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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一六八話  将軍入城

「どうでしたか?」


「どうもこうもない、文則。私の意見など即、却下だ。確かに、突飛な意見に聞こえるかもしれん。今はその時期ではなかったと諦めるしかなかろう」


 文則(ぶんそく)は姓名を于禁(うきん)という。腕も立つが頭の冴える男なので、鮑信はいつも側に置いている。


「そうですか。で、どうします?」


「着いたばかりで悪いが、帰るぞ。董卓はこの京師を乗っ取り、そして君臨するだろう。こにはいられない。帰郷してさらに兵を増強せねば」


「あの、よろしいでしょうか」


 鮑信と于禁が二人で話していると、小柄だが堂々とした男が親しげに現れた。


(ほう)騎都尉(きとい)、お久しぶりです」


「おお、孟徳どの。典軍校尉に就任されたそうで。貴殿も故郷から戻られたか」


 曹操が話しかけた男は、鮑信の(あざな)允誠(いんせい)と言い、前漢から続く名士の一族だった。何進の召聘で騎都尉となっていた。


 互いに面識がある程度だったが、曹操は以前より剛毅木訥な鮑信に興味があった。


「ええ。取り込み中でしたか?」


「いや、構わない。私のことは、允誠と呼んでくれ」


 ぶっきらぼうだが、鮑信の言葉には濁りがない。曹操は軽く会釈した。


「失礼ながら先ほど、本初殿とのやり取りを立ち聞きしてしまいましてね」


「ふ……。立ち聞きとは、聞き捨てならないな」


「すみません……しかし、前将軍を即刻急襲せよ、とは穏やかではない」


「知っての通り、董卓は朝廷の勅命を何度も無視してきた。今になって京師に来たのは、良からぬ野望を抱いているに違いない。奴は屈指の部曲を率いており、京師を乗っ取るのは時間の問題だろう」


 董卓は年初に并州の刺史(しし)(知事)に任命されたが、朝廷は(へい)刺史(しし)の就任と同時に、彼の兵を皇甫嵩に預けるように促した。


 朝廷が董卓の軍事力を危惧しての処置だが、董卓は実質上の涼州支配者で、左遷と軍の没収という勅令を拒否した。


 董卓にすれば理不尽な勅命だが、朝廷の勅命を無視するのは背信行為である。


「允誠どのが不在の間、朝廷内は混乱の極みにありました。それは今、頂点に達しています」


「今が頂点ではない。もっと酷くなる。だから私は故郷に帰るよ」


「また故郷に? この混乱を見ても、貴方は故郷に帰るつもりですか」


「今の内に董卓を処分しないなら、必ず私の予想通りになる。董卓が朝廷を私物化しようとしているのは見え見えだ。そこでやっと気付くのさ……あの時に董卓を討っておけば良かったとな。このままでは乱世が訪れる。本初どのに乱世を牽引する器量があれば良いが」


 鮑信の言う通りだ、と曹操も思った。結局、袁紹は宦官への復讐しか頭になかった。


 だからこそ曹操は、何進と袁紹の宦官掃討計画に加担しなかった。袁紹とは旧知の間柄で、兄のように慕っていたが、傍観した。祖父が宦官だった事も、傍観させた理由の一つかもしれない。


「私は故郷に帰り、成すべき事をする。いずれまた会おう、孟徳殿。今日は貴方と話ができて嬉しかった」


「ええ、その日を楽しみにしております」


 董卓軍が北門から入城すると同時に、鮑信は自軍を率いて雒陽を発った。曹操は名残惜しそうに鮑信を見送り、入城してくる董卓軍を見届けずその場を去った。


「遠くに見えた時は小勢に見えたが、近くで見ると異様な迫力があるな」


 袁()は堂々と入城してくる董卓の涼州軍を見て、袁()の側で呟いた。


「ああ……」


 袁紹は生返事をした。実際には三千ほどの兵数だが、間近で見ると万を超える大軍のような威圧感が脳裏に焼き付く。


 そして遂に董卓軍は雒陽城の門へと辿り着いた。空は暗く淀んだ雲に覆われ、皇帝の帰還を喜ぶ諸官の姿もぎこちなく感じた。


「逆臣である宦官どもの手から、陛下を無事に奪還し、帰還した事を嬉しく思うぞ」


 門前で出迎えた袁紹らは、皇帝たちを保護している董卓軍を歓待した。董卓はそんな袁紹の歓待に対し、軽く頷くだけだった。


「弁! 陛下!」


 何太后は董卓に対する礼もなく、我が子の名を叫ぶのみだった。


「太后……。群臣の前ですぞ。毅然となさってください」


 怪我をおして出迎えに駆けつけた廬植は、何太后の側で助言した。


 董卓は出迎えにあがった群臣や何太后の姿を見て思った。


(ふん、馬鹿どもが……)


