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Last Game  作者: じょん
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第十話:見捨てられた街

 吹きすさぶ風が、唸りをあげている。耳はゴウという音に満たされ、辺りの音は何にも聞こえやしない。俺は足を踏ん張り、強風吹き荒れる山頂で腕をめいっぱい広げた。風が全身に纏わり、氷のような冷たさが、シャツ一枚の体を貫く。

 だが、耳をふさぐ爆音は、頭ん中すっからかんにしてくれて、風は火照った体に心地よかった。

「きっもちいー!」思わず声に出さずにはいられない。仰げば、雲ひとつない青空。透き通るというより、どこまでも突きぬけていきそうでいて、世界中飲み込んでしまいそうな、深い青。まるで海のようだ。……まあ、生まれてこの方、海など見たことはないのだが。

 目線を下げれば、眼下に望むは、まさに世界。北を向けば、愛すべきわが町。西に視線をずらしていけば、お隣さん。今日も絶好調で暗い土地だ。晴天だってのに、あの国だけ日差しが差してないみたいだ。

 んで、グーッと南を見てみれば。緑豊かな輝く国。流石に太陽の名を冠するだけあって、こっちよりずいぶん明るく見えらぁ。

「いやー登ってきてよかった。」まったくもって。これだけ晴れたのはいつぶりだろうか。あんまりにもいい天気なもんだから、衝動で一か月ぶりに登ってきてしまったが、その甲斐はあったようだ。空気も澄んでいて、こっからなにもかもが見える気がする。日陰に生きるわが身でも、ずっと陰に引きこもってちゃ、心にまで黴が生えちまう。

「そう、これは、心の洗濯なのだ……!」誰も、自分以外生き物すらいないのに、というよりいないから、独り言が加速する。

「ん……?」視界の隅、真下を通るがれきだらけの谷に、何かがいるのに気づく。

 腰に下げたガラスをはめ込んだ筒を取り、両端を持って、引く。カシャカシャと筒が伸び、手のひらぐらいだった筒が、腕の長さまで伸びる。細くなった方の端から、ガラス越しに反対側を覗き込む。

 こいつはボウエンキョウ。昔南から来た胡散臭い商人から安値で買い取った品だ。ものが大きく見えるって物珍しさから買ったらしいが、すぐに飽きた挙句、誰も買わないもんだからただ同然で売ってもらった。商人にしてみれば、ただのおもちゃくらいにしか思ってなかったろう。だが、山登りが趣味の俺には、すぐに使い道が分かった。こいつは『遠すぎて見えないものをはっきり見る』ためのものだ。おそらく、すっごい平原で狩りをする奴らや、見張りをするときに使うもんなんだろう。

 使い道がわかっても、結局この辺じゃ遊び道具にしかならんが、俺は結構気に入っていて、山を登っては街の一人一人を見たり、国境であくびしている兵士を眺めたりしているんだが……。

 拡大された景色に、探していたものが映る。

「旅人か……?」映ったのは、四人の旅人。男二人に、女二人。

「女!」一人で盛り上がり、もっと良く見ようとボウエンキョウにべったりと顔をつける。

 どっちも美人だ。が、どっちかというと、茶色の短髪より、黒髪ロングの方がいいかな。

 なんて思っていたら、風が吹いて手がぶれた。映るものが女性から男に切り替わる。

「ゲ……。」いっかつい顔。みた感じでわかる。こいつとはウマが合わねえだろうな。もうひとりは対照的に優男だ。

「……の割に、結構やるじゃない。」一応ほめてみる。と、いかつい顔の、あるところに目がいく。

「へぇ、こりゃあ……。」ボウエンキョウを眺めるまま、にやりと笑う。久しぶりに、良いエモノがきたみたいだ。


 三十分前。

「近道か、迂回路か……。」

「近道に決まっているだろう。」

「あなた、人の話聞いてなかったの?凶暴な獣が出て危険だって言ってたじゃない。」

「獣ごとき大したことはない。それに昔はつかわれていたのだろう、なら我々が通れない道理はない。」

「その昔の人が、随分死んでるんじゃない!」

 二人の言い合いが始まって五分。国境を越えた翌日。僕らは分かれ道に来ていた。

 一つは岩がごろごろ転がる谷に下りていく道。ユピテルまで半日かからずつくが、危険な獣が徘徊するという。ユピテルが罪人の逃亡先として有名になったのも、昔はこの道しかなく、通るだけで命がけだったかららしい。

