? そんな、そりゃねぇよ、兄貴」
「うっとおしいんだ、その荷物よぉ!邪魔くせーっての。向こうでしこたま勉強すんだから、んなもんいらねぇだろ!」
「んな事言われても。この左氏伝はかなり高価な代物だべ」
「これ以上、オラに言わせんのか?」
二人の場を取り持つために、関雲長(長生)が渡し舟を出そうとする。
「待てよ。それじゃ、借りるって事にしよう。君達が帰ってくるまで俺が預かっておくよ。それならいいだろ?」
「それなら文句ねぇだろ。なぁ、徳然」
「わがっだよ……」
半ベソをかきながら荷物からたくさんの書簡を取り出す徳然であったが、雲長は丁寧に地に膝をつき、両手を差し出して頭を下げた。
「この左伝は大切に扱わせてもらうよ。必ず君の元に返すからな。心配しないでくれ」
「お願いします。雲長さん」
いつの間にか、徳然まで(雲長)と呼び始めている。
「それじゃ、オラたちゃ出発すっからよ。元気でな雲長。また会おうぜっ」
「この恩は絶対に忘れません。また会える日を楽しみにしてます、玄徳殿」
少し風が強くなってきた荒野を、劉備と徳然の二人は時折、雲長の方を振り返って手を振りながら歩みを進めた。
関雲長は自慢の青龍刀を地面に突き立て、二人の影が地平線に消えるまで、微動だにせず立ち尽くしていた。




