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創リ世ノ記(ツクリヨノシルシ)  作者: 右藤 秕(ウトウ シイナ)
04 魔王編
25/25

魔王編09 ~滅亡~

20171011 今回の更新に伴い、以下の章を修正しました。

02_03 02_05 03_02 03_03 03_04

04_01 04_02 04_04 04_05 04_07 04_08

詳細は該当章文末参照。


―――――――――――――――――――

◆宝玉

―――――――――――――――――――


 天は黒雲に覆われ、大地を鉄の匂いの風が吹き抜ける。周辺には生き物の気配は無く、平原はかつて生物だったものの残滓で埋め尽くされていた。


 アールヴの最後の作戦は、ほぼ失敗に終わった。三の魔王(ヒルテ・ラフィシル)は未だ健在で、抵抗するものはいなくなった。


 この大陸にどれだけの命が生き残っているのか、今はアールヴ達にはわからなかった。他の国々はどうなったのか。オルリエカ山の避難民たちもいつまで無事でいられるのか。ひょっとすると、アールヴはこのまま滅びてしまう運命なのだろうか。


 廃墟の残骸の影で、ロラッカは重症を負ったルーヴの治療を試みていた。しかし、彼は回復魔法はあまり得意ではないし、水薬(リキシル)も殆ど残っていない。それでもどうにかすべく、損傷が最も激しい部位に絞って治療を継続した。


 治療しつつ、ロラッカには他にも気になっていることがあった。シアやレイドやクックルはどうなったのか。あれだけの攻撃を受けたのだ。無事ではすまされまい。最悪の結果も十分に考えられた。それに、失った仲間の事も。


「……ガーネリク」


 近くで爆発が起こり、ロラッカが周囲を警戒する。安全を確認して、再び治療を再開しようと振り向くと、さっきまで横たわっていたルーヴが立ち上がっていた。


「ルーヴ!? ちょ、おま、まだ動ける状態じゃ」


 どうやらロラッカの治療により、命の危機は脱したようだ。だがそれは、ギリギリ動けるようになったというだけで、依然として重症であることには変わりがない。細かな傷からは血が滲み出し、呼吸も荒く顔色も悪い。


 しかも、彼の表情は普通では無かった。


「……よくもオレの仲間を!!」


 見たこともないような形相がそこにはあった。ロラッカが気圧されて、息を飲み込む。しかしそれも一瞬の事。形相は崩れ、涙でくしゃくしゃに濡れた。


「みんなまだ、やりたい事がいっぱいだったのに。シアは普通の暮らしがしたいって言ってた。レイドは本を書くって……。ガーネリクは……。クックルだって……」


 涙を拭い大きく頭を振ってから、ルーヴはキッと上空を見上げた。そこには禍々しき破壊の化身、三の魔王ヒルテ・ラフィシルの巨体があった。6枚の翼をゆっくりと羽ばたかせ、黒雲とイカズチの只中に悠然と浮かんでいる。まるで暗黒の玉座に座る魔王のように。世界を睥睨する神のように。


 いつの間にか他に抵抗するものもいなくなっている。ヒューゼル達はどうなってしまったのだろうか。幸い、ラフィシルはまだルーヴ達には気付いてはいないようだ。


 強引に気持ちを切りかえたルーヴは、近くの死体のそばから飛行杖(ラキシオン)を2本拾って来た。急いで動力部を取り外し、左右の足の裏にそれぞれ固く縛り付ける。


「な、なにを……!?」

術式実行(エグノゼーク)!」


 起動呪文を唱えると、魔導機関(メギア・アージェン)が淡く輝いて唸り、ルーヴの身体は浮かび上がった。体調も万全ではないし、2つの飛行杖を同時に扱うのは簡単なことではないはずだ。だが、そんな事お構いなしに、彼は聖剣を抜き放ち、ラフィシルを睨みつける。


「まさか!? ルーヴやめろ。そんな身体じゃ無理だ!!」

「無理じゃねぇ!!」


 ロラッカの制止を振り切って、ルーヴは空へと駆け上がった。2倍の推力を得た代わりに姿勢制御は難しくなっている。それを力づくで安定させ、ラフィシルめがけて直進した。


「刺し違えてでも、このオレがラフィシルを倒す!!!!」


 手にした聖剣の宝玉(ロウジュ)が異様な光を帯び始めた。




「まずいな」


 メイド少女姿のユウナギがつぶやいた。廃墟の一角で、彼はアキュレイユと共に事の成り行きを見守っていた。


「ユウナギ殿。宝玉とは一体何なのですか?」


 主の顔に現れた色濃い焦燥を見て取って、アキュレイユが質問する。


「……僕が作ったお守り(アミュレット)だ」


 複雑な表情でユウナギは答えた。


 宝玉はもともと、廃天使等のイレギュラーな力を持った敵に、アールヴが自力で対抗できるようにするためのものだった。神や神使がいない時でもアールヴが自分達自身を守れるように。


