人魚の涙と海からの来訪者 本物の人魚
本人ブラックアウト中にて
次からアルフラインの視点になります。
「っ……はぁ……」
細胞がひとつひとつ作り替えられているかのような、不快感がまとわりついて身体が鉛のように重い。
「辛いか? 姉者の魔力が馴染むまで、もう少しの辛抱だ」
労るような口振りをするなら、黙って放っておいて欲しかった。
「……目的は果たしたと、一応魔女に知らせておくか」
ルーシェを肩に抱えたまま向きを変えて丘を登り始める。
高台からは島が一望出来た。
「……また人間の男を誑かしているのか。悪趣味な奴だ…………我ら人魚の恥晒しよ」
男がそう嫌悪と共に吐き捨てた情景は、ルーシェの目にも飛び込んできた。
見たくなくても、視線が張り付いてしまう。
サイフォスとアルフラインへ向き合う様に、あの嵐の海で王子を助けたルーシェと同じ髪をした女性が立っていた。
撓垂れ掛かるように女性がアルフラインに近づき、彼の腕が、ゆっくりとその女性を抱き締め返した。
(……人魚の…………女の人……?)
本物がいたら、もう身代わりの妃など。ルーシェなど必要なくなるのだろうか。
相応しい女性が現れたら身を引くと。
そう誓って、対の紋章を受け取った。
けれど実際には全く、覚悟なんて決められていなかった。
「っぁ。……やぁだ。…………ぃやです。……アルフ………ラィン様」
涙でぼやけて、遠くにいるアルフラインが霞んで消える。
身体中痛いのに、心まで締め付けられて、ぽろぽろと涙が溢れ落ちていく。
「……悲しいのか? ならば人の世の事など忘れてしまえ。本来我らは人とは交わらぬ」
「……やぁだぁ」
忘れてしまったらあの笑顔もクローバーの思い出もなくなってしまうではないか。
もう身代わりの妃などいらないと言われても、忘れたくない。残しておきたい大切な記憶なのだ。それまで自分から奪っていかないでくれ。
「あの男であればそなたが気に病まなくてよい……どうせ末路など知れた身だ。魔女は美しい顔で男を誑かしては、海に捨て置き去りにする。苦しむ姿を観るのを楽しむ変わり者だ」
「…………っ」
押し黙ったルーシェのふつふつと湧き上がる感情に呼応して、地響きを立てながら地面を割って水柱があがる。
勢い良く突き上げる間欠泉からの飛沫が、帯状になって渦を作り出していく。
ルーシェは今までこんな魔力の使い方をしたことはなかった。
自分の中に、もうひとり別の誰かがいて、操っているかのような不思議な感覚に囚われる。
そして徐々にその別の誰かの意識が強くなり、ルーシェは眠くなって身体を明け渡した。
「久しわね。ヴァオス。おまえが迎えに来たの……」
そんな自分が喋っている声を、遠くで聴きながら。
ただアルフラインの事を想いながら。




