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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第二章  草行露宿(そうこうろしゅく)
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第十四話  寿春県

 そんなこんなで世平と蘇双は、馬元義が滞在しているという寿春県へと向かった。


 寿春県は、古来より係争地として幾度も戦火に見舞われ、兵家必争の地と称されていた。


 都市の近辺を長江や黄河につぐ大河である淮水(わいすい)(現在の淮河)が流れており、南北交通の要所となっていた。


 大方の腹心である馬元義は野心家で、寿春県近辺に豪華な太平道の宮館を構えて本拠地としていた。


「張(霊真)大方はある日こつ然と姿を消したのだ。しかも重要な書類だけでなく、今後必要になる資金や物資も消えた。彼奴は大方どころか、太平道に仇なす裏切り者だ!」


 世平と蘇双は到着してすぐに聞かされたのは、張霊真の裏切りという衝撃的な報せだった。


 馬元義のいうように彼はすでに姿を消しており、目下追跡調査中との事であった。


 いなくなった大方の代わりに、副長官だった馬元義が実質的な揚州での大方となっていたのだ。


「あ奴の裏切りは計画的だったに違いない。最初から太平道を捨て、独立するつもりだった」


 馬元義は取り乱す様子もなく落ち着いた様子で語っていた。張霊真がいなくなって清々した、という雰囲気である。


「しかし、心配は無用だ。そもそも張霊真などは取るに足らぬ腐れ道士だったのだ。私がいる限りこの寿春……いや、揚州、果ては荊州方面までこの太平道を浸透させる」


 実際には、揚州では太平道の布教が順調とは言えない状況であるらしい。 寿春でも思ったほど太平道の普及が捗っていなかった。


 揚州では新興宗教である浮屠教が浸透しつつあるというのだ。つまりは仏教の事である。


 それはともかく、世平と蘇双はとにかく自分たちの仕事を済ませて、一刻も早く幽州に帰りたかった。


「我々はすぐにでも張霊真の行方を追いたい。何か手掛かりなどはありませんでしたか?」


「手がかりだと? 君ら二人で張霊真を探すのか?我々の捜索でも見つからないとうのに。まぁ、いい。確かかはわからんが、海賊に捕らえられて沿海部の方へ連れ去られたらしい、という情報が入っている」


「海賊とは穏やかではありませんな。一体、どこで?」


「それが判れば苦労はせんよ。部下たちの話によると、海賊は時として内陸の河川に侵入してくる事もあるという。張霊真は船を購入しようとしていたらしいが、その時に捕らえられたのかもしれん」


「船?」


「なんにせよ、彼らはもう生きてはいないだろう。捜索などしても無駄だ」


「いや、その場で殺されずに連れ去られたのであれば、まだ生きている可能性もあるでしょう。とにかく、その海賊の行方を知りたいのです」


「何度もいうが海賊の行方など知るわけがない。まぁ、南の銭唐の辺りなどはよく海賊が出没してて、本拠地が近隣にあるのでは、という噂は耳にした事はあるが」


「銭唐ですか。銭唐も治水や灌漑の方策が進み、交通の要所であると聞きます。早速、向かってみます」


「ここから銭唐までの距離は、君らがやって来た京師からこの寿春までと同じくらいあるんだぞ。確証も無いのにそんな遠くまで行くのか?」


「これは大賢良師から賜った直々の命です。なんとしても張……霊真を連れ戻さねば。例え遺骸に変わり果てていたとしても、我々は行きます」


「そこまで言うのなら好きにするがいい。だが、君ら二人でやれるのか? 言っておくが、私の部下を貸すつもりはないぞ」


 馬元義は捜索に協力するつもりはないらしい。もちろん、張世平も協力を乞うつもりもなかった。


 長江から南の江南地域は温暖で肥沃な所であったが、この時代の江南はまだ未開の地域が多く、山賊が出没しやすい土地柄でもあった。


 危険は承知の上である。もとより、海賊を追って南下するのだから火中に飛び込む虫の様なものである。


 蘇双の本音は、これ以上に南下する事に反対だった。


「此処までやって来て見つからないのですから、我らの任務はもう果たしたと言ってもいいではないでしょう。貴方も鉅鹿に届ける物があるハズです」


 揚州といえども中原で育った蘇双や張世平にとっては未開の地であった。だからこそ蘇双は不安に感じたのかもしれない。


「いや、此処まで来た以上、今さら引き返す訳にはいかないだろう。張霊真に出会うまでは諦めんぞ」


「なんの手がかりもないのに、普通なら諦めるでしょう? こんな捜索の旅……」


「だから、君はついてこなくていいぞ。私は一人でも行くつもりだ」


「い、行きますよ……。貴方を一人で行かせる訳にはいきませんから」


 仕方なく、蘇双は張倹と共に同行することを決めた。張角の指令である以上、張世平と共に最後まで任務を遂行しなければならない。


 馬元義は人手を貸すのは承知しなかったが、次の旅に向けての物資や金銭などは供給してくれた。


 二人はそれを有り難く頂戴すると、素早く銭唐に向かって旅立って行った。


 張世平と蘇双の二人は、水上に慣れていなかったので、長江の渡河を除いて今まで通り陸路から馬で向かう事にした。

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