「宝玉は、選ばれし者だけが扱える禁忌の力。持ち主の強い願いを具現化し武器と成す」


 かつての黒曜石のナイフのように。今の聖剣が生まれた時のように。願いに応じて最適な形に変化して力を発揮する。


「その力は、願いの強さ、生きる意志の強さに比例する」


 ユウナギはルーヴに目を向けた。


「でも、今のルーヴの願いは危険だ。破滅をも厭わない願いがどんな結果を招くことになるか、僕にもわからない。……宝玉や聖剣は決して万能の武器じゃあないんだ。願いが強ければ強いほど、引き換えとなる代償も強く大きくなる」




 それは一見して暴走であったかもしれない。怒りに我を忘れ狂気に囚われた挙句の暴挙。だがその一方で、ルーヴの思考の一部は異常なまでに冷静であった。冷静に、自らの命を天秤にかけていた。


 彼は聖剣の性質を肌で感じ取っていた。力を得るには代償がいる。ごく当たり前のことだ。


 今までの人生や修行の成果を全てぶつけても勝てない敵に対して、なおも戦いを挑む時。その敵を倒すために更に力が必要な時。彼に差し出せるものは、もはや自分の命ぐらいしか残ってはいなかった。


 期せずして、ルーヴの選択はヒューゼルと同種のものとなった。幽かに記憶に残る、先程のヒューゼルの言葉が脳裏に浮かぶ。


「これが『命を使う』ってことかもな」


 ただ、ヒューゼルの"呪い"は命を削るものだったが、聖剣に支払うべき代償が何か、この時点では誰にもわからなかった。下手をすると魂そのものが消え、転生も出来ず神使にもなれず、この宇宙から完全に消滅する事になるのかもしれなかった。


 しかし今はもう、それに賭けるしか道はない。例え自分がどうなろうとも、せめてこれ以上の犠牲を出さないために。後に続く者達を守るために。ルーヴは覚悟を決めた。


「千年後一万年後、アールヴが栄えてるなら、それも悪くねーか」


 気力を、体力を、魔力を、全身全霊を最後の一滴まで振り絞り、聖剣を高く掲げてルーヴは叫んだ。


「オレの命をくれてやる!! 聖剣よオレに力を寄越せ!!!!」


 禁断の秘術。記憶の呼び水。固く閉ざされた魂の封印の亀裂。


 聖剣の紅い宝玉が黄金色に輝きを増し、闇に閉ざされた世界を昼間のように明るく照らした。精神の侵食が始まる。秘められた、決して開けてはならない魂の鍵がこじ開けられ、命の摂理を改変する。鮮烈で清浄な光が周辺を圧倒した。


「な!!!?」


 動揺をあらわにしたのはユウナギであった。冷や汗混じりで身を乗り出し、ルーヴを凝視する。


「なんだあれ!? どうなってんだ!? ルーヴのレベルが一気に800近く上昇した!!!?」

「まさか!? ……あ、ありえぬ!」


 主のセリフと動揺っぷりに、側に控えていたアキュレイユも目を見張る。


 廃天使と戦っていた神使達も異変に気付いて一瞬手が止まる。


「な、なんですの……!? あのオーラはまさか!?」


 我が目を疑ってテネローハが愕然と呟いた。リリルも我を忘れて立ち尽くす。


「……"あー"!?」


 リリル達の視線の先、ラフィシルのすぐ手前で、光のベールを突き破りルーヴが姿を現した。


 軽装鎧の一部と上着が剥がれ落ち、心臓から全身へ向けて、落雷のやけど跡のような樹状模様が浅い裂け目となって広がっていた。裂け目から、太陽のプロミネンスめいた光が炎のように立ち上る。その姿は少し、廃天使に似ていたかもしれない。



―――――――――――――――――――

◆決着

―――――――――――――――――――


 気迫みなぎる雄叫びとともに、弾丸飛竜(ニューマ・ナガル)をも置き去りにする速度でルーヴはラフィシルに突撃した。


「突っ込む気か!? 時の水は使っておらんぞ!?」


 アキュレイユの懸念を見透かすように、巨竜は時間停止(メイ・フィーゼア)を使い防御体勢をとった。一対一で時間停止に囚われる事は死を意味する。――だが。


截鉄(ヴァーセル・リーツ)!!!」


 新たな力を得た固有剣技(ダウス・キルス)が、閃光とともに時間停止領域を大きくえぐり取った。それは、人が1人通り抜けられるほどの回廊となって反対側まで伸びていた。


「魔法領域を削り取った!?」


 アキュレイユが思わず声を上げる。


 その回廊をルーヴは一気に駆け抜け、すれ違いざま、鱗の少ない翼の関節部分を狙って一閃を食らわせた。ラフィシルの6枚羽のうち1枚が本体を離れて風に舞い、耳をつんざく咆哮が大気を震わせた。


