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14話:お礼の約束

  ……寝たふりをしているうちに、本気で寝そうになったものだから、毛布から頭を出してキッチンの様子を伺ってみる。見れば、岬と水無月さんの修羅場具合がさらに悪化していることに、俺はいっそこのまま寝ていようかと本気で思案した。しかしそんなわけにもいかず、だからと言ってあの空気の中に割って入れるほど、俺は達観してはいない。

  とりあえずは、少しの間様子見してみようと思い、彼女たちの様子を観察する。ぐつぐつと何かが湯立つ音が聞こえる。醤油や出汁の匂いがして、風邪で弱った胃にも食欲を沸かせてくる。……うん、包丁を持ったまま喧嘩とか、そういったことはなさそうだ。その点だけは安心した。


「あ、先輩起きたっすか。もう少しで出来上がるっすよ」


  俺の様子を見たのだろうか、岬がそんな風に声をかける。


「……熱はないですか。うどん、食べられますか?」


  水無月さんは、俺のことを心配するかのようにそんなことを言う。


「あぁ、悪いな2人とも」


  とりあえず俺が謝っておくと、2人はなんでもないと言わんばかりの顔をして、


「気にしないでくださいっす。明日休みですし、私は平気っすから」

「……私も、明日は大学休みなので。全然大丈夫です」


  と、言ってくれた。正直に言って、そうして俺のために色々してくれるのは嬉しいのだけれど、なんというか、裏がありそうで怖いとも思ってしまう。岬なんかは、後からなにか、結構いい値段のするものをおごらされそうだし、水無月さんは、今日あったばっかりなだけによくわからない。

  ともあれ、そんな風に思いすぎるのも悪い気がするので、そういった考えはなるべく出さずに、笑ってありがとうとだけ言っておく。すると、2人は、どこか慌てたように食事の用意を始めた。……一体なんだというのだろう。


「じゃあ、いただきます」


  そうして出されたうどんを、一口すする。む、これは……


「岬」

「……なんすか?」

「お前、料理できたんだな」

「ひどくないっすか!?せっかく作ったのにその言い草はひどくないっすか!?」


  うどんは普通に美味かった。ネギやシイタケといった食材の出汁も出て、健康にも良さそうな食材も入っていたので、普通にうどんを出される以上のものが出てきたので、すごく美味かった。

  岬は俺の言葉にむくれていた。とはいえ、こいつも昼は買ってくることの方がほとんどなものだから、料理ができるというイメージがなかったのだ。怒るぐらいなら、普段から弁当を作ってくるとかすればいいのだと思ったが、後からそれを言ったところ、「1人分の弁当とか逆に作るのが面倒っす」と言い放ったもんだ。そんなんだから、料理ができないイメージを与えるのではないだろうかと思う。


「……でも、岬さんすごい手際良かったですよ。料理『は』岬さんの方が上手です」

「……他は自分の方が上みたいな言い草っすね」


  こわっ!?なにこの空気怖いんだけど!?だんだん、うどんの味もよくわかんなくなってきたんですけど!

  そんな空気を出している張本人たちは、関係ないと言わんばかりに箸を動かし続けている。その後はずっと無言の食事が続いた。


「……ごちそうさま」


  うどんだったからするすると食べられたが、なんだか食った気がしないというか、それどころじゃなかったというか。


「お粗末様っす。あ、水持ってくるっすよ」


  俺が薬を取り出しているのを見ていたからだろうか、岬はそう言うとコップにミネラルウォーターを注いで持ってきてくれた。その間に、食べ終わった食器は片付けられ、水無月さんが洗い物を始めている。……確かに、家事全般の手際はすごく良さそうだ。そのことに気がついた岬の顔が、実に悔しそうだ。

  薬を飲み、一息つく。ふと時計を見てみれば、7時を回っていてもう夜もいい時間だ。俺も今は体調がいいし、あとは寝ていれば自然に治るだろう。それに、成人しているとはいえ、年下の女の子がいつまでも男の部屋にいるのはよくないだろう。岬に送ってもらって帰って貰えば、帰りも心配いらないな。


「……洗い物終わりました」


  考えているうちに、片付けも終わったようだ。


「ごめんな、全部やってもらって」

「……いえ、好きでやってるので、気にしないでください」


  とはいえ、なんでもかんでもやってもらってばっかりで、こっちの気が悪いのも確かだ。


「いやいや、気にはするって。昼からずっと助けてもらってるし。今度お礼するから、俺にできることならなんでも言ってよ。あ、岬も何かあったら言えよ。お前にも迷惑かけたし」

「なんかついでっぽいのが引っかかるっすね」


  岬は文句を言っているが、しょうがないだろう。お礼をするだけありがたいと思ってほしい。岬と俺とがそうこう言い合っているうちに、水無月さんがおずおずと、言った。


「……じゃあ、泊まっていっても、いいですか?」


  世界が凍った気がした。何を言っているのか、言われているのか、一瞬本当にわからなかった。岬もそれは同じなようで、口をパクパクとさせている。


「ちょ、ちょっと待つっす。あんた自分が何言ってるかわかってんの!?」


  「〜っす」がキャラ作りで使ってるのは知っているけど、完全に崩壊している。かくいう俺も、そんなことを指摘しているほど余裕はない。


「……わかってますよ?なんでも言ってって言われたので、お願いをしてみました。ダメなら別のことを言いますけど……」


  水無月さんは、そう言うと顔を俯かせる。そんな悲しそうな顔を、されるとますます困ってしまうわけで。


「……わかった。いいけど、今日は勘弁してくれ。さすがに2人に風邪をうつしたら申し訳ない」


  風邪をうつしたらなんてのは、本心でもあるのだが、今日の今日で泊まっていいと言えるほど、俺はこの子のことを知っているわけではない。だからこそ、時間を置きたかったというのが本音だ。


「……言質とった……」

「……え、何か言った?」

「……なんでもないです。じゃあ今度は遊びに来ます。……あ、番号とか、教えてもらっていいですか」

「あ、はい」


  お互いにケータイを取り出して、番号を交換しあう。……今更だけど、番号すら知らない子が、なんで俺の家に泊まりたがっているんだろうか。……なにか、家とか学校で嫌なことでもあるのだろうか。そう考えたらなんか可哀想な子に思えてきた。保護者的な目線で考えて、とりあえずこの子の力になってあげようと、そう思った。

  流れでなのか、岬と水無月さんも番号交換していた。彼女たちの仲が、これ以上悪くならないことを願いたい。


「……じゃあ、今日はこれで帰ります」


  荷物をまとめて、水無月さんは玄関の方へと向かっていく。同じタイミングで、岬も荷物をまとめていた。


「今日は本当にありがとう。岬も悪かったな」

「いえいえ、当然のことをしただけっす」

「そう言ってもらえると助かる。水無月さん送ってってやれよ」

「はいはい、了解っすよ」


  岬は、ため息をつきながらそう言った。玄関のドアを開き、岬はピシッと敬礼のような動作で、水無月さんは軽く頭を下げながら、帰っていった。

  なんか、精神的にすごく疲れた気がする。まだ少しだけふらっとするので、今日はこのまま寝てしまおう。なんだかとても長い1日が、今ようやく終わったのだった。

 

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