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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第二章  草行露宿(そうこうろしゅく)
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第十六話  海賊征伐

 中州に近づくにつれ、この騒ぎを巻き起こしていたのは、やはり海賊の仕業だと確信した。


 どうやら略奪してきた財宝を分配しているらしい。近くを航行する船や人々も、海賊に恐れ戦き近づこうとしない。


 海賊たちも周りの様子をまったく気にぜず、堂々と悪事を働いている。もしや彼らは孫文台とその一味であろうか? と世平は思った。


 世平が馬で疾走していると、少し先の茂みがザワザワと音を立てて動いている。木々が揺れ葉が舞う茂みから、突然に現れた数人の男達が馬に跨ったまま出現した。


「そこの()()、ちょい、待たんかい!」


 その瞬間、世平の馬が前足を掻きながら高々と上半身を上げて、(いなな)きを響かせた後にその場に立ち止まった。


 男の一人が持っていた槍が振り上がった事に、世平の馬が過敏に反応したようだ。その男からは周囲を威圧する空気が漂う。


 男の後ろには五人の壮健な若者がいた。若者たちは武装しており、いつ破裂してもおかしくないほど殺気立っている。


「くそっ、ここまでか」


 賊に捕まったと思った世平は、ひとまず観念したふりをして様子を伺おうと考えた。


(じい)やん、どこに突っ込む気や。こっから先は行かん方がええで」


「何?」


「賊や、賊っ。海賊が川ん中の小島におるんや。ここから見えるやろ? あれは有名なお尋ねモンの海賊やで」


「お尋ね者?」


 どうやらこの男達は賊や追剥の類ではないらしい。粗末な武具で武装しているとはいえ、どこか役人らしい雰囲気も感じられる。


 少しすると、後から呉景が馬を飼って世平らに追いついて来た。


「道士さん、何やっとんねん。このオッサンらは何もんや?」


 と場の空気も読めずに、馴れ馴れしく話しかけた。


「誰がオッサンやんねん。なんじゃい、このガキゃあ」


 若者たちは呉景の態度を不快に思ったが、世平は隠微に済ませるため、呉景を黙らせた。


「待ってくれ、この若者は私の弟子だ。騒がせてすまない。私達は海賊を追って銭唐から来た」


 呉景は怪訝な顔をした。世平もひとまず馬を降りる。


「ちっ、なんやねん」


 と呉景は呟き、世平と共に馬から降りた。


「銭唐から追って来た? どういう意味だ。おめぇら何モンだ?」


 背の高い若者は、聞きなれた北方の訛りで言った。


「あの海賊どもに、私の知人が捕まっているかもしれんのだ。救出しなければ」


 話がわかる連中だと思った世平は、彼らに本音を語った。


「そらぁ無理やで。俺らこの辺の警備を任されとるけど、あんだけ賊がおったら俺らだけじゃ適わん。応援を呼びに帰ろかって、みんなで相談しとった所や」


君理(くんり)、んだども、応援を呼びに行ったら賊もどっか行っちまうべ。俺らだけでやんべよ。なぁ?」


 もう一人の男も北方訛りであるようだ。


義公(ぎこう)の言う通りじゃ。あいつら、かっぱらってきたお宝を白昼堂々と山分けしよんで。放っておけんわい」


 五人の若者がそれぞれ同時に喋るので、世平と呉景は混乱した。その間に、対岸の海賊たちに異変が起こっていた。


「おい、みんな、あれを見ろ!」


 黙って対岸を見ていたもう一人の若者が、河の中央に指を指した。


 皆がそちらへ目をやった。海賊が集っている中州から少し離れた対岸に小高い丘があり、一人の大柄な男が両手を広げて立っている。


 男は頭に赤い頭巾を被り、剣を振り上げて誰かに指示している。剣で左右を指し示した後、賊の方に剣を向けて叫んだ。


「賊を発見! 皆の者、賊をひっ捕らえよっ、先方隊突撃い!」


 対岸からもハッキリと聞き取れる、通りの良い野太い声だった。その声を聞き、張世平と呉景と五人の若者は顔を見合わせた。


「官軍や、応援が来たんや! あれは名のある将軍に違いないでっ。わいらも一緒に突撃するで!」


「おう!」


 五人の若者は世平と呉景の存在を忘れ、一目散に賊の集まっている中州に向かって馬を走らせた。


「よし、行くぞ!」


 世平と呉景も五人の若者の後を追って馬を走らせた。しかし、川岸から中州まで渡る船は無い。


 馬の走る勢いは止まる事を知らず、水飛沫を上げて川の中に飛び込んだ。


 川の深さは馬でも渡れる程度だった。浅瀬なら軍の船が近づけないので、賊たちはこの中州を選んだのだ。


 馬の中腰水に浸かったが、五人はどんどん中州に向かって行く。川辺と中州までの距離は遠くない。


「か、官軍の将か! 官軍が来たぞ、逃げろ!」


「待て、逃げるなっ、落ち着け!」


 怒声や罵声が飛び交い、川の中央にある小さい中洲の上は大混乱の相を呈していた。


 物を捨てて船に乗り込む者、川に飛び込む者、剣を抜いて迎撃体制をとる者など様々で、すでに統制は取れていない。


 それと同時に先ほど対岸で号令をかけた将軍が、操舵手を数人乗せ、小船で勢い良く中州に向かっている。


「急がんかい、今が好機や! 一人も逃したらアカンで!」


 一番最初に将軍が中州に辿り着き、雄叫びを上げながら賊の溜まり場に、一人で飛び込んだ。


 五人の若者も負けじと馬に鞭打つ。中州の賊は百人ほどいたが、三分の二は戦意を失い逃げ惑っている。


 残りの賊は手に武器を握り締めて、まだ臨戦態勢を整えようとしている。


「どけや、こらぁ!」


 将軍は中洲の川岸に入るやいなや、襲いかかる三人の賊を電光石火で打ちのめした。


「ぐはぁっ!」


 一人目の賊は体当たりで岸から中央までふっ飛ばされ、二人目は頭蓋を手で地面に埋め込まれた。


 三人目の賊は突き飛ばされた勢いで、他の賊を数人巻き込んで棒の如く倒れた。


「な、なんだ! 化け物か!」


 他の賊達は怯んで後退りを始めた。そこへ五人の騎馬武者が中州に上陸した。


「わいらも加勢させてもらいまっせ!」


「誰か知らんけど、おおきに。頼んだで!」


 若い五人は馬上から剣や矛を振り回し、残りの賊ども打ち負かした。この五人の若者も相当な手練だ。


 将軍は数十人の賊を打ち倒した後、賊の首領と一騎打ちの様相となった。


「何者だ、貴様っ!」


「賊に名乗るほど、気安い名前とちゃうで、ワシは」


「ほざくな、死ねぇい!」


 賊の首領が剣を真っ直ぐに突き立てて襲い掛かる。


 将軍は華麗に身体を左に回転させ、賊首領の剣を紙一重で躱した。その回転で得た遠心力を右手の剣先に込め、そのまま首領の首筋を一閃。


 その瞬間、首領の足元がガクンと崩れ落ち、大きな体が地面を抱きこむ様に倒れた。


 首は転げ落ち血飛沫が一斉に飛び出す。将軍は返り血を浴びる事もなく、軽やかにその場から離れ、剣を鞘にゆっくりと収めた。


 一瞬の出来事だったので、将軍が首領の首を掴んで頭上に掲げるまで、何が起こったのか誰も理解できなかった。


 少しの間立ち尽くしていたが、生き残った賊は武器を捨てた。両手を上げて地に膝をつけ、降伏を願い出た。

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