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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十一章  捲土重来
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第一一三話  劉繇

 少し遡(さかのぼ)るが、騎都尉(きとい)として潁川郡の黄巾討伐で戦功を挙げた曹操は、青(せい)州済南(せいなん)国の相に任じられた。


 済南国は皇族である劉康(りゅうこう)が元首を務めるが、郡における「太守(たいしゅ)」にあたる役職「相(しょう)」が統治権を持つ。


 前漢時代、宗室(そうしつ)(皇族)が力を持ち過ぎた為に呉楚七国(ごそしちこく)の乱が起きた。後漢時代はその反省を踏まえて、軍事や政治などの実権を宗室には与えなかったのだ。


 曹操は着任して間もなく、鼻につく異臭を嗅いだような現実に直面する。


 済南国は賄賂や汚職が横行しており、相である曹操に賄賂を請求する老人が現れる始末。


「俗に入れば其の俗に従う――と、荘子(そうじ)も謳っておるではないか。済南の世俗にうち溶ければ安泰な人生を送れるぞよ、新人の相よ」


 曹操はしばらく沈黙した。この老人は劉章の子孫だと言い、宗室の姓である「劉」とだけ名乗った。黄県で宗室を取り纏めている長だという。


 済南国は、前漢時代の城陽景王(じょうようけいおう)に封じられた劉章(りゅうしょう)を祀った祠(ほこら)が多数ある。


 高祖劉邦(こうそりゅうほう)の没後、孫の劉章は外戚の呂(りょ)氏一族による専横を阻止して滅ぼした。彼の没後は地元である青州の城陽郡で祀(まつ)られた。


 城陽県を始めとする劉章信仰は青州全体に広がっていき、後漢時代になると青州の中でも済南(せいなん)国がもっとも盛んな地域となっていた。劉章を祀る為の祠が済南国だけでも六百以上もあった。


 この信仰は事あるごとに派手な祭祀を行い、その為の出資が年々嵩(かさ)んで人民を困窮に陥れていたのだった。


 その祭祀で得た不正な祝儀などは、劉章の子孫を名乗る宗室や外戚の懐を大いに温めていた。


 済南国にある十数県に就いている官史たちは、宗室に迎合する者が多く、賄賂や汚職が盛んに行われていたらしい。


 曹操は済南国に赴任するに当たり、事前に現地の状況を下調べして、自分の理想の政治を行うつもりでやってきたのが、現状は予想を遥かに上回っていた。


 そんな中、景王劉章の子孫を語る済南の有力者、劉氏の長老と呼ばれる老人が、曹操の目の前に現れた。


 挨拶も手短に初っ端から劉老人に賄賂を遠回しに要求された。


「よし、俺の赴任早々、一つ仕事ができたようだな」


「そうだ。それでいい。君は物分りが良い」


「うむ……。てりゃあ!」


「うぎゃあ!」


 曹操は、かまわず力任せに老人を殴りつけた。そして唾棄しながら叱責した。


「皇族だか外戚だか知らんが、俺が済南の相になった以上、民衆から巻き上げた金で好き勝手は一切はさせんぞ」


 老人に容赦なく拳を浴びせた曹操だが、今度は蹴りを老人の腹にお見舞いした。老人は口から汚物をまき散らし、曹操を罵った。


「ごはぁっ! ばっ、罰当たり者が……! この地が黄巾賊どもに襲われなかったのは、城陽景王信仰があったればこそなのだっ。民衆も承知の上で祭祀を行っておるのだぞっ!」


 老人の雑言は無視して、曹操は鞘に手をかけて刀を抜き、劉老人の鼻っ柱に刀の切っ先を押し当てた。


「こんな祠(ほこら)に黄巾賊を寄せぬ霊力があるというのか。冗談も大概にしろ。どうせ、賄賂で得た金銭を賊に横流しして、反乱を防いだのであろう。だが、そんなのはまやかしに過ぎない。だから、全ての祠をぶち壊して祭祀を出来なくしてやる。それが城陽景王に対する敬意というものだ。貴様の主だった仲間や部下の名前を教えろっ。そうすればお前の命だけは助けてやる」


