第十六話 海賊征伐
中州に近づくにつれ、この騒ぎを巻き起こしていたのは、やはり海賊の仕業だと確信した。
どうやら略奪してきた財宝を分配しているらしい。近くを航行する船や人々も、海賊に恐れ戦き近づこうとしない。
海賊たちも周りの様子をまったく気にぜず、堂々と悪事を働いている。もしや彼らは孫文台とその一味であろうか? と世平は思った。
世平が馬で疾走していると、少し先の茂みがザワザワと音を立てて動いている。木々が揺れ葉が舞う茂みから、突然に現れた数人の男達が馬に跨ったまま出現した。
「そこのもん、ちょい、待たんかい!」
その瞬間、世平の馬が前足を掻きながら高々と上半身を上げて、嘶きを響かせた後にその場に立ち止まった。
男の一人が持っていた槍が振り上がった事に、世平の馬が過敏に反応したようだ。その男からは周囲を威圧する空気が漂う。
男の後ろには五人の壮健な若者がいた。若者たちは武装しており、いつ破裂してもおかしくないほど殺気立っている。
「くそっ、ここまでか」
賊に捕まったと思った世平は、ひとまず観念したふりをして様子を伺おうと考えた。
「爺やん、どこに突っ込む気や。こっから先は行かん方がええで」
「何?」
「賊や、賊っ。海賊が川ん中の小島におるんや。ここから見えるやろ? あれは有名なお尋ねモンの海賊やで」
「お尋ね者?」
どうやらこの男達は賊や追剥の類ではないらしい。粗末な武具で武装しているとはいえ、どこか役人らしい雰囲気も感じられる。
少しすると、後から呉景が馬を飼って世平らに追いついて来た。
「道士さん、何やっとんねん。このオッサンらは何もんや?」
と場の空気も読めずに、馴れ馴れしく話しかけた。
「誰がオッサンやんねん。なんじゃい、このガキゃあ」
若者たちは呉景の態度を不快に思ったが、世平は隠微に済ませるため、呉景を黙らせた。
「待ってくれ、この若者は私の弟子だ。騒がせてすまない。私達は海賊を追って銭唐から来た」
呉景は怪訝な顔をした。世平もひとまず馬を降りる。
「ちっ、なんやねん」
と呉景は呟き、世平と共に馬から降りた。
「銭唐から追って来た? どういう意味だ。おめぇら何モンだ?」
背の高い若者は、聞きなれた北方の訛りで言った。
「あの海賊どもに、私の知人が捕まっているかもしれんのだ。救出しなければ」
話がわかる連中だと思った世平は、彼らに本音を語った。
「そらぁ無理やで。俺らこの辺の警備を任されとるけど、あんだけ賊がおったら俺らだけじゃ適わん。応援を呼びに帰ろかって、みんなで相談しとった所や」
「君理、んだども、応援を呼びに行ったら賊もどっか行っちまうべ。俺らだけでやんべよ。なぁ?」
もう一人の男も北方訛りであるようだ。
「義公の言う通りじゃ。あいつら、かっぱらってきたお宝を白昼堂々と山分けしよんで。放っておけんわい」
五人の若者がそれぞれ同時に喋るので、世平と呉景は混乱した。その間に、対岸の海賊たちに異変が起こっていた。
「おい、みんな、あれを見ろ!」
黙って対岸を見ていたもう一人の若者が、河の中央に指を指した。
皆がそちらへ目をやった。海賊が集っている中州から少し離れた対岸に小高い丘があり、一人の大柄な男が両手を広げて立っている。
男は頭に赤い頭巾を被り、剣を振り上げて誰かに指示している。剣で左右を指し示した後、賊の方に剣を向けて叫んだ。
「賊を発見! 皆の者、賊をひっ捕らえよっ、先方隊突撃い!」
対岸からもハッキリと聞き取れる、通りの良い野太い声だった。その声を聞き、張世平と呉景と五人の若者は顔を見合わせた。
「官軍や、応援が来たんや! あれは名のある将軍に違いないでっ。わいらも一緒に突撃するで!」
「おう!」
五人の若者は世平と呉景の存在を忘れ、一目散に賊の集まっている中州に向かって馬を走らせた。
「よし、行くぞ!」
世平と呉景も五人の若者の後を追って馬を走らせた。しかし、川岸から中州まで渡る船は無い。
馬の走る勢いは止まる事を知らず、水飛沫を上げて川の中に飛び込んだ。
川の深さは馬でも渡れる程度だった。浅瀬なら軍の船が近づけないので、賊たちはこの中州を選んだのだ。
馬の中腰水に浸かったが、五人はどんどん中州に向かって行く。川辺と中州までの距離は遠くない。
「か、官軍の将か! 官軍が来たぞ、逃げろ!」
「待て、逃げるなっ、落ち着け!」
怒声や罵声が飛び交い、川の中央にある小さい中洲の上は大混乱の相を呈していた。
物を捨てて船に乗り込む者、川に飛び込む者、剣を抜いて迎撃体制をとる者など様々で、すでに統制は取れていない。
それと同時に先ほど対岸で号令をかけた将軍が、操舵手を数人乗せ、小船で勢い良く中州に向かっている。
「急がんかい、今が好機や! 一人も逃したらアカンで!」
一番最初に将軍が中州に辿り着き、雄叫びを上げながら賊の溜まり場に、一人で飛び込んだ。
五人の若者も負けじと馬に鞭打つ。中州の賊は百人ほどいたが、三分の二は戦意を失い逃げ惑っている。
残りの賊は手に武器を握り締めて、まだ臨戦態勢を整えようとしている。
「どけや、こらぁ!」
将軍は中洲の川岸に入るやいなや、襲いかかる三人の賊を電光石火で打ちのめした。
「ぐはぁっ!」
一人目の賊は体当たりで岸から中央までふっ飛ばされ、二人目は頭蓋を手で地面に埋め込まれた。
三人目の賊は突き飛ばされた勢いで、他の賊を数人巻き込んで棒の如く倒れた。
「な、なんだ! 化け物か!」
他の賊達は怯んで後退りを始めた。そこへ五人の騎馬武者が中州に上陸した。
「わいらも加勢させてもらいまっせ!」
「誰か知らんけど、おおきに。頼んだで!」
若い五人は馬上から剣や矛を振り回し、残りの賊ども打ち負かした。この五人の若者も相当な手練だ。
将軍は数十人の賊を打ち倒した後、賊の首領と一騎打ちの様相となった。
「何者だ、貴様っ!」
「賊に名乗るほど、気安い名前とちゃうで、ワシは」
「ほざくな、死ねぇい!」
賊の首領が剣を真っ直ぐに突き立てて襲い掛かる。
将軍は華麗に身体を左に回転させ、賊首領の剣を紙一重で躱した。その回転で得た遠心力を右手の剣先に込め、そのまま首領の首筋を一閃。
その瞬間、首領の足元がガクンと崩れ落ち、大きな体が地面を抱きこむ様に倒れた。
首は転げ落ち血飛沫が一斉に飛び出す。将軍は返り血を浴びる事もなく、軽やかにその場から離れ、剣を鞘にゆっくりと収めた。
一瞬の出来事だったので、将軍が首領の首を掴んで頭上に掲げるまで、何が起こったのか誰も理解できなかった。
少しの間立ち尽くしていたが、生き残った賊は武器を捨てた。両手を上げて地に膝をつけ、降伏を願い出た。




