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Last Game  作者: じょん
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第二話:ヤコブ爺

 クリスの家で目覚めて三週間が過ぎた。昼食後、僕は家の裏庭に当たるところで日課になりつつある薪割りをしていた。 目覚めて当初は頭や腹が焼け付くように、時には身動きするともだえるほどの痛みも、一週間もするとほとんどなくなった。そうすると今度は、退屈でじっとしていられなくなった。クリスはもう少し安静にと言ったが、何日もベッドに寝たままで、いい加減体がこわばりつつあった。少し動いたほうが直りもよくなると説得し、ついにはクリスも折れ、僕に仕事をさせることにした。

 その中で、薪割りが一番好きだ。最初は斧を振り下ろすのもたどたどしく、クリスにはらはらさせてしまったが。筋肉痛になやまされることもなくなった。それに何より、斧を振るっていると心がどこか落ち着くのだ。

 自分の腕の筋肉の動きを知覚し、振り上げる手にかかる斧の重みを感じる。その「芯」を捕らえ、自らの「芯」と一体として振り下ろす。薪は抵抗もなく、二つに割れる。その繰り返しの作業が、鈍った体を少づつほぐしてくれるように感じるのだ。

 最初は買い物に付き合ったりもしたが、最近はもっぱらこの作業で一日を費やす。彼女が買い物に(というより村に)行くことはあまりなく、村人からもどこか好奇のまなざしで見られるからだ。それも当然といえば当然だ。村から離れた丘に一人住んでいる少女が、突然男と一緒に住み始める。し住んでる人が百人にも満たないこの小さな村では、村人の話題にはもってこいなのだろう。

 そういえばなぜ、彼女は村を見下ろすようなこの丘に独りで住んでいるのだろうか。独り立ちするには若すぎるように思えるし、その割りに家は大きい(自分が寝泊りするのに一部屋使っているくらいなのだから)。だが両親の姿はないし、尋ねるものといえば、妙に背筋の伸びたおじいさんくらいなものだった。

「ちゃんとやっているか、若造」うわさをすれば、件の老人がひょっこり家の陰から姿を現した。

 背は僕よりもこぶしひとつ位小さいが、線は細くない。むしろがっしりとひろい肩は、年には似合わないほどだ。確か今年で65歳といっていた。顔はしわだらけ、髪も髭も白いが、常に整えていて清潔だ。彼はいつものようにしわだらけの顔に微笑をたたえて、こちらに歩いてきた。

「こんにちは、ヤコブ爺さん。今日も元気そうですね」ヤコブ爺はふぉっふぉと笑った。

「あたりまえじゃ、わしを誰じゃとおもっとる。その名を国中に知らしめた、冒険者ヤコブじゃぞ」ヤコブ爺は空を見上げると、思い出すように言い始めた。

「あれは三十年もまえかのう、わしはそのときすでに一流の冒険者として知られて……」

「まぁまぁ、そういう話は食事のときにとっておいてくださいよ」僕は途中でヤコブ爺の話を遮った。ヤコブ爺は残念そうな顔をして、そうかと呟いた。

 

 ヤコブ爺の昔の話、特に冒険者だったころの話は、話し始めると終わりがないのだ。前は話を聞いているうちに夜が明けてしまい、しかも終わらなかった。クリスは話の間にさっさと寝てしまった。ヤコブ爺の話が長くなることは昔から知っていたらしいおかげで僕は寝不足のまま薪割をして、斧が手からすっぽ抜けて家の壁に突き刺さった。その後は今もヤコブ爺の後ろに刻まれたままだ。ヤコブ爺の話を聞くのは嫌いではないが、話を聞くだけで一日を終わらせたくはない。

 しかしその日のことで、僕はどうもヤコブ爺に気に入られているらしく、しょっちゅう昔の話を僕に聞かせてくれる。以前ヤコブ爺の家で夕食をとったとき(ヤコブ爺は呼ばれなくてもクリスの家に夕食を食べに来る)、彼は部屋の壁にかざられている武具一式を見せてくれた。防具は傷だらけで、凹みがたくさんあったし、さやや革のベルトは擦り切れてちぎれてしまいそうだった。だがすべて手入れがされていて、ヤコブ爺は話をはじめる時に必ずこれらの品に触れ、まなじりを下げていとおしむようにぽつぽつと語りだす。まるでこれらの品の傷や凹みの一つ一つに記憶が詰まっているように。

