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Last Game  作者: じょん
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第四話:交渉

「その言い分だと、誰かが追ってくることはわかっていたようではないか」へイル皇子が僕に目を向ける。

 途端、体が重くなった。腕はけだるくなり、足は血が通わなくなったように力が入らない。体の各所に鉛をつけられ、背中に馬でもしょっているみたいで、額には汗が流れていく。だというのに、体は寒気を覚えていた。

 それは、へイル皇子によるものだった。彼のむき出しの殺意。表情は柔らかだが、目は凍るようにつめたい。彼の殺意はもう魔法とさえ呼べるほど僕の体を縛っている。彼は武人だ。それも僕とは次元の違う、「殺意」さえ技に昇華させている武人。

「ええ、追われているのはクリスがすぐに気づきましたし、あなたが追っ手を差し向けることもわかっていた」それでも。それでも声を震わせることなく、言葉を吐き出す。一語一語を口から放つたびに唇が震え、歯の根が合わなくなりそうになるのをぐっとこらえて。

 弱さを見せるわけにはいかない。それは敗北を意味する。何の敗北かはよく分からないが、彼の殺気に気圧されているのを認めれば、僕は彼に負ける。そしてその負けは、何かを失うことになると。そんな確信めいたものを抱いていた。

 急に体が軽くなった。いや、元に戻ったのだ。

「追われていることに気付いたのはとにかくとして、なぜ追手が来るとわかっていたのだ?」皇子はさらに問いを続けた。それは、先ほどの僕を試すための質問ではなく、彼自身の純粋な問いだった。その証拠に殺意は薄れ、瞳は静かにこちらを見つめている。

「ええ、あなたが僕を疑い、すぐにでも殺したいと思っているのは一目でわかりました」彼の殺意は呼吸さえ止めさせていたようで、今すぐにでも腰を落ち着けて、大きく息を吸いたくてたまらなかったが、ここでそうしてしまえば意地を張った意味がなくなる。

「そうか、どれだけ平静を装ってもばれてしまうものだな。やはり慣れない嘘などつくものではない。いや、敵意を抑えきれなかった私の未熟さが原因か」皇子は自嘲気味に笑った。

 だが、気付いたのも当然である。なぜなら僕には、人の心が見えるようになってしまったのだから。正確には、人の感情を目で見てわかるようになったのだ。

 どういう仕組みなのかはわからないが、城で目覚めて以後、人の体に以前には見えなかったものが見えるようになった。体の周りに微かだが靄のようなものがあり、それに色がついているのだ。しかもそれは人によって違う。濃さも人それぞれだ。しばらくいろんな人を見てみて、それが感情に結び付いていることが分かった。喜びは黄色、怒りは赤、哀しみは青、楽しさは緑、といった具合に。無論、それらが重なって違う色を形成している人もいる。人の感情はそう単純なものではないのだから当然なのだが、そのおかげでどの色がどういった感情なのか最近やっとわかり始めたところだ。

 だが。怒りが赤だというのは一番最初にわかった。

 初めて皇子が魔法使いを連れてやってきたとき、彼の体は燃えていた。紅く、紅蓮の炎のように。それは火事、クリスの村、ソースウッドの火事の何倍も紅く、紅い炎。いくら人の感情が見えるようになったと言っても、それは本当に微弱なもので、普通にしているときはほとんど見えない。かなり目を凝らして、やっと靄らしきものが見える程度だ。先ほど戦った彼らでさえ、微かに赤い色が判別できるぐらいのものだった。

 その時点で直感したのだ。彼はグラムを憎んでいる。その一部である僕を保護するだけで、彼が何の行動も起こさないなんてありえないと。

 だが、流石にヘイル皇子本人が追ってくるとは思わなかった。

「それにしても、なぜあなたが追ってきたのです? 別の人間でもいいはずだ。ましてやあなたは皇子だ、適切な人間ならだれでも雇えるでしょう」

「誰でもよくなかった。グラムを倒すのなら、私ぐらいの強さが無ければ。そして私には、私ほど強いものをこの国では知らない。だから私なのだ。理由などそんなことだ」

「へ、ヘイル皇子。あなたは、あのグラムを倒すというのですか?」マリアさんが言った。

「当たり前だ。今が戦時中だということを忘れたのか。奴はアングマルの中でも最強の将軍だ。奴が軍すべてを総括していないのはなぜかは知らんが、軍にとって奴は大きな存在だ。奴一人で戦局は大きく左右される。こちらにとっても、あちらにとってもな。そのグラムがこの国にいる。それも一人で、満足な装備も持たず。これを機と言わずしてなんという? 千載一遇のこの機会を逃すわけにはいかん!」皇子は語気を荒げて答えた。

