第一一二話 堰
京師……雒陽でいち早く涼州の顛末を伝え聞いた趙忠は、宮中内を小走りに急いで、張譲のもとへと駆けつけた。
「やぁ。涼州での話を聞いたかい? 董卓が君の命令を無視して、韓遂と辺章の軍を追い返したそうじゃないか」
張譲は宮中で真っ昼間から葡萄酒を飲んでいる。しかも持っている杯は見た事のない変わった透明な杯である。趙忠の驚いたような表情を見て、張譲は少し笑っている。
「皇甫嵩に賄賂を要求するように秘密裏に伝達はしておいたけどね。でも、討伐に関しては特に注文をつけた覚えはないな。西涼の反乱軍は太平道とは何の関わりもないし、残党が残っているとはいえ、太平道もすで滅んでしまっている。それに、あの反乱軍は宦官を誅殺する為だとかほざいて反乱を起こしたんだ。そんな連中がどうなろうと知った事じゃない。憎っくき皇甫嵩さえ更迭できればそれで構わんのだ」
「そうか……、それもそうだな。しかし何で今になって反乱軍の鎮圧を買って出たんだろうね。最強の将軍と言われている西涼の猛者だろ。その董卓が今まで積極的に戦わなかったのは、君がそういう命令を出していたからだとばかり思っていたのだが……」
「急に恩賞でも欲しくなったのかもしれんが、董卓という奴は何を考えているのかわからんな。抜擢してやった弟の董旻は役立たずで、董卓との密書を渡す仕事しか出来ん。まったく、どうしたものか」
張譲は葡萄酒をぐいと飲み干した。葡萄酒は前漢の時代に西域(西アジア)方面へ十年かけて渡航した張騫によって齎されたという。
張騫は前漢の武帝時代に命を受けて西域国の使節団長となった偉人だ。西域との交流を数十年かけて敢行し、西域諸国の様々な物資や恩恵を漢に齎せた。
葡萄酒も張騫が齎した恩恵の一つだ。帰国する際に葡萄の種と共に葡萄酒の醸造技術も一緒に持ち帰ったと言われている。
涼州の孟他という者が、家財を叩いて張譲に賄賂と葡萄酒一石(約二十リットル)を送った事で、見返りに涼州刺史に任命されたという。
当時の葡萄酒にはそれほどの価値があった。涼州刺史となった孟他の息子、孟達は後の世に将軍として劉備の下に馳せ参じている。
舞台はまた涼州に戻る。韓遂と辺章が敗走して逃げ込んだ先は、金城郡の楡中県城。彼らは這々の体で城中に楯籠り、盪寇将軍の周慎と孫堅の軍勢に対峙した。
参軍事(参謀)として周慎を補佐する立場の孫堅は、
「周盪寇。賊は散々にやられて、慌てて城に立て籠もってるんやから、兵糧攻めにするんが定石なんはわかってます。せやけど、確実に仕留めるんやったら、城から誘き出したらなあきまへん。その為には……、わざと賊の逃げ道作ってやってそこに追い込み、そこでワシが一万の軍で襲撃しますさかい。あとは残った二万の兵で将軍が後詰めしてくれたら簡単に勝てますで。奴らはこの城に逃げ込んだばかりで、軍糧があらへん筈です。それを餌に誘き出しまへんか?」
「どうせ賊の援軍は来ないのだ。城の外壁を壊して周りを囲んでやればすぐに片が付く。危ない橋を渡る必要はないだろ」
「いや、あいつらを舐めてかかったらあきまへんで。別働隊を外に潜ませてるかもしれまへん」
「敗残の賊どもにそんな余力も奇策もある訳ないだろう。考えすぎだ」
周慎は孫堅の提案した策を無碍に拒絶して、いわば正攻法での城攻めを行使した。県城の外壁を崩しにかかり、あと一歩という段階に達した時の事である。
韓遂と辺章は葵園狹という付近の渓谷に、予め別働隊を伏せていたのだった。そうとは知らぬ周慎の部隊は、補給路を敵の伏兵によって断ち切られてしまった。
