昼休み編
~昼休み~
「……くそぅ! 描き直してやる! 顎と体をシャープに。せっかくだから裏面にはエビを描いてあげよう。エビに「大切にしてね」と言わせてっと。うん! 上手く描けたぞ。お、今はフユミが席にいないね。じゃあこの鮭はフユミにあげることにしよう。今のうちに机に置いてっと」
という流れで完成した作品がこちらになります。
いい鮭です。
実にいい鮭ですね。
エビの写真がないぞ、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
エビの写真は撮り忘れていたのです。
撮り直しがない理由は後ほど判明いたします。
描き終えた満足感を抱え、喉が渇いた私はお茶を汲み席に戻ると、すでにフユミが帰ってきておりました。
「お、フユミ! 机の上に可愛い子がいたでしょ?」
私の言葉にちらりとフユミは視線を向けてきます。
「あぁ、あの反抗期の息子みたいな目をしたやつね。加工しておいたわ」
「え? ……加工?」
彼女からの想定外の言葉に私は不思議に思いながら席へと戻ります。
そこにいたのは……。
「しゃ、鮭男おぉぉぉ! 何と無残な姿にっ!!」
打ちひしがれる私に、フユミの言葉が聞こえます。
「誰だよ、鮭男って。あ、反抗期の息子か」
「ちょっと待って。じゃあ後ろにいたエビ子はっ……?」
震える手で私は鮭男を裏返します。
「いやぁぁぁ、エビ子ぉ! エビ子のヒゲとメッセージが切られているぅぅ」
「エビ『子』なのに、ひげ生えてんのな……。ってかそれ触角の長い虫かと思ってた」
「エビだよ! 赤くてピチピチのエビちゃんだよ! くそぅ、私の力が足りないばかりに! すまないエビ子!」
肩をがっくりと落とす私にフユミは言います。
「まぁ、気を取り直しなよ。ブレスレットにしておいたから、いつでも一緒にいられるからさ」
「……うぅ、鮭男、エビ子ッ」
言われるままに私が装着すると、おやという顔をしてフユミがニヤリと笑います。
「ほぉ、何だか変身しそうじゃん? ねぇ、試しにやってみてよ」
「(少々上ずった声で)そ、そう? じゃあ、やってみようかなぁ~?」
「……あんたさっきまで悲しんでいるはずなのに、今ちょっと浮かれてない? まぁ、いいか」
的確なフユミのツッコミを聞き流し、私は怪しげなポーズを取り叫びます。
「へ・ん・し・ん! 我こそはザ・サーモンマン!」
「よっ、いい大人が恥ずかしげもなくやる姿は吹っ切れてるよ~!」
「あ! でも私、女だから担当はピンクだな! よし、名前変更ね! ザ・サーモンピンク!」
「いいねぇ~。今日もバカだね~! ならポーズも女の子仕様にしなくちゃねぇ」
フユミの指摘を受け、私は体勢をマヨネーズで有名なあのキャラのようにしていきます。
両腕を下ろし、手首をきゅっと上げたあのポーズですね。
大笑いをしながらフユミは指摘を続けていきます。
「あ、でもそれだと大事な鮭男の姿が見えなくなっちゃってる。左手の方、何かアレンジしてよ」
「分かった。やってみる」
私は右手はそのままで、左手のみを自分の顔の方へと近づけ、手首につけた鮭男を大胆にアピール。
さらに笑いを増したフユミが息も絶え絶えに思いを伝えてきます。
「ぶふっ、なんか〇Mレボリューションっぽくていい!」
「そうだね! 羞恥心とかがお留守になっちゃってる辺り、もう戻れない感があるわ!」
「ちょっと、とは! それ以上はやめて。このままだと私、笑い死にしちゃう」
膝をバシバシ叩きながら、喜んでいるフユミの反応に気を良くした私はテンションが上がり続けます。
「ザ・サーモ……」
「もういい、さすがにうるさいわ」
淡々とした声に変わったことに驚き前を見れば、すっかりいつも通りの顔をしたフユミの姿が。
……そうでした。
フユミは「切り替えが早い」という性格であるのを、私はすっかり失念しておりました。
笑いのトルネイドが去った彼女は、飽きたとばかりに私を追いやろうとします。
「きっとそれをあげたらイチカは喜ぶよ。渡してあげな」
新たな披露先を見つけた私は、あっさりそれに乗せられます。
昼休み終わりが近いこともあり、普段は見せない瞬発力でイチカの席までダッシュしながら、自分の手首から鮭男を外して彼女へと告げます。
「イチカ~、これあげるっ!」
イチカはそんな私をちらりと見てから、鮭男を手に取りにっこりと笑いかけてくれます。
気に入ってくれたようだと、私も満足の笑みを浮かべました。
そして次の瞬間、イチカは真顔になると鮭男を裏返し、輪ゴムを伸ばしては離すを繰り返しエビ子に攻撃をするではありませんか!
「いやぁぁ! エビ子っ、エビ子ぉぉぉ!」
こうして4月20日の昼休みは私の絶叫をもって終了していくのでした。
エビ子はそういったわけで、全身図は残されておりません。
こんなゆる~いエッセイですが、ぽつぽつと投稿していけたらなぁと思っております。