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幸狂曲第5番〈Girasole〉  作者: 目玉木 明助
第2楽章 花一倶楽部編
28/94

25.あきらはるはあきらめない

部屋でひとしきり休んで目を覚ました頃には、すでに日もとっぷり暮れていた。ハッとなって時計を探し出すと、はるは叫びそうになるのを必死に堪えた。


 いくら疲れていたとはいえ、こんなに長い時間眠ってしまうとは。はるは自分で自分が信じられなかった。




 ずっと自室にこもりきりでいるのもどうかと思ったので、はるはひとまず、何かしらお手伝いできることはないかとドアノブに手をかける。


(他のみんなも疲れてると思うし、ここは私の出番かな?)


 外に出てみると、しゃかしゃか歩く駿河するがの背中が見えた。


「あ、駿河するがさん! おはようございまーー」

「うをを! なんだヨウさんか!」


 あ、今はこんばんはなんだったと思う間も無く、駿河するがが大声を出す。


「すみません、びっくりさせてしまって……! あれ? 駿河するがさんの持ってるものって」


「あーこれですか。花一のヤロウが目覚めたらしいんで、そいつの夕食です。」


 寝ぼけまなこで相槌を打つ。


「アンダーボスに頼まれちまったんですよねえ……ちぇっ。あの人、俺がちょっとボスに強く出たくらいでこれですよ。嫌がらせかなあ」


ーーオフレコでおなしゃす、と駿河するがは声を顰めた。


 はるは、初めて会った時の駿河するがとは思えない、どちらかといえばおちゃらけた様子の彼に親近感を覚えて笑ってしまう。


「ひどいっスねーヨウさん。あれか、人の不幸は蜜の味ってやつか。」


「あははっ、違うんです駿河するがさん。なんか、同級生と話してるみたいで面白いなあって」


 パッと見た感じ、年も近そうなのでなおさらだろう。すると駿河するがも同じことを思っていたようで、少し二人で談笑することになった。






 駿河するがから聞いた話はこうだ。



 どうやら、駿河するがたち後衛部隊が捕縛した会員はみな、上の指示に従っていただけの連中だったらしい。食い扶持を減らされても困るというので、彼らはそのまま路地裏に放置してきたのだそうだ。



「まーまー、運がよきゃ助かってますって!」


「……みなさん助かってるといいですね。あとそれ、私にやらせてください」


 駿河するがはびっくりして、またもお盆をひっくり返しそうになっていた。


「ええ! いいんスか⁈ 俺としては願ったり叶ったりだけど、アンダーボスにはーー」


「大丈夫です! もちろん言ったりしませんよ。私が立候補したんですから」



 こうして、鼓膜を破ってしまったことへのお詫びも兼ねて、はるが配膳当番を申し出たのだった。

 せめてもの償いとして、はるの分のジェラートを、オマケとして付けてあげる。


(うう……大好物のジェラートがあ!)


 葛藤がなかったといえば嘘になる。しかしこれははるだけの秘密だ。



地下牢へ続く道を、黙々と歩く。


 花一を暗くて狭い地下牢に閉じ込めておくのも正直えーっと思ったけれど、怖い思いをした女性もたくさんいるのだということをはるは知っている。つい先ほど、駿河するがから今日の夕刊を見せてもらったばかりだった。





 簡素な独房に到着した。

 今この場にいるのは、花一とはるの二人だけ。


 花一は聴覚こそもとに戻りつつあったが、さすがに骨はまだ外れたままのようだった。自力では食べられないと思うので、簡単な自己紹介を済ましてから、はるは花一に口を開けてもらうよう促す。



「行きます! はい、あーーん」


(一回やってみたかったんだよね、あーん! さすがにこのシチュエーションは予想できなかったけど!)


 はるはにこにこ顔で、花一にスプーンを放り込む。そう、放り込む。


「っちち、熱い! 速い! ひとくちがデカすぎて食いづらいんだよ!」




 ふるさとの母、そして聖田きよだ

 人からあーんをしてもらった回数は多いが、はる自身が誰かにあーんをするのは初めてだった。


「ひゃーっ‼︎ すみません! 善処しますから動かないで〜!」


 無情にも、スープの汁はどんどん溢れていく。




「チッ、新手の拷問かよ。ーーもういい。こんな状況で飯なぞ食えるか」


 花一はせっかくの夕食をほとんど残すと言う。はるはたまらず、せめて犠牲になった大好物のジェラートだけでも花一に食べてもらおうと試みる。


「そんなこと言わずに! このジェラート、ひやっとしててさっぱりしてて……とにかく食べ易いんですから!」


「ワードセンスが幼稚すぎねえか」


「食べてみれば分かるんです、さあ!」


 花一ははるの押しに耐えかね、やがて諦めたように口を開いた。


(どうだ⁈ どうだ……⁈)


「ーー不味くはねえ。が、俺はもっとガツンとした味の方が好みだ」



(ガーン!)


 予想だにしていなかった酷評にあんぐりと口を開けて固まるが、そんなはるをよそに、花一は残りのおかずを運ぶよう強請る。



 はるの手先もだいぶ安定してきて早十分。ただ食事をするのもつまらないと言う花一のために、はるは彼の話し相手になってあげていた。


 世間話やら、過去の失敗エピソードやら。はるの話せるレパートリーももうなくなってきていた頃だった。



「嬢ちゃんに聞こうーー俺は、どうやったら幸せになれたと思う?」


 客観的な意見でいい、と花一は静かに言った。突然の質問にはるは驚く。


「初めは本当に小さな出来心でよお。いい憂さ晴らしになると思ったんだ。それがこのザマだがな」


全能感を得たいがために。




(花一さんにとっての幸せって、なんなんだろう)


 はるは頭をフル回転させ、熟考する。





「ええっと、これは私の持論なんですけどねーー人は夢を見ないと幸せになれないと思うんです。」


(今まで誰かを貶めることでしか、幸福感を得られなかったんだとしても。幸せになる方法はそれ以外にもある!)