 もうひとつは、多少整備された迂回路。谷を挟む山のふもとを通る。うっそうとした森が広がっているが、危険はない。ただ、山の周りを半周する形になるので、街に着くまで三日かかる。

 安全にゆっくりいくか。危険を承知で近道をするか。

「埒が明かん。私はこっちの道を行くぞ。」ヘイルは唐突に議論をやめ、一人で歩きだしてしまった。谷に下りる道に。

「ちょ、ちょっとあんた!それはいくらなんでも勝手すぎるわよ!」

「我々は追跡をしているのだ。たとえ獣がでようが魔物が出ようが、こっちの道が絶対早い。」ヘイルは振り返らずにすたすた歩いていく。

 仕方なく、後に続く。

「ちょっと、イェリシェン!?」

「一人にするわけにもいかないだろ?それに、急がなきゃいけないのも確かだ。」

 むくれるクリス。しぶしぶ荷物を担ぎだすが、顔にありありと不満の色が浮かんでいる。僕は苦笑いして、一人先を歩くヘイルの後を追った。少し遅れて、むくれたクリスと、不安げなマリアさんが付いてくる。


 そして、現在。

「『大したことない』じゃなかったのか!?」

「……すまない。」

「『絶対早い』って言ったの誰よ!?」

「……すまない。」

「何なんですかこれ〜!?」

「だからすまないと言っている!!」謝ってるのだか怒っているのだかわからない声をあげて、ヘイルは剣を大上段から振り下ろした。相手の頭が、ぱっくりと割れる。

 一体がかすれた奇声を上げながら、口を人の頭がすっぽり入るくらい開けて、突進してくる。こちらも相手に向かって駆け出す。間合いに入る直前、地面を蹴り上げる。

 逆手に持ち替えた剣を、両手で力いっぱい突き立てる。剣は鱗に覆われた頭を貫き、そのまま下顎に突き出た。ちょうど杭を打たれたような姿になった敵は、しかし尚も腕を振りまわす。鋭い爪が、頭にしがみついた格好になっていた僕の腿を裂く。

「クッ!」腿を引きつけ、顎にひざ蹴りを食らわせる。同時に反動を利用して剣を引き抜く。

 獣は、ひざ蹴りを食らってよろめき、足をもつれさせて倒れた。骨ばった腕を空しく掻いていたが、やがてそれも止まった。

「イェリシェンさん、傷が!」マリアさんが叫ぶ。ズボンが裂け、むき出しになった腿から血が流れている。

「大丈夫、かすり傷です!でも……。」周りを取り囲む奇妙な敵に対峙する。

「数が多すぎる。それにこいつらは一体何なんだ。」

「私も詳しいことは知らん。だが、ユピテルには、太古の獣が今も生きていると聞く!」ヘイルが答える。それに続いて、奇妙な獣の断末魔が聞こえた。

「こいつらが!?」クリスが矢を放つ。正確無比な矢が一体の目を貫く。

 人と同じくらいの背丈。だが、尻尾も入れれば倍ぐらいになろう。全身は鱗におおわれ、黄色い目がきょろきょろせわしなく動く。トカゲを彷彿させるが、それとも違う。二本足で立っているし、僕の腿を裂いた爪は猛禽のそれだ。何より、頭がでかい。長い、といったほうが適切か。口も大きく、鋸のような歯がむき出しになっており、魔物でも最上級と呼ばれる、ドラゴンの眷属かとも思ってしまう。獣なのか、魔物なのかもわからない。