「だ、誰が、貴様などに好きにさせるか! この始末は必ず倍にして返してやるからなっ」


「ククク。それは、楽しみだな。では、直々にこの俺が拷問して、その汚い口から吐かせてやろう」


 曹操はその場で容赦なく老人に拷問を加えて、宗室外戚に迎合する各県の官史たちの名を吐かせた。


 結果的に、八割以上もの官吏を罷免し、劉章を信仰する祭祀や祠を片っ端から根絶した。


 人民を救済する為とは言え、これほどの過激な宗教弾圧を曹操が断行しようと決めたのは、張譲を滅ぼせなかった事に対する憤りからだろうか。


 しかし、宗室の劉氏を祀る宗教を弾圧するのは、相当な勇気と信念がなければ成し遂げる事はできない。


 曹操が断行しようとする大改革に対しての反動なのか、新たな郡尉(ぐんい)が派遣されてきた。郡尉とは済南国の軍権を預かる司令官である。


 今回、派遣されてくるのは劉繇(りゅうよう)という男は、またしても由緒正しい宗室の出自で、信仰の祖である城陽景王・劉章の兄弟、斉孝王(せいこうおう)・劉将閭(りゅうしょうりょ)の子孫だという。


「ふん、また宗室か。賄賂でも要求してこようものなら容赦はしない」


 曹操はそう息巻いていたが、実際に遭ってみると中々の好人物であった。


「貴方の評判は聞いております。貴方の功績は必ずや後世に語り継がれる事でしょう」


 彼の言葉や態度は慇懃でしかも誠実さを感じた。その眼差しは真っ直ぐである。


 劉繇は字(あざな)を正礼(せいれい)と言い、東莱郡の牟平(むへい)県の出身で、年齢は曹操の一歳下で二十九歳。宗室の家系らしく容姿端麗である。


 彼の実兄である劉岱(りゅうたい)も志の高い人物として知られ、侍中(じちゅう)(皇帝の側近)として朝廷に仕えている。郷里では評判の高い兄弟なのだという。


 宗室である事を少しも意識させないざっくばらんとした性格で、腕っ節にも自信があるらしい。剣術を得意とする曹操とはその点でもウマが合った。


 十九歳の時に賊に襲われ捕えられていた叔父を、部曲を率いて救出した事で名を上げ、孝廉に推挙されたという経緯があり、決して出自だけに頼って出世した訳ではない。


 かつて予(よ)州梁(りょう)国の下邑(かゆう)県令(・)を務めていたが、梁国の相が劉繇の名声を使って睥睨(へいげい)したので、職を辞して故郷に戻っていた。


「曹(・)済南(せいなん)相(・)の行政手腕の見事さは、ここへ赴任してくる前から評判になっておりました。貴方の政道を間近で勉強させて頂きたいと思っております」


 血統の良い家柄に生まれただけあって、弁舌は爽やかで清々しいが、堅苦しいのが鼻につく。それでも曹操にとっては好印象な人物だった。


 であるにも関わらず、曹操はワザと突慳貪な物言いで劉繇を歓迎した。少し試してやろうと思ったのだ。


「ようこそ済南国へ、劉郡尉。貴公は宗室の流れを汲む人物だと聞いている。言っておくが私は、貴公の祖先に連なる宗廟を排し、その祠を全て破壊しようとしている男だ。だが、考えを改めるつもりは少しもない」


「なるほど、流石は曹済南相。この済南国の尉に志願した甲斐がありました。私は貴方の様な人物にお会いできるのをずっと待っていたのです。城陽景王信仰を苦々しく思ってはいたのですが、宗室の流れ汲む信仰を廃止する事は、到底できる事ではありません。それを貴方は一人でやってのけた」


「大した事ではない。ただ、止めればいいだけだ。やらなければならない事はすぐやる。やめるべき事はすぐに止める。人生は決して長くないのだ。思い立ったら即、行動を起こす。それが私の行動指針だ」


 単純だが明快な答えだ。とはいえ、容易に出来る事ではない。劉繇は改めて曹操に感服し、手となり足となり彼に仕えると決めた。


 曹操も劉繇の人となりを気に入って、彼と一緒になって済南国の政務と改革に取り組んだ。

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