 バランスを崩したラフィシルがよろめき、しかしすぐさま姿勢を立て直す。巨竜の苛立ちは最高潮に達していた。ルーヴめがけて虚無の火砲ティールヌゥ・レシトラープを放つ。


「そんなものォ!!」


 ルーヴは逃げなかった。迫りくるエネルギーの塊に向けて聖剣を振り下ろす。虚無の火砲は真っ二つに切り裂かれ、左右に別れて飛び去った。巨竜が目を剥いて絶句したように見えた。


「な、なんてこった……。まさかアールヴがここまで……!!」


 ユウナギが半歩後ずさった。いくら彼でもアールヴにこれほどの力を与えるつもりはなかったのだ。


「ユウナギ殿。これは一体……!?」


 わけが分からず、アキュレイユが主に問う。


 これが宝玉と聖剣の力であることは間違いない。しかし、この力の現れようはユウナギにとっても全くの想定外であった。


「……あれは、言うなれば前世解放。魂の追想。ルーヴの前世である"アル"のレベルが解放されたんだ!!」

「なんと……」


 前世で獲得したレベルは魂の奥底で眠っている。普通はそれが表に出ることは無いのだが、宝玉の暴走がそれを可能にした。その結果。


「現在のルーヴのレベルが621。それに、アルの最終レベル877が合算されて、合計レベル約1500! 個人差もあるが、レベルが1000を超えると霊格がクラスCになる」

「つまり……」

「つまり、アールヴが一時的に天眷(アポステリオリ)を手に入れたってことだ!!」

「!!!!」


 一般的なアールヴは、限界まで修業してもレベル1000を超えることは無い。長い歴史の中、最高でも、アルやヒューゼルの800前後。長命のアールヴといえど、それが限界だった。


「なんだこの力……!? どうしてオレにこんな力が……!?」


 当の本人も戸惑いは禁じ得なかった。わけも分からず説明もできず、ただ奇跡だとしか思えなかった。


「つーか、オーラ(アウラ)が反転してやがる!?」


 天眷を使えるようになって初めて、彼にも天眷や混沌のオーラが見えるようになっていた。改めて見ると、ラフィシルの纏うオーラは尋常のものではない。新たな力を得たルーヴよりもなお、その巨竜の力は格上であった。


 ラフィシルは狂ったように火砲を放ち続けた。直撃を受けた大地の一部はマグマと化して火柱が上がる。ルーヴも攻撃をするのだが、天眷を得てなお、ラフィシル本体を覆う硬い鱗を突き破ることはできずにいた。


「クソッ! なんて硬さだ」


 その直後、突然ルーヴは咳き込んだ。口を覆った手のひらに赤黒い血が張り付いている。これが新しい力の代償であった。彼の体力はもはや限界を超えていたのだ。


「時間がねぇ」


 天眷を得たとはいえ、あともう一歩届かない。焦りで一時的に集中力を欠き、剣戟が鈍る。


「いくら天眷を得たとはいえ、さすがに1人では無謀」


 アキュレイユが助太刀しようと踏み出して、しかし膝をついた。彼の傷もまだ癒えてはいない。


「いや、ルーヴは1人じゃない」


 部下の心配をユウナギが制する。彼は何かに気づいていたようだ。


 一旦距離を取りルーヴは大きく旋回した。顔色はますます悪くなっている。


「あれは!?」


 その時、彼も"それ"に気が付いた。


 ラフィシルの頸部には大きくえぐられた傷があり、その奥に何か光るものが見えたのだ。ラフィシルの弱点と言われるそれは――


「――カルデナエスの鍵!!」


 目をギラつかせ、ルーヴが口角をつり上げる。


 アールヴの作戦は完全に失敗したというわけでは無かった。レイドが探し当てシア達の極限魔法で貫いたラフィシルの小さな傷口を、最後に捨て身のヒューゼルがこじ開けて弱点を露出させていたのだ。


 途切れかけた運命の糸は、髪の毛程の細さでかろうじてつながっていた。


 彼等の行動がどれか一つでも欠けていたら、ここまではたどり着けなかったであろう。ルーヴは他の多くの者たちが命と引き換えに築き上げた舞台の上に立っているのだ。血まみれで、今にも崩れそうな舞台だったが、それは確かに最後の希望であった。


