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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一七三話  乱痴気

 慌ただしい皇帝の即位式を映し出すかのように、宮廷内でも慌ただしい日々が続いた。


 特に北宮では、毎晩のように乱痴気騒ぎが起こっていた。董卓が入京して以来、静かな夜を迎えることはなかった。


 袁紹らが宦官を殲滅したので、侍中(じゅちゅう)や侍郎(じろう)(皇帝の身辺官)が禁中に出入りしている。彼らはもちろん男性であるが職務のため、緊急措置と称して出入りせざるを得なかった。


 董卓はそれに乗じて男子禁制の北宮に出入りし、宮女に手を出すようになったのである。


「さぁて、今日はどの娘にしようか。とりあえず、三人くらい選んでおくか。奉先、今日はお前も一人選ばせてやるぞ」


 呂布を身辺警護と称して同席させた。父子の契りを結んで信愛し、後には中郎将(ちゅうろうじょう)に昇進させた上、都亭侯(とていこう)に封じている。


「あざっす。じゃ、遠慮無く」


 北宮内にある巨大建造物の徳陽(とくよう)殿に董卓と呂布が現れると、逃げ惑う女、身が竦んで動けぬ女、董卓が権力者だと知って自ら擦り寄ってくる女など、宮女らは様々に動いた。


