表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十一章  捲土重来
110/181

第一一〇話  奮戦

 反乱軍を前にしても、張温(ちょうおん)が一番の頼りとした董卓には、まるで使命感というものが感じられない。


 両軍の戦闘は押しては引き、引いては押すという進展がないまま膠着状態が続いていた。


 その間に、董卓は孫堅を陥れようと画策する。敵の兵糧を守る部隊があると、孫堅に偽りの情報を流したのだ。


 場所は長安の西部に位置する涼州右扶風(ゆうふうふ)美陽(びよう)県の北にある亭(村)。その頃、孫堅の部隊は本隊から離れた場所で斥候(せっこう)を担当していた。


 斥候とはいわゆる偵察部隊の事だが、孫堅は自ら前線の視察をしないと気が済まない質であった。


 その偵察の最中に、黄蓋(こうがい)は部下が捕らえたという敵の密偵からある情報を掴んだ。


「ひっ捕まえた密偵が言うとるんですが、北にある亭が手薄になっとるそうで。じゃけど、何かきな臭い話にも思えます」


 黄蓋はこの報を怪しんだが、孫堅はお構い無しに自分の部隊に号令をかけた。


「よっしゃ! こんな好機は二度とあらへん。ワシらの部隊だけでも行こうやないかい。のう、徳謀」


 徳謀とは程普の字である。孫堅が斥候に揃えたのは、程普、韓当、黄蓋という猛者。程普と韓当は幽州の出身で騎兵の扱いが得意だった。


「ワカっ、この人数では心許ない。我が部隊は千騎ほどしか割り当てられてない。戻って本隊と合流してからの方が良いかと思われますが」


 程普の言うとおり、騎兵と歩兵を合わせても約千人、今回の討伐が初陣だという若者も少なくない。


「何を言うとんねん、そんな悠長な事してられるかいな。()()()()()()()()()()()()()、っていうやんか。いっちょ、やったろうやないかい!」


 孫堅の言葉には兵を高揚させる覇気がある。その覇気に押された程普も仕方なく合意した。


 決断も早いが行動も早い。孫堅の小部隊は北の亭へ急いだ。には数十軒の家屋があったのみで人の気配は全く感じられなかった。


「こりゃあ、やっぱ変だべ。兵糧どころか人っ子一人いねぇ」


 北の訛りでしゃべりかける韓当。その時、近くで地響きが鳴る音が聞こえた。


「敵の部隊がすぐそこまで近づいてきています。かなりの大軍ですっ」


 孫堅の目の前で動揺した兵士が、顔面蒼白で身震いしながら報告した。新卒の兵たちは色めきだち狼狽する者さえいた。


「くそっ……やってもうたな。この地響きからしてすぐそこまで迫っとる。焦って退却してもすぐに追いつかれて逆に全滅するかもしれへん。逃げずに戦って敵をビビらせてから、隙を突いてすかさず脱出するで。それしかあらへん。ええか、家屋に隠れて敵が来るんを待つんや。合図したら一斉に飛び出せ」


 隠れると言っても田舎の小さな村でしかなく、千人もの人数がすぐに隠れるほどの余裕はない。半分近くの者が恐れをなして散り散りになって逃げ出した。


「しゃあない。逃げるモンはほっとけ。残ったモンは隠れるんや」


 半数になった孫堅の部隊が家屋に隠れると、すぐに敵の軍勢が地響きを唸らせて亭になだれ込んできた。やはり敵はかなりの人数で押し寄せており、減ってしまった孫堅の部隊の十倍はいるだろう。


