27.旅は道連れ
♪通りゃんせ 通りゃんせ
♪ここはどこの 細道じゃ
♪天神さまの 細道じゃ
♪ちっと通して 下しゃんせ
♪御用のないもの 通しゃせぬ
♪この子の七つの お祝いに
♪お札を納めに まいります
♪行きはよいよい 帰りはこわい
♪こわいながらも
♪通りゃんせ 通りゃんせ
「……さあ、次はどんな遊びをしようかな?」
奥座敷に佇んだ少女ーー否、"座敷わらし"は、ころころと無邪気に笑い続けていた。
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「あぁ? ミカジメ料が払えねェだあ⁈」
新緑芽吹く昼下がり。金のスズメのさえずりが、執務室いっぱいに響き渡る。
「っはい。シマのヤツら、口を揃えて言うんです。勝ったら倍にして返すから勘弁してくれって」
カルマファミリーの管轄下に置かれているという恵運村。彼の地はいわゆる不可侵地域で、イタリアマフィアの勢力が及んでいないらしい。
だんだん、影助のこめかみに青筋が立てられていくのが見える。堪忍袋の尾はとっくに切れてしまったようだった。
「チッ! ギャンブル依存かよ。ンなもん、とんずらこくヤツの常套句に決まってンだろうが」
恵業は、信濃の持ってきた報告書にざっと目を通す。
「……まあたしかに、いくらなんでもこれはねえな。そればかりかーー信濃、こりゃ一体全体どういうことだ」
恵業が指差した項目には、"人口"とだけ記されている。
「367人……住民の人の数、ですよね?」
(多いのかな、少ないのかな)
新参者の陽にはいまいち相場が分からない。
「それが、減ってるんだよ。先月より30人も」
そらみたことか!と、影助は後ろで興奮気味である。
「村、ですか。ありえない話ではないですが、単なる死者数とも信じがたいですよねえ」
それならば原因はなんなのだろう。陽はあまりオカルトに明るい方ではないが、ふいに"神隠し"という単語が脳裏を掠めた。
「……嫌な予感がするな。セイコ、車出せるか」
「んもー! 人使いが荒いんだからー!」
セイコはぷりぷり怒りながらも、鼻歌まじりで車庫に向かっていった。
カルマファミリーの管轄下といえど、何が起こっているのか全く把握できない村。陽は実家の置き物の一つである無事かえるを意識して、いってらっしゃいと強く言う。
「何言ってンだ? 陽も行くぞ」
陽は少々面食らってしまうが、影助曰く社会科見学の一環なのだそうだ。
(私にしかできないことも、きっとあるはずだよね)
一貫して真面目な陽。断る理由もなし。そういうことならと、いつものようにトランペットケースを抱いた。
「あっ、朧さんは?」
5人乗りの、真っ赤な車。しかし陽は、いつまでも聖田が車に乗り込んでこないことに違和感を覚えた。
「……残念ですけれど、僕には始末書のまとめ作業がまだまだ残っていますので」
つまり、聖田はわざわざ陽たちのお見送りに出てきてくれたということだ。陽はなんだか胸がいっぱいになってしまう。お見送りだけだとしても心強い気がした。
「お土産……は買えないから、帰ってきたらどんな場所だったのかお話します!」
「ええ。陽さんのお土産話、楽しみにしていますよ」
陽は聖田に、手を出すよう促される。
「"湿っているね、あなたの手は。"」
「ええっと、"まだ若くて悲しみを知らない手ですから"ーー?」
陽の予想が正しければ。上目遣いで聖田を見上げる。
「……ふふっ、さすがです陽さん。シェイクスピア作品までご存じだったとは」
"オセロー"は切なさの中に美しさもあり、陽も大好きな作品だ。なぜ突然、聖田の口からこの作品が出てきたのかは分からなかったが、ひとまず期待を裏切らなかったようで何よりだ。
「色気づきやがってよォ、クソが」
そう言う影助はというと、頬杖をつき、ちゃっかりシートベルトを緩めてしまっていた。
「ああっ! 影助さん、シートベルトはちゃんと締めないとダメですよ。事故のもとなんですから」
陽はゆるゆるのシートベルトを直そうとするが、影助から激しく拒絶される。
「そうか。陽はまだ知らねえんだったな」
恵業は、なぜだか同情したようにこちらを見つめている。
「テメェで工夫しなけりゃ、文字通り地獄を見ることになンぞ」
「えぇ? それってどういうーー」
言い終わらないうちに、車は発進してしまった。ーー激しく。前に、前に。
*
「赤信号守って!」
「ヤクザ止めしないで!」
「煽っちゃだめーーー!」
荒々しすぎるドライブに、なかば半狂乱になる陽。しかしながらこちらの悲痛な叫びなど、運転手・セイコには届きやしない。
影助と陽は、何度も吐きそうになるのを、遠くの景色を眺めたり、酔いに効くと言われるツボを互いに押し合ったりして堪えようとしていた。
「あはははは! アタシ、目立つのって大好きなのー!」
車は国道を縦横無尽に駆け回り、風を切り裂いてゆく。いっそすがすがしいなと恵業が呟く。どうやら三半規管が強いようだ。
「いー、加減にっ、しろ……!」
「何を今さら。カーチェイサーの文堂 セイコとはアタシのことよ!」
セイコはハンドル片手に自慢げである。
「……こんなのを認めたくねェが、ドラテクで言ったらヤツの右に出る者はいない」
息も絶え絶え、影助は何かを悟ったような口ぶりでそう告げる。テクニックがありすぎるがゆえ、最終的にこのような運転スタイルに落ち着いたらしい。いや、もしかしたら『暴走した』の間違いなのか。
(じょ、上級者だ……!)
陽は一周まわって、事故になる一歩手前で切り返したり、崖から勢いよく遠ざかったりできるセイコを純粋にすごいとも思い始めていた。
ハイスピードとは裏腹に、だんだん開けたーーのどかな田園風景が見えてきた。