「何とか突破できないか。この数を全部相手にするのはきつすぎる。」

「でも、こう囲まれちゃ……。」クリスが言いかける。

 地面が、揺れた気がする。

「何ですか、これ?地面が……揺れてる?」マリアさんが呟く。その言葉を証明するように、足元の大地が揺らぐ。崖から小石が転がり落ちる。

 突然、ドラゴンもどきたちが、今までのシューといった歯に息を吹きかけた時のような聲でなく、鳥のような甲高い耳障りな鳴き声を発しだした。

「今度はなんだ!?」ヘイルの声が、苛立ちと不安を含む。ドラゴンもどきたちの声はさらに高く、大きく、重なり始める。それに伴って地面の揺れが大きくなる。

「いや、違う!これは……!」揺れと同時に聞こえる音。規則正しく、大きくなっていく地鳴り。この感じは、トロールの時と同じ。しかもあの時よりも揺れがでかい。

「ということは……!」地鳴りのする方向を見る。それは僕らが進む方向、前から。

 果たして僕の予想は当たっていた。当たってほしくなかった予想が、当たってしまった。今や全員がその存在に気付いていた。

「山が……動いてる……。」クリスが唖然としている。無理もない。僕もあいた口がふさがってない。

 ヘイルが訂正した。

「山じゃない。山みたいな亀がこっちに向かっているんだ!」

 ヘイルの声は地鳴りにかき消された。僕らは、こちらに向かってくる存在に、唖然とした。

 こんな生き物が存在するのか。みた目は亀そのものだ。だが、その大きさは、亀という枠から逸脱している。クリスの言ったことは間違いではない。甲羅にあたる部分は木々が生い茂り、完全に森と化している。鳥が飛び立つ姿も見えた。頂上、甲羅の中心部分では、谷を挟む山の頂上と高さがぴったり同じだ。動きは緩慢で、一歩歩くに恐ろしい時間がかかっている。だが、その一歩が巨大すぎて、一足で一里以上進んでいる。今や、巨大な亀は僕らまで数歩のところにまできていた。

 ドラゴンもどきが、包囲を解いて逃げ出し始めた。全力で駆け出した彼らは馬並みに速かったが、蚊目を引き離すには及ばない。

「なあ、僕らもやばいんじゃないか!?」巨大な亀は僕らなど眼中に入って無いようだが、このままじゃ踏みつぶされてしまう。

「あそこに!」マリアさんが崖を指す。崖は断崖絶壁で登れそうにもないが、風雨で削られて、人一人なら入れそうな窪みがいくつもある。

「急ごう!」地鳴りに負けじと声を張り上げ、走り出す。僕に続いて、みんなも走り出す。その間にも、亀は迫ってくる。

 窪みに無理やり体をねじ入れた時、亀は後一歩のとこまで迫っていた。

「みんないるか!?」

「ここに!」ヘイルの声が前からする。

「いるわよ!」後ろの裂け目からクリスが応える。

 応えは続かなかった。

「マリアさん!?返事をしてください!」

「こ、ここです~!」マリアさんの声が聞こえた。だが、それは壁側でなく、谷の方から聞こえてきた。目を谷に向ける。

「マリア!」クリスが叫ぶ。

 マリアさんは地面に屈みこんでいる。

「あ、足が、挟まっちゃいました。」必死に両手で足を引っ張っている。だが、窪みにすっぽりとはまってしまった足は一向に抜けない。

「今行きま……!?」よじって抜け出そうとすると、何かに突っ掛かった。剣の柄頭と鞘の先が岩に引っ掛かり、抜けない。

「くそ、こんな時に……!」剣を何とかずらそうとするが、動かない。早く、早くしないと……!

 目線を腰の剣からマリアさんへ。足はまだ抜けてない。

 地鳴りが、止んだ。その意味を、僕はいち早く理解した。

 どれだけ動かそうと頑張ってみても、剣はつっかえ棒になったままで、僕を行かせてくれない。

「マリアさん!」剣を帯びから外す。その下をくぐろうとして屈んで、彼女の真上に振りあげられた巨大な足が見えた。

 太く、丸く、巨大。トロールなど比べ物にならない。あんなものにつぶされたら、マリアさんは……!

