とはさんの絵心教室 ~容赦ない同僚のコメントを添えて~
これは今から二年ほど前の、まだ私が繁忙期に入る前のお話。
皆様の記憶にもまだ残っているであろう、東京オリンピックの時のお話でございます。
基本、うちの会社の昼休みはNHKが流れております。
当然その時期はオリンピックの放送が流れていますね。
そんなさなか、イチカが言います。
「とは、なんか描いてよ。どの競技でもいいから資料ノールックでね」
ご飯を食べ終えていた私は、快くその要望にイエスで答えます。
やはり潤滑な人間関係って大事ですからね。
相手の要望に応えるのがその第一歩というものではないでしょうか。
描いていきます、すらすらり~。
というわけでできたのがこちら!
これはなかなかの完成度といってもいいのではないでしょうか?
残念な運動神経を持つ私ですが、水泳だけは得意なのですよ!
多分ですが、今でも息継ぎなしで25mはいけるはず!
そんな自分ですので、今までの他の作品よりはリアルに、うまく描けた自信があったのですよね。
あぁ、それなのに同僚たちからは心無い言葉が次々と掛けられてくるではないですか。
ここからは会話にてお送りするとしましょう。
イチカ「これ、カブトムシ? あれか! 喧嘩して負けて片方の角がおられたパターンね!」
とは「いや、黒いからってカブトムシっていう考えがおかしいってことに気づいて? そもそもが『背泳ぎ』って書いてあるでしょうに」
イチカ「え? だからその『背泳ぎ』っていうのがそのカブトムシの名前でしょ?」
……ひどくないですかね。
確かに彼女たちからは私のネーミングセンスはおかしいと以前より指摘されておりました。
『誰もが選ばないネーミングチョイス』だの、『方向性の違いで解散しているネーミングセンス』だの言われてきましたが、さすがの私でもカブトムシに『背泳ぎ』なんてつけません。
おっと、話がそれてしまいました。
違いを正そうと、私はイチカに問いかけます。
とは「よく考えてみて? そもそも角ってあんな風に分かれてないよね?」
イチカ「いや、だから喧嘩で引き裂かれて5本になったんでしょう? だってさ、後ろの背景が木じゃん」
とは「違うよ! これは泳いでいる波だよっ!」
……あんまりではないですかね。
ここで、昼食を食べ終えたフユミが参戦してきます。
フユミ「ごちそうさま〜。ねぇねぇ、私も見る~!」
とは「ほい。これカブトムシじゃないからね!」
フユミはニッコリと私に笑いかけてくれます。
フユミ「ダイジョブ、顔あるからわかっているよ!」
とは「ほら! イチカ聞いた? 人間! ヒューマンだからね!」
ようやく来た私の時代への喜びに浸る間もなく、フユミは言葉を続けます。
フユミ「ところで、この人ドラゴンボー〇みたいなオーラ出てるよ! 戦う人? それとも温泉入った帰りの人?」
とは「いや……、背泳ぎだから……」
もうこれ、あんまりではないですかね?
フユミ「そもそもさ、いつもの日本のマークないじゃん」
そうです。
この水泳よりも前に描いていた競技の絵もあったのですが、その際に私は日本のマークをつけるのが恒例でした。
イチカ「あとさ、水泳ならゴーグルつけてない?」
とは「むぅ、確かに。……わかった、やってみる」
「改善案を出されたら即採用派」の私は柔軟にそれを取り入れていきます。
それにより完成したのがこちらでございます。
絵の完成度の高さに驚いたのでしょう。
目をキラキラと輝かせながら二人は絵を見ているではないですか。
彼女たちの口からは「すごい!」という言葉が連呼されています。
あぁ、今度こそ私の時代が来た。
その幸せに浸ろうとした矢先、彼女たちは叫ぶのです。
イチカ「すごい! この人、めっちゃ器用! お腹に日の丸弁当乗っけて泳いでるじゃん!」
フユミ「すごい! この人、めっちゃタモ〇じゃん!」
とは「違うよ。さっきの人だよ! あなたたちがさっきまで、さんざんひどいことを言っていた人と同一人物だよ! そもそも『めっちゃタ〇リ』ってどんなタ〇リだよ!」
私の叫びなど知らぬとばかりに、二人はキャッキャと会話をします。
イチカ「弁当、食べてくれるかな~?」
フユミ「いいともー!」
とは「……もういいです。お昼休みも終わりますし、一旦CMならぬ仕事に入りま~す。ってなんでこんなオチにっ! くそぅ、くそぉぉぉぉ!」