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Last Game  作者: じょん
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第三章 第一話:追跡

 グリーアンを出てから三日が経とうとしていた。街道は相変わらず踏みならされた砂利道ではあったが、馬車2台が並んで通れるほどの道幅は、今では人が二人並んで歩くほどとなり、街道の縁には雑草がそこかしこに生えていた。平坦だった道も、いつの間にか緩やかな起伏をもち、上ったり下ったりを繰り返して、行程はなかなかはかどらなかった。けれども、天候はずっと安定していたし、森や原っぱが点在する周りの牧歌的な風景のせいか、今までの旅の中で一番のんびりとした時間を楽しんでいた。

「のどかですねえ」マリアさんがのんびりとした口調で言った。

「そうね、ここのところずっといいお天気だし。まるでピクニックにでも来ている気分だわ」クリスがにこやかにかえす。

 小さな風が吹き、草原の海がなびく。それに合わせて、二人の髪もなびいた。

「同感だね。―――――これだけの荷物を僕だけで持っているのでなければの話だけど」僕は額の汗を手の甲で拭いながら付け加えた。

 二人は様々な食材と調理器具の入ったカバンを背負い、片手に一つづつの背嚢を抱えて後を遅れがちについてくる僕を振りかえった。

「負けるほうが悪いんでしょ。それに、イェリシェンも同意したじゃない」クリスがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「それを言われると立つ瀬がないな」僕はがっくりとうなだれた。

「やっぱり私の鞄だけでも。いつもイェリシェンさん手伝ってくれていますし」憐れに思ったマリアさんが妥協案をだす。

「いえ、大丈夫です。泣き言をいうつもりじゃないんです。これくらい、全然平気ですよ」余裕を見せようと笑って見せる。実際、手伝ってもらうほどには疲れていないし、まだまだ体力に余裕はある。最も、マリアさんのカバンが一番重いのは事実だが。それもおいしいご飯が食べられると思えば、安いものだろう。

 ・・・・・・安くはないかもしれない。

「それにしても、本当に長閑だな。道を歩くのは僕らぐらいだし・・・・・・」

「それに、後ろの人もね」と、クリスが付け足した。

「後ろ?」言われて、マリアさんが振り返る。僕も気になって振り返った。

 僕らが後にした道は、小さな丘になっていて、僕らは大体丘のふもとのあたりにいた。その丘のてっぺんあたりに、馬に乗った人が、ゆっくりと丘を下り始めていた。

「変だと思わない?」クリスが言った。

「何が?」

「あの人よ。彼、王都からずっとついてきてる」

「そんなに前からですか?」とマリアさん。

「ええ。晴れてるのにフードかぶってるから、なんか気になってたんだけど。馬に乗っているのに、随分とゆっくりと歩いてるし」

「考えすぎじゃないかな」僕はゆっくりとこちらに馬を進めてくる人物を眺めながら言った。確かに遠目ではわからなかったが、よく見るとフードをかぶっている。

「そうかしら。なんか引っかかるのよね」クリスは怪訝そうにフードの人物を見つめている。

 僕はしばらく考え、そして言った。

「じゃあここで待ってみよう」

「待つって、あの人をですか?」マリアさんが言う。

「そうだよ。でも、ただ待ってると警戒されるかもしれないから、ここでお昼にしよう。時間もそろそろだし、休憩ってことで」同意を得ようと二人の顔を順々にみる。二人とも快くうなづいてくれた。

「でも、」とクリス。

「荷物運びは、引き続きイェリシェンだからね。」


 フードの人物が僕らのところまで来たとき、僕らは道から少し離れた草むらに腰をおろして、やっと昼食を食べ始めたところだった。伸びをしたり、いろいろはしゃいで(いるふりをし)たりして時間を潰していたからだった。

 僕は固い干し肉を奥歯で引きちぎりながら、横目で通り過ぎる人物を見つめた。

 これだけいい天気(僕は汗さえかいている)なのに、フードを頭からすっぽりとかぶったその人は、確かに怪しい雰囲気だった。

 顔はフードにほとんど隠れていたが、しっかりとしたあごがちらりと見えた。背の高い馬に乗っていたせいかもしれないが、その人物は思ったよりも背が高く、そして肩幅も広かった。

 鞍の後ろには荷物と、そして盾が括られていた。盾は白地に簡単な紋様が描かれているだけで特に際立った装飾はみえなかった。腰のあたりに視線を落とすと、やはりふくらみがあった。おそらく剣だろう。