 巨大な足が、視界を埋め尽くした。轟音が、体中に響いた。マリアさんは、消えていた。



「あー本当、俺がいなかったらどうなってただろうねー?」前を歩く青年が、頭の後ろで手を組んだままこちらを向き、意地の悪い笑みを浮かべてヘイルを見る。

「感謝している。剣は弁償しようと言っているではないか。」何度繰り返したのか、ヘイルはうんざりしている。横を歩く僕には、彼のこめかみに欠陥が浮かびあがり始めているのがすぐにわかった。

「弁償だけ?そりゃないんじゃないのー?仮にも命を救ったわけなんだし、ねぇ?」青年は口をとがらせたかと思うと、ころりと表情を変えて、マリアさんに笑みを向ける。

「えっと、その、あの、本当に、ありがとうございます。」マリアさんも、何度目かわからない感謝を口にする。さっきからずっとこの調子で、何度も頭を下げている。それに対して青年は、仰々しくお辞儀をして見せる。

「どういたしまして。でも、俺としては感謝は形にしてくれると嬉しいんだけど?」

「……ハァ。厄介な奴に借りを作ったものね。」クリスがぼそりと、耳元に囁く。僕は苦笑いして、小さくうなづいた。

 巨大な足がマリアさんを踏みつぶさんとした、あの時。一瞬人の影が見えた気がしたのは、気のせいではなかった。

 マリアさんは間一髪助かった。丈の合っていない、つぎはぎだらけの服を着た青年に助けられて。

 青年の話を信じるなら、崖の上から僕らを見ていた(そもそもなんでそんなところにいたのか)が、マリアさんが動けないのを見て、崖を駆け降り、素早く走り寄って彼女を助けたのだとか。とても信じがたい話ではあるが。しかも、彼女を助けるときに邪魔な大剣を外したのだが、それがつぶされてしまったというのだ。だが、マリアさんのカバンのほかにつぶされたものはどこにも見当たらなかった。

 そもそも、彼が大剣を使う人には見えなかった。年は僕らと同じに見えるが、横を歩くヘイルと頭一つ分くらい小さかった。体格もどちらかというと細身だ。少し長い後ろ髪をひもで止めている。

「家の家宝なんだぜ?家がつぶれてもずっと代々受け継いできたものだったのに。」彼は最初、弁償を要求してきた。なぜかヘイルに。ヘイルも最初は納得していたが、やれこぶし大のルビーがはめられてただの、昔それでドラゴンを倒したことがあるなどと言い始め、弁償以上のものを要求し出した。

 十中八九嘘だろうが、マリアさんの命の恩人であることに変わりはないために邪険にするわけにもいかず、ユピテルについた後もこうして僕らについてきている。寧ろ先導している。

 ユピテルの構造は、イグリスと似ていた。整然とした道が存在せず、勝手気ままに造られた家々の隙間が道となっているため、人がやっと通られるようなところもあれば、広場みたいに急に開けたところもある。そう言ったところにはたいがい店が設けてあり、何の肉かもわからないものが入った料理や、何に使うかわからない品を売っていたりする。だが、その割に活気はあり、よく見ると普通の商人や旅人なども見受けられる。

 彼らはすぐに見分けがつく。なぜなら、行き交う人は皆青年のような格好で、服の所々に穴が開いたままの者も多い。暗がりにうずくまる骨と皮だけの者もいる。

 そんな町中を、彼は迷うことなく歩いていく。彼がいなくなったら、僕らはこの街から出られるのだろうか。不安がふと頭をよぎった。

「なぁ、なんでこの街が国の名前と同じなのか、わかるかい?」突然、青年は話題を変えて僕に話を振った。

「さ、さぁ?どうしてだろう?」

「それはな。町が国と同じ名前なんじゃなくて、国が町と同じ名前なんだよ。元々この街はサン国の領土だったらしいんだが、はじっこすぎて国の目が届かないまま治安が悪くなってよ。アングマルとも仲良くなっちゃって、気付いたらならず者達であふれ返ったわけ。その頃には既に領主は名ばかりになっていて、実際は裏で操っている奴がいたんだけど、結局そいつが表に出てきて独立を宣言し、できたのが、この国。」俺って物知りだろ、と胸を張る青年。

