第40話(最終話)、水月
初代皇帝・孫紹の治世は、父・孫策と上皇・劉協が築いた平和の礎の上に、確かな安定と繁栄をもたらした。
魯粛、陸遜ら賢臣たちの補佐を受け、若き皇帝は民を慈しみ、公正な政治を行い、中華の地には久しく忘れられていた穏やかな日々が続いていた。
その姿を頼もしく見届けた孫策は、まだ壮健ではあったものの、天下の政は完全に息子とその臣下たちに委ね、自らは全ての公職から退くことを決意した。
彼は、戦乱の記憶が遠のいた故郷、江東の豊かな自然の中に、終の棲家を構えた。
そこは、父・孫堅が眠る地からもほど近く、長江の流れを望む風光明媚な場所だった。長年の戦いの日々で張り詰めていた心身を解き放ち、彼はようやく訪れた穏やかな日々を慈しむように過ごし始めた。
その傍らには、常に二人の女性の姿があった。
正妻として、彼の激動の人生に寄り添い、影となり日向となって支え続けた大喬。
そして、側室として迎えられ、息子・孫紹の母となり、彼に深い安らぎを与えた小喬。
かつて三人の間にあった複雑で痛ましいわだかまりは、長い年月と、共に乗り越えてきた多くの出来事の中で、互いを深く理解し、尊重し、労り合う、穏やかで温かい家族の絆へと姿を変えていた。
孫策は、釣り糸を垂れて長江の流れを眺めたり、庭で元気に走り回る孫たちと屈託なく戯れたりして時を過ごした。
時には、かつての戦友である太史慈や甘寧らが訪ねてくれば、昔の武勇伝や苦労話に花を咲かせ、酒を酌み交わして笑い合った。
そんな夫の姿を、大喬は縁側で静かに茶を啜りながら、優しい眼差しで見守り、小喬は甲斐甲斐しく世話を焼きながら、その穏やかな日々に心からの幸福を感じていた。
しかし、英雄といえども、永遠の時を生きることはできない。天下統一という偉業を成し遂げ、平和な世の訪れを見届けた孫策にも、静かに最期の時が近づいていた。
老いと共に穏やかに衰え、病床に伏した彼の枕元には、最愛の二人の妻、大喬と小喬が、昼夜を問わず付き添っていた。知らせを受け、皇帝・孫紹も度々駆けつけ、父の手を握り語りかけた。
孫策は、もはや苦しむ様子もなく、ただ安らかな表情で、傍らにいる愛しい者たちの顔を一人ひとり、慈しむように見つめた。
「大喬…小喬…ありがとう…。お前たちが…いつもそばにいてくれたから……俺は、ここまで…歩んでこられた……。」
それが、彼がこの世に残した、最後の言葉だった。
温かな家族の愛に満たされながら、かつて江東の小覇王と恐れられ、中華に覇を唱えた男は、まるで眠るように、静かに、そして満ち足りた表情で、その波乱に満ちた六十余年の生涯の幕を下ろした。
夫の死後も、大喬と小喬は、共に孫策の思い出を語り合い、互いを支え合いながら、江東の屋敷で静かに時を重ねた。皇帝となった孫紹は、二人の母を深く敬愛し、その生活を丁重に支え続けた。
そして、孫策の死から十数年の歳月が流れた、ある穏やかな春の日。
大喬もまた、静かに旅立ちの時を迎えようとしていた。薄れゆく意識の中、彼女の脳裏には、駆け抜けてきた激動の人生が、まるで走馬灯のように鮮やかに映し出されていた。
あの皖城の庭で、一人奏でた琴の音。
戦火の中での、運命の再会。
憎しみから始まり、いつしか深い愛情へと変わっていった、若き覇王との日々。
彼を影から支え、時にはその戦略にまで関わり、共に多くの困難を乗り越えてきたこと。
周瑜との密やかな連携と、彼の最期の言葉。
愛する妹・小喬との間にあった、痛みと、そして和解。
そして、最愛の夫・孫策と共に過ごした、晩年の穏やかで満ち足りた時間……。
