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こちらでは初めまして。普段はムーンライトノベルズでBLを書いています。
拙作「ひび割れ道士と朱雀の将軍」本編後の二人の話です。
全年齢のブロマンス作品なので、こちらで投稿します。
※本編へのリンクは最後。本編は兄弟子の白慧心視点です。
※二人は「テセウスの船問題」について問答しています。
【主要登場人物】
・白慧心
主人公。元天才道士。
大らかだが、考えすぎることがある。
とある事情で人間の体に戻ってしまった。
・趙朱燿
弟弟子。朱雀の本性を持つ武神『南方将軍』
直情型だが情に厚く、執着が強い。
・白婉
二人の師匠で、慧心の養母。
導き手であり、故人。
・王光明
白婉の同期で、凄腕の術を持つ神仙。
天道機構の管理に追われている。
・ 陳春鈴=鈴鈴
慧心を慕う村の少女。
おっちょこちょいだが憎めない。
桃の花弁が一片、風に煽られ、目の前を過ぎ去っていった。
花嫁行列は賑やかに村の道を進む。晴れ晴れとした春の朝だった。
銅鑼の音が鳴り響き、楽団が演奏する竹笛の音が軽快に調子を刻む。馬に乗せられた花嫁は顔を布で隠し、鮮やかな緋色の花嫁衣裳を身にまとっていた。後ろに座った人の好さそうな新郎は、彼女を守るように抱きかかえている。
子供たちが行列の歩みを止める。攔車――酒や金を要求する儀礼だ。新郎たちの周りを囲っていた親族が、笑いながらあらかじめ用意した菓子や小銭を渡す。突如として爆竹が鳴り、破裂音が空気を震わせた。笑い声が起きた。みな笑顔で喜びに溢れている。
南方将軍――趙朱燿はその様子を道の向かい側から眺めていた。
(赤い布で顔が見えんが、花嫁衣裳は思ったよりも似合っている。馬子にも衣裳か)
趙朱燿はふと、隣に立つ師兄――白慧心の横顔を眺めた。一心に花嫁一行を眺める彼の口元は緩んでいたが、どこか緊張しているように見えた。――まだ思い悩んでいるのだろうか。
――今日は白慧心が可愛がっている村の少女、鈴鈴こと陳春鈴の婚礼当日だ。
「……せっかくのめでたい日に、辛気臭い顔をするな」
「そ、そんなに辛気臭いか?」
「そんなつもりは」と口の中でぶつくさ呟く兄弟子の横顔を眺めながら、趙朱燿は今朝のことを思い返していた。
◇
「師兄、どうした?」
中庭の回廊を通りかかる途中で、白慧心の背中に声をかけた。どうやら洗顔の途中のようだが、銅鏡に映る己の顔を見てなぜか固まっている。最近は「風が気持ちいいから」という理由で、この兄弟子は面盆架――移動式の洗面用家具を中庭に運んで身支度を行っていた。庭には彼が植えた薬草や用途のわからぬ草が生えており、暖かな春風が吹く度、爽涼とした青い草の匂いが立ち上っていた。
面盆架に止まった赤い小鳥姿の式神が、布を足で持ったまま囀った。顔を拭く布を渡したいが、受け取る様子がないので困っているようだ。
「朱燿……」
「なんだ? ……おい、ちゃんと顔を拭け」
癖のある黒髪が濡れて額に張り付き、顎から水が滴り落ちていた。こちらを振り向いた白慧心の顔をまじまじと見つめる。
凛々しい眉に、密集した睫毛に囲まれた垂れ目。汪洋たる湖のような黒い瞳が、朝の日差しを映して光っている。細い鼻梁、快活そうな大きめの口。――幼い頃から見慣れた顔だ。顔色は悪くなさそうだった。
白慧心はノロノロと赤い小鳥から布を受け取り雑に顔を拭いた。この師兄はゆったりとした仕草のせいか気だるい色気があり、一方的に秋波を寄せられることがしばしあった。ここ最近、出かけることなく屋敷で道具の修理や護符を作ることに明け暮れていると思っていたが、実はどこぞの女に言い寄られて困り、避けていたとか? それとも、やはり体調が悪いのか?