「でも、どうして独立できたんですか?すぐに制圧されそうなのに……。」マリアさんが疑問を口にする。

「それはだね……。」

「それは、この街にそこまでする価値がないと判断したからだ。」青年を遮って、ヘイルが応える。

「ここは土地も痩せていて、作物も取れない。名産品と呼べるものもないし、国にとって利益となるものはなかったのだ。それに兵を派遣するには遠い上に、道中危険な道を通らなければならない。そこまでして取り返すほどの土地ではないと判断したのだ。そうだろう?」ヘイルはすました風で横目に青年を見る。

「あ、ああ。その通りさ。だからこの街はこうも呼ばれるのさ。」彼はわざとらしく咳をすると、低い声で町の呼び名を唱えた。

『捨てられた街』



「ついたぞ。ここが、宿だ。」角を曲がり、坂を上り、建物の間をすり抜け、屋根から飛び降り……と、道ならぬ道を歩き続けて日が沈みかけたころ、青年は足をとめて目の前の建物を指差した。

「ここが、宿……?」茫然と呟くヘイル。

「酒場兼だけどな。嫌だなんて言うなよ、ここじゃ宿を見つけるだけで運がいいのに、この辺りで一番いい宿につれてきてやったんだからな。」

 確かに、周囲の家や店を見てみても、一番ちゃんとした建物だ。屋根や壁にぽっかり大きな穴があいている家や、扉がなく、窓が全部割れている店、道にまで悪臭が漏れてくる酒場などがあったのだから、ところどころひびが入っていて、古ぼけていることことぐらいは全く文句がないだのだが。

「傾いてない……?ものすごく。」

 そう。クリスが言う通り、傍目でわかるほど宿は傾いていた。一方が地面に沈んでいた。

「この辺は地盤が緩い上に、でか亀のせいでしょっちゅう地震が起きるもんだから、地面が沈んじまったのよ。まあ中はしっかりしてるし、こうすれば……。」体を横に傾ける青年。僕らも真似をしてみる。

「ほら、平坦だろ?」

「……構わん。雨風がしのげるのなら、それでいい。」どう見ても仏頂面だった。

「気に入ってくれて何より。じゃ、俺はこの辺で。」ヘイルの顔色を気にすることもなく、青年は踵を返した。

「何?何処へ行くつもりだ。」宿に入ろうとせずに立ち去ろうとする青年を、ヘイルは呼びとめた。

「何処へ?と言われても。家に帰るんだけど。」青年は振り返り、きょとんとした顔をする。

「剣の弁償はどうした。あれだけしつこく言っていたじゃないか。」

「ああ、そのこと。それはもういいよ。だって……。」彼は右手に持っていたものを目の高さまで放り投げた。金属のこすれる音が小さく鳴る。

 それは、ヘイルの財布だった。

「もうもらったからね。」財布をキャッチし、ニヤッと笑って見せる。まるでいたずらを楽しむ子供のように。

「いつの間に!」

「気をつけなきゃ駄目だぜ?今日は俺がいたから誰も手だししなかったけど、この街にはわんさか泥棒がいるからな。俺みたいに。まあアンタら強いみたいだし、チンピラごときにやられるとも思えないけど……って!」

「それを、返せ!」ヘイルが跳んだ。以前見せた跳躍で、剣を抜きざま振り下ろす。

 青年は完全に油断していた。まさか助走なしの一歩で、五歩以上の間を詰められるとは思っていなかったのだろう。すぐさま後ろに飛びのいた反応は素晴らしかったが、それでも遅すぎる。特別製の片手半剣(ハーフ・アンド・ハーフ)が脳天に振り下ろされる。