(孫策様…貴方と共に生きたこの人生は、嵐のように激しく、そして陽だまりのように温かいものでした。数えきれないほどの喜び、胸が張り裂けるような悲しみ、そして、かけがえのない愛おしい瞬間…。私は、貴方の妻として、貴方の隣で生きられたことを、心の底から誇りに思います。貴方が命を懸けて築き上げたこの平和な世で、孫紹が立派に皇帝としての務めを果たし、民が笑顔で暮らしているのを見届けられたこと、それが、今の私にとって何よりの宝物です。…周瑜様、貴方が託してくださった約束も、これで、果たせたと言っても…よろしいでしょうか。…可愛い小喬、貴女も本当に強く、美しくなりましたね…もう、何も心配はいりませんよ。……ああ、孫策様……もうすぐ、貴方のおそばへ参ります。また、あの月夜のように、静かに語り合えますね……。)
柔らかな春の日差しが降り注ぐ部屋で、大喬は、まるで遠い日の夢を見るかのように、穏やかで、どこか懐かしむような微笑みをその口元に浮かべ、静かに息を引き取った。
その生涯は、歴史の表舞台で語られることは少なくとも、愛する者を守り、支え抜いた、気高く美しいものであった。
小喬もまた、その数年後、姉や夫の後を追うように、息子・孫紹や孫たちに見守られながら、安らかにその生涯を閉じたと伝えられている。
* * *
これにて、江東の風雲児・孫策と、彼を愛し支えた二人の喬――大喬と小喬、そして若くして散った稀代の軍師・周瑜の物語は、終わりを告げる。
後世、孫呉王朝の礎を築き、初代皇帝の父となった孫策は、その武勇と功績を称えられ、「武照帝」の諡号を追贈された。
歴史書には、若くして江東を平定し、中原の覇者・曹操をも打ち破った、漢王朝の黄昏を鮮烈に照らした英雄として、その名が刻まれている。
彼の無二の親友であった周瑜は、その功績を高く評価される一方で、彼が提唱したとされる「天下二分の計」の半ばで、益州攻略の途上に斃れたことから、「才気溢れる名軍師であったが、策に溺れ、時期尚早な西進がその命を縮めた。」といった、一部の史家による批判的な評価も残されることとなった。
初代皇帝・孫紹の実母である小喬は、国母として篤く敬われ、その美しさと共に、「孫策に深く寵愛され、その心を癒した賢夫人」として、しばしば美化されて語られた。それは、王朝の正統性を補強するための、後世の脚色も含まれていたのかもしれない。
そして、大喬。
彼女については、公式な歴史書の記述は驚くほど少ない。「小喬の実姉であり、共に孫策の夫人となった美女」という程度の記述に留まることが多かった。
彼女が持つ類まれなる聡明さ、夫の戦略にまで深く関与した知性、そして「水月」を率いて影から孫呉の勝利に貢献したという「真実」は、記録に残されることなく、歴史の闇に埋もれていった。彼女は、自らが望んだ通り、夫を照らす「影」に徹し、その役割を静かに終えたのである。
歴史書に記されるのは、常に勝者の視点から描かれた記録であり、後世の解釈によって様々に彩られた物語である。そこに、生身の人間たちが経験したであろう、複雑な心の機微や、語られることのなかった真実の姿が、ありのままに映し出されることは稀である。
孫策と大喬、周瑜と小喬。彼らが織りなした、愛と戦い、苦悩と喜び、そして再生の物語の本当の姿は、もはや知る由もない。
ただ、彼らが確かにこの乱世を駆け抜け、愛し、傷つき、それでも未来を信じて戦い抜き、そして今に繋がる平和の礎の一つを築いたことだけは、我々の心の中に、伝説として残されていくのかもしれない。
【風受ける帆〜孫策と大喬、周瑜と小喬の物語 了】
これにて、風受ける帆、物語は終了となります。
拙い構成、未熟な文章ではありましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
自分の好きな三国志のキャラクターに、IFストーリーで動いてもらうのはとても幸せな時間でした。
もし良ければ、↓の☆ボタンを押して頂けるととても嬉しいです。
次作、「転生してないけど、俺の知ってる劉備と違うんだが!?」執筆始めました。
https://ncode.syosetu.com/n4031kk/




