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繋ぎ手と照らし手  作者: ビッグツリー
第一章 手掛かりを求めて~羽の神之塔編~
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九話 その手を離しやがれ

 村の大通りにて、何かから避けるように、又逃げるかのように大きく道を開ける住人達の姿があった。

 開かれた道の中央に現れるは、その場には似つかわしくない風貌の一行。巨大な荷車を守るように取り囲む、前後に二人ずつ位置する護衛兵。その身は皮のなめし防具を身に纏い、前衛のうち一人に関しては、全身を覆う銀色のフルアーマーを装着している。荷車は体格のいい馬を三頭も繋ぎ、巨大な荷台のてっぺんにはそびえ立つ豪華な椅子。堂々たる態度でその椅子に君臨するは、金銀装飾の施された上着を纏い、額に脂汗を浮かべる小太りの男。その男は『絶壁都市ピース』の第一王子、ヨシノブであった。



 



 つむぎは頭の後ろで手を組み、あかりは丈を握るのはやめて前で手を重ね、談笑を交わしながら村の中を歩いていた。


「次は食料だなぁ、なるべく日持ちする奴を選ぼうぜ~」

「そのほうがいいですね。あとは水と毛布を確保しましょう」


 何気なく歩いている二人だったが、一人、また一人と逃げるように脇を駆け抜けていく住人達の姿に、違和感を覚えた二人は後方へと振り返った。

 すると、視界の先には巨大な荷車の姿。それを力強く引く三頭の馬の強靭な脚力により、地面を踏みしめては轟かせる足音が、徐々に強く大きく変わっていった。


 二人は道の端へと逸れると、珍しい物を見るかのような目でただ固まっていた。






 立ち並ぶ家屋よりも高い所に位置にするヨシノブは、当たり前のように道を開けていく住人達の姿に、我が物顔でその光景を見下ろしていた。その中で偶然目に付いたのは男女の二人。ヨシノブは片方の女性を視界に捉えるなり、大慌てで馬を止めるよう命じた。


 ヨシノブの目に付いた男女の二人とは、つむぎとあかりだった。

 

 ヨシノブは不気味な微笑みを浮かべると、ペロリと唇を舐めては護衛の一人に目配せをした。護衛の男は意図を察したらしく、一つ頷いてはつむぎとあかりの元へと歩み寄る。


「女、ヨシノブ様に気に入られたようだ。光栄に思え」


 護衛の男はそう言い捨てるなり、強引にあかりの腕を掴み取った。


「おい、待てよ」


 だがその瞬間、あかりの腕を掴んでいる護衛の腕を、つむぎが更に掴む。


「男、お前には用はない。女を置いて去れ」

「用があるのはこっちだ。その手を離しやがれ」


 睨みを効かせるつむぎの態度に、護衛の男は掴んでいるあかりの腕を離すと、それと共につむぎの腕を振り払った。そして腰に携えた剣へと手を添えると、それを抜いては切っ先をつむぎへと向けた。


「王子への反逆行為とみなし、お前を切り捨てる」


 その言葉にあかりは悲痛な面持ちを浮かべ、あまりのことで声を失うように口を手で押さえた。


つむぎは固まるあかりの肩を押し、静かにその場から離れさせる。


「あかり、離れてろ」



 つむぎと剣抜いた護衛兵、両者は睨みをきかせて均衡を保つと、ふっと護衛兵が口角を上げた。相手は武器を持たないただの一般人、威勢はいいがただのガキ、そう思う護衛兵の余裕の表れだった。


「悪く思うなよ!」


 護衛兵は一言叫びを上げると、手に持つ剣を大きく後ろに振りかぶった。太陽の光を受けて剣がキラリと一つ輝くと、遠心力の乗ったスピードで一刀両断に振り下ろされる。一直線を描く剣の軌道が、つむぎの頭上を捉えた瞬間、護衛兵の体に衝撃が走っては勢いよく後方へと吹き飛んだ。