「あれを砕けば、終わる!!」


 霞む目を凝らし震える膝を黙らせ、最後の気力と魔力を振り絞ってルーヴは特攻をしかけた。ラフィシルの攻撃をスピードと感だけで回避する。いや、完全に回避しているわけではなく、ダメージを受けつつもそれを無視して前だけを目指す。


「なんという動き! あれがアールヴなのか!?」

「確かに。……だが、あんな戦い方をしていると……」


 アキュレイユが舌を巻き、ユウナギは下唇を噛み締める。


 時間停止領域を切り裂き火砲の雨の中をかいくぐり、ラフィシルの数メートルの距離にまで肉薄する。巨大な掌底をかわし、迫り来るアギトと牙の隙間をすり抜け、側面へと回り込む。


 鬼神めいた体捌きは、完全にヒューゼルをも魔王(オウマ)レフィキュルさえも凌駕していた。どんなに叩いても止まらない小さなアールヴに、ラフィシルさえもが戦慄する。


 ルーヴは遂に、カルデナエスの鍵の直前にまでたどり着いた。失われた命。まだ失われていない命。アールヴと世界の未来。それらが全て、ルーヴの聖剣に託された。


「アールヴの力、思い知れ!!!!」


 死の宣告のような視線がラフィシルを撃ち抜く。


 限界まで聖剣を振りかぶり、全力の、最後の、命を賭した一撃を叩き込む。鬼気迫るルーヴの形相と気迫は、巨竜をして、心胆を寒からしめるほどの威圧感であった。


魔導剣截鉄メギアドース・ヴァーセルリーツ!!!!」


 アルの魔力とヒューゼルの技、そしてルーヴの剣技の混合技が煌めく光の刃となって放たれる。エネルギーの総量では極限魔法に及ばないものの、その力は空間をもえぐり取る程の威力であった。まさに、自然の摂理を超えた天の賜物。天眷の力である。


 光の刃がカルデナエスの鍵を撃ち抜いた。鍵は砕けて飛び散り、ラフィシルはその核となるものを失った。


 地上の僅かな生き残りがそれを見上げる。ロラッカ。ニーア。避難民達。傷ついて半死半生の魔軍四軍将。魔王の妹ノーア。アキュレイユ、テネローハ、プニラ、クレスレブ、リリル、ロロクルオス。そして、ユウナギ。


「や、やった……」


 すべてを出し切ったルーヴは力尽き、落下しつつ気を失った。そのまま落ちれば溶岩の海で溶けてしまったであろう。その寸前で飛行杖を駆るロラッカが彼を受け止めた。


 生き残りの間に歓声が巻き起こった。感極まって泣き出す者。両の拳を天高く突き上げて快哉を叫ぶ者。その、歓声の規模の小ささが、被害の大きさを物語っていた。



**********



 アールヴに天眷が目覚める。実は、全くありえないことでは無かった。神使による報告書に、次のようなものがあった。曰く、


「第4惑星の生命体には、すべて神であるユウナギの血が混ざっている」


というものだ。


 原初の昔。地上に降りた際、ユウナギが隕石の直撃を受けて血を流すという事故があった。その血の成分が海に溶け込み、生命の元となった物質に影響を与え、やがてアールヴの魔法や、他の種族の特殊能力の源になったのだ。



―――――――――――――――――――

◆事後処理

―――――――――――――――――――


 戦いは終わった。


 傷ついた大地を癒やすように温かい雨がしとしとと降り注ぐ。ただ、空を覆う黒雲は晴れる気配もなく、大地はひっそりと沈黙している。まるで、世界から全ての生き物が消え去ったのではないかと思われるほどであった。


 ルーヴを抱えて飛行杖に乗ったロラッカは、着地する場所を探しながらゆっくりと下降していた。やがて、地上に灯された小さな魔法の明かりが目に入る。近づいてみると、そこに数十人の生き残りが集まっていた。


 着地して、ルーヴを担いで駆け寄る。数人の生存者の中によく知った顔があった。


「レイド!?」


 その声にピクリと反応したレイドだったが、振り向きもしない。


 よく見ると、他にも見知った顔が幾つかあった。クックル。バルレット。フワルとディーベル。少し離れたところに傷ついた魔軍四軍将と魔王の妹ノーアの姿もあった。


「レイドお前無事だったのか! ……クックルも!」

「…………」


 レイドの顔は死人のようにやつれ果てており、返事もせず、ただ一点を見つめていた。ロラッカがそちらに目を向ける。泣いているクックルの横には、シアが横たわっていた。彼女は目を閉じたままピクリとも動かない。


