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27話:電車での出来事★

  昼下がり、外回りを終えた俺は、この後会社に戻ってからの仕事のこと……ではなく、昨日月本から言われている、βテスト終了前にやる、何か特別なことについて考えていた。

  とは言っても、これといったアイディアは思い浮かばず。電車を待つホームで、うんうんうんうん唸っていた。唸っていたところで、碌なアイディアが出るわけでもないのだけれど。せっかくの最後の思い出、どうせだったらなにか楽しいことができたらいいな、とは思っている。


「はぁ、ゲームの中でみんなで考えた方がいいかな……」


  そんなことを独りごちた。

  っと、考えている間に、電車が来てしまったみたいだ。ホームへと入ってきた電車に乗り込む。昼過ぎだというのに、珍しく混み合っていて、座ることができなかった。周りを見てみれば、俺と似たようにスーツを着ている、恐らくは外回りから戻ってくる人や、学生服を着た人で溢れている。随分とタイミングが悪い時に乗ってしまったようだった。

  こればっかりは、何をどうすることもできないので、大人しく手すりにつかまり、再び考え事の方へと意識を向ける。

  またアリスたちを誘って缶蹴りをする?それとも別の遊び?どうせだったら、なにか形に残るものとかがいいかもしれない。けど、βテストのデータがそのまま本サービス開始時に残っているとは限らないし、そもそも、本サービスが提供されるかどうか自体が怪しすぎる。なんせ、『ようじょ・はーと・おんらいん』だからな。

  そんなことを考えながら、電車の揺れに身を任せていると、なんだかおかしな光景が目に入った。

  随分と密着した様子の、明らかに年が離れた男女の2人組だ。いや、2人組というのはおかしいかもしれない。男の方が、随分と女性の方に密着しに行っているように見えるし、女性の方は、それを嫌がっているように見える。顔をうつむかせているので良くは見えないが、嬉しそうにしているようには到底見えなかった。

  女性の方が、男性の手を払おうとしようとするも、その手も掴まれてしまい、ますますどうにも様子がおかしい。どうみても、あれって痴漢だよな……。

  周りを見てみても、気がついてない人がほとんどで、気がついていたとしても、特に行動を取らない人しかいない。

  どうしたものかと思ったものの、考えた時には身体が既に動いていた。俺の勘違いかもしれないとも思ったが、あれは、誰がどう見ても痴漢だ。俺には見て見ぬ振りは、できなかった。


「おい」


  なけなしの勇気を振り絞って、俺は、なるべく低い声を出して、その男女に近づいた。

  あらかじめ言っておくが、俺はこの体格の割には人見知りで、初対面の人間と話したり、話しかけたりするのが死ぬほど苦手だ。そういう時は、大抵物凄く緊張して、相当怖い顔になっているらしい。それは、中学生の時には担任の教師に怯えられ、大学の時には月本と鈴宮に引かれ、社会人になってからも、岬に「その顔はマジでやばいです。人殺しの顔です」と、いつもの喋り方すら忘れて言われたほどだった。

  例に漏れず今回もそういう顔になってしまっているらしく、一言話しかけただけで、男の方は小さく悲鳴をあげて、そそくさとどこかへ立ち去ってしまった。

  男のする行為を止めようと伸ばした手が、完全に行き場を失ってしまっている。

  自分でもわかっていたことではあるのだが、実際にこう、顔を見られただけで逃げられるというのは、やっぱりショックなものである。

  心の中で溜息を吐きつつ、俺はその場を立ち去ろうとした。しかし、スーツの裾を掴まれてしまい、立ち去ることはできなかった。

  見れば、先ほどの女性が、俺のスーツの裾をつかんでいる。

  遠くから見て女性だと思っていたが、実際に近くでよく見れば、女性、というよりはもっと幼く、女の子と言った方が正しいだろう、そんな子がスーツを掴んで放さない。


「……あの、お礼、させてください」


  ポツリ、と女の子はそんなことを口にした。

  けれど、俺としては何かしたつもりもないし、何か出来たつもりもなかった。だから、お礼されるようなこと自体していないと思う。

 

「いや、そんな、お礼されるようなことはしてないから」


  俺は、女の子に背を向けたまま、思ったことをそのまま話した。けれど、


「……でも、助けてもらったので」


  と、女の子の方も一歩も引く気はない。かなりガッチリと、スーツの裾をつかんで放さない。

  ここで無理やり引き剥がすのは簡単だが、そんなことをすれば今度は俺が痴漢扱いを受けてしまいそうだ。

  そんな問答をしていると、駅に止まるために、電車がブレーキをかけて揺れた。その拍子に女の子の手が、スーツから放れる。


「ごめん!急いでるんで!じゃあ!」


  俺はそんな曖昧な返事をして、一度電車から降りた。

  女の子は俺を追い切ることができず、電車に残され、そのまま電車は走り始めてしまう。

  ベンチに腰掛けて、ホームからうっすらと見える空を見上げる。致し方ないとはいえ、もともと予定していた帰社時間よりも遅れてしまうことは事実だった。

  ひとまず岬に連絡をして、次の電車を待つしかない。


「たまには、仕方ない、かな」


  電車を待ちながら、ゆっくりと、ゲームの中で何をして遊ぶのか、それを考えるのだった。

  会社に戻ってから、岬が残してあった大量の仕事が待ち受けているとも知らずに。


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