「でも、あなたがこなくても、軍を総動員すればいい話じゃない。相手はただでさえ化け物だし、たくさんで探したほうが早いでしょう?」……クリス。そういう君の物怖じしないというか、遠慮のなさというか、相手がだれであっても気後れしないところはいいことだけど、相手は皇子だよ・・・・・・?

 という僕の(おそらくはマリアさんも)心配に全く気付かないであくまで警戒していることを隠そうともしない態度のクリス。対してヘイル皇子は、その態度にいらついたそぶりも見せずに返す。いや、むしろ楽しんでいるのだろうか。少なくとも、僕と話している時より彼の色は優しく見える(と言っても、紅蓮の炎を向けるのは僕だけなのだが。二人に対しては色は無色に近くなる)。

「それだけの兵を動かすには時間がかかる。まして、私の軍は遠征に戻ってばかりで疲弊している。準備ができたころには奴はもう国外に逃げているはずだ。仮に準備できたとしても、奴はそれだけの人間が動いたら隠れてしまうだろうし、見つけだせても仲間を呼ぶ前にやられてしまうだろう。兄上が国境警備に兵を割いているだろうが、国境を超えるすべをやつが知らないとは思えない」

「皇子なのに、国境警備隊を信頼してないの?」

「そんなことはない。我が国の警備は他の国の水準より高い数値だと思っている。だが、国境の位置によっては緩やかにせねばならない場所もあるし、そもそも関所を設けていないところから抜け出されたらどうする? たとえば、霧の山脈を越えて行く、とかな」

「霧の山脈!? そんな、それは無理です、だってあそこは入れないようになっていますし」マリアさんが言う。その声はどこかおびえていた。

「いや、入ることはできる。魔法で結界は張ってあるが、こちらから入ることはできるようになっているのだ。だが、あちらから出ることはできない。あそこはこの国には珍しい凶悪なモンスターの巣窟だ。ゴブリンどころか、時々目撃されるトロールより凶暴なのが、うじゃうじゃとな」

「それじゃそこから行くはずないじゃない。そんなの人間が越えられるわけがない」とクリス。

「そう、普通の人間なら、一刻として生きていられぬだろう」

「だったら」

「普通なら、な。だが奴は違う。君も言っただろう、奴は化け物だと」部屋の空気が固まる。それは、まさか……。

「……それは、あいつが人間じゃないといいたいんですか。」思わず口をついて出たのがそれだった。違ってほしいという願いを込めて。奴は化け物。その通りなら、この身もまた人あらざる身であるということ。既に人間として欠けている存在であるのはわかっていながらこんなことを願うのはおかしいかもしれないが、それでも、自分が人間でなく化け物であるとは思いたくなかった。

「いや、奴は人間だ。正真正銘ただの人間のはずだ。第一、それはお前が一番よくわかっているだろう。自身が人であるなら、本体である奴も人間でなくてはいけない」

「なら、どうしてそんな」だが、僕の言葉は途中で遮られた。

「だが。化け物を人をはるかに超える強さの生き物と定義するなら、それらを日常的に、食事と同じように殺し続けている奴もまた、化け物と同義ということになる」

「それは、どういう……」

「知らないのか。奴の国、アングマルはな、化け物が国中を闊歩しているんだ。それこそ、霧の山脈に出てくるようなモンスターがな」僕らは言葉を失った。皇子の放った言葉が信じられない。トロールよりも強いモンスターが出る霧の山脈。それがどれだけ危険なのかは、結界という存在からこの国を脅かすほどだとは想像に難くない。だが、この国を脅かすだけのモンスターが、相手の国にはたくさんいるという。野を歩く獣のように。

 ヘイル皇子は続ける。

「彼らは生きて行くだけでも命がけなのだ。日々の生活の一部として、モンスターと戦っている。あの国では、生まれた子供には武器を授け、歩く前に刃を握り、言葉を話すころには大人に交じって戦っているという。奴はあの国でも辺境の村の出身だ。ギェビェリーというモンスターを知っているか?蛇の胴体に口を足した、タコの足のような触手をもつ化け物なのだが」