「シア!? そ、そんな……!?」

「……クックルの話だと、シア隊がラフィシルの攻撃を受けた時、身を挺してクックルを庇ったんだって」


 呆然とするロラッカに、消え入りそうな声でレイドが説明した。そのレイドを押しのけるように、気を失っていたはずのルーヴが前に出た。


 ルーヴは無言で自分のポーチから小瓶を取り出すと、短く呪文を唱え、シアに飲ませた。


時間遡行(クアビー)


 それはロロクルオスの"時の水"であった。ラフィシルの時間停止に対抗するためのものだったが、説明書きによると、呪文により効果を切り替えることができるらしい。


 果たして、シアの時間は半日ほど巻き戻され、彼女は目を覚ました。身体は完全に元通りになっている。ルーヴが時の水を全部使わなかったのはこの時のためであった。


「シア姉ー!!」

「あれ!? クックル? ここは一体……。そうだラフィシルは!?」


 クックルが抱きついて、今まで以上に泣きじゃくった。周りから歓声が上がる。訳がわからないという顔をしてシアはただ戸惑っていた。


 ひとしきり喜んだ後、レイドはルーヴに向き直った。しかし今度はルーヴが気を失ってよろめき、レイドが咄嗟に支える。その時レイドは彼が疲れて眠ったのだと思った。あれだけの戦いの後だ。無理もない。そう思った。




 皆が開放感に浸っている頃。絶命して地上に落ちたラフィシルの死体に変化が起こった。笑い合う人々の後ろで、巨竜がゆっくりと鎌首をもたげたのだ。その場の全員に戦慄が走る。


「そんな!? 鍵が弱点じゃなかったのかよ!?」


 絶望でロラッカが叫んだ。次の瞬間。ラフィシルの頭部が真っ二つに割れ、血しぶきとともに魔王レフィキュルが姿を現した。その手には、魔剣(ニーツベアル)が握られていた。


「兄上!?」


 四軍将を治療していたノーアが目を見開いて立ち上がり、そのまま駆け出して兄に抱きついた。ラフィシルは今度こそ永遠に動かなくなった。


「あにうえ、あにうえ、あにうえー!!」


 ノーアは竜亜人(ノグアード)には珍しい感情豊かな少女で、小さな子供のように泣きじゃくって兄の生還を喜んだ。兄のほうは相変わらず無愛想だったが、妹の頭に手を置き軽く撫でてやった。そうしながらも、レフィキュルには複雑な思いがあった。ラフィシルに取り込まれた後も、彼には意識があったのだ。


「……アールヴにとんでもない借りができたな」


 そうつぶやいて、レフィキュルはルーヴ達に目を向けた。




 生存者たちが喜びを噛み締めるその一方で、助けられなかった命も多い。ルーヴ達から離れた場所でニーアは座り込んでおり、彼の目の前にはヒューゼルが横たわっていた。


 彼には、もはや欠片ほどの生命力も残されてはいない。血の気は失せ、浅い呼吸は今にも止まりそうだ。文字通り、全てをアールヴのために捧げたのだ。


「またせたな、リージュナ……。すぐそっちへ行くからな……」


 ヒューゼルは、今は亡き古い友人の名前を口にした。その人物はニーアの師匠でもあった。


 こうなることはニーアにはわかっていた。供物の罪過ゲウド・セシフィルカ・カセルの代償は、その者の命なのだ。


幻の国(ククライオ)まで、お供しますよ」


 ククライオとはいわゆる"冥界"を意味する。見ると、ニーアの腹部は血で真っ赤に染まっていた。顔色もよくない。彼もヒューゼルほどではないにしろ、供物の罪過に命を削られている。


「……お前はまだ来るんじゃない。生きて、働け」


 からかうように呟いた後、ヒューゼルの呼吸は静かに途絶えた。


 千年戦争を終結に導き、帝国最強の武将と謳われた英雄の最後は、まるで眠りにつくかのような、ひどく穏やかなものであった。その顔には微塵の後悔の色もなく、後を託した若者たちの成功を、露ほども疑ってはいなかった。


「まったく、人使いの荒い……」


 肩を落としたニーアの後ろ姿は、少しだけ震えているように周りからは見えたという。


 この戦いで枢機兵団(ネウ・ゼーフェン)は高級将校の殆どと兵員の9割以上を失い、壮絶な最後を遂げた。その生き様は伝説となり人々の心に深く刻まれ、三の魔王を倒した勇者達の伝説と共に、1万年先にまで語り継がれる事となった。


 そんな中、第13代皇帝ローレプエム4世は、帝都防衛戦のおりレフィキュルの極限魔法に焼かれて命を落としていた。三の魔王との苛酷で過酷な戦いの陰で、アールヴ帝国(アルヴ・ナ・ディール)は千年に及ぶ歴史にひっそりと幕を下ろしたのだった。



