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Last Game  作者: じょん
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第三話:クリスの過去

「クリスの父親はエナデイルといい、母はクラリスという名前だった。エナデイルはわしと同じ冒険者だった。わしはもともとこの村の出身ではないがこの村を気に入っており、旅の折に度々訪れた。エナデイルは彼の旅の見上げ話を聞いて育った。彼が冒険者になったのは当然の帰結といえる」


「やつを一人前の冒険者に育てたのはわしじゃ。あれはいい冒険者だった。腕は立つし、人に優しく、何より勇気があった。あいつの師匠となったのはわしの誇りじゃった。だが今では、やつをこの世界に引き込んだこと自体、間違ったことだったのかも知れぬ」ヤコブ爺はかすれた声を煙とともに吐き出した。


「エナデイルは当然家を空けることが多く、その期間も長かった。しかしクリスの母、クラリスは理解のある人で、いつも家を空ける夫をとがめる事は一度もなかった。彼女は夫が旅立つとき、いつも笑顔で見送り、暖かい食事と抱擁で出迎えていた。

 両親は互いに愛し合っていたし、クリスも両親を愛していた。普通の家庭とは呼べなかったかもしれないが、クリスは幸せだった。少なくともわしにはそう見えた」


「クリスが生まれたのと同じころ、わしは引退してこの村に住むようになった。エナデイルとの仲もあり、クラリスも家の仕事があるから、よくクリスの面倒を見に行っていた。血のつながりのないわしがこうしているのは、そういう経緯がある。いや、というより、名残というべきか」

 ヤコブ爺は深々とため息をついた。なんだか話し始めたときより急に老け込んだように思える。

「事は十年前におきる。クリスはまだ七歳だった。クラリスが病気にかかった。不治の病だった。村の医者が診ても治らず、村のだれもがクラリスの死を予感した。だが、エナデイルだけは違った。

『クリス、母さんはきっと良くなる。以前旅した山の頂上に、どんな病にも効く薬草が生えているんだ。それを取ってくる。クリス、それまで母さんを頼むぞ』クリスは母が助かると聞いて喜び、笑顔で父を見送った。わしもエナデイルならやり遂げるだろうと信じて見送った。それだけ信じるに足る冒険者だったのだ」


「だが、クラリスは違った。クラリスはエナデイルを引き止めたのだ。彼女は自分の死を受け入れ、最後を家族と共に過ごすことを望んだ。そうさせてやるべきだったのだ。一度も引き止めることのなかったクラリスが引き止めたことの意味を、わしは考えてやるべきだった」ヤコブ爺は小さく鼻をすすった。彼の目から音もなく涙がこぼれていたが、彼は流れるに任せていた。

「すまんな。続けよう」ヤコブ爺はもう一度大きく鼻をすすると、話を続けた。


「エナデイルは帰ってこなかった。数日、数週間、数か月。半年が過ぎた。クラリスは死んだ。葬儀になってもエナデイルは帰ってこなかった。クリスは葬儀の間中、一度も泣かなかった。クラリスは村の共同墓地へ埋められた」

「村ではエナデイルがひどい中傷を受けていた。死にかけた妻を置いて冒険、しかも一人娘を残して。以前からエナデイルが冒険家であることを村人は感心していなかった。だが、クラリスは一言もそのことについて文句を言うことはなかったし、クリスが幸せそうだったので何も言わなかったのだ。それもクラリスの死で人々の意見が変わった」


「ここに越して来たのもそのころじゃ。村は彼女が住むには居心地が悪すぎ、家には思い出が多すぎた。身寄りのないあの子を引き取ると、何人かが申し出てくれたが、彼女はみな断った。だからワシがここに家を立ててやった。わしが面倒を見るのを条件にしてな」

「葬儀が終わって二日後のこと。外はひどい雨で、クリスはテーブルに突っ伏していた。クリスの面倒をみるために家に来ていたわしは、雨がひどすぎてその日は泊まることにした」

「真夜中ごろ、扉が開いた。入って来たのはエナデイルだった。彼は雨に濡れ、泥だらけなうえ、ひげは伸び放題。肌が露出している部分には、家を出る前にはなかったたくさんの傷があった。ひどい姿だったが、表情は生き生きとしていた。病的なまでに。

