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第23話、狂い出した歯車

周瑜の死。

その報せは、孫呉全体を深い悲しみの淵へと突き落とした。

中でも、無二の親友であり、覇業を分かち合った半身とも言うべき存在を失った孫策の衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがあった。


彼は、まるで魂の抜け殻のように、自室に閉じこもりがちになった。覇気に満ちていたその瞳からは光が消え、軍議にも身が入らない。


益州攻略の軍勢は、魯粛や程普といった宿将たちが懸命に支え、前進を続けていたが、総大将である孫策のこの状態は、遠征軍全体の士気にも重く影を落とし始めていた。


襄陽の周瑜の屋敷では、小喬がただただ涙に暮れる日々を送っていた。

若くして、そしてあまりにも突然に訪れた最愛の夫との別れ。その事実は、彼女の華奢な心には到底受け止めきれるものではなかった。


食事も喉を通らず、日に日にやつれていく姿は、見る者の胸を締め付けた。姉である大喬も、深い悲しみと共に、妹の身を案じ、心を痛めるばかりだった。


そんな小喬の元へ、孫策は頻繁に足を運ぶようになった。それは、妹を心配する義兄としての純粋な気持ちからか、あるいは自身もまた、親友の面影を求めてのことだったのか…。

最初は、周瑜の遺影が飾られた静かな部屋で、ただ無言の時を過ごすだけだった。

しかし、やがて二人は、ぽつり、ぽつりと、今は亡き人の思い出を語り合うようになった。


「周瑜はな、若い頃から何事も完璧でないと気が済まぬ男で…だが、一度心を許した相手には、とことん情が深かった。」


「まあ…あの方は、そのような熱い一面もおありでしたのね。わたくしの前では、いつも穏やかで、まるで春風のようでしたのに…。」


孫策の話から、小喬は知らなかった夫の別の顔を知る。

小喬の話から、孫策は親友の優しい素顔を見る。


思い出を共有する時間は、互いの深い喪失感をわずかに和らげる、唯一の慰めとなっていた。


大喬もまた、周瑜の死を深く悼んでいた。

彼は、自分の秘密の活動を理解し、黙認してくれた、得がたい理解者であり、密かな協力者だった。

その存在を失ったことは、彼女にとっても計り知れない損失であり、言いようのない孤独感をもたらしていた。


(孫策と小喬のこと、頼みます…。)


周瑜が最期に託した言葉が、重く胸に響く。

しかし、深い悲しみに沈む夫と妹を前に、自分に一体何ができるというのだろう。

どんな情報網も、どんな策も、人の心の深い傷までは癒せない。大喬は、途方に暮れるような無力感に苛まれていた。


そんな暗く重い日々が続いていたある夜のことだった。周瑜の屋敷を訪れた孫策の前で、小喬が堰を切ったように泣き出した。

溜め込んでいた悲しみ、寂しさ、そして未来への不安が、一気に噴き出したかのようだった。


「もう…もう耐えられません…! 寂しくて…苦しくて…どうすればよいのか…。」


その痛切な叫びに、孫策はたまらず彼女の華奢な体を強く抱きしめた。


「小喬…辛かったな…。分かる、分かるぞ…。」


彼はただ、そう繰り返すことしかできなかった。

小喬は、兄のように頼もしい孫策の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくった。

そして、まるで溺れる者が藁にもすがるように、彼の逞しい体に強く、強くしがみついた。


孫策は、妹を慰めようと、その震える背中を優しく撫で続けた。

しかし…腕の中に感じる、か弱く、温かく、そして甘い香りを放つ柔らかな肢体。


彼の意志とは裏腹に、心の奥底で眠っていたはずの男としての生理現象が、不覚にも疼き始める。

体の中心に、確かな熱が宿っていく。まずい、駄目だ、こんな時に俺は…!彼は必死で理性を呼び覚まそうとした。


小喬は、彼の体の変化に気づいた。

だが彼女は、泣き濡れた顔を上げ、潤んだ瞳でじっと孫策を見つめた。

その瞳に、非難の色はない。


彼女は、自らその身を離そうとはしなかった。

夫を失った深い孤独の中で、彼女もまた、確かな繋がり、肌の温もりを渇望していたのかもしれない。


どちらからともなく、二人の顔が吸い寄せられるように近づき、唇が重なった。


それは、激しい情熱の爆発ではなかった。

互いの胸にぽっかりと空いた喪失の穴を、ただ埋め合わせるかのような、切なく、そして抗うことのできない衝動だった。

その夜、静かに、二人は許されざる一線を越えてしまった。


そして、一度踏み出してしまえば、もう後戻りはできなかった。

喪失感を共有する二人は、互いを求めることでしか、その苦しみを一時でも忘れられないかのように、密会を重ねた。

孫策は、妻である大喬への罪悪感と、親友・周瑜への裏切りに苛まれながらも、小喬の元へ通うことをやめられなかった。


そんな禁断の関係が続く中、小喬の体に明らかな変化が訪れた。医者の診察により、彼女が子を宿していることが判明したのだ。

父親は、言うまでもなく孫策である。

予期せぬ懐妊は、二人に喜びよりも、むしろ途方もない不安と、逃れられない現実の重さを突きつけた。


そして、その個人的な苦悩に追い打ちをかけるかのように、益州の前線から、さらに衝撃的な凶報がもたらされた。


「申し上げます! 益州方面軍より急報! 劉璋は既に実権を失い、かの地は、いつの間にか入り込んでいた劉備なる者に乗っ取られた模様! 我が軍は各地で劉備軍の抵抗に遭い、多大な損害を出して、益州より完全に撃退されたとのことにございます!」


劉備―かつて荊州で劉表の客将となっていた男が、いつの間に益州を簒奪し、孫呉の野望を打ち砕いたというのか。


親友の死、義妹との許されぬ関係とその結果、そして戦略目標の完全な喪失。


立て続けに襲い来る悲劇と困難は、若き覇王・孫策の心身を、そして孫呉の未来を、かつてないほどの暗雲で覆い尽くそうとしていた。


大喬は、この三重苦の中で、周瑜から託された言葉の意味を、そして自らが果たすべき役割を、改めて問い直さざるを得なかった。

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