【アールヴ暦23万4030年】

【帝国暦1139年】



 ここに三の魔王(ヒルテ・ラフィシル)は討ち果たされ、多くの看過し得ない犠牲の元に、世界は当面の滅亡の危機を免れた。



**********



 ラフィシルの死と前後して、メイド姿のNP天使が突然もとに戻った。


「おかえりなさいませ~。アキュレイユ様」

「――なに!? そうか、ということは」


 アキュレイユがそれに気づいて辺りを伺う。程なく、秘匿通信を介して主の本来の声が聞こえてきた。ユウナギが廃天使の封印から脱出したようだ。


〈管理者権限により命ず。封印解除・無制限アンシールド・アンリミテッド!〉


 最上位命令により全ての天眷の制限が解除され、全神使達の本来の力が完全に解放された。アキュレイユはもとより、廃天使と戦っていたテネローハ、プニラ、クレスレブ、リリル、ロロクルオスらも同様だ。


 だが、それと同時にジューナタットをはじめ廃天使達は一斉に姿を消していた。廃天使側からすれば、予め定められた規定の行動だったのだろう。


「あーもー、しんじらんない。戦いはこれからだってゆーのにー!!」


 プニラがプリプリと怒りをぶちまけた。天眷を解放されて、やっと全力で戦えると思った矢先の出来事だった。


「落ち着きなさいプニラ。はしたないですわ。この借りはいずれキッチリと返させて頂きますわ」


 落ち着き払ってテネローハがたしなめ、手にしていた小石のようなものを放り投げた。プニラがなんとなく拾って眺める。それは、丸めて圧縮された剣だった。プニラは笑顔のまま青ざめた。


 神使と廃天使の戦いの決着は、次回以降へと持ち越される事となった。長きにわたる神々の戦いの、これは序章に過ぎなかった。


「……逃したか」


 しばらくして、神使達の元へユウナギとアキュレイユが合流した。


「みんな。迷惑をかけてすまない。だが、話は後だ。今から、第4惑星の生き残った生命を全て救出する」

「救出? もう敵はいないはずですわ」

「ああ。でも、ラフィシルがバラまいた瘴気が生き物には毒なんだ。これ以上、誰も何も失わせないぞ」


 神使達は黙ってうなずき、瞬時に各地に散って行った。その後、ナナを含め殆どの神使が地上に降り、救出作業を手伝った。



―――――――――――――――――――

◆移住

―――――――――――――――――――


 数ヶ月後。


 生き残った全てのヒト種、亜人種、魔獣、動物等の全個体と、植物や菌類等の全種類のサンプルが、ユウナギの用意した船に運ばれて新たな大地に降り立った。そこはラフィシルによる破壊と瘴気(アムザミ)の影響は皆無で、全てが平穏で豊かであった。


 ユウナギ達がこのような直接的な支援に踏み切るほど、今回の瘴気による彼の地の汚染は深刻だったのだ。


 新天地では、それぞれの種族がそれぞれの都合にそって新たな土地を与えられ、そこで暮らすこととなった。この時点で、ヒト種と亜人種の人口は約1/600にまで激減していた。


 ルーヴとレフィキュルの和解によりアールヴとノグアードの争いは収束するかと思われた。しかし、親兄弟を殺された無名の者たちにとってはそう簡単に割り切れる話ではない。この2つの種族は別々の大陸に配置された。




 ところで。余談ではあるが、今回の魔導革命メギア・ノイツローベルには、カクリヨ議会によって密かに条件が付けられていた。革命で得た知識と技術は現世代一代限りのものとされたのだ。革命の成果はこの時代のアールヴにとって分不相応であり、今後の健全な発展を妨げるとの理由からであった。


 具体的には、魔導書(アーディロード)飛行杖(ラキシオン)水薬(リキシル)などが全て破棄され、技術の伝承も禁じられた。


 もっとも、幾人かそれに従わない者達がいたらしい。彼等は成果物を隠匿し密かに後世に伝えたのだ。それらのアイテムは後にロストテクノロジー扱いされ、伝説の秘宝に数えられた。また、技術の詳細は失われても基本理念は残り、今後のアールヴの発展に大きな影響を与える事となった。




 さらに数ヶ月後。アールヴ達の居留地には小さな町が生まれていた。石を削る音。木を切る音。職人たちの叫び声。先の悲劇を忘れようと人々は懸命に働き、通りは活気に満ちていた。