 残ったのは右足を前へと上げているつむぎの姿。それは、剣が貫くよりも早く、つむぎは護衛兵の腹部を蹴り上げていたのだった。



 その光景に目を丸くする他の護衛兵だったが、事の状況を飲み込んだ後衛二人はすぐさま剣を抜くと、問答無用につむぎへと斬りかかった。


 一人目が頭上から一刀両断に斬りかかると、つむぎは流れる足さばきでその剣を紙一重で躱し、振り下ろし切った護衛兵の顔へと勢いよく裏拳を放った。その衝撃だけで護衛兵は真横に吹き飛ぶと、すぐさま後ろからは横一線に斬りかかる二人目の護衛兵が襲い掛かる。

 つむぎは宙へと身を翻して剣を躱すと、護衛兵の真後ろに降り立っては体を捻り、回し蹴りを護衛兵の脇腹へと叩き込んだ。


 たった一人に、それも武器を持たないただの青年に、一瞬にして三人もの護衛兵が戦闘不能に陥った状況。ヨシノブは口を大きく開けて驚愕していたが、その表情はみるみる内に憤怒の色へと変貌し、残る一人の護衛兵へ向けて、唾を撒き散らすほどの怒声を浴びせた。


「な、なにをしている!! たったの一人だぞ! ゲン、さっさとあいつを殺せぇぇぇ!」


 ゲンと呼ばれたのは全身フルアーマーの大男。目元まで覆う銀色の鎧は、生身で晒される部分など一切なかった。ゆっくりと、その重量感のある一歩は大地を踏み抜き、ゲンは威風堂々とつむぎの前に立ちはだかる。


「目を見張る身のこなしだった。余程鍛錬を積み重ねてきたのだろう」


 こもった低い声、ゲンのものと思わしきそれが鎧の内から響くと、つむぎの額に一筋の冷や汗が滴る。


「ま~たえらいもんが出てきやがったな……。お褒めに預かり――光栄ですっと!」


 つむぎはそう言い切るなり瞬時にゲンの懐に飛び込むと、大きく振りかぶった渾身の一撃の拳を、鎧の腹部へと勢いよく叩き込んだ。


 空気を伝う衝撃音が、二人を中心に波紋を呼び起こす。一瞬だが、付近の全ての物質が振動を覚え、両者の立つ大地には亀裂が走った。


 そのまま身動きをしない両者。先に口を開いたのは、苦笑いを浮かべるつむぎだった。


「すげーな。こんなに硬いとは」


 つむぎは一言そう零すと、後方へ飛び退いては一時距離を取る。全く手ごたえの無かった感触は、今までつむぎが体験したことのないものだった。


 ゲンはカチャリと金属の擦れ合う音を鳴らしては腕を組み、何事も無かったかのような風貌で仁王立ちする。


「我が鎧には、一片の傷をも付けることは敵わぬ。小僧よ、諦めて引くがいい」


 静かに口を開くゲンの言葉は、あかりを置いて自分だけ逃げろというもの。当然そんな提案に乗るはずもないつむぎは、一つ舌打ちをしては再び地面を蹴り上げた。



 つむぎは怒涛の連続打撃を放つが、首、腕、腹、足、ゲンのいかなる部位を殴っても蹴っても、全く通用してはいなかった。 

 反撃を行わず仁王立ちを続けるゲンの鎧は、空気を震わせるほどのつむぎの攻撃を受けても、曇りもせず鮮やかな銀色を放ったままだった。



 その光景を見下ろすヨシノブは、先ほどまで逆上していた面持ちから一転、得意げに笑みを浮かべては白い歯をむき出しにした。


「しししし、無駄無駄! ゲンが纏うのは『拒否の鎧』。いかなる物理攻撃をも受け流す、いにしえ神具しんぐであるぞ」



 大いなる遺産――古の神具。それは、一つ一つが固有の特性を持ち、強大な力を秘めている伝説の武具。中にはたった一つの武具で、一国を落とすことが可能とされるなどと伝承される。数百年前に存在し、今では見つけることすら難しいそれは、喉から手が出るほど欲する者が後を絶たない、とても貴重価値の高い存在であった。






