↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
174/181

第一七四話  昇進

 王允の思惑をよそに、董卓は李儒が敷いた布石通りに昇進していく。


 十一月一日、ついに董卓は「相国(しょうこく)」という古(いにしえ)の最高職を復活させ、自らその地位に就いた。


 前漢創立の功臣、蕭何(しょうか)と曹参(そうさん)以降は誰一人として就かなかった不可侵の最高位だ。不遜にも董卓は、強引に三公へ内諾させたのだ。


 相国の特権として、入朝する際の帯刀、靴を履いたままの昇殿、皇帝の前での歩行(皇帝の前では、いかなる臣下も屈んで小走りするのが習わし)等を許された。


 若年の皇帝を傀儡とし、漢帝国の政権掌握をついに果たしたのだ。


「ふぁっはっは! まさかこんなに順調に帝国をわがものに出来るとは思わなかったぞっ」


 董卓は他の文官たちが退出したあと、密かに高笑いした。その横で、李儒は苦笑いするしかなかった。


 李儒は数々の陰謀に加担したことに、そら恐ろしさを感じるようになっていた。


「ワシの母は九十歳になるんだが、元気そのものだ。それだけで尊敬に値すると思わないか? ということで、せっかくだから列侯に奉じてやろうと思っている。うまくやっておいてくれ」


 こんな調子で董卓の一族を軒並み列侯に奉じようとしていた。手続きの猥雑さを理由に、とりあえず董卓の母のみ左馮翊(さひょうよく)郡の池陽(ちよう)県の列侯とした。


 


 十一月の後半、ひっそりと息を沈めて雒陽にいた曹操と袁術に向け、自分の懐に引き寄せようという、董卓の魔の手が伸びてきた。


「ほう、孟徳。きみも董相(・)国(・)に呼ばれたのか?」


「これは、袁中郎将。そのとおりです」


 董卓に招かれた二人は、政務を司る南宮の前で鉢合わせになった。お互いに少し気まずい雰囲気だ。


 曹操は昔から袁紹を兄のように慕っており、袁術と同じ空間にいるのは居心地が悪い。


 名家とはいえ妾の子である袁紹と、異母弟だが嫡子の袁術と仲が悪いのは京師でも有名だ。


「なぁ、孟徳。きみも呆れただろ」


「は? 何の事ですか」


「本初(袁紹)の事だよ。おれ達を置いて京師をトンズラだぜ? 董卓にビビりやがって」


 曹操は袁術を毛嫌いしていたが、今回ばかりは反論しなかった。老齢の盧植が出奔したのはまだわかるが、袁紹が仲間を置いて雒陽から逃走したのは拍子抜けだった。


「ええ……まぁ」


「だよなぁ、あの意気地無しめ。今日はオレが董卓にガツンと言ってやるぜ。相国だか何だか知らんが、デカイ顔しやがって。噂じゃ殺された何苗や何太后の墓を暴いて金品を強奪したらしい。しかも太后を埋葬すると称して先帝の墓まで盗掘したって話だ。北宮に入り込んで女をさらったり、気に入らない奴は斬り殺したりだとか、もう無茶苦茶だぜ」


 いつもの偉そうな態度で袁術は凄んだが、曹操はそんな袁術の空威張りが少し頼もしく思えた。


 だが、勢いづく袁術の虚勢が、恐怖で凍りつく瞬間がやってきた。


 それは二人が董卓の前に立った時である。雒陽に入城した頃の董卓は肥満気味だったとはいえ、豪傑の佇まいを醸し出す風格があった。


 それがこの二、三ヶ月でさらなる肥満体となり、その表情にすら脂肪が顔をのぞかせた。過度な飽食と極度の不摂生が、董卓を魔物の如き醜い容姿へと堕落させた。


 さらに二人を驚愕させたのが、董卓の後ろに控える武将の存在である。


 北方の異民族が着る胡服を着て、天井に突き刺さりそうなほど長い戟を右手に持っている男。


 曹操と袁術は、董卓の後ろで目を光らせている将が、最強の誉れ高い……呂(・)布(・)、であるという事を即座に理解した。


 実際に近くで相見えると八尺の高身長、剛健で筋肉質な肢体を持ち、眼光鋭く、目を合わすのも憚れるほどだ。


 巨躯が放つある種の闘気は、空間を歪めるほどの威圧感で、最強と謳われる理由が一目瞭然である。


 先ほどまで威勢のよい放言をしていた袁術の足元が震えている。横に立っていた曹操も震えはしないものの、その気持ちは理解出来た。


 それほど董卓と呂布の二人が放つ空圧は凄まじかった。


「公路くん……そして孟徳くん。今日の面会は他でもない、きみたちの昇進を目の前で伝えたくてな。まずは、公路くん。君には後(・)将軍の位を預かってもらいたい。近くまで寄ってくれ」