 彼(彼女かもわからない)は僕らに会釈もせずに通り過ぎ、話しかけることも、振りかえることもなくさっさと先へ行ってしまった。

「行っちゃいましたね」フードの人物がだいぶ先へ行ってしまってから、マリアさんが言った。

「私の思い違いね。ずっと追いかけてると思ってたけど、単に道が同じだけだったのかもしれない」クリスはため息をついた。それは当てが外れた事にがっかりしたからなのか、当たらなかったことに安心したのかはわからなかった。

「まぁ、よかったんじゃないかな。心配事がなくなったわけだし」そう言って荷物をまとめ始める。フードの男は既に豆粒ほどになっていた。

「ハイハイ、どうせ取り越し苦労でしたよ」クリスはむすっとして、荷物を僕に差し出した。

 僕はマリアさんの荷物を担いでからそれを受け取った。

「さ、行きましょう。十分休んだわけだし。ね、荷物運びさん」クリスは意地の悪い顔をしてそう言った。僕は苦笑いを浮かべるだけにしておいた。

 ただの旅人にしては怪しい。乗っている馬も変だ。今まで旅をしてきていろんな馬を見てきたが、どれよりも大きく、毛並みも艶もよく、力強い歩きだった。あの馬はゆっくりと旅をするための馬じゃない。速く駆けるための馬、そう、戦馬のような印象だった。

 それに、何となくだが、彼とはどこかで会っている、そんな気がした。

「イェリシェンさん、置いていっちゃいますよ」マリアさんに声をかけられ、現実へと引き戻された。


 太陽が西に傾き、空を薄い紅色に染め始めたころ、僕らはそこに着いた。

 十軒ほどの家しかなく、それも小さく、円陣を組んで身を寄せ合うように建てられているために集落と思えた。境目となる塀や壁、木で組まれた簡単な柵さえもなく、ただくっつきあった一番外側の家から少し離れたところに、

「農村ラグ」と消えかかった文字で書かれていることから、初めてここが村であることが分かった。

「小さな村ね……。ベルデンよりも小さいなんて初めて。それに、随分不用心」村の周りをきょろきょろ見回すクリス。

「そうだね。それに、何かあったみたいだ」前方を指差す。ちょうど村の中心(広場なのだろう)に、小さな人だかりができていた。皆興奮した声で何かを話している。

 近づいて行くと、会話するために顔はあげるが、皆すぐに足元に視線を落としていることに気付いた。だが、それがなんなのかは人の壁に阻まれて見えなかった。

「すいません、旅の者なのですが……」僕らに全く気付かず、何か熱心に話し合っている人たちに声をかける。

 と、彼らはびくりと身を固めて僕らのほうに振り向いた。彼らはおびえた目でこちらを見ると、僕の腰に視線を移した。

「あの、旅の者ですが、何かあったんですか?」こちらを見つめたまま一言も発さないので、もう一度言う。彼らは無言のまま、彼らが囲んでいたものを僕らに見るように示した。

 促されるまま、彼らの輪の中に入っていく。マリアさんが小さな悲鳴を上げ、クリスが悲鳴をのみこむ音が聞こえた。

 地面には、ぼろ布が敷かれていた。その上には人だと思われるものが四体、不快な瘴気を放って並べられていた。

 鼻を服の袖で覆う。先ほど妙なにおいを感じていたが、まさかそれが人間の死体、それも腐りかけのものだとは予想だにしなかった。

 しわくちゃの服を着た、はげかけた中年の男が口を開いた。

「最近、この近くで農場をやっているオブロク夫婦を見なくてな。心配して、弟と一緒に家に行ってみたんだ。だけど、行ってみたら家には誰もいなかった。争った跡もなく、きれいなままだった。家はもぬけの殻で、ただ食料とじい様がよく着ていた外套がなくなっていたんだ」

「おりゃあ、気になって家の周りを調べた。そしたら、裏の畑の一角にカラスがたかっていて、それで……」男はそれ以上続けられなくなった。男の隣にいた、少し若く、無精ひげを生やした男が吐き気を抑えている男の背中をさすりながらその後を引き継いだ。