 間髪開けることなく繰り出していたつむぎの拳からは、痛々しい血が流れ、蹴りを放つ足からも血が飛び散っていた。悲痛な面持ちを浮かべるつむぎは、おもむろにズボンの後ろポケットへと手を滑り込ませると、そこから一本のロープを取り出した。


 つむぎは、円を描くように丸められていたロープを伸ばすと、ゲンの足元目掛けて横に払うように振り切る。当たるゲンの足を軸に、ロープが弧を描いては両足を一回りすると、その瞬間につむぎは声を発した。


「”繋ぐ”! 結合!」


 弧を描いて一回りしたロープの先端が、つむぎの握るピンと張った方へと吸い込まれるように繋がる。ゲンの足を縛るように輪となったロープは、結んだような繋ぎ目はなく、最初から一繋がりであったかのように結合したのだ。


 そしてつむぎはロープを両手で握り締め、力いっぱい引き絞る。


「相当重そうな鎧だなぁ! 転んじまえば、簡単に起き上がれないんじゃないのか!?」


 つむぎはロープをゲンの足元に括ることで、鎧の重量を逆手に取り、転倒させる事を思いついたのだった。


 しかし、つむぎの顔には焦りの色が見え始める。それもそのはず、力いっぱいロープを引いているはずなのに、目の前のゲンは微動だにもしていなかったのだ。



 ゲンは組んでいる腕を解くと、足元のロープを握っては、それを両手で左右に引っ張り引きちぎった。そしてつむぎと対するように握る形となったロープを、勢いよく後方へと引いた。


 握るロープが引かれたことにより、つむぎは飛ぶようにしてゲンの下へと転がる。そしてゆっくりと持ち上げられたゲンの足が、つむぎの背中へと踏み下ろされた。


 背中には超重量の足、目の前には地面。挟まれるように強烈な衝撃を受けたつむぎは、肺の中の空気を全て強制的に吐き出されると共に、苦痛の叫びを発して吐血を漏らす。ぼやける視界の先には、口元を押さえているあかりの姿。つむぎは震える腕をあかりの方へと伸ばし、小さく声を零す。


「あ、あかり……」



 あかりは反射的につむぎの元へ向かおうとするが、その瞬間に腕を掴まれ、体を引き寄せられた。それは、いつの間にか荷台から降りていたヨシノブが、あかりの腕を握っては傍らに引き寄せたのだった。


「い、いやっ――! 離してください!」


 寄り添うヨシノブの体を引き離そうとするあかりだが、さすがは男の力だろうか、強引に引き離すことが出来ないでいた。 


「ししし、その表情もたまらんなぁ……。あまり暴れるな、この綺麗な脚に傷を付けたくはないだろぉ?」


 ヨシノブは唇をペロリと舐めると、あかりの白い太ももへと手を添えては優しく撫でる。


「――! いや……」


 目を閉じてはその端に涙を溜めるあかり。そんなあかりの耳元に、ヨシノブは不気味に微笑む顔を近づけると、悪魔の囁きを零す。


「おとなしく付いて来れば、あのガキは見逃してやってもいいんだぞ?」


 その言葉にあかりは目を開き、着物の胸を握りしめてはつむぎへと視線を向けた。視界に映るのは鎧の男の足元に、地面へとひれ伏すつむぎの姿。その身に降りかかる足の重量は増していき、悲痛な叫びがあかりの耳へと響き渡る。


