第一一三話 劉繇
少し遡るが、騎都尉として潁川郡の黄巾討伐で戦功を挙げた曹操は、青州済南国の相に任じられた。
済南国は皇族である劉康が元首を務めるが、郡における「太守」にあたる役職「相」が統治権を持つ。
前漢時代、宗室(皇族)が力を持ち過ぎた為に呉楚七国の乱が起きた。後漢時代はその反省を踏まえて、軍事や政治などの実権を宗室には与えなかったのだ。
曹操は着任して間もなく、鼻につく異臭を嗅いだような現実に直面する。
済南国は賄賂や汚職が横行しており、相である曹操に賄賂を請求する老人が現れる始末。
「俗に入れば其の俗に従う――と、荘子も謳っておるではないか。済南の世俗にうち溶ければ安泰な人生を送れるぞよ、新人の相よ」
曹操はしばらく沈黙した。この老人は劉章の子孫だと言い、宗室の姓である「劉」とだけ名乗った。黄県で宗室を取り纏めている長だという。
済南国は、前漢時代の城陽景王に封じられた劉章を祀った祠が多数ある。
高祖劉邦の没後、孫の劉章は外戚の呂氏一族による専横を阻止して滅ぼした。彼の没後は地元である青州の城陽郡で祀られた。
城陽県を始めとする劉章信仰は青州全体に広がっていき、後漢時代になると青州の中でも済南国がもっとも盛んな地域となっていた。劉章を祀る為の祠が済南国だけでも六百以上もあった。
この信仰は事あるごとに派手な祭祀を行い、その為の出資が年々嵩んで人民を困窮に陥れていたのだった。
その祭祀で得た不正な祝儀などは、劉章の子孫を名乗る宗室や外戚の懐を大いに温めていた。
済南国にある十数県に就いている官史たちは、宗室に迎合する者が多く、賄賂や汚職が盛んに行われていたらしい。
曹操は済南国に赴任するに当たり、事前に現地の状況を下調べして、自分の理想の政治を行うつもりでやってきたのが、現状は予想を遥かに上回っていた。
そんな中、景王劉章の子孫を語る済南の有力者、劉氏の長老と呼ばれる老人が、曹操の目の前に現れた。
挨拶も手短に初っ端から劉老人に賄賂を遠回しに要求された。
「よし、俺の赴任早々、一つ仕事ができたようだな」
「そうだ。それでいい。君は物分りが良い」
「うむ……。てりゃあ!」
「うぎゃあ!」
曹操は、かまわず力任せに老人を殴りつけた。そして唾棄しながら叱責した。
「皇族だか外戚だか知らんが、俺が済南の相になった以上、民衆から巻き上げた金で好き勝手は一切はさせんぞ」
老人に容赦なく拳を浴びせた曹操だが、今度は蹴りを老人の腹にお見舞いした。老人は口から汚物をまき散らし、曹操を罵った。
「ごはぁっ! ばっ、罰当たり者が……! この地が黄巾賊どもに襲われなかったのは、城陽景王信仰があったればこそなのだっ。民衆も承知の上で祭祀を行っておるのだぞっ!」
老人の雑言は無視して、曹操は鞘に手をかけて刀を抜き、劉老人の鼻っ柱に刀の切っ先を押し当てた。
「こんな祠に黄巾賊を寄せぬ霊力があるというのか。冗談も大概にしろ。どうせ、賄賂で得た金銭を賊に横流しして、反乱を防いだのであろう。だが、そんなのはまやかしに過ぎない。だから、全ての祠をぶち壊して祭祀を出来なくしてやる。それが城陽景王に対する敬意というものだ。貴様の主だった仲間や部下の名前を教えろっ。そうすればお前の命だけは助けてやる」
「だ、誰が、貴様などに好きにさせるか! この始末は必ず倍にして返してやるからなっ」
「ククク。それは、楽しみだな。では、直々にこの俺が拷問して、その汚い口から吐かせてやろう」
曹操はその場で容赦なく老人に拷問を加えて、宗室外戚に迎合する各県の官史たちの名を吐かせた。
結果的に、八割以上もの官吏を罷免し、劉章を信仰する祭祀や祠を片っ端から根絶した。
人民を救済する為とは言え、これほどの過激な宗教弾圧を曹操が断行しようと決めたのは、張譲を滅ぼせなかった事に対する憤りからだろうか。
しかし、宗室の劉氏を祀る宗教を弾圧するのは、相当な勇気と信念がなければ成し遂げる事はできない。
曹操が断行しようとする大改革に対しての反動なのか、新たな郡尉が派遣されてきた。郡尉とは済南国の軍権を預かる司令官である。
今回、派遣されてくるのは劉繇という男は、またしても由緒正しい宗室の出自で、信仰の祖である城陽景王・劉章の兄弟、斉孝王・劉将閭の子孫だという。
「ふん、また宗室か。賄賂でも要求してこようものなら容赦はしない」
曹操はそう息巻いていたが、実際に遭ってみると中々の好人物であった。
「貴方の評判は聞いております。貴方の功績は必ずや後世に語り継がれる事でしょう」
彼の言葉や態度は慇懃でしかも誠実さを感じた。その眼差しは真っ直ぐである。
劉繇は字を正礼と言い、東莱郡の牟平県の出身で、年齢は曹操の一歳下で二十九歳。宗室の家系らしく容姿端麗である。
彼の実兄である劉岱も志の高い人物として知られ、侍中(皇帝の側近)として朝廷に仕えている。郷里では評判の高い兄弟なのだという。
宗室である事を少しも意識させないざっくばらんとした性格で、腕っ節にも自信があるらしい。剣術を得意とする曹操とはその点でもウマが合った。
十九歳の時に賊に襲われ捕えられていた叔父を、部曲を率いて救出した事で名を上げ、孝廉に推挙されたという経緯があり、決して出自だけに頼って出世した訳ではない。
かつて予州梁国の下邑県令を務めていたが、梁国の相が劉繇の名声を使って睥睨したので、職を辞して故郷に戻っていた。
「曹済南相の行政手腕の見事さは、ここへ赴任してくる前から評判になっておりました。貴方の政道を間近で勉強させて頂きたいと思っております」
血統の良い家柄に生まれただけあって、弁舌は爽やかで清々しいが、堅苦しいのが鼻につく。それでも曹操にとっては好印象な人物だった。
であるにも関わらず、曹操はワザと突慳貪な物言いで劉繇を歓迎した。少し試してやろうと思ったのだ。
「ようこそ済南国へ、劉郡尉。貴公は宗室の流れを汲む人物だと聞いている。言っておくが私は、貴公の祖先に連なる宗廟を排し、その祠を全て破壊しようとしている男だ。だが、考えを改めるつもりは少しもない」
「なるほど、流石は曹済南相。この済南国の尉に志願した甲斐がありました。私は貴方の様な人物にお会いできるのをずっと待っていたのです。城陽景王信仰を苦々しく思ってはいたのですが、宗室の流れ汲む信仰を廃止する事は、到底できる事ではありません。それを貴方は一人でやってのけた」
「大した事ではない。ただ、止めればいいだけだ。やらなければならない事はすぐやる。やめるべき事はすぐに止める。人生は決して長くないのだ。思い立ったら即、行動を起こす。それが私の行動指針だ」
単純だが明快な答えだ。とはいえ、容易に出来る事ではない。劉繇は改めて曹操に感服し、手となり足となり彼に仕えると決めた。
曹操も劉繇の人となりを気に入って、彼と一緒になって済南国の政務と改革に取り組んだ。




