【閑話一】華燭の夜
以下の内容は、性的な描写を含んでいると判断されるかもしれません。
作者にいたずらに性描写をする意図はなく、孫策と大喬の関係性の変化となる大切な場面ですので、閑話として上げました。
私の力量不足により、ここに載せるのに相応しくないと判断された場合は削除致します。
華燭の典の喧騒が遠ざかり、しんと静まり返った夫婦の寝室。
揺れる灯火が大喬の白い頬を照らし、緊張に強張るその表情を映し出していた。婚礼衣装から寝間着に着替えても、心の鎧はまだ脱ぎきれない。
これから起こるであろう未知の出来事への恐れと、ほんの少しの好奇心。
そして、目の前にいる男――江東の小覇王、孫策に対する複雑な感情が、彼女の中で渦巻いていた。
孫策もまた、どこか落ち着かない様子で部屋の中を歩いていた。
やがて意を決したように大喬の隣に腰を下ろすと、その手を取ろうとして、ためらい、そしてゆっくりと彼女の肩に触れた。
「大喬。」
囁くような声。
その指先は、戦場で数多の敵を薙ぎ払ってきたとは思えぬほど、不器用に震えているように見えた。
経験がないのは、彼も同じなのかもしれない。その事実に気づくと、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
「怖いか?」
孫策の声は優しい。大喬は小さく頷く。
彼は、無理強いはしない、というように、ただそっと彼女の背中を撫でた。
その手のひらは大きく、そして熱い。
肌に直接触れているわけではないのに、衣越しに伝わるその熱が、大喬の体の芯をじんわりと温めていくようだった。
「私も、初めてだ。」
ぽつりと漏らされた言葉に、大喬は顔を上げた。まさか、と思った。この、覇気に満ちた男が?
彼の瞳には、いつもの自信とは違う、戸惑いと真摯な色が浮かんでいる。その意外な一面に、大喬の心の壁がまた一つ、音もなく崩れた気がした。
月明かりに肌が照らされる。
大喬は思わず目を伏せる。しかし、すぐに孫策の熱い視線を感じ、恐る恐る彼を見た。
彼の瞳は、驚きと、それ以上に抑えきれないほどの熱い賞賛の色をたたている。
それは、征服者の視線ではなく、ただ一人の男が、焦がれてきた女性の美しさに心を奪われている、そんな純粋な眼差しだった。
「綺麗だ。」
掠れた声で呟き、彼は震える手で大喬の頬に触れ、その唇に自身の唇を重ねた。最初はぎこちなく、互いの息遣いを探るようだった口づけは、次第に熱を帯びていく。
初めて間近で感じる彼の熱、力強い腕の感触。
心地よい感覚と羞恥心がないまぜになり、涙が滲む。しかし、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ、この強く、そして不器用な男に全てを委ねてしまいたいような、不思議な感覚に駆られていた。
皆が恐れ、あるいは崇める「小覇王」が、今、自分だけに夢中になっている。その事実が、彼女の奥底に眠っていた女としてのプライドを静かに満たしていく。
やがて孫策は、さらに彼女を強く抱きしめ、寝台へと導いた。
鋭い痛みが走り、大喬は思わず息を詰めた。美しい眉がきつく寄せられる。
その苦痛の表情に、孫策も動きを止めたが、彼の興奮は既に頂点に達していた。数回の浅い衝動の後、彼は短く呻き声を上げると、あっけなくその熱を放ってしまった。
静寂が訪れる。残されたのは、大喬の体の鈍い痛みと、予想外の結末に対する呆然とした気持ち。そして、孫策の荒い息遣いだけだった。
「…………すまん。」
ぽつりと呟き、孫策は気まずそうに大喬から体を離すと、くるりと背中を向けてしまった。
その肩は力なく落ち、いつも雄々しく見える背中が、今はひどく小さく、頼りなく見えた。
その姿を見た瞬間、大喬の中に、ふっとおかしみにも似た、温かい感情が込み上げてきた。
これが、江東を席巻する男の、誰にも見せない姿なのだろうか。なんだか…かわいらしい、とさえ思ってしまった。
彼女はゆっくりと身を起こすと、背を向けたままの孫策の正面へと回り込んだ。
戸惑い、視線を合わせようとしない彼の目に、大喬は悪戯っぽく、しかし慈しみに満ちた光を宿して囁いた。
「まだ、終わりではございませんでしょう?」
そしてためらうことなく、その柔らかな唇で優しく慰撫し、温かい吐息を吹きかける。
最初は驚きに強張っていた孫策の体から、次第に力が抜けていく。そして彼は、再び熱を取り戻し始めた。
唇を離し、潤んだ瞳で孫策を見上げると、大喬は悪戯っぽく微笑んだ。「さあ…。」と囁き、彼女は彼を寝台に優しく押し倒す。
今度は、痛みよりも深く満たされるような感覚が、大喬の体を貫く。月光に照らされた彼女の白い肌は汗ばみ、艶やかに波打つ黒髪がその動きに合わせて揺れる。
熱い波が何度も二人を襲うが、一度経験したことで、孫策も今度は耐えることができた。ただひたすらに深く、深く溶け合う。
長い、甘い余韻。二人分の荒い息遣いだけが、静かな部屋に響いていた。
やがて、深い満足感と疲労感の中で、孫策は安らかな寝息を立て始めた。大喬はその無防備な寝顔を、そっと自分の胸に抱き寄せる。規則正しい呼吸が、彼女の肌に温かく伝わる。
昼間の勇ましい「小覇王」の姿はそこにはない。ただ一人の、愛しい男がいる。この人を守りたい、支えたい。込み上げてくるのは、燃えるような恋情というよりも、深く、穏やかな慈しみの感情だった。
大喬は、幼子をあやすように、そっと彼の髪を撫でた。
(せめて私の腕の中では、その重い鎧を脱いで、安らかにお眠りください…孫策様。)
静かな微笑みを浮かべ、彼女は愛しい人の寝顔に、そっと唇を寄せた。月は、雲間から優しく二人を見守っているようだった。