 ポロポロと涙を流すあかりは、下唇を噛んでは俯いた。そして、覚悟を決めたのか、閉ざされたその口をゆっくりと解き放つ。


「わ……わかりまし――」

「あかりー!」


 だが、その言葉はつむぎの叫びによりかき消された。つむぎは痛みに耐え、あかりを視界に捉えてはその眼光を鋭くさせる。


「偽るのはやめろ! 自分が今どうして欲しいのか、心に閉じ込めないで言葉に出せ! 助けを求めてるなら……そう言ってみろぉぉぉ!」


 振り絞る声で大きく叫ぶつむぎ。その言葉はあかりの心へと響き渡る。

 あかりは身を乗り出しては腕を前へと伸ばし、目から溢れる小さな滴を周辺へと拡散させては、答えるように大きく叫ぶ。


「助けてください! つむぎ様ぁぁぁっ」



 あかりが発する心の叫びを聞き届けたつむぎは、小さく口角を上げる。


「それでいい」


 そして両手を地面へと付け、渾身の力を振り絞り、その身にのしかかる強力な重量へと対抗し始めた。


「うぉおおおおお!」

「なっ――! どこにこんな力が!」


 ゲンは目を丸くし、踏み伏せているその足が、徐々に持ち上がっていた。


「助けを求められたら、すぐさま駆けつけろってばあちゃんに言われてんだ! それが側にいる女ならば……全力で答えるのが、男ってもんだろうがぁぁぁ!」



――ドクドクドク。



 その瞬間、つむぎの叫びに呼応するかのように、体中を巡る血液の流れが勢いを増した。



 叫ぶつむぎはゲンを振り払い、その身を起こしては地面へと足を着いた。よろめき倒れるゲンへとすぐさま振り返ると、握った右手の拳を前へと突き出し、その手首を左手で掴む。その目は力強く、一つの言葉を口にする。



「”繋ぐ”! 金属結合!」


 その直後、ゲンの『拒否の鎧』に変化が生じた。足首や膝、肘、肩、首などの間接部分の装甲が、”全て”一繋がりとなったのだ。中にいるゲンは必死にもがくが、もはやピクリとも動かすことの出来なくなった鎧は、超重量の檻と化したのだった。



 それは、つむぎの強い想いによって、活性化した遺伝子が新たに派生させた力。


 ――『結合』の派生系が一つ、『金属結合』。

 視界範囲の金属同士を、結びつかせることが出来る。



 肩で大きく息をするつむぎは、あかりへと視線を移してゆっくりと歩みだした。

 その姿にヨシノブは慌てふためき、一歩ずつ後ずさっては顔を真っ青にさせている。


「く、来るなぁぁぁっ――!」


 つむぎは力強く大地を踏みしめ、ヨシノブに鋭い眼光を放っては歩み続ける。



「自分の欲望の為に、女を泣かせるんじゃねぇー!!」


 怒りを含んだつむぎの鉄拳が、ヨシノブの頬へと叩きこまれた。激しくヨシノブは吹き飛び、目を回しては気を失ったようだ。

 三人の護衛兵は意識を取り戻していたようで、失神するヨシノブに歩み寄り、撤退を始めた。荷車の後ろにゲンをヒモで繋いでは、引きずりながら土煙を巻き起こして逃げるように去っていった。



 あかりはつむぎへと駆け寄り、涙を浮かべては向き合った。


「つむぎ様! お体の方はっ――」

「ん? あぁ、この程度なら寝れば治るっしょ。お前を失うことに比べたら、痛くもなんともない」


 あかりは少し頬を染めて微笑むと、浮かべる涙を袖でそっと拭った。

 すると、二人を取り囲むように住人達が姿を現し始めた。


「あのブタを追い返すなんて、あんたやるな!」

「カッコよかったぜ! あんちゃん」

「見ていてスカッとしたわ!」


 一人、また一人と増えては、各々口を開きながら二人に寄り始める。


 

 そしていつの間にか、二人は村中の人達に取り囲まれ、大絶賛の声を浴びたのだった。

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