第二話 青年・孔融
「曲阜に行くしかない。孔文礼、彼なら何とかしてくれる」
張倹があてにする人物。姓は孔、名は襃、字は文礼という。かの有名な孔子二十世孫であるが直系ではない。
孔襃は張倹の無二の親友であり、師でもあり、恩人でもあった。山陽郡の隣に隣接した魯国の都が曲阜県である。
孔子の故郷であり儒教を国教としていたこの時代、曲阜は聖地として手厚い庇護を受けていたという。
この地には孔廟という、前皇帝が創建した孔子を祀る豪華な廟がある。そして、孔一族の歴代の先祖の墓は孔林と呼ばれる林の中に佇んでいる。
歴代の直系子孫は孔府という屋敷で暮らしていた。
孔襃は傍系の血筋ではあるが、それでもその名声は直系と遜色ない名家である。
孔一族の始祖である孔子の尊い教えを孔襃から直接に請い、実践し、儒学を修める者として名に恥じない行動を心掛ける様になった。
高尚だと思っていた自分が、逃亡生活を余儀なくされた上に、かつての親友に食住を乞う。当然、憂鬱な気持ちで孔襃の邸宅の門に立っていた。
やがて孔家の使用人が現れ、孔襃は長い間この邸宅を留守にしていると聞かされた。
「どうしても会いたいんだ、頼むなんとかしてくれ」
「どうしてもと言われても、いないんだからしょうがないじゃないですか」
「いないハズはない、とにかく中に入らせてくれ」
「だから、旦那様はいないんですよ、ここには」
「ほら、ここに虎魄の玉帯がある。これをキミにくれてやるぞ」
張倹は服の下に隠して巻きつけていた帯を取り出した。帯には琥珀が散りばめられている。
それを使用人に渡そうとすると、颯爽と年若い少年が二人の間に割って入ってきた。
「どうされたのですか。私でよければご用件をお伺いさせて頂きますが」
この年若く高貴で聡明な少年は、孔襃の年の離れた弟なのだと聞かされた。七人兄弟の六番目の弟らしい。
「若いな。弟なんだって? こんなに年の離れた弟がいたとは知らなかったよ。兄上は留守にしてるのかい?」
「ええ、長兄は隣の州まで出かけております。恐らく、当分は戻らないでしょう」
「そうか……」
そう言って、張倹は黙りこんで俯いた。
張倹は逃亡する間に白髪が増え、顔もやせ細り、服も襤褸切れになっていた。孔襃の若い弟からすれば、その身形は初老にさえ見えるほどだ。
しかし張倹の立ち振る舞い、喋り方、その動きすべてが一角の人物ではない事を示していた。
「もしかして、貴方は、高名な『八及』の一人、張(倹)元節さまではございませんか?」
ハッとする張倹。かつては三君(三人の賢者)を筆頭に、八俊、八顧、八及、八厨という四種類の格付けがあり、張倹は八及の筆頭各と言われた人物であった。
「その名は口に出さぬ方がいいぞ……、決してな。して、君の名は?」
「貴方は名乗らないのに、私の名は聞こうと言うのですか?」
少年らしいあどけない微笑を浮かべつつ、若い弟は爽やかに問い直した。
思わずギョッとして、あからさまに不機嫌な顔をした張倹。
「ふん、君では話にならん。失礼したな」
そういうとくるりと背を向けて、不快な態度を背に顕にその場を去ろうとした。
「諱(名)は融です。字は文挙」
若い弟の声を聞くと、張倹はすぐさま足を止め、バッと後ろに振り返った。
「私は数えで十六になります。まだ若いと思われるでしょうが、私なら話が分かると思いますよ」
張倹は目を見開き、そして口を開いた。
「いかにも、私が張元節だ。なるほど、君なら事情を察してくれそうだな」
「もちろんですとも。兄が戻るまでどうぞ好きなだけお泊り下さい」
「有難い申し出、感謝極まりない。しかし、事情を理解するという事は……」
「兄上の客人は、我が孔家の客人です。いかなる事情があっても客人を持成すのは当然の事です」
実は孔融の兄、孔襃は張倹が来るのを察知し、居留守を使って少しの間、行方をくらませていたのだった。
彼を匿えば一族郎党ともども処罰されてしまうだろう。しかし、弟の孔融は天下の義士である張倹を命懸けで匿おうと決めた。
少年ながらも剛毅で一本気な性格ゆえに、自ら荊棘の道を征くのを承知している。
孔家の邸宅内にある質素な納屋で、隠れ住まいを与えられて過ごす事になった張倹。
ある夜、その納屋に酒瓶を持った孔融が現れた。
「元節殿。今夜は一緒に飲みませぬか?」
納屋の隅にある机で、月明かりを頼りに書物を読んでいる張倹がいた。
「文挙(孔融)殿か。ありがとう、お気遣いなく」
「この様な、粗雑な場所しか提供できなくて申し訳ありません……」