鶴のような痩躯のあちこちに視線を向けるが、特に異変は見られない。兄弟子の体調を気遣う趙朱燿は、放たれた次の言葉に瞠目した。
「なあ、朱燿……。俺は『本物』だろうか?」
「は? 何を言い出すんだ……」
一旦は話を流そうとしたが、いやに深刻そうだ。ひとまず落ち着いて話を聞く事にした。
――再会してから、半年が経とうとしていた。
記憶を失っていた兄弟子はその間、小さな村に住む独り身の老婆の元に身を寄せていたらしい。自分が何者であるかは忘れていたが、日常生活に支障をきたすようなことはなく、生来の大らかな性格も相まって「そのうち思い出すだろう」と気楽に暮らしていたという。
不思議なことに道具の修繕知識は残っていたそうで、村人から修理の依頼を受けて細々と糊口を凌いでいたそうだ。
「まさか、お前の顔を見て思い出すとはなあ。俺は初めてお前の涙を見たよ」
「…………泣いてなどいない」
老婆に礼を言い、兄弟子の身柄を引き取った帰り道の事だ。からかってくるのに辟易しながらも、それ以上言葉を継ぐことができなかった。
無くしたものが、再びこの手に戻ってきた。望外の喜びを噛み締める。「俺を探してくれるか」というあの言葉に、縋るようにして生きていた。絶望に落ち込みそうになっても、己を無理矢理に奮い立たせた。
兄弟子を信じていなかったわけではない。しかし……昇仙して二百年余りが経つが、この七年は無間地獄のように長く、未だかつてないほど辛苦に満ちていた。
白慧心が天界から追放された二百年前は、まだ彼の命灯――命のありかを示す灯篭が、細々とではあったが――灯っていたので希望が持てたが、今回は言葉ひとつをよすがにするしかなかった。百騎当千と呼び声も高い武神となった身の上でも、さすがに堪えた。「いっそ後を追ってやろうか」と捨て鉢になったこともある。――しかしその度、再び会えるかもしれないという未練が胸を突き、死ぬに死にきれなかった。
「俺がこの村に倒れてたのは、三月ほど前らしい。まさかそんな時間差が起こるとは」
「……再生されてから七年、その間あんたはどこに居たんだ?」
「それが覚えてないんだよな。暗闇で、暖かい所に居たような気もするが……」
常と異なる天道の挙動に気づいたのは、王光明だった。兄弟子の生存の知らせを聞いた七年前、暗闇で閉ざされていた視界が、再び色付いたような心地になった。
寿老人の命灯を盗んだ王光明は天帝から選択を迫られた。即ち天道機構の管理者になるか、それとも地位を剥奪されて天界から追放されるかだ。一も二もなく前者を選んだ王光明は現在にいたるまで、日々『天道機構』の管理と監視に忙殺されている。
天道機構の故障が露呈し、天界は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
そもそも天道が『からくり』だということは天界でも一部にしか知られておらず、天帝は重臣を集め、説明と対応に追われた。王光明と趙朱燿も証人としてその場に呼ばれた。普段呑気な神仙もさすがにこの真実は想像だにしていなかったようだ。
喧々諤々の議論は紛糾した。「天道機構を壊してはどうか」との声も上がったが、すると天の理を司っていた存在がいなくなる。では誰が世を正すのか、という問題に直面し、天道への非難は立ち消えていった。――出された結論は『現状維持』というなんともお粗末なものだった。
呆れた様子で、騒ぐ輩を睥睨していた趙朱燿は、用事が済むや否やその場を後にした。
そののち、本格的に師兄の捜索に乗り出した。手がかりは天道に記された座標だったが、実際の地形と重ね、読み取るのに困難を極めた。ようやく発見した兄弟子は記憶を失っていたものの、再会できたことを思えば記憶喪失など些末事に過ぎなかった。
「そういえば、どこに向かっているんだ? お前の天界の屋敷か?」
道端に生えている雑草の葉先を手で触りながら、白慧心が問うた。只人に戻ってしまった身では天界に入れない。趙朱燿はあえて顔を見ず、口早に告げた。
「……師匠の霊山に、新たに屋敷を建てた。あんたも師匠の遺産を継ぐ権利があるから、そこに住めばいい。今から案内する」
「え……」
「無論私も住む。同門の兄弟弟子が同居するのも、なんの問題もない」
「……うん」
呆れられるか、それとも拒否されるだろうか、と横目で顔を窺った。俯いた目元は前髪で見えなかったが、その口角は微笑んでいるようにほんのり上がっていた。互いに大切なものを無くしすぎた。欠けた破片を繋ぎ合わせ、少しでもあの頃を取り戻したい一心だった。
白慧心は「ありがとうな」と謝意を述べたのち、黙して多くを語らなかった。
――二人は食卓に向かい合わせに座った。物を食うのは人の体に退行してしまった白慧心だけだったが、共に食卓に着き、その前で茶を喫するのが毎朝の習慣となっていた。
「それで、『本物』とはなんのことだ?」
四合院造りのこの屋敷は、丁度『目』という漢字の形に例えられる。いや、中庭を四つ有するので『目の上に口を加えた形』……というべきだろうか。東南に門を構える豪華な造りの屋敷を見た兄弟子は当初委縮していたが、説き伏せて半ば強引に同居させた。始めはおっかなびっくりな様子だったが、ざっくばらんな性格なのが幸いしてか、ひと月も経つとすっかり慣れたようだった。
赤い小鳥が白慧心の前に粥と油条の朝食を置いた。小さな体で盆を運んできた式神二体に、兄弟子は小声で礼を言っている。この屋敷の雑事はすべて式神がこなしているが、個体ひとつひとつに自律した意識はない。にもかかわらず、こうして律儀に礼を言うところは昔から好ましかった。
「俺は七年前消えた。霊力が尽き、魂魄も砕けて消滅した……」
嫌なことを思い出させる。無意識に眉が寄った。顰め面を見た白慧心が言いよどむ様子を見せたので、続けるよう顎で促した。
【用語解説】
・昇仙 しょうせん:修行を経て仙人になること。
・命灯 めいとう:仙人修行の際に魂を分け灯ろうに灯す。火が消える=死。
・寿老人 じゅろうじん:中国太古の神。天界の重鎮で長生きなお爺さん。
・霊山 れいざん:霊気の強いパワースポットの山。貴重な仙草、幻獣がいる。
・面盆架 めんぼんか:洗面器や鏡を置くための移動式洗面台。
・油条 ゆじょう:中華揚げパン。粥などにつけて食べる。ボリュームがある。
・四合院造り :四方に建物を配置し、中庭を囲む建築様式。