「俺は馬小屋を見に行っていたんだ。夫婦は、子供を一人雇っていたのを覚えていたからな。だが、そいつはいなかったし、一頭しかいない驢馬もいなくなっていた。よく調べようとして、兄貴の悲鳴が聞こえた。俺は急いで畑のほうに走った。畑に行くと、兄貴が地面に座り込んでいた。腰を抜かしていたんだ。俺が声をかけると、兄貴は震える指で地面をさした。地面から、そいつの左手が出てるのが見えた」男は死体のうち、左から二番目をさした。そいつの左手だけ、肉がところどころえぐられていて骨があらわになっていた。

「人を呼んで、掘り返してみた。そしたら、この四人が出てきた。それでとりあえず、この村まで連れてきたんだ。あのままにしておくわけにはいかないからな」村人たちは小さくうなづいた。

「それで、誰が彼らを殺したんです? それにこの二人は誰なんです?」僕は左の二人の死体をさした。

 右側のふた組の男女は、先ほどの話に出てきた夫婦だろう。年輩で、どちらも質素な服に白髪頭だ。対するに、左側の二人組は、旅人がよく着る丈夫な生地でできた服を着崩している。それに、ベルトや腰に下げた短剣の鞘には小さな宝石がはめ込まれていた。

 だが、もっと不可解なのは、一人の首がつながっていないことだった。

「この二人は、恐らく最近このあたりで噂の盗賊だろう。人相も、噂どおりだ。だが、誰が殺したのかはわからない」

「悪魔じゃ。悪魔の仕業じゃぁ」おもむろに、杖をついたしわくちゃの老婆が口を開いた。

「悪魔?」クリスが尋ねる。が、老婆はそれに答えずつぶやくばかりだった。

「だから言ったんじゃ。魔女なんか雇うなと。忠告しておいたのに。ああ、あ奴を連れてきたからこんなことに」

「誰のことを言っているんです?」クリスはもう一度尋ねたが、老婆は答えなかった。代わりに無精ひげの男が答えた。

「さっき、子供を一人雇っていたといっただろう。そいつは、左右で違う色の目をして、銀色の髪をしているんだ」

「そんな。本当にいるなんて」クリスが驚きの表情を浮かべた。僕はなぜそんなに驚くことかわからなかった。

「銀髪で、左右違う色の目をしている者は、『穢れた血』と呼ばれているんです。勿論、ただのおとぎ話ですが」マリアさんがそっと耳打ちした。

「ばあさんの言う通りかもしれん」村人の一人がつぶやくように言った。

「そんな馬鹿な。あれはまだ小さな女の子じゃないか」無精ひげの男が言う。

「だが、奴は『穢れた血』だ。普通の人間じゃない」

「それはただのおとぎ話だ。本当にあったわけがない」

「だが、現にあいつはいたではないか。なら、おとぎ話だってもしかしたら」

「きっとあいつがやったのよ」

「こんなこと、悪魔にしかできるはずがない」

「人間のすることじゃない」

 いつの間にか、村人は討論に熱中し、声高に叫び始めた。無精ひげの男は何とか鎮めようとしていたが、誰も聞く耳を持たなかった。男は肩を落とすと、疲れきった顔で僕らに向きなおった。

「すまない、旅の方々。この村は古い考えをするものが多いんだ。見苦しいところを見せたな。宿がいるんなら、あそこの二階建ての家に行ってくれ。部屋は少ないが、あれがこの村唯一の宿なんでね」

「ありがとうございます」僕らが礼を言うと、男は軽くうなづいた。そして、冷めやらぬ討論をしている人たちをまとめにかかった。

「わからないことを騒いでもしょうがないだろう! 彼らを早く弔ってやろう!」

 僕らは喧騒から離れて、この村唯一の宿に向かった。


 扉をあけると、温かな空気が流れてきた。

「あら、いらっしゃい」部屋の奥から声が聞こえる。部屋の奥にはカウンターにろうそくがひとつ置かれており、その横に肘をついている人の姿がおぼろげに見えた。

「どうぞお入りになって。そこで立たれていたら、温かい空気が全部出て行ってしまうわ」僕らは言われるまま、中に入った。

 扉を閉めると、思ったより部屋は暗かった。暖炉の火と、カウンターに置かれたろうそくしか明かりはなかったからだ。カウンターに近付くと、おぼろにしか見えなかったカウンターの相手が見えた。

