表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十二章  追奔逐北
122/181

第一二二話  獄中

 あれから何日が過ぎただろうか?


 子義は帰路の道中、自分の足で走った。馬もなく食う物もままならず、道端や木陰で盗賊に怯えつつ眠りながらの旅路。


 帰りの足取りは行きの時ほど軽くはない。重くのしかかってくる現実。証拠はないが確信はある。


 自分は利用されていたのだ。探していた筈の蘇双と死闘を演じ、そして彼から告げられた思ってもない真実。


 石真を救うため我武者羅(がむしゃら)に走ったが、彼に騙されていた事を知り、帰路の足取りは重かった。


 河内から兗州を通り、東郡、山陽郡、そして泰山を横切って斉国、北海国、東莱郡へと戻ってきた。


 子義が必死の思いで黄県に帰り着くと、不穏な空気が漂っているのを感じた。黄県に入ってすぐ、二千ほどの兵が列をなして県城に向かうのを見たからだ。石真討伐の為に派遣された兵に違いない。


 石真に対しての復讐心は、子義の気持ちに一切ない。ただ、彼の口から本意を聞き出したいだけだ。


 そして、張世平には蘇双と出会った事の一部始終を伝えなければならない。


 黄県ではすでに、偽の県尉を捕縛する為の巧妙な情報操作が行われていた。石真が賄賂を贈っていた県令から州へと、石真の偽称は露見しており、元黄巾賊である過去も暴露された。


 青州から秘密裏に派遣された兵によって、石真は就寝中に捕縛された。即刻、県尉の職を解かれ牢獄に放り込まれた。


 州の動きを勘付いていた石真は、逃げる余裕と時間を持っていたにも拘らず、まるで自ら捕縛されたかのようでもあった。


「世平さんよ、皮肉なもんだな。アンタを檻に入れたこの俺が、一緒に雁首(がんくび)揃えて並んでいるなんてな」


 石真の声が低く霞んでいる。彼の言った通り、手枷を嵌められた二人が同じ檻にいる。


「いつかはこうなるだろうと思っていた。石真、どうせ時間はある。どうしてこうなったのか経緯を話してくれ」


「経緯か。考えてみれば馬鹿な夢を見たものだ。役人になって県を治めようだなどと。だがな、俺だって最初から賊の類に落ちぶれていたんじゃない」


 世平は石真の言葉を黙って聞いていた。


「俺の家系も代々役人を輩出した。十年くらい前だ……、親父がある男を匿ってやった。なんでも、宦官の親玉みたいな奴との政治闘争で敗れた、()()()だとか言ってやがった。いわゆる、お尋ね者を匿ったんだ。親父はその男を喜んで匿ってやったよ。誇りにさえ感じてたようだ。そのせいで、一族がどうなるかなんて、考えてもいやしなかったのさ……」


 世平はゴクリと唾を呑んだ。その光景が目に浮かぶようだ。違う、心の闇に葬り去った過去が蘇ってくる、そんな感じがした。


「だが、俺はそのお尋ね物の顔を見た事はなかった。当時、俺は隣の北海国で郡の奏曹史をしていたからな。そう、子義と同じだ。だからこそ、子義に奏曹史の仕官の斡旋をしてやれた。北海国には、親父が誼にしていた李篤(りとく)という士大夫との縁があった。そういや、李篤もあのお尋ね者を匿ってあげく、一族を滅ぼされたと聞いたな。まったく馬鹿な話だ、フン」


 世平は冷や汗が止まらなくなった。石真が今話しているお尋ね者――、それは世平自身だからだ。


「俺は北海国にいたおかげで捕縛を免れたが、俺もお尋ね者になった。ある日の夜、親父が誼にしていた友人から早く逃げろと言われてな。お尋ね者を匿った罪で東莱郡の俺の一族は根絶やしにされたと。今しがた俺を探しに官兵がやってくる、そんな所だ。こんな馬鹿な事で死んでたまるか。もちろん、俺は逃げた。逃げながら俺をお尋ね者にした男を呪った。だが、今となっちゃその男の名前すら思い出せねぇ」