「どこかで見たような」首をかしげる。何か、すごく間近でそれを見たような。

「あいつよ! 私とイェリシェンが初めて倒した化け物。イグリスの井戸にいた!」僕の疑問をクリスが見事解決した。

「イグリスにギェビェリーだと!? それは本当か!?」

「本当よ。でも、私たちが倒したから問題ないわ。それにしても、あいつぐらいなら、村人全員でやれば倒せないことないんじゃない?」

「あいつぐらい? 待て、君たちは奴らを倒したんじゃないのか?」

「奴ら? あいつは一体だけよ。そんなにたくさんいるわけないじゃない、そこまで強くなかったといっても、井戸と同じくらいの胴回りだったわよ。」

「なんてことだ。イグリスは危ないかもしれない」

「どうしてよ。私たちが倒したんだから問題は……」

「奴らは本来群れで行動する。ゴキブリと同じだ、一匹いたら三十匹はいないとおかしいのだ!」

「三十匹!? それじゃ、イグリスは……」

「わからん。たまに単独で行動するギェビェリーもいると聞く。だが、奴らは単独だと臆病で、そう目立った行動はしないはずだ。井戸から出てきたといったな。もしかしたらそいつは群れからはぐれたのかもしれん。調べないと何とも言えないが。それにしても、なぜギェビェリーがこの国に?」ヘイル皇子は部屋の中を行ったり来たりしながら、何やら考え始めた。

「あの、それで、さっきの話はどうなったんです?」ヘイル皇子が考えに没頭してしまい、何も言わなくなったのに耐えきれず、先を促した。

「ん? ああ、そうか、奴の話の途中だったな。端的に言うと、奴の村はギェビェリーの大群に襲われたんだ。百匹以上のギェビェリーにな」

「百匹!? でも、そんなにたくさん来たなら、いくらなんでも逃げるでしょう?あいつら、動きは鈍そうだし」とクリス。

「あいつらの動きは確かに遅い。蛇の胴体をしていながら、蛇行運動ができないからな。進み方はナメクジのそれに近い。だが、その代わりに音を立てずに進むことができる。そこからついたあだ名が『音の無い死』。他のモンスターより弱いが、あの国では最も恐れられている化け物の一つだ。気付いた時には村は囲まれていたんだ。奴の家族はそこで皆死んだそうだ」

 皇子は一つ間をおくと、つづけた。

「数日後、他の村の者がその村を訪ねると、村は壊滅していた。家屋も粉々。だが、その中で一人、生きている者がいた。それがグラム。奴はその男の前で最後のギェビェリーを殺したそうだ。辺りには人間とそれよりも圧倒的に多いギェビェリーの死体。奴が八歳の時の話だ」

「な!?」度肝を抜かれたとはこのことを言うのだろう。 

「その話は本当なんですか? 私にはとても信じられません」マリアさんが当然の疑問を口にした。そう、とてもじゃないが信じられない。

 なのに、あいつならできてもおかしくないと思ってもいた。

「さあな。私も人から伝え聞いた話だからな。だが、奴ならその程度苦ともしないだろうよ」ヘイル皇子は何気ない調子を装ったが、それはどこかぶっきらぼうだった。

「奴の話はもういいだろう。そろそろ本題に入りたいのだが?」

「本題?」おうむ返しに尋ねる。ヘイル皇子はあきれた顔をした。

「まさか世間話がしたいから呼んだとでも思っていたのか、お前は。私はこれからのことを話そうと思っていたのだが、お前は頭が切れるようで、案外抜けているようだな」

「それで、あなたはどうするつもりなんですか?」ヘイル皇子の物言いにむっとしたが、それをのみこんだ。

「することは決まっている。私は奴を倒したい。なぜだかは知らぬが、お前はグラムがどこにいるのかわかるようだから跡をつけた。それがばれてしまっても私がとる行動は変わらない。今更城に戻る気など毛頭ないからな」

