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「……およそ八百年前にこの世に生を受け、師匠に育てられ、お前と共に育った『白慧心(バイ・フイシン)』はあの時消え失せて……もうこの世のどこにも居ないのでは? 再生された俺と、かつての『白慧心(バイ・フイシン)』は同じ存在なのか?」

「また面妖(めんよう)なことを言い出したな……」


 頭痛を感じた。指で眉間を押さえたこちらに構わず、兄弟子は続けた。


「最近、とみに思うんだ。あの時お前の言葉で発奮(はっぷん)し、最後に一か八かの賭けに出た。天道機構に、自分を管理者として書き込んだ。目論見(もくろみ)が当たり復活できたが……あれは、本当に俺の記憶だろうか?」


 そう言うと白慧心(バイ・フイシン)は、自身の着物の合わせを片手で握った。その胸にはかつて、霊根(れいこん)を修復した跡が樹木の根のように広がっていた。鈍銀に光る継ぎ目のようなその跡は、いまやきれいさっぱり無くなってしまった。

 しかし不思議なことに、記憶が蘇ってから、かつての傷跡をなぞるように薄赤い(あざ)が浮き出てきているらしい。記憶と身体は連動しているのだろうか。


 しばらく待ってみたが、どうやらそれ以上、言葉が出てこないようだった。黙り込んでしまった兄弟子を見つめる。


 生まれつき才に恵まれ、自信に満ち溢れているようで、その実自己肯定感が低い。大らかなようでいて、ときおり、思索(しさく)の海に沈み込み、浮上できなくなる。その性格はまさに己の知る師兄(しけい)そのものだった。


(ここは面倒がらずに、聞いてやるべきだろう)


「半年共に暮らしていても、あんたに違和感や不自然さは感じない。あまり考えすぎるな」

「だが、もしも俺がお前の兄弟子になり替わっているとしたら? 自分ではわからんが、以前の俺と違うところがあるかもしれない。今の俺という存在は『白慧心(バイ・フイシン)の記憶』を植え付けられているだけで、無意識に『白慧心(バイ・フイシン)模倣(もほう)している』のかも……」

「あんたという存在はこの世に一人きりだ。まあ、二人いても三人居てもよいが……。あんたが以前の自分と違うと感じていても、私には『白慧心(バイ・フイシン)』以外の何者にも思えん」

「…………」


 どうも納得がいっていないようだ。(うれ)いを取り除くために、ひとつ例え話をすることにした。


換骨奪胎(かんこつだったい)という言葉がある。あんたも知っての通り、只人(ただびと)が修行で己の体を仙人の体に作り替えることだ。骨を仙骨(せんこつ)に換え、(はら)から出て生まれ変わる。神仙(しんせん)になった私は、かつての『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』と体の組成(そせい)が違う。腕、足、目、そして臓腑(ぞうふ)に至るまで体を作り替えていく途中、例えば五割がた替えたら、まだ元の『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』か? では八割ではどうだ? ……そうして全て作り替えられた、あんたの目の前にいる男は『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』か? それとも見知らぬ神仙が、『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』に成り代わったと思うか?」


「……体を作り替えても、朱燿(ジューヤオ)朱燿(ジューヤオ)だろう」


 迷いながらも答えた兄弟子に、片眉を上げて見せた。


「ならば、今度はこうだ。――実は私のかつての体が保管されていた。体はひとりでに歩き出し、意思を持った。こいつは『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』か?」

「怖いことを言うなよ……。そいつは朱燿(ジューヤオ)じゃない。目の前のお前が、本物だと思う」


(自分という存在には懐疑的(かいぎてき)なのに、私のことは本物だと断じるのか?)


 考えていくうち、思い当たった。ここまで不安がる理由。その核心は「己の存在意義」ではなく、――それも憂いのひとつでもあるだろうが――別にあるのかもしれないと。


「……そうか。なあ師兄、この問題に答えはない。己の存在なぞ、案外不確かなものだ。もしかすると今この瞬間、違う『白慧心(バイ・フイシン)』や『趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)』が存在しているかもしれん」

「それは、怖いな」

「もし存在するのならば、向こうも怖いだろうな。自己の存在が揺らぐのは恐ろしいことだ。――あんたの本当の恐れは、何だ?」


 指摘すると、目の前の男は息を詰まらせた。


「俺は……もしかしたらお前を(だま)してるかもしれないと、いうことが」

 

 本当に恐ろしい、と兄弟子はぽつり、呟いた。黒いまつ毛が涙で濡れ、束になっている。濡れて浩然(こうぜん)と光る瞳を見つめていると、形容し難い痛みで胸が引き絞られた。


「……いらん罪悪感を抱くな。別に騙してなどいない」

「でも」

「でももだってもない。それは懸念(けねん)というものだ。それに、例えあんたに騙されていたとしても、なんてことはない」

「騙されてもいいっていうのか?」

「差し当たって問題はない。あんたは『白慧心(バイ・フイシン)』だ。こうやって私の目の前で呼吸し、生きて、存在している。それが肝要(かんよう)だ。もう二度と、ひとりで思いつめた挙句、消えようとするな。私の目の届くところに居てくれ」