補給路を断たれた周慎の軍は、慌てふためき輜重車(武器などを輸送する荷車)を棄てて早々に逃げ出した。孫堅は憤ったが兵糧なくして戦う事は出来ず一緒に撤退するしかなかった。
「それみんこっちゃない。わいの言うとおりにせんから、こんな目にあうんや」
すぐに撤退したので兵卒の被害は少なかったが、貴重な兵糧や武具の多くを損失してしまった。
この件をもって韓遂と辺章の討伐は、断念せざるを得ない状況となったのである。
一方の董卓は部下である別部司馬の劉靖に四千騎を預け、安定郡付近に駐屯させる事で先零羌を牽制した。
案の定、南にある漢陽郡に潜む先零羌族は、北の安定郡に敵の大部隊がいると誤認し、警戒を強めて待機している。そんな情報を董卓は斥候から得たのである。
そこで董卓は先手を打ち、先零羌への攻撃を開始した。警戒していた先零羌は逃走し始めたので、敵を追ってそのまま進軍していった。
董卓の追撃部隊は漢陽郡の中心にある望垣県の峡谷に入り、川岸の広い河川に辿り着いた。
「しまった……。敵の方が一枚上手じゃったのう」
董卓の四万人の部隊は渓谷に流れる浅瀬の川を背にして、先零羌によって周りを囲まれているのだと感づいた。先零羌は川岸の林に隠れて姿を表さない。
つまり、敵にまんまと誘き寄せられ、むざむざ罠に嵌ってしまったのである。
川を無事に渡りきれば脱出できるだろうが、川を渡る素振りを見せれば敵は透かさず攻めこんでくるだろう。そうなれば明らかに董卓軍に不利な戦いとなってしまう。
先零羌が有利な状況にあるにも関わらず攻めて来ようとしないのは、董卓軍が川を渡るのを待っているのだ。異民族にもその名を知られる董卓の武勇を恐れ、真正面からの攻撃は仕掛けて来ないだろう。
「川を一気に渡ろうとすれば、必ず賊は襲いかかり、被害が甚大になるのは目に見えています。そこで、一つ提案があります。食料に困っていると敵陣に風聞を流し、漁をしているふりをして川を堰き止める為の堤防を築くのです。幸いにもここなら浅瀬なので不可能ではありません」
李儒は小細工を弄する作戦がもっとも得意だ。董卓は一見ガサツな男だと思われがちだが、実は繊細で注意深く勝つための手段は選ばない。小細工に時間を費やすのも吝かではない。
「はは~ん、なるほどのぅ。堤防か」
早速、食糧難に陥っているとの情報を敵陣に流し、食料確保の為に漁をすると見せかけて即席の堤防を作った。
その結果、なんとか川を堰き止める事が出来た。上流は数十里に渡って池のように水が貯まっていった。しかし、即席の堤防では川の水を長く堰き止める事は出来ない。
「時間はないぞ! すぐに全軍に渡河を命じろ!」
下流の水量が少なくなってきたのを見計らうと、董卓の軍は一気に渡河を決行し全軍が渡りきった。移動が完了するとすぐに堰き止めた堤防を決壊させた。
董卓軍の異変に気付いt先零羌はすぐに追撃したが、堤防を決壊させた川は水流が激しくなり水嵩も増えていたので渡ることが出来きなかった。おかげで董卓軍はほぼ無傷で逃げ遂せる事ができた。
この時、張温を総大将とする漢軍は六つの方面から反乱軍の攻撃を受けたが、唯一、董卓の軍だけが人数を損ねることなく扶風郡に帰還した。
不利な状況にあっても冷静な判断で兵を損なうことなく戦場を脱する。ここでも董卓軍の脅威のしぶとさを敵味方に誇示する結果となった。
張温軍は全体的には敗北を喫したが、董卓は前将軍を拝命して斄郷侯に封ぜられた。
孫堅は義郎に任命されており、涼州反乱軍の平定は失敗したにも関わらず二人は昇進している。