 ルーヴを乗せた木製の車椅子を手で押しながら、町の外れのうららかな小道をシアは歩いていた。とりとめのない話をとりとめもなく話し続ける。


「ほら、ルーヴ今日もいい天気よ。あ、見て。変な虫が飛んでる」


「魔王国の人達はもう遠くの大陸へ行っちゃった。レフィキュルが『この借りは必ず返す』とか言ってたけど、ホントかな」


「アールヴの他にもレアムローンや亜人達や全部の種族がこの場所にきたんだって」


「ロロクルオスの"巻き戻し"でも魂は治せないんだって」


「でも大丈夫。レイドもずっと研究してるし、ラギも協力は惜しまないって。きっとすぐ治るよ」


「あ、そろそろお腹空かない? 何か食べに行こうか」


「そう言えば聞いてよ、この間クックルがねー」



**********



 地上でも宇宙でもこの世でもない何処かに、数人の人影があった。その中の一人、ジューナタットが突然大剣で刺し貫かれた。呻く彼の前に一人の男が歩み出る。


「ジューナタットよ。我々の計画に失敗は許されない」


 マントを羽織り、フードを目深にかぶった片目の男が無感動な声で言った。


「イタタ。酷いなぁ。私は死にませんが、痛みは感じるんですよ?」

「わかっている」


 そう言って、片目の男は突き刺した大剣をなおも押し込んだ。


「"予言"は後4つあるというのに、カルデナエスの鍵を失うとは……」

「それでしたら心配ご無用」


 ジューナタットが合図をすると、廃天使メルタノーテが砕けたカルデナエスの鍵の残骸を持ってきた。


「材料は揃っています。時間さえあれば修復は可能です」

「…………フン」


 表情一つ変えず、片目の男は無造作に剣を引き抜いた。


「おおう。もう少しそっとやって頂ければありがたいのですが」

「先走った罰だ。……すべてはあのお方のために」


 そう言って、片目の男は踵を返した。それを合図に廃天使達もそれぞれの仕事に散っていく。


 一人残されたジューナタットの傷はすでに癒えており、彼は紳士然としてホコリを払い服装を整えた。


「堅物め」


 真意の読み取れないニュートラルな笑顔を浮かべ、ジューナタットは小さく呟いた。



**********



 天界(カクリヨ)。冥府。


 冥府の死者の街の一角でユウナギは黄昏れていた。今回の一連の出来事について1人で反省をしていたのだ。その彼の下を合成天使のナナが訪れた。


「今回ばかりはドジが過ぎましたね」

「……返す言葉もないよ」


 ナナの言葉に力なくユウナギが答える。


 ナナはそれ以上追求しなかった。今回の件がよほど堪えたらしく、ユウナギはずっと落ち込んでいたからだ。彼も十分わかっているのだ。


「そんな事よりユウナギ様。お仕事です」


 淡々とナナは言った。それは彼女なりの配慮だったのかもしれない。往々にして、こういう時は何かやることがあったほうがよいものだ。


「新たな神使の選定作業に少し遅れが出ているようです」

「わかった。行こう」


 この時期、神使の人数が急激に増えていた。特にアールヴの割合が多く、全体の半数近くを占める程であった。


 その中で、英雄ヒューゼル・ロイヒに対しても当然神使への勧誘が行われていた。しかし、ヒューゼルはその誘いをにべもなく断り、転生を選んだ。ユウナギは残念がったが、優秀な人材を全て神使に取り立てていたのでは地上の人材が不足する事になる。それでは本末転倒というものだ。


 ナナは遠慮なくユウナギをこき使った。周りの神使も引くほどであったが、忙しく働くことで、ユウナギは少しずつ落ち着きを取り戻していった。



**********



 カクリヨ人工天体の中央に世界エディタ(リアルエンジン)の統括システム汎用基幹演算装置(メインフレーム)があった。リアルエンジンをソフトウェアだとすれば、メインフレームはハードウェアにあたる。リアルエンジンの機能の殆どをこのメインフレームで処理しているのだ。


 リアルエンジンの主な機能は、"真理"にアクセスすることで世界や物事に干渉することであるが、他にもさまざまな機能が存在する。書庫(アカシックレコード)や執務室にある原初の池もこのシステムの一部であり、神威や天眷も理屈は同様だ。それらの一連の仕組みを、ユウナギ達は単に"システム"と呼んでいた。


 その、システムからのメッセージがユウナギの神威ブラウザ宛に届いた。


〈アールヴの種族レベルが10を超えました。進化出来ます〉

〈→ 上位アールヴ(仮)〉

〈→ 強化アールヴ(仮)〉

〈→ 特魔アールヴ(仮)〉

〈→ カスタム〉


「おお。久々だな。進化イベント」


 第4惑星の生命の誕生と進化は、自然に起こるものばかりではなかった。リアルエンジンの"生命デザインエディタ"を使って、神であるユウナギの手が少なからず加えられていたのだ。