「…………ほんとに、あの時はすまなかった」

「もう謝るな。ほら、さっさと飯を食え。もう道士の体ではないのだから、腹が減ってるだろう」


 粥は冷めてしまったかもしれない。式神(しきがみ)に命じて温めさせるか、と考えていると、兄弟子は申し訳なさそうに頼み事を口にした。


朱燿(ジューヤオ)、すまん。今日は鈴鈴(リンリン)の婚礼なんだ……。飯を食い終わったら村まで送ってくれないか?」

「は? なんで早く言わないんだ!」


 自分が偽物かと疑うあまり、到底婚礼にも顔出しできないと思いつめていたらしい。呆れたが、口には出さなかった。


「あ、仕事があるか……」

「いや、今日は休暇だ」


 嘘だった。今日は書類仕事の予定だったが、優秀な部下に投げるとしよう。頭の中で優先事項を思い返していると、白慧心(バイ・フイシン)油条(ゆじょう)をかじりながらぼんやりと言った。


「俺さ、また修行を始めようと思うんだ。霊根(れいこん)も再生されて元通りになったし、お前に養われっぱなしなのも悪いし。何より、修行を途中でやめたことが師匠に顔向けできない」

「……そうか。功法(こうほう)は好きに読め。あとで祠堂(しどう)に行って、師匠に報告しろ」


 功法――師である白婉(バイ・ワン)が書き残した修行法の書は、万が一を考えて保管してあった。避けていたわけではないが、修行のことに言及したのは再会してから初めてだ。二百年前は、天界に幻滅していたようだったが、昇仙を目指して再び修行を決めたきっかけでもあったのだろうか。


「ああ、師匠の位牌にな。……朱燿(ジューヤオ)

「なんだ?」

 

 名を呼ばれ顔を上げると、師兄はそっと目を伏せた。


「面倒くさくてすまんな……。自分が不甲斐ない」

「あんたが面倒くさい性格なのは、もともとだろう。もう慣れた。それに……」


 言葉を切ると、白慧心(バイ・フイシン)は不思議そうに首を傾げた。庇護を誘う幼い表情に、ふ、と口元が緩む。今は告げるつもりはないが、いつか告げる時が来るかもしれない。


「何でもない。ほら早く食え」





 辛気臭い顔と言われた白慧心(バイ・フイシン)は、気にしたようで指で口角を上げ始めた。


「……ああ、もういい。後で鈴鈴(リンリン)に祝いの品を持って行ってやらねば」

「無理に笑えとは言っていない。小娘があんたの引きつった笑顔を見たら心配するぞ」

「小娘って、お前なあ。鈴鈴(リンリン)はもう成人してるんだぞ」


 兄弟子が消えた後、彼が住んでいた南方の村を訪れた。少女とはそこで出会った。


 実はそれ以前にも会ったことがあるそうだが、とんと覚えがなかった。彼女は武神である趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)(おく)することなく話しかけ、(した)っていた道士――白慧心(バイ・フイシン)が消えたと知ると涙した。少女の涙声で語られる、自分の知らぬ師兄の姿に無聊(ぶりょう)が慰められた。


「私にしたら、小娘はいくつになっても小娘だ」

「……減らず口の朱雀(すざく)め」


 小声で話していると、やけに辺りが静かなことに気づいた。いつの間にか銅鑼(どら)の音が消えている。


 ――その時、過ぎ去っていったはずの花嫁行列が止まった。不審に思って眺めていると、なんと、 陳春鈴(チェン・チュンリン)が馬の上に立ち上がった。人垣がどよめく。彼女は頭に被った赤い布を取り去ると後ろを向き、こちらに向かって叫んだ。


「道士さま!? 南方将軍(なんぽうしょうぐん)様も! 来てくれたの?! いま、そっちに行くから!」

鈴鈴(リンリン)、危ないよ?!」


 新郎が体勢を崩した花嫁を支える。 陳春鈴(チェン・チュンリン)は愛する青年の腕に掴まり、慌てていた。無謀(むぼう)にもこちらに来ようとしているようだ。

 白慧心(バイ・フイシン)を見た。目を細め、微笑みを浮かべている。春の陽気に誘われ、花がつぼみを開くような明るい笑みだった。


慧心(フイシン)、心配するな。あんたが不安になるたびに受け止めてやろう)


 何度でも不安な気持ちを吐露(とろ)してもらって構わない。何せ時間はたっぷりある。元々天才肌の師兄は、容易(たやす)く昇仙することだろう。腹の底が(くすぐ)られる。歓喜が身体を駆け巡っていく。やっと共に過ごすことができそうだ。――しかも、悠久(ゆうきゅう)ともいえる長い時を。


 趙朱燿(ジャオ・ジューヤオ)は自然と零れた笑みのまま、頼りない背に手を当てた。そっと前へ押す。


 少女の元に()けつけられるのを、後押しするように。



――了――

【用語解説】

・霊根 れいこん:霊力を貯める器官。慧心のは壊れたが復活して治った。

・道士 どうし:仙人修行をしている人のこと。

・換骨奪胎 かんこつだったい:

日本では古文の骨子を新しい作品に作り替えることを指すが、

そもそもの由来は中国の道教で仙人の体に生まれ変わること。

・功法 こうほう:門派(仙人修行の学校)の秘伝の書。

・祠堂 しどう:祖霊を祀る専用の部屋。

・朱雀 すざく:神鳥。燃える羽を持つ。朱燿の正体。


読んでいただき、ありがとうございます!よかったら本編もどうぞ!

※完結していますが、文芸よりの作品なので難解な表現が多めです……。

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【カクヨム】ひび割れ道士と朱雀の将軍~歪む天道の狂奔~
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