 皇帝が正式に朝議に出廷したのは、翌日の二十八日。皇帝の救出に貢献した閔貢は、すぐ郎中に抜擢されて都亭侯(とていこう)に封じられた。


 共に入京した董卓の褒賞は決まってはおらず、先延ばしにされた。


「将軍、儂らの褒美はなかとですか? 陛下を奪還したんは儂らじゃなかですか」


「黙っちょれ。ワシの言う通りにしとけばエエんじゃ。焦りは禁物やぞ」


(やっと掴んだ天機だ――必ずモノにしてみせる――)


 董卓は手段を厭わず政権奪取に奔走し始めた。


「お前ら夜明け前に人知れず城外へ出れ。そして朝になったら隊列ば整えて入城するばい」


「また将軍が訳のわからんこと言うちょる……」


 部下の李傕たちは、董卓に命ぜられるがままに実行した。董卓は連れてきた三千の兵だけでは少な過ぎるので、姑息だが周到な手段で自軍を強大にみせた。


 皇帝を護衛する為として、昼は城内に自軍を駐屯させ、夜になるとこっそり兵を城外に出して野営させた。

 

 そして早朝になると野営を畳んで銅鑼や太鼓を鳴り響かせ、意気揚々として入城し軍の威容を人々に見せ付けた。


 見せかけの入城を何日も繰り返すと、事情がわからない市民らは涼州より続々と兵が到着していると思った。


 大軍に見せかける為の茶番だが効果はあった。


「さぁ、ここからが本番だぞ……。儒よ、例の件は大丈夫なんだろうな?」


「はい。抜かりなく」


 董卓は司空に就任した。司空は三公の一つで皇帝の次位に匹敵する最高位だ。急な昇進劇の裏で、董卓の懐刀である李儒の周到な根回しがあった。


 李儒は元々、涼州との取次を任された郎中令(行政官)だった。賄賂で董卓と接近し、張譲との連絡係として暗躍した。


「陛下の無事を祝って元号も変えましょう。安らかな日々を願って“昭寧(しょうねい)”と名付けようかと……」


「そんなことは貴様らで勝手に決めておけ。それより先に我が軍を増強せねばならん」


 主を失った何進と何苗の兵を、昇進の際に自軍に吸収し難なく手中に収め、西涼からの本隊も到着し、董卓軍は雒陽で最大の兵数を誇る軍団となった。


 元号も()()から()()へと改元させた。皇帝を救出した功績を自ら誇る為だ。


「ここまでは順調に事が運んだ。だが、本当に手に入れたいのは丁原の部曲だ。いや、もっと言えば呂布。そう、呂奉先を手に入れたいのだっ」


 李儒は董卓の横で静かに頷き答えた。


「それも抜かりはありません。その呂奉先の同郷で竹馬の友だった李謙文に、懐柔を任せております」


 李謙文とは、董卓に仕える騎都尉で、姓名は李粛(りしゅく)という。


「うむ。同郷の奴なら適任だろう。――しかし、思い出すのう……。二十年前、并州の段(熲)刺史の下で鍛えられたが、その頃に丁原とは一緒に戦場に立った事もある」


「それは初耳です……」


「丁原という男は、戦しか能が無い奴だった。だが、奴が鍛えた部曲は屈指の強さを誇っていた。騎馬軍だけでいえば、我が涼州の軍よりも強いであろう。まぁそれより、呂奉先は丁原を父のように慕っているというではないか。そんな男が本当に我が軍門を降るのか?」


「はい。李謙文は密に呂奉先と連絡を取り合っております。父と慕っているのは表向きで、傍から見ても丁原と不仲であるという話です。そして、董将軍の下で活躍出来るなら、軍門に降ると言ってます」


 ほほう、と董卓は髭を撫でながら言う。


「ただひとつ、呂奉先がどうしても将軍にお願いしたいことがあるそうで……」


「なんだ……? もったいぶらずに話すがよい」


 董卓の機嫌を損ねないかと、いつも気にしている李儒は少しためらった。それは董卓の権限を越える願いだったからだ。

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