「何!?」驚愕の声はヘイルから。

 金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。

「っつ~!腕がしびれる。なんちゅう打ち込みだよ、殺す気満々じゃねえか!って、あ~あ、刃が欠けちまったよ、高かったのに。」悪態をつく青年。

 交叉された両手には、それぞれ短剣が握られていた。

「武器は持ってないはずじゃ……!」

「俺は持ってないとは一言もいってないぜ?まあ、見せてもいなかったわけだけど。」青年はにやりと笑い、短剣を腰の後ろに隠し、駆け出した。だが、走り去る背中に短剣は見当たらない。

「丈の合わない服を着ていたのはそのためか。って、感心してる場合じゃない、早く追いかけないと!」追いかけようと走り出す。そのわきを、ヘイルがあっという間に追い越していく。

 相変わらず凄い速さだ。重い剣を持っているのに、僕よりも全然速い。

「ちょ、早!」青年はぐんぐん迫っていくヘイルを見て、慌てて角を曲がった。

「そこは行き止まりだ!」ヘイルが勝ち誇って叫ぶ。確かに先ほどみた時は、長い直線の先は行き止まりだったはずだ。

 ヘイルより少し遅れて角を曲がる。二人の距離は予想に反して、縮まるどころか離れていた。どうやらさっきまでは全力ではなかったらしい。マリアさんを助けてくれたのも、あの足あってのことなのだろう。だが、ヘイルを引き離して走っていく先は、住居が道をふさいでいる。人が通れそうな隙間もなく、完全に行き止まりだ。

 だというのに、青年はさらに速度を上げ、壁に迫っていく。

 その勢いのまま、壁の隅に向かって飛び上がった。壁を蹴りあげ、さらに飛び上がる。それでも屋根を超すには至らない。

「な……!」ヘイルが、足をとめた。青年は、家の屋根に軽々と登った。隣接する家の壁を交互に蹴って。

 青年は振り返り、ヘイルに向かって舌をつきだすと、また駆け出した。家々の屋根を飛び移りながら、どんどん遠ざかっていく。これ以上、追いかけて行くのは不可能だった。

「くそ!」ヘイルが悪態をつき、抑えられない怒りを住居にぶちまける。朽ちかけた家の壁が拳に粉砕され、中から住人の悲鳴が上がった。

 ちょうど、遅れてきたクリスたちが追いついた。

「あいつは!?」首を横に振る。

「そう……この街で探し出すのは無理そうね。ま、仕方ないわね。マリアを助けてくれたお礼だと思って、あきらめましょう。」クリスは拳を叩きつけたままうなだれているヘイルの肩に手を置いた。

「そんなに落ち込むことないじゃない。お金を取られたのは痛いけど、私たちにだって路銀はあるんだから、旅を続けられないことはないわ。」珍しくヘイルにやさしい言葉をかけるクリス。よく考えたら、喧嘩腰以外で話しているのは初めてじゃなかろうか。

 だが、ヘイルはかぶりを振る。

「だめだ。あれは、あれだけは取り戻さなきゃならん。」

「そんなこと言ったって、どうやって見つけるつもり?この街じゃ見つかりっこないわよ。見つけても、また逃げられるのが落ちね。あなたより速いんだもの。」

「だが、あきらめるわけにはいかないんだ。あれを失くしたら、大変なことになる。」

「別にいいじゃない、お金くらい。国に戻れば、いくらでもあるでしょう。」

「あの……もしかして、お財布の中にすごく大切なものを入れてらしたんですか?」マリアさんが不安げに尋ねる。

「そうだ……。私にとって命よりもというべきものが。……あの中には、指輪が入っている。」

「指輪?」嫌な予感が走る。そして大概、こういった予感はえてしてあたってしまうものだ。

「そう、指輪だ。王家の紋章が入った、王族であることを示す指輪だ。」




 どうも、こんばんわ、じょんです。二週間かかってしまいました。ネタに詰まってます。中身が薄いです。でも文字数は増えている。何故だ。

 文字数の目安としては、最低四千字を目安にしているんですが、最近文字数ばっかり増えて中身がなくなっている気がします。もっと精進せねば。

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