花一は眉をぴくりと動かした。


「だから幸せになるためには……どんな小さなものだっていい。まずは夢を見ることから始めないと! たとえば、明日はもっとガツンとしたジェラートに出会えるかも、とか!」


 花が咲いたような笑みが花一に向けられる。花一は意表を突かれたように目を丸くした。



 

(自分のしたことを悔い改めようと思ってるんだもん。あとはちょっとだけ、背中を押してあげるべきだよね)


「俺の素性を知ってなお、そんなめでたいことが言えるのか? 俺が憎くないのか」



「いや! 私、まだあなたのこと許してないんですからね! だからーーこれからもちゃんと生きて、償ってください」


 被害に遭った人たちが浮かばれるわけじゃない。無念が消えるわけじゃない。ただ目の前の尊き命が失われてゆくのが、もっともっと嫌なだけだった。


ーーどうか、これからどんなに苦しくなっても、被害を受けた女性たちのことを背負って生き抜いてほしい



 はるはそんな願いも込めて、花一にまた明日を言った。







 お盆を両手に歩いていると、暗がりに向かっていく聖田きよだとすれ違う。


「あれ、おぼろさん? ご飯ならさっき私がーー」


 聖田きよだはるを見た。気のせいかもしれないが聖田きよだはちょっと驚いている。


「……配膳当番は駿河するがさんと伺っていたのですが」


「え、えと、それはですねえ」


(どうしよう! 誰にも言わないって約束だったから)


「……代わってあげたんですね? はるさんは優しいから」


(うぐぐぅ)


「でもでも! 駿河するがさんは悪くないんですよ。私が勝手に立候補したんです」


おぼろさんこそ、どうしてこちらに?」


 声が上擦りそうになるのを頑張って抑える。聖田きよだにすぐ気づかれてしまったはるは、嘘を吐くこともできそうにないので、とりあえず話題をすり替えた。


「実は僕、彼と"お話"しに行かなければならないんですよ」  




 花一は他でもない、聖田きよだが骨を折った相手である。

 そんな相手と何を話すのだろうか、気まずくはならないのだろうかとはるはつい心配してしまう。



「それなら、三人でおしゃべりするのはどうですか? せっかくですし」


 勇気を出して提案してみたものの、聖田きよだからは誘いをやんわりと断られてしまった。名案だと思っていただけに、はるは少なからずショックを受ける。


(待てよ。おぼろさんは優しいから、ごめんなさいって言いに行きたいのかも)


 積もる話もあるだろうし、かえって二人の方が良いということもあるのだろう。

 はるは空気を読んで、それ以上は聖田きよだの事情に踏み込まないようにした。



「それに、はるさん貴女ーー文堂ふどうさんにお呼ばれされていましたよ」


「え⁈ セイコさんからですか⁈ なんだろう」


「何はともあれ、早めに行ったほうが身のためだと思います」


(さっそくお手伝いかな? セイコさんの力になれればいいなあ)



「ああそうだ。ーーこれ、はるさんのでは?」


 はるは目を瞬かせる。聖田きよだから差し出された"らくらく薄型トランシーバー"は、はるのもので間違いなかった。


「あーっ! ずっと探してて、今頃……!」


「今回はトランシーバーだけで済んだから良かったですが、ここは仮にも男所帯なんです。もっと()()()()()いかないとダメですよ。」 


 はるを諭す聖田きよだの声のトーンは、いつもより低く、そして重かった。


「はい! 拾ってくださってありがとうございます。私、おぼろさんに助けてもらってばっかりで……! そのうち何かお礼させてください」


「分かっていただけたようで何よりです。うふふ、僕にお礼だなんてーーはるさんの気持ちはありがたく受け取りますね」


(なんらかの形で感謝を伝えたい……気持ちだけで終わらせないようにしないとね!)

 

 はるはぐっと拳を作って燃えていた。


__________________________________________



「それではまた後ほど。"凄腕のスナイパー"さん」


 はるはにこやかに会釈したかと思うと、たちまち耳まで真っ赤になってしまった。日楽あきら はる百面相図鑑なんかが出版されてもおかしくないほど、今日のはるは様々な表情を見せてくれる。


「な、なななな、なんでソレをっ⁈」


文堂ふどうさんから聞いたんですよ。

踊り子姿のはるさんも、ぜひ生で見てみたかったなあ」



 はるはお盆で顔を覆いながら、逃げるようにして去っていった。



("人は夢を見ないと幸せになれない"、か。本当にその通りだと思います……はるさん。)


 さっきまではるのトランシーバーを忍ばせていた胸ポケットを、聖田きよだは所在なげに撫でる。




ーーカツン、カツン、カツン、コツ




 引き戸を背に、怯えた目つきの花一と向き合う。右のポケットに手を突っ込んだ。




「いやはや、はるさんはいつまで"キレイ"でいられるんでしょうねえーーああ、これからが楽しみだ」


 ペンチのグリップを握り直した聖田きよだが浮かべるのは、陶酔したような表情だった。



調べてみたら鼓膜が破れて完治する期間ってだいたい2〜3週間くらいらしいので、はるは実際には花一の鼓膜を破ってはいないはずです。多分ライブから帰ってきた程度の聞こえづらさだったんじゃないかなと思います。


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