「はぁっ、はぁ……。逃げる女を追うのも乙なもんだが、最近は少々身体が鈍ってな」


「父上の気に入った女がいたら、俺が連れてきますよ」


「ん?」


 紅晶(こうしょう)と女装をした蘇脩(そしゅう)は、宮女が寝泊まりする部屋の付近で給仕の仕事をしていた。


 不運にもこの二人は、呂布の目の前を通りがかってしまった。


「おいっ、そこの二人。ちょっと待てっ」


 天を衝くような巨躯の男が眼光鋭く睨んでいる。思わず紅晶は悲鳴をあげた。


「きゃぁあ!」


 最近は男が徳陽殿内に入り込むのが珍しくないが、呂布の巨躯はそれだけで威圧感を放っていた。


「こんな上等な女がまだいたのか。たっぷり可愛がってやる」


 紅晶は呂布に手を掴まれ、物凄い力で引き寄せられた。回りにもいた宮女たちが、一斉に悲鳴を上げて騒ぎ始めた。


「きゃああ!」


「紅晶っ! 手を離せ!」


 側にいた蘇脩が呂布に掴みかかり、紅晶の手を引き離そうとした。


「おお? 粋の良い女だな」


 呂布は蘇脩を軽く突き飛ばした。


「ああっ!」


 よろめいて地面に倒れ手を付く姿は、女性の動きそのものだ。


「ふ、こっちの大柄な女でもいいな」


「おい、コラァ!」


 そこへ董卓が現れ、女を手篭めにしようとしている呂布を叱り飛ばした。


「おい、きさん。なして、オイばおいて先に行くんじゃ。横取りしちゅうっち魂胆か?」


 呂布に先を越されたと勘違いして、董卓は思わず怒鳴りつけた。


「父上、すいませんっ。横取りするつもりは毛頭ないです」


 怒れる董卓を目にした呂布は、すぐに膝を地に付き謝罪をした。


「ふん、まぁいい。つい興奮してしまった。じゃ、デカイ女はお前が連れて行け。そっちの女はワシのだ」


 最近の董卓は疑心暗鬼ぎみだった。突如、怒り出すことも度々あり、呂布はその空気を薄々感じ取っていた。


「紅晶っ、紅晶! うっ」


 蘇脩は起き上がって紅晶を助けようとしたが、呂布に羽交い締めにされた。


「きゃああ! うっぐ」


 今度は董卓が紅晶の髪を引っ掴んで自分の手元に引き寄せた。


 紅晶は悲鳴と呻き声を上げたが、董卓の腕力で首根っこを掴まれると声が出なくなった。喉を圧迫されたのと同時に恐怖で声が出なくなったのだ。


「可愛がってやるから、心配するな」


 董卓は無理に紅晶を引っ張って後宮の奥へと入っていった。蘇脩は董卓に追いすがろうとするが、呂布に羽交い締めにされて動けず、名を呼ぶことしか出来なかった。


「紅晶っ」


「静かにしろっ!」


 叫び喚く蘇脩の鳩尾に、呂布が一撃をお見舞いすると、激痛で動けなくなり声すら出ない。


「ガタイもいいが、声もうるせぇな。あっちの女の方が好みだが、しかたねぇ」


 蘇脩を大柄な女と思っている呂布は、そのまま肩に担ぎ上げて、後宮内にある邸の寝室に適当に担ぎ込んだ。


「まだ気絶してんのか、このデカ女。胸はあんまり無さそうだな。どれ、ん……? ないっ、ないぞっ」


 服を引っ剥がして胸を露わにすると、目当てであった乳房が見当たらない。


「ああ!」


 そこで目を覚ました蘇脩が奇声を上げた。呂布も驚いて後ろに一歩下がった。


「なんじゃこりゃっ、乳がねぇぞ!」


 蘇脩ははだけた平らな胸を顕にしたまま項垂れた。


「宦官なんです、私は……」


「かっ、宦官……。くっ……クソがぁ!」


 呂布は怒りのあまり蘇脩を殴り飛ばした。ふっ飛ばされて地面に転がった蘇脩を叩き起こしてさらに殴った。


「ひぃ!」


 うずくまって必死で耐えている蘇脩に呂布は執拗に蹴りを入れた。


「くそっ、クソッタレが!」


 宮殿内に怒声と物音の激しさが響き渡るのを聞きつけてか、一人の男が駆けつけた。


「奉先っ、いい加減にしろっ」


「ああ!?」


 呂布の暴行を静止させたのは尚書令の王允であった。呂布の怒気にも勝る覇気がある。


「おう、オッサンか。何の用だ?」


 バツが悪そうに呂布は生返事をした。王允がすぐ駆けつけたのは、董卓と呂布が後宮に入ったという報せを聞いての事である。


「何の用だ、じゃねぇだろ。ここが男子禁制と知っての狼藉か? 宮女を血まみれにしやがって」


 歳の差はあれど、呂布と王允は同じ并州の出身だ。雒陽には各地方の出身者が集まる。その分、同郷意識も強ることが多い。


「ここにいるのは親父のお墨付きだ。それに、男は俺だけじゃねぇ。他にもいるし、アンタもそうだ。言っとくが、こいつは女じゃねえ。宦官の生き残りだ」


「宦官の生き残りだと? 奉先、お前まさか、そういう趣味があるのか?」


「ばかっ、宦官が女装してたんだよ! 知らなかったんだ。騙された腹いせに今からぶっ殺すとこだ」


「待ってくれ。この宦官は私が預かる。今後は宦官が必要だ」


「宦官が必要だと? なんでだっ」


 血まみれになった蘇脩を突き放して、呂布は頭上から王允を睨みつけた。


「北宮内に男がうろつくなど、陛下に対する不敬の極みだ。それをお前にわかってもらおうなどとは思わん」


 王允も下から睨み返した。呂布は王允の胸ぐらを掴む。


「なんだとぉ? 俺を馬鹿にしやがって。いくらアンタでも容赦しねぇぞ」


「やるならやれ。お前には武人の誇りがあるかと思っていたが、違うようだな。女やか弱い者を甚振(いたぶ)って何が楽しい?」


 呂布は胸ぐらを掴み上げたまま、しばらく睨みつけていた。


 しばらくすると王允の眼光の奥に、自分の情けない姿が見えた気がした。


「ちっ……」


 王允の胸ぐらから手を離して舌打ちすると、呂布は肩を怒らせてその場を去った。


(武人の誇りか――)


 歩きながら呂布は自問自答した。王允に図星を突かれたのだ。



 王允は今回の事態を憂慮して上奏し、侍中や侍郎、黄門の職にある者を出入り禁止とした。


 宦官増員の為に各都市から宦官を募集しているが、今は唯一の宦官である蘇脩が頼りだ。


 蘇脩を中心に宮女たちで北宮内の政務を回すしかなかった。


 そしてこの上奏は董卓の北宮の出入りを、暗に黙認した形となった。


 剛毅な王允でも董卓への諫言はできない。董卓の逆鱗に触れれば、官界追放どころか死罪は免れまい。


(漢室を救うためには、今は耐えるしかない――)


 恥を忍んで道化を演じよう、王允はそう自分に言い聞かせた。

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