「……わかりました」

「ちょっと、イェリシェン!」すかさずクリスが異を唱える。だが、それは予想していた。

「クリス。ここで僕らが嫌だと言ってもこの人はついて来るよ。振り切るのは無理だし、戦ってどうにかなる相手じゃない。それはクリスにもわかっているだろう」話しながらヘイル皇子を盗み見る。彼は平然とした顔をしている。覆せない論議の結果を見ているかのように。クリスにもそれはわかっているようだったが、やはり納得はいかないらしい。

「でも……」

「だが、条件がある」と、ヘイル皇子に向き直る。

「一つ、僕らと共に行動し、勝手な行動をとらないこと。二つ、僕がよしとするまで、グラムと出会っても戦わないこと。……三つ、僕と毎日稽古をすること」ヘイル皇子は一つ目では何の反応も示さなかったが、二つ目の条件で眉を寄せ、三つ目の質問では目を見開いた。

「待て。一つ目の条件は飲もう。だが二つ目は論外だ。私は奴を倒すためにお前を追ってきたのだ。それは、この旅の目的を否定することになる」

「戦うなと言っているわけではありません。ただ、あいつと、グラムと話す時間がほしい。あいつには、言いたいことが山ほどあるのだから。そのあとでなら、好きなようにしてください。戦うなり、人を呼ぶなり、どうとでも」ヘイル皇子は眉間にしわを寄せて考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。

「……それを私が破ったら? 君たちはどうやって私にペナルティを負わせるつもりだ。」

「あなたの正体をその場にいる人全員にばらします。真偽などわからなくても、騒ぎにはなる。それはあなたにとって都合が悪いでしょう?」

「本当によくわからんやつだ。よかろう、条件をのむ。だが、三つ目は何の意味がある」

「純粋に強くなりたいだけですよ。他には何も。強い人と手合わせすれば、それだけでも価値がある。その条件を、あなたは十分すぎるほど満たしていますからね」僕はよどみなく答えた。ヘイル皇子はまだ引っかかりがあるような難しい顔をしていたが、やがてうなづいた。

「わかった。ではこういうことでいいな。今後、私はお前たちと行動をともにし、勝手な行動は取らない。お前の許可なしではグラムに手を出さない。時間があれば、お前と鍛錬する」頷いて答える。ヘイル皇子も了解というように頷いて返した。

「よし。で、奴はこの街にいるのか?」

「いや、この街にはただ方向が同じだから通っただけ。グラムはもっと先を行っていますね」

「なら決まりだ。明日にはここをたつ。今日は早めに寝ておけ。私はもう眠る」

「ちょ、なんであんたが仕切ってんのよ!」クリスはヘイル皇子に食って掛かった。だが、皇子はいつもの平然とした表情で答えた。

「簡単だ。この中で一番旅慣れている。それに、奴を追うのが目的なら、ここに長居する必要はないだろう。本当なら、今からでも馬を走らせたいが、きみたちに馬はないし、門はしまっている。明日を待つしかあるまい。それとも、何か異論があるのか?」

「~~~~~~~~!」クリスは体をわなわなとふるわせていたが、踵を返すと、扉を乱暴に開け、足音高く部屋を出て行った。

「……あんまりクリスをからかわないでください」僕はため息交じりにヘイル皇子に言った。ヘイル皇子は意外なことに、目じりを下げていた。

「いや、からかったつもりはないのだが。あのような女性は初めてなのでね。まぁいい、話は終わりだ、お前も部屋を出ろ。私も明日の準備をしなければならないからな」僕らは促されるまま、部屋を出た。クリスは廊下にはいなかった。おそらく部屋に行ったのだろう。

 僕は深く息をついた。やっと緊張感から解放された。皇子はなれないことなんて言っていたが、僕のほうが慣れていない。

「イェリシェンさん、すごかったです」と、マリアさんがいう。

「すごいって、なにがです?」

「皇子様とのやり取りですよ。ヘイル皇子、すっごい睨んでたのに平気な顔して。それに話し方もいつもと違ってて、なんか違う人みたいでした」

「違う人、ねぇ。僕も二度とごめんですよ。戦うより疲れました。それより、早く部屋に戻りましょう。今度はクリスを説得する必要がありそうですから」苦笑いで告げる。マリアさんも同じ表情で返した。

 みなさんこんにちは。じょんです。って、最近この挨拶も変な気がしてきましたけど。

 また更新が遅くなりました。……書くのが遅くなったみたいです。いや、ちょっと遊びすぎたのも原因カナ……?

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