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生命デザインエディタ

  オリジナル生命制作機能

  ゲノム編集機能

  進化ツリー管理機能

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 旧世界のカンブリア紀にあたる生命の黎明期には、進化の可能性を探るため、ユウナギにより様々な生命体が生み出されていた。新しく独自に創られたもの。特定の改変を施されたもの。既存のものを様々に組み合わせたもの。


 そして、それらの生命が経験を積んで進化する時、その方向性を選ぶことも出来た。


 そうした試行錯誤の中からやがて哺乳類が生まれ、アールヴにまで進化したのだ。


 ただ、生物相が安定してきた最近では、ユウナギがオリジナル生物を作ることは無くなり、新しく進化する種族も減っていた。そんな中でのアールヴの進化イベントであった。


 複数の種族を誕生させても良いし、全く進化させなくても良い。決定権はユウナギにあった。彼の選択により、アールヴの運命が左右されるのだ。


「さて、どうするかな」


 ユウナギは座り込み、微動だにせず3年ほど考え込んだ。そして、彼が出した結論は……。



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◆画蛇添足

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【アールヴ暦24万8千年代】



 第三次予言戦争よりおよそ1万4800年後。


 "旧"帝国帝都レプラローフを発見した考古学者(ジオロキア)ローチア・ラセル一行は帰り支度をはじめていた。ただ一人を除いて。


「おい、ローチア、帰るぞ」


 助手件用心棒のタナシッサの呼びかけなど全く耳に入らぬ様子で、ローチアは魔導手帳(ターブルト)に何かを書きなぐっていた。魔導手帳とは、旧世界のタブレットに似た魔法装置で様々な機能を持っており、指でなぞるだけで考えた事が書き込まれるようになっている。


「何やってんだよ。おめーは」

「うるさい。今いいところなのだ。ジャマをするな!」

「いいから来い」


 業を煮やしたタナシッサがローチアの白衣の襟首を掴んで引きずっていく。日頃の言動からタナシッサは忘れがちだったが、これでもローチアは女性である。


「な、何をする貴様ーー!!」

「やかましい! 一旦帰って、最新の機材を用意してまた来るんだろ!? 本格的な調査はそれからだ」

「うぬゥ……」


 約10分。なおもローチアは抵抗したが、予算がどうの、手続きがどうのと言うタナシッサの説得にとうとう白旗を上げた。


「致し方ない。一旦帰るか……」


 ヤレヤレといった表情で、ローチアは天に浮かぶ伴星を見上げた。


「……我が故郷、第5惑星(リリル・ナル)へ」



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 この時代ではあまり知られていなかったが、実は、予言戦争直後、地上の者達はユウナギらの手によって、第4惑星(アル・ヘスラ)から第5惑星(リリル・ナル)へと移住させられていた。ラフィシルの撒き散らした瘴気から逃れるためである。


 それから数千年。ユウナギや神使、星動脈に住まう人工精霊体(セイレイ)達の活動により、第4惑星(アル・ヘスラ)の浄化はほぼ完了していた。


 更に数千年後。


 第5惑星(リリル・ナル)の地表で発展と衰退を繰り返し、幾度かの大戦を乗り越えて、アールヴ文明は遂に"近代"の領域に差し掛かった。魔法による近代文明の誕生である。大都市には摩天楼がそびえ立ち、政治的経済的に成熟し、ついに宇宙にまで手を伸ばした。


 そしてさらに、巨大な惑星間転送門(プロトラ・テーガ)を作り上げ、忘れられたかつての故郷第4惑星(アル・ヘスラ)に入植を開始したのだ。その中心的役割を担ったのが、新人類ノア・アールヴであった。


 ちなみに"ノア"とは、アールヴ語で新しい、または上位の、という意味である。もっとも、彼ら自身は自らを単にアールヴと呼んでいたのだが。



**********



 ローチアはしぶしぶ荷物をまとめ、乗ってきた飛航艇"レイドーク号"のタラップに足をかけた。その時、大事なことを1つ思い出した。


「そうだ、レアはどうした!?」


 今まで遺跡の事で頭が一杯で忘れていたが、彼女は友人の子供を預かって、ここへ連れて来ていたのだ。慌てて引き返し探し始める。彼女もレアを蔑ろにしていたわけではなく、ただそこまで頭が回らなかっただけであった。


 その頃、彼女の心配を他所に、小さな少年レアは飛航艇の中で眠りこけていた。ローチアに遊んでもらえずに、飽きてふて寝していたのだ。シートの上で丸まって眠る彼の髪の毛は短命種(レアムローン)にしては珍しい赤毛で、光に照らされ、まるで魔法の炎のように燃え上がって見えた。



【魔王編・完】

【続く】



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