 世平はもう石真の顔を見ることすら出来なくなった。石真はそんな世平の異変に全く気付いていない。


「俺は逃亡中、山賊に捕まって殺されかけたが、腕っ節の強さを見込まれて賊の一員になった。そうだ、賊になってから、官軍と戦う事も多々あった。そうする内にメキメキと実力を付け、賊の頭目にまでなった。そして太平道に請われてあの大乱に加担した。俺は戦う事が向いているらしい。今回、県尉に成りすまして役所務めをもう一度経験したが、やっぱり向いちゃいなかったな。上役の奴らに賄賂を送り、媚びへつらう生活を三年間経験してよくわかった。こんなくだらん世界に憧れ、しがみついていたんだな」


 石真は話に夢中になっていて気付かなかったが、世平の様子がおかしい。


「ん、おい、世平。顔色が悪いぞ」


 汗を拭う事で精一杯の世平。石真が気遣ってくれた事で少し心が落ち着いた。


「アンタとはもう三年近くの付き合いになるが、こんな話はしたことがなかったな。そうそう、前置きが長くなっちまったが、なんで俺が牢屋に打ち込まれたか、って話だったな。早い話が、バレちまったって事だ。言うまでもなく状況をみりゃ判る話だ。問題は誰が密告したかだ。俺はアンタが怪しいと思っていたが……いや、蘇双を(そそのか)しているのかと思っていた」


「何度も言うが、ここ数ヶ月、士然の姿を見てない」


「今はもうアンタを疑ってやしない。あの時は怒りに任せて牢に放り込んだが、もちろん殺す気はなかった。あの後に、子義の奴からアンタが自刎しようとしていたのを見たと聞かされてな。それで念のため、牢に置いておくことにした」


 確かに、世平は牢に放り込まれたものの、手枷をされていたのは最初の数日だけで後は手枷を外された。


 就寝の為の布団やそれなりの食事、書物や筆と紙など、それなりの生活は保証された。石真の図らいなのは世平も承知していた。


 ただ、石真がこの牢に入ると、それまでの待遇は無くなり罪人と同じ処遇となっていた。布団や書物などの生活備品は撤去されて手枷を嵌められた。


「もしかしたら、蘇双がアンタに会いに来るかもしれんと思ったっが、奴は一度も現れなかったな。子義には言わなかったが、蘇双らしき男が州の奏曹史をしているという情報は得ていた。子義から俺の過去を暴露する上章が見つかったと聞き、それを作ったのが蘇双なのではないかという考えはより一層強くなった。まだ真実はわからないが。どちらにしても、子義には重荷を背負わせてしまったな。この牢に入ってようやく気付いたよ。いや、その前からだな。刺史から預かったという勅書を持った奴が官兵を引き連れて俺の目の前に現れた時に、そう思った」


「蘇双が州の奏曹史だっただとは、未だに信じられん。郡の奏曹史ならまだしも、州に仕えているとは。蘇双は太平道の信徒として私と十年近くも一緒にいたのだ。官界には何の縁もゆかりも無い筈だが……」


「わからん。どういう経緯で蘇双が州の奏曹史になったのか、アンタなら知っているかと……」


「くどいようだが、私は何も知らぬ。それより、君の情報網なら事前に黄県を捨てて逃亡する事もできただろう。何故ムザムザと捕まったのだね」


「うむ。予想より早く州が動いたのもあるし、子義が仕事を果たして帰ってくるのを待っていたというのもある。そして、アンタをここから出さなきゃならないというのもあった。まぁ、心配するな。すでに逃亡の為の計画は練ってある」


「計画?」


「まぁ、夜になるまで一寝入りしよう。アンタも寝といた方がいいぞ。今日は満月だから雲がなければ明るいだろう。いや、それだけじゃあねぇ、長い夜になる……」


 そう言うと石真は横になって一寝入りし始めた。恐らく近々死罪を申し付けられるであろうに、なんと剛毅な男だろうか。それとも本当にここから逃げ出せるとでもいうのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