 敵の前衛の部隊は逃げた孫堅の兵卒たちを追っていったが、半数は村に留まってすぐに捜索を始めた。


「今やっ、突っ込めっ!」


 孫堅の号令と共に家屋に隠れていた部隊が、一斉に敵に襲いかかった。孫堅、程普、韓当、黄蓋の主だった将は馬に乗ったまま家屋の扉を打ち破って飛び出してきた。


 意表を突かれた敵の部隊は大混乱に陥った。孫堅は先頭に立って馬を駆り凄まじい形相で次々に敵の兵をなぎ倒していく。


「でりゃあ!」


「ふんっ!」


「ぬぅお!」


 程普や韓当、黄蓋も馬上から槍や戈を振り回して敵兵を突き刺し、孫堅に負けず劣らずの大奮戦を展開した。残った彼らの部下も少数ながら、敵の軍勢を圧倒した。


 孫堅の部隊が血煙の中で奮戦している最中、小高い丘の上からこの乱戦の様子を伺っている少数の部隊があった。


「孫堅め。あの少人数でなかなかやりおるのう」


 董卓は主だった武将数人を引き連れて馬上から高みの見物をしている。孫堅は目立つ赤い頭巾を被っているので遠くからでもよく分かる。


「しかし、まんまと引っかかりましたね。猪突猛進で何の考えもない男のやりそうな事です」


 策を弄したのは李儒(りじゅ)という男で字は文優(ぶんゆう)という。董卓の参謀である。


稚然(ちぜん)文才(ぶんさい)。孫堅の奮戦を見てどう思う?」


 董卓は引き連れていた部下の李傕(りかく)(字を稚然)と胡軫(こしん)(字を文才)に尋ねた。


「敵に回したくなか将たい。ワシならやはり数で圧倒して打ち破る他なかっち思います」


 李傕から返ってきたのは飾り気のない実直で正直な答えであった。対する胡軫は大言壮語を吐いた。


「へっ、ワシなら一騎打ちで一捻りじゃな」


 胡軫は己の武勇に相当な自信があるようだ。二人に言葉を返す董卓は何か気に食わない態度で返答した。


「わしゃあ、無謀な戦いは好まんが、ああいう男が部下におったらええのう」


 董卓は自分で孫堅を陥れておきながら、物惜しげに眼下の乱戦を眺めた。


「まだまだじゃあ! かかってこんかい!」


 全身に血飛沫を浴びた孫堅が咆哮を上げている。単騎で敵陣に躍り込むという孫堅の悪い癖が出た。程普と韓当が孫堅の後を追って敵を斬りながら駆けて行く。


「ワカっ、戻って下さいっ。退くなら今しかありませんっ!」


 程普が大声で孫堅を窘めるが声は届いていないようだ。いくら孫堅の武勇が鬼神の如くとはいえ多勢に無勢では勝ち目がない。


「うぉっ、しもたっ!」


 案の定、孫堅は自分の馬を槍で突かれて落馬してしまう。


「今行きますぞっ」


 孫堅は落馬してもすぐに立ち上がって槍を取り、敵の歩兵に刀先を向けた。そこへ程普の乗った馬が走り、透かさず孫堅の手を取って強引に自分の馬に引き上げた。


「今だ、散り散りに退却するぞっ。武運を祈る」


 程普は号令をかけると、韓当や黄蓋らと離れて敵勢が手薄な方角へと走った。圧倒されっぱなしだった敵勢は恐れ慄き、あえて彼らの後を追おうとはしなかった。


「すまんの、徳謀。またワシの悪い癖が出てしもたな」


 孫堅は逃げる途中で何かが気になったのか自分の胸元や腰を見回した。


「クソッ、ワシの印綬をどっかで落としてしもうたわい」


 程普は必死に馬を駆っているせいか、背後にいる孫堅の言葉が耳に入っていない。孫堅と程普は二人を乗せた馬でありながら、上手く敵の追撃を巻いて本陣に戻ることが出来た。


 どうやら孫堅の部隊は主だった将を失うことなく無事に逃げおおせたようだ。しかし孫堅は部下を危険に晒してしまった事と、自分の官位を示す印綬を無くしてしまった事を後悔した。


 この時、張温の連合軍も本陣を敵に急襲されて敗北したが、すぐに体勢を立て直し辛うじて美陽県内にて膠着状態を保った。


 孫堅と董卓も後に本陣に戻ってきたが、孫堅の部隊は主だった将と騎兵しか戻ってこれなかったようだ。


 膠着状態の中、張温の軍陣では今後の作戦を立てると共に、董卓の不正を追求する諮問会議が開かれた。


 孫堅は体中に包帯を巻き、満身創痍にも関わらず会に出席した。孫堅は北の亭での顛末を包み隠さず報告し終えると同席した董卓を睨みつけた。


 董卓は孫堅の怒りの眼差しを全く意に介する事なく平然としている。孫堅は明らかに董卓の仕業だと疑っているが、彼が孫堅を陥れたという証拠など何一つないのだ。


 あくまで状況を推察した憶測であり想像の域を出ない。


 張温は董卓が十分な働きをしていない件について詰問したが、勝機を見出だせない戦いはしない、と言って踏ん反り返ってしまった。


 諸将は董卓の武勇を恐れて誰も反論しない。孫堅でさえ押し黙っていた。結局、張温が積極的な態度を示さないので董卓の件は有耶無耶となってしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