人魚の涙と海からの来訪者 紅の母君
ルーシェのお母さんのイメージは紅です。お父さんは紅蓮で炎のカップルですね。
いつかお母さんの恋話も番外編か何かで書きたいですが、お父さんが出てくるのは結構先です。
小高い丘を急ぎで登ると、拓けた平地の岩の上にルーシェが腰かけていた。
だがその周りは生き物のように幾重にも水が帯になって渦巻いている。
その上、髪が綺麗なアクアブルーに染まっていて腰まで伸びている。腕には薄っすらと鱗の模様が浮かんでいた。
「あれは嬢ちゃんがやってんのか!?」
強い風の魔力を持っているアルフラインでもせいぜい、人が扇いだのと同じくらいの風を作り出せるくらいだ。
あんな途方もない魔力は記憶がなかった。
「……気を取られてると危ないわよ」
アルフラインの前に水の壁が現れて、向けられた剣先の軌道をかえる。腕に微かな痛みが走って、ちりりと血が滲んだ。
「……ちぃ。気配のわかり辛ぇ」
サイフォスが鞘から剣を抜いて、アルフラインを庇うよう立った。装束の裾に忍ばせていた2本の小刀を両手に持った男と対峙する。
「ヴァオスは剣の腕は立つのよね。そっちの奴も中々みたいだけど」
ルーシェはこの状況で何処か楽しげに、腰につけていたハイビスカスの花を髪につけ直していた。
「何故邪魔をするんだ、姉者!? こやつらを退けて早くマレンカレンに帰ろう」
「五月蝿わよ。ヴァオス。ちょっと黙っててくれる?」
髪に飾った紅いハイビスカスが栄える蠱惑的な笑い方に、高圧的な喋り口。姿形はルーシェでも中身は別人のようだ。
「坊やは面白くなさそうね。こんなに可愛い娘がいるのに不満かしら?」
ルーシェならまずしない不遜な態度に苛立ちが募る。
それ以上に彼女に何が起きているのかわからない事態に、焦燥感が隠せない。表情にも出ているのだろう。
「不満と言われれば当然……俺のルーシェは何処です? 貴方ではない!!」
「あら、正解!! 私はそうねぇ。この人魚の涙の……怨念みたいなものかしら」
そう鎖のついた水色の宝石を指で摘んで掲げる。飴玉くらいの涙型をしたそれがキラリと光を弾いた。
「心配しなくても、こんなに強い思念が残っているのは最初だけよ。……もうすぐ消えるわ」
「どのくらいで消えてくれます?」
即座に消えて欲しいと返した反応に、露骨に眉を顰められる。
「せっかちな坊やね。折角の母娘の再会なのよ!! 楽しませてくれたっていいじゃない……まぁ私が乗っ取ってる間はこの子は眠ってるんだけどね」
軽いノリだが、譲らない負けん気の強さが垣間見える。
それに――
(ルーシェの母親なのか……?)
それでは邪険に扱う訳にも行かない。
気が済むまで付き合うしかないのかと、アルフラインは左目にかかる髪を乱雑に掻きあげた。