 中でも、彼の愛用の剣は素晴らしかった。柄や鍔にはこれといった意匠はなかったが、刀身はさざ波のような模様があり、鞘から抜き去ると高音の澄んだ音が家の中に響いた。聞くと、これはダマスカス製の剣なのだそうだ。

 ダマスカスとは、二種類の金属を混ぜ合わせて作る製法で作られたものを指す。二種類の金属を混ぜて使うことにより、個々の金属の特性を剣に反映させることができるのだが、反面非常に作るのが難しく、その技術を継承できるものは少ないらしい(技術を得ようとダマスカスの武具を作れるものに弟子入りするものはたくさんいるのだが)。

 ヤコブ爺の剣は、その技術を持つ友達が作ってくれたらしい。

「あいつとはしょっちゅう喧嘩しての。だが、次の日にはお互いそんなことは忘れたように笑いあってた。今頃どうしているのかのう」と、パイプをくゆらせながら天井をぼんやりと見上げていた姿を覚えている。


「それで、何か用があって来たのではないのですか?」僕はヤコブ爺に尋ねた。

「ふぉっふぉ、ただの気まぐれじゃわい。ちょいと冷やかしに来たのよ」と老人は答え、横倒しになっている木に座り込んだ。

「なぁ、お主。クリスをどう思っておる?」出し抜けに、ヤコブ爺が尋ねる。

「どうといわれると?」

「クリスを好いておるか?」

「ぶっ!!!」予期せぬ質問に今度は吹いてしまった。ヤコブ爺は僕のそんな様子を見ていった。

「なるほど、脈はアリと・・・・・・。」ヤコブ爺はクックと笑った。

「な、なんでそんなこと聞くんですか!?」僕は思わず大声をあげた。途端に恥ずかしくなり、家のほうをちらりと見た。

「クリスは今森に行って夕食の材料を探してきておる。夕方までは戻らんだろうよ」クリスは弓の扱いがうまく、夕食には時々彼女がしとめた鹿やウサギが並ぶことがある。一度見たことがあるが、彼女は僕が気づかなかった動物に気づくと、矢を番えてすぐに放った。矢は過たず、巣穴の前に立っていたウサギに命中していた。僕は弓のことはよくわからないが、弓脳では相当なものだと思う。

「だからこそ、今ここにやってきたのだからな」ヤコブ爺はポケットからパイプを取り出すと、タバコをすう準備をし始めた。それはヤコブ爺が長話をする合図でもあった。

「クリスに聞かれたくないことでもあるんですか?」僕は尋ねた。

「正確には『クリスが聞きたくないし、話したくない話』じゃな。……お主、クリスのことをどう思う?」

「さっきの話の続きですか」

「違う。ワシがいいたいのは、クリスの置かれている状況のことだ。なぜ村から離れた丘に住んでいるのか、なぜワシがちょくちょく顔をみせにくるのか。両親はどうしているのか」

「それは……」それは、さっき考えていたことだった。だが同時に、クリスには聞けないでいた。それくらい、彼女の家庭に何かがあったのだということ位は、容易に想像がついていた。

「座れ。少し長くなる」ヤコブ爺はいつもより低い声で言った。僕は薪割の台にしていた切り株に腰を下ろした。

 ヤコブ爺はすぐには語りださず、しばらくタバコの火をつけるのに苦心していた。風もなく、火付けのうまいヤコブ爺には珍しかった。手つきもどこかのろく、精彩を欠く。

 やっとこさ火がつくと、ヤコブ爺はパイプを二、三回吹かし、濃い煙を口からたっぷりと吐き出した。

 煙が山の空気に溶け込んだのを見届けると、ヤコブ爺はおもむろに口を開いた。

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