 手招きする董卓の手が、まるで龍か虎の爪に見えるくらい恐ろしく感じた。背後にいる呂布は、手綱のない虎そのものだった。


「ふえ、あ……はいっ。あ、ありがたく拝命したいと存じます!」


 ぎこちない動きで前に進んだ袁術は、董卓によって後(・)将軍の印綬を渡された。渡される瞬間は息が出来なかった。


「君の兄である本初くんには、前(・)将軍の印綬を渡したかったのだがな。結局、私の所まで印綬を受け取りに来なかった。勃海(ぼっかい)太守の印綬を与え、邟郷(こうごう)侯にも封じてやったのに」


「な、本初は……本初は前(・)将軍の位を蹴ったのですか? 私はアイツより下ですかっ」


 後(・)将軍は、称号が示すように前(・)将軍より格下の将軍号となる。袁紹より格下の号が袁術の虚栄心を刺激した。


「何だ、何か文句でもあるのか。お前の叔父(袁隗)が拝命していた後(・)将軍だぞ。公路よ、言いたいことがあるならハッキリ言ってみろ」


 袁術の態度を見て董卓は怒気を放った。呂布も舌打ちをして袁術に鉄槌の響くような睨みを利かせる。


「いえっ、滅相もありませんっ。有り難く後将軍の印綬を受けさせて頂きます!」


 あっさりと董卓の恫喝に屈した袁術は、身体を全体で震わせながら、汚物でも触るかのように印綬を受け取り、そそくさと後に下がりながら首にぶら下げた。


「次は孟徳くん、キミだ。驍騎(ぎょうき)校尉でどうだね。まだ若いから、順を踏んで昇進させてやる」


 袁紹や袁術の将軍号に比べて、驍騎校尉の地位は低いかもしれないが、董卓の直属の部下も同じような校尉の地位に就いている。


 要するに、董卓の直属の幕下に加われ、という意味を含めた昇進であった。曹操には受け入れ難い昇進だが、拒否すれば自分を含めた一族の破滅にも繋がる。


「は……はい。ありがとうございます」


「よろしい。私の期待を裏切るなよ、孟徳くん」


 驍騎校尉の印綬を受け取り、自分の首に掛けた曹操は、受け取る時に董卓の目をチラッと覗いた。董卓の淀んだ瞳に映る自分の姿が小さく見えた。めまいのような屈辱感を味わった。


 印綬を受け取とった曹操と袁術の二人は南宮を出るまでの間、一言も発しなかった。


 ただ、二人の背中は冬の寒さにも拘らず汗ばんでいた。南宮から出て最初に口を開いたのは袁術だ。


 董卓の前では子猫のように従順だったが、南宮を出た途端に虎のように大きな態度になった。


「ふん。先程は後先を考えて大人しくしたが……今に見てろよ、董卓め。そこでだ、孟徳。俺と一緒に来ないか? ここだけの話だが俺は近々、京師を出て南陽郡に向かう」


「南陽郡……ですか」


「本初の野郎は、仲間を見捨てて一人で出奔したが、奴は当てもなく逃げた訳じゃない。冀州で挙兵して董卓に戈を向けるつもりなのさ。だからオレも負けちゃいられねえ」


 異母兄弟の袁紹と袁術は相容れない仲だが、董卓を討つという一点のみについて、密かに共闘しようと画策していたらしい。


「急なことで、少し時間を頂きたい」


「悠長に考えてる時間はないぞ。今ここで決めるんだ」


 袁術の突飛な申出に曹操は戸惑った。雒陽を去るには、身も心も準備がいる。曹操は胸焼けしそうな気分になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。