第4章 水族館
話が飛び飛びになってるかもしれませんが、何となく何を作りたいのかわかるかと思います…
多分……?
第4章
水族館
カレンダーに、丸をつけた日がある。
水族館。
一周目で、結衣と行く約束をしていた場所。
けれど、俺はその日、病室のベッドから動けなかった。
結衣は『また今度行こう』と笑った。
その“今度”は、結局来なかった。
……置いていかれるのは、俺の方だったのにな。
今行く。今日は絶対行く。
「遅い」
「時間ぴったりだろ」
「私が先に来てたから遅い」
「理不尽だな」
「今日は私が楽しみにしてた日なので、私ルールです」
結衣は少し得意げに笑った。
その笑顔だけで、来てよかったと思った。
「佐伯くん、顔色は?」
「今日は平気」
「本当?」
「本当」
「……じゃあ、信じる」
「でも、途中で無理したら怒るから」
「怒るのか」
「怒る。めちゃくちゃ怒る」
「怖いな」
「怖がっていいよ」
「いなくなられるより、ずっといい」
軽い言い方だった。
でも、その言葉の奥にある不安に、俺は気づいてしまう。
「わ……涼しい」
「外、暑かったからな」
「水の中に入ったみたい」
「結衣、こういう場所好きだったよな」
「……え?」
言ってから気づく。
まだ、そんな話を聞いたことはないはずだった。
「なんとなく、そう思っただけ」
「また、“なんとなく”?」
「佐伯くんの“なんとなく”って、たまに怖い」
「昨日、写真が好きって言ってただろ。こういう場所、撮りたそうだなって」
「あー、なるほど」
「正解。めっちゃ撮りたい」
「前に聞いた気がした」
「前って、いつ?」
「……分からない」
「佐伯くんって、不思議っていうより、たまに危ういよね」
「見て見て、あの魚。変な顔」
「失礼だぞ」
「でも可愛い」
「変だけど可愛いって、ひどい褒め方だな」
「佐伯くんも、たまにそんな感じ」
「俺、魚と同列?」
「うん。変だけど、嫌いじゃない」
「褒められてる気がしない」
「褒めてる褒めてる」
くだらない会話。
意味のない時間。
一周目の俺は、それを後回しにした。
まだ時間があると思っていた。
でも、時間なんてどこにも残っていなかった。
「佐伯くん?」
「……ごめん」
「また遠く行ってた?」
「ここにいるよ」
「うん」
「今日は、ちゃんとここにいて」
「今日は最後まで一緒にいる」
「……そういう言い方、ずるい」
「無理はしない。約束する」
「うん。それならいい」
「結衣が離れなければ」
「……離れないよ」
「佐伯くんが、そうしてほしいなら」
「ねぇ、見て。クラゲ」
「……綺麗だな」
「でしょ? なんか、ふわふわしててさ。ずっと見てられる」
「……消えそうだけどな」
「え?」
「いや……なんでもない」
水槽の中で、淡い光が揺れている。
生きているのに、幻みたいで。
そこにいるのに、触れられない。
「ねぇ、笑って」
「急だな」
「写真撮る」
「俺を?」
「うん」
「クラゲじゃなくて?」
「クラゲも撮るけど、佐伯くんも撮る」
「なんで」
「今日の顔、残しておきたいから」
一周目で、結衣が言っていた言葉。
『次に行った時は、ちゃんと写真撮ろうね』
その“次”が、今ここにある。
「……これでいいか?」
「うん。今の顔、好き」
「無理。恥ずかしい」
「えー、じゃあ横顔撮る」
「撮るのかよ」
「撮る。今のも好きだから」
「写真は……残したくない」
「どうして?」
「残ると、つらいから」
「……それ、誰がつらいの?」
シャッター音が、水槽の光に溶けた。
「……前も、同じ顔してたよね」
「ねぇ、佐伯くん」
「ん?」
「もし、いつかこの写真を見返した時にさ」
「今日のこと、ちゃんと思い出せるかな」
「思い出せるよ」
即答だった。
「忘れない」
「……そっか」
「じゃあ、私も忘れない」
その言葉が、祈りみたいに聞こえた。
次の展示へ向かおうとした時だった。
「っ……」
胸の奥が、強く痛む。
呼吸が浅くなる。
水槽の光が滲んで、結衣の顔が遠くなる。
「佐伯くん!?」
「大丈夫……」
「大丈夫じゃない! 座って!」
結衣の手が、俺の腕を掴む。
その温度だけが、はっきりしていた。
「薬は? 持ってる?」
「……鞄」
「分かった。動かないで」
「……ねぇ」
「今日、無理して来た?」
「少しだけ……無理した」
「ばか」
「でも、言ってくれてありがとう」
「結衣と……来たかった」
「……嬉しいけど」
「嬉しいけど、そういうの、怖いよ」
「無理なんかしてない」
「嘘」
「今の佐伯くんの嘘、嫌い」
しばらくベンチに座っていた。
結衣は何も言わず、隣にいてくれた。
「……ごめん」
「謝らないで」
「でも、せっかくの水族館なのに」
「せっかくの水族館だから、無事でいてよ」
「……」
「私ね」
「今日、すごく楽しかった」
「だからこそ、怖くなった」
「怖い?」
「うん」
「楽しいことって、終わるでしょ」
「終わるのが分かってるのに楽しいと、余計に怖い」
結衣は、膝の上でスマホを握っていた。
さっき撮った写真を、何度も見返している。
「でも、撮ってよかった」
「怖くても、残してよかった」
「……結衣」
「また一緒に来よう」
「うん」
「今度は、ちゃんと無理しないでね」
「今日、来れてよかった」
「私も」
「……本当に」
「ずっと、ここにいたい」
「……うん」
「時間、止まればいいのにね」
帰宅すると、体は鉛みたいに重かった。
でも、心だけは妙に温かい。
“また”。
その一言が、こんなにも怖い。
叶うか分からない約束。
でも、叶えたい約束。
絶対また行こう。
次は体調のいい日に。
返信できなかった。
約束が、怖かった。
送られてきた写真を開く。
水槽の青い光の中で、俺は笑っていた。
こんな顔ができたことを、少しだけ信じられなかった。
……写真、消しちゃうの?
ねぇ。
どこにも行かないで。
この写真も、壊れちゃうのかな。
スマホの画面を消す。
暗くなった画面に、自分の顔が映った。
まだ、生きている顔だった。
第4章 END
今回の章は佐伯には聞こえない結衣の声(心の声)が文字として浮かび出てきたところです。
前回にもありましたが、今回は「しっかり」と出てくるのを想像、考えであり入れてみました。
本当に文章作るのが苦手です…