 年は三十くらいだろうか。褪せた金髪を後ろで止めている。皺のでき始めた顔には、柔和な表情が浮かんでいた。

「こんにちわ、いや、こんばんわかしら。今日はお泊り?」

「宿がここにしかないと聞いてきたのですが。」

「そうね。といっても、うちだって部屋があるくらいなものよ。食事つきで一人銅貨三枚だけど、いいかしらいおう89v4」

「これでも払えますか?」僕はためらいがちに袋から一枚取り出して女性に手渡した。女性は目を丸くした。

「き、金貨!?ちょっと、あなたもどこかの貴族かい!?」僕は説明しようとしたが、クリスが先に口を開いた。

「いえ、以前賊に襲われている人を助けたら、その人が貴族でして。それでお礼にと、金貨を下さったのです」クリスは僕の顔をちらりと見た。僕は一瞬ののち、あわててうなづいた。

「へぇ、貴族も気前がいいんだねぇ。私たちにも恵んでくれりゃいいのに。悪いけど、銅貨で払ってくれるかい。今は銀貨はおろか、銅貨だってないもんでね」

「それはどうしてですか?」クリスが財布から銅貨を取り出しながら言った。

「実は、今日先に来たお客さんも金貨で払ったのよ。フードをかぶった、寡黙な人でね。でも、声からして男だろうね。私が『お客さん、できれば銅貨で払ってもらえませんか?銀貨でもいいですけど』っていったら、『銀貨も銅貨もない。釣りは足りなくていいから、あるだけ払ってくれ』って。結局、銅貨三十枚しか払ってないけど、いやな顔一つしなかったよ。やっぱり貴族なのかねぇ。食事は部屋、それともここで食べるかい?」

「あ、部屋で食べます」僕は上の空でこたえた。

 フードの男がいる。しかも金貨で宿代を払った。僕には、ただの偶然で男がついてきているとは思えなかった。


 三人が宿に入るのを確認してから数分後。ゆっくりと、建物の影から抜け出した。日はすでに沈みかかっていて、端だけが名残惜しむように地上にとどまっていた。

 広場はすでに人はいなかった。あれほど騒いでいた村人たちも、日が暮れ始める前に帰り始めていた。死体は、結局時間がなかったために広場に放置されていた。

 死体を見に広場の中心へ向かう。近付くにつれ、臭気が鼻をついた。この分では、明日はもっとひどくなりそうだった。

 死体をつぶさに観察する。

「死んでから三日ほどか。死因は」日暮れ前でよく見えないために、死体にかがみこむ。と、フードが眼の上にかぶさって見えなくなった。

 どうせだれもいないのだからと、フードをよけた。癖で髪をかき上げる。

 夫は前から首を裂かれて、妻は後ろから腹部を刺されて。左の二人は身なりからして盗賊なのは間違いない。おそらく、この二人が夫婦を殺害したのだろう。

 問題は、誰がこの二人を殺したか、ということだった。村人は子供が殺したともめていたが、そんなことはあり得ない。人は大人だってそう簡単に殺せはしない。技術や体力だけじゃない、人を殺すことに耐えうる正当な理由が持てなければ、人を殺すことなどできない。それを子供が、二人も殺すなど到底考えることはできない。

 そんなことを考えつつ、死因を調べる。

 一人は首を一刀両断。他に傷は一切ない。切り口は荒い所など一切なく、首を乗せたらくっつけられそうだ。どう見ても素人ではない。剣の使い手、しかも相当の数を殺している。武器も相当の業物だ。

 もう一人は心臓を一突き。こちらも、もがいた跡すらない。いくら心臓をついたとあっても、数秒はもがくはずだ。

 こんなことをできるのはあいつしかいない。立ち上がり、宿に目を向ける。二階の窓に明かりがともされていた。

 推測は正しかったようだ。どうしてかは知らないが、間違いなく彼は、奴の行く先を知っている。

 どうも、読者のみなさん、こんばんわ。一日遅れですが、その分量はありますんで、どうかご勘弁を。

 ついに、第三章が始まりました。イェリシェン達についてくる男、そしてグラムと物言わぬ少女。登場人物も増えて、面白さもup!したらいいな。いや、面白くして見せます。……でも、過度の期待はしないでくださいね。

 この回から、三点リーダーを二文字に変えました。読みにくかったらお伝えください。そのほかにも、『一話一話が長い、短い』『行が詰めすぎて読みにくい』などありましたら、どんどんお申し付けください。

 では、今回はこの辺で。来週の更新をお楽しみに! 

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