「何を言うんだね。こんなに手厚く匿って頂き、こちらこそ申し訳がない。それにこの様な納屋の方が人目に付かず丁度良いでしょう」
「そう言って頂けると、私も嬉しいです。さぁ、一緒に飲みましょう」
「ああ。ありがとう……」
張倹は申し訳なさそうに一礼して、孔融の差し出した杯に酒を入れてもらい、薄暗い納屋に差し込む月明かりを肴に、二人で飲み始めた。
「そういえば、思い出したよ。『天下の模楷(模範)』と呼ばれた李元礼殿に、最年少でお目通りを許されたそうだね。噂に違わぬ才知を持っているようだな。」
彼が話している人物は、姓を李、名を膺、字を元礼という。かつては北方民族に恐れられた有能な将軍であり、また清流派知識人の筆頭として名高い文人でもあった。
李膺は公正明大で誇り高く、多くの士が彼との交際を求めたが、滅多な事で人と付き合う事はなかった。
李膺に認められて屋敷の門の出入りを許される事を、人は皆「登竜門」と呼ぶ様になった。これこそが登竜門の語源である。
十歳の孔融はある時、李膺の門を叩いた。「李先生に面会させて下さい。李先生と私は祖先の代から交友があります」と門番に伝言させて、李膺に興味を持たせた。
李膺が門まで来て「それは本当かい?」と十歳の孔融に尋ねると、「私の祖先である孔子は、貴方の祖先である老子から教えを請うた間柄です」と答えた。
孔融は実際に孔子の子孫だが、老子は李という姓であったという説に法って、李膺の祖先だと仮定して頓智を掛けたのだ。
李膺は孔融の機転を大いに褒め称え、屋敷内に彼を招き入れたのである。
「あの時は、陳煒という人が『幼い頃に才気煥発な子は、大人になると大成しない事が多い』と皮肉ってきましたが、『それならあなたも子供の頃はさぞや才気煥発だったのでしょうね』と言い返してやりましたよ。ふふふ」
孔融と張倹は大笑いして酒を酌み交わした。
「君の才は、兄さん以上かもしれんな。今の話は痛快だったよ」
「元節殿のお噂もかねがね聞いております。あの悪名高い侯覧に、煮え湯を飲ませたらしいですね」
「侯覧という官者(宦官)は、稀に見る大悪党でな。故郷の防東(山陽郡)では、権力を笠に住民の邸宅や田畑を取り上げて自分のモノとしていてたんだ。その数は三百八十の邸宅に、百十八頃(約一万五千坪)にも達していた。しかもその中から宮殿並の大豪邸を十六棟も作っていたのだ」
「なんと悪辣な……」
「侯覧だけでなく、一族郎党を上げて不当な蓄財に励み、金権腐敗が甚だしく、人民は疲弊困窮して苦しみが耐えなかった。そこで、一族の首謀者である侯覧とその母を弾劾して、朝廷にその不行跡を上書したのだが、その前に侯覧自身の手で揉み潰されてしまった……」
「勇気ある行動だと思います。その上書がお上に届いていれば……」
「しかしながら我が力及ばず、逆に朝廷への叛逆者としてでっち上げられ、このような無様な態を晒す羽目に陥ってしまった」
「この度の貴方の不幸は、人民すべての不幸です。本当に遺憾です」
「あの様な腐り果てた濁流の官者が権力を恣にしているのだ。漢室も、もう長くはないかもしれんな」
「そうですか……」
こうして、孔融は若年也にも張倹を匿い続けたのであったが、指名手配犯の張倹が孔家に隠れ住んでいる、という噂はすぐに広まっていった。
兄の孔襃はそんな弟の義行に感心しつつも、遂に彼らの前に姿を見せる事はなかった。自分の一族に害を成す事を恐れたのだ。
彼に張倹を預けて事の顛末を見守っていたが、何時しか張倹を匿っている事を嗅ぎ付けた官兵が孔家に押し寄せた。
孔融はこの動きを事前に察知し、密かに張倹を脱出させようとしていた。
「世話になった上に、恩を仇で返す様な真似をして本当にすまない……」
張倹は瞳に涙を潤ませながら孔融の手を取り強く握った。
「前にも言った通り、お訪ね頂いた客人を持成すのは当然の事。兄上にお会いさせる事が出来なかったのが心残りです」
「私を匿った以上、君もただでは済まんぞ。そ、そうだ、もし良ければ一緒に……」
一緒に出奔することを誘おうとする張倹の言葉を遮って、すぐさま孔融が口を挟んで言った。
「ここは私の家です。母もいます。兄も戻ってきます。この馬を使って下さい。さぁ、はやく!」
「すまん……」
孔融は、張倹を急いで馬上に乗るように催促し、即座に彼を邸宅から脱出させた。彼を無事に送り出した事にほっと胸を撫で下ろす孔融。
彼はこれから受難する事になる辛苦に、一抹の不安も抱いておらず、かえってより凛として全てを受け入れる気持ちでいた。