『帰ったぞクラリス!!薬を手に入れた!今なおしてやるからな!』エナデイルは開口一番にそういった。

『クリス!ただいま!母さんはどこだい、薬を見つけたんだ。母さんは治るんだ!』エナデイルは歓喜して叫んだ。だがクリスは何もしゃべらなかった。

『どうしたクリス、具合でも悪いのか?』エナデイルはクリスの顔を覗き込んだ。クリスは小さい声で、しかしはっきりと言った。

『おかあさんは死んじゃった』静寂が訪れた。エナデイルは一瞬何のことかわからなかったようだった。やがてうろたえていった。

「死んだ・・・母さんがか・・・・・・?・・・ばかな、そんなことはありえない・・・・・・、クラリスに限ってそんな・・・そんな・・・・・・」エナデイルはわしを見た。弱りきった顔で、懇願するかのようにわしを見るその目を、ワシは忘れられない。ワシは首を横に振った。やつの顔に、絶望が広がったのを確かに見たよ。

『うそだ。おれは信じないぞ。嘘だ、クラリスが死ぬなんて嘘だ!』エナデイルは叫んだ。クリスは半狂乱になった父を殴った。

『嘘じゃないわよ!!どうして早く帰ってきてくれなかったの!?どうして旅になんかでてしまったの!?どうして母さんのそばにいてやらなかったの!?どうしてわたしのそばにいてくれなかったの!?どうして!?ねぇどうしておとうさん!?どうして!?』クリスは父親よりも大きな声で泣き叫んだ。クリスは父をたたき続け、泣きわめき続けた。それに疲れると、父親の服をつかんで顔をうずめた。エナデイルはクリスを抱きしめ、大声で泣いた」


「翌日、皆でクラリスの墓に行った。妻の墓を見て、改めてクラリスがいなくなったことを思い知ったエナデイルは、墓のまえに膝をつき、墓石を抱いて泣いた」

「そのころには、エナデイルが帰って来たことが村中に知れ渡っていた。村人は帰ってきたエナデイルを冷たく扱った。不貞の父親と呼ぶものもいた。妻が病気の間に他の女と遊んでいたといううわさが流れていたのだ。無論事実は違うが、村人の大半はその説を気に入り、彼がどうして旅に出たかを知っていた人でさえ、どこかで遊び呆けていたのだと思うようになっていた。

 クリスは父を蔑む噂を聞きたくなくて、だんだんと家にこもりがちになった。エナデイルはというと、自分の部屋の日記をひたすら読み返し、何かブツブツと呟いていると思ったら、時々メモを取っていた」


「そしてある日、エナデイルはいなくなった。そして今も帰ってこない。クリスが言うには、エナデイルは死者をよみがえらせる魔法使いに会いに行くといっていたらしい。ワシはいやな予感がして、クラリスの墓に行った。ワシはその術に心当たりがあったのじゃ」

「案の上、掘り返された跡があった。確かめてみたら、遺骨は既に取り去られた跡だった」ヤコブ爺は淡々と語った。僕は何も言えなかった。

「結局クリスはまた独りぼっちになり、父親は今も帰ってこぬ。母の遺骨すらここにはない。その過去から、あの子はずっと立ち直れていなかった」ヤコブ爺は悲しげな顔をしてうつむいた。

「あなたは、ずっとそばにいたんですね」

「……それがなんになったというのだろう? 確かにワシは、ずっとあの子のそばにおった。あの子の父親が旅立った時も、クラリスが死んだ時も、エナデイルがまた出て行ってしまった時もな。じゃが、わしにはあの子の心を慰めることはできなんだ。あの子はわしに心配をかけまいと明るく振る舞っておったが、心の中ではいつも泣いておった。じゃが」不意に顔を上げ、僕の顔を見つめるヤコブ爺。

「お主が来てからあの子は変わった。久しぶりじゃ、あの子が笑うのを見たのは。それもこれも、お主のおかげじゃ」

「そんな、僕は何も。寧ろ助けられたのは僕です。彼女が助けてくれなかったら、僕は死んでいたでしょう」

「それでも、だ」ヤコブ爺は腰かけていた大木から腰を上げると、僕に頭を下げた。

「頼む。これからもあの子のそばにいてくれないか」

「頭を上げてください、ヤコブ爺さん。僕はそんな大層な人間じゃないです」僕は困惑し、とりあえずヤコブ爺に頭を下げるのを辞めさせた。

「突然こんなことを言われたら驚くのはわかっている。じゃが、お主のおかげで確かにあの子は変わったんじゃ。わしはあの子に幸せになってほしい。頼む」

「僕は……」急な話にどうしていいか分からず、ヤコブ爺の視線を避けた。すると、驚くべきものが目に飛び込んだ。

「ヤコブ爺!あれを!」僕は自分が見つけたものを指差した。ヤコブ爺は僕の指さす先を見て、驚愕の表情を浮かべた。

 村から煙が上っていた。

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