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12 耳かきされました。




「プロポーズされたのだけれど」

「偶然ね、私もプロポーズみたいなものされたのだけれど」


 翌日の学園の門の前で、挨拶もなしに私とベアは報告し合った。


「クラウド殿下に跪かれて、求婚されたわ。これ、ゲームの筋書きと違うのでしょう?」

「違うね。元々、一年の終わりに交際を始めるっていう展開だから、求婚はイレギュラー。よかったね」

「……」


 怪訝に眉を潜めるベアに、親指を立てて見せる。


「そんな竜の花嫁なんて呼ばれているリリーナは、フローライト様に求婚されたってことかしら?」


 にこり、と楽しげな笑みになったベア。


「なんか、夫として考えられないって言ったら、後日家に行くって言われた。夫に相応しいと思わせるとか、楽しげだった」

「ふふ。夫ねぇ? フローライト様が。リリーナの想像する良き夫とフローライト様は一致しないのね」

「いや、当然でしょう。あんな戦闘狂と一つ屋根の下で暮らせる?」

「ゲームではどうなの? 彼への印象は」

「ワイルドでオレ様かっこいいって印象」

「悪くはないじゃない」

「でも夫としてって考えたら、話は別でしょう?」


 私はありのままの返答をしてから、肩を竦めた。


「私より、ベアはどうするの? クラウド殿下のこと」


 話題を戻して、掘り下げて見る。


「前向きに検討するとは答えたけれど……妙なのはプロポーズの内容なのよね。夫として、を強調してたのよ」

「へぇ」


 私は明後日の方角を見た。


「ちょっと……クラウド殿下に焚き付けたのはリリーナなの?」

「いや私はちょっと一喝してやっただけで、プロポーズしろまでは言っていないよ?」


 ベアがむくれている。私は誤解がないように笑って答えた。


「それで返事はどうするつもりなの?」

「どうって言われても……」


 ベアは困ったように頬に手を添える仕草をする。


「そうね、正直あの時のクラウド殿下にはときめいたから……」


 その言葉の続きは聞けなかった。

 逆ハーレムが来たからだ。

 話題は私が攫われた話。


「花姫として相応しくないからドラゴンが怒って君を食べたのかと思った」


 なんてライアンに鼻で笑われた。


「その逆。花姫だから私に助けを求めたのです」


 そう言ってやる。


「でも無事で良かったねー」

「本当だな!」


 マシュとジャレッドが笑みで頷く。

 クラウドはただ、笑みで相槌を打ってはベアを気にしていた。


 その日の放課後。

 ギレルモ師匠の元に顔を出しに行った。

 師匠も心配してくれたのではないかと思って。

 でもいつも通り畑の手入れをしていた。


「花姫、無事ですよ。師匠」

「ああ、知ってる」

「心配しました?」

「アホするか」


 一蹴されてしまう。別にいいけれども。


「祭りは楽しみましたか?」

「……綺麗だったな」

「え? 何がですか?」

「……」

「師匠?」

「竜の乱舞」


 顔を上げる師匠につられて、見上げれば、まだ残っているドラゴンの乱舞。

 残り物はつらいそうだな。




 数日後のことだ。

 家に帰ると、そこにはフローライトがいたものだから、私は鞄を落としてしまった。


「おかえり、リリーナ」


 なんて爽やかに笑って言うものだから、愕然とする。

 おかえりって、何普通に家に上がり込んでいるの?


「リリーナ、おかえりなさい」

「おかえり。いやぁ今日はフローライト様が店を手伝ってくれてな、繁盛したもんだよ」

「フローライトでいいですよ。お父さん」

「あはは! よし、フローライトよ!」


 状況を理解しようと瞠目しながら、テーブルについてやり取りをするお父さんとフローライトを交互に見た。

 え、店を手伝った? 花屋をフローライトが? え?


「力仕事から接客まで、フローライト様がやってくださったのよ」


 お母さんが説明をしてくれた。


「手洗いして。一緒に夕ご飯を食べるそうよ」

「えっ……」


 夕飯も食べるつもりなのか。

 手を洗ったら、テーブルについてフローライトと肩を並べて食事をした。


「お口に合いますか? 庶民の食事は」

「ああ、美味いと思うぞ」


 無理してるんじゃないかと、微笑んで問い詰めるが、笑みを返される。

 この人、何を考えているんだ。まさか、店の手伝いをしただけで夫と思えるとは考えていまい。


「この料理、フローライト様も手伝ってくださったのよ」


 お母さんの言葉に、思わず料理を吹き出しそうになった。

 戦闘狂で目をギラギラさせたオレ様系フローライト様が、料理を手伝っただと!? なのに普通に美味しいだと!?

 いや待って。失礼よね。手伝ったくらいで、別に料理がまずくなるはずないもの。きっと具を切ったとかその程度だろう。


「父は母に尽くしていましてね、オレも見習っていたものです」

「まぁ、いい教育を受けたのですね」

「はい」

「夫は妻に尽くすものだ、うんうん」

「……」


 母に尽くす幼いフローライトを想像出来ないのは、ここでは私だけなのだろうか。納得している両親は、一体私のいない間に何をされたというのだ。

 フローライトが帰ったら、しっかり聞いておこう。

 そう考えていたのに、食事が終わってもフローライトは帰ることなく、一緒に食器を洗うことになってしまった。私の頭の上にはてなマークはこれ以上、出そうにない。

 そして、何故か私の部屋に入ってきた。


「何故!?」

「ほーう、ここがお前の部屋か。意外と可愛いものだな」


 貴族の令嬢に比べたら、質素だろう部屋を見回して、フローライトは私のベッドに腰を落とす。


「いや、寛がないでくださいよ。一体何が目的なんですか?」

「何って、言っただろう? オレが夫だと想像つかないと。だから夫に相応しいと証明しに来た」

「家族と一緒に過ごしたくらいで、夫とは思えませんよ」

「バカ言うな。これからだ。ちょっとこっち来い。オレの膝に頭を置いてみろ」

「? ……こうですか?」


 一応釘をさしたけれども、フローライトは手招きして私をベッドに誘った。

 ベッドに誘ったとはいかがわしい言い方だが、ベッドにいる以上しょうがない。

 ベッドに横たわり、膝の上に頭を置いた。これで何をするというのだろうか。


「耳かきしてやる」

「は? へ? はい?」


 笑顔で言われて、咄嗟に耳を塞ぐ。


「なんで隠す?」

「いやですよ! あなたに耳を掃除されるなんて……信用できない!」


 身を預けられないと、私は起き上がった。しかし、すぐに頭は掴まれて、フローライトの膝の上に乗せられる。

 うっ。なんで私は膝枕なんてしてしまったのだろうか。


「安心しろ。両親の耳でやっているから慣れている……さすがに久しぶりだが。綿棒で軽くマッサージするだけだ、受けろ。元はと言えば、言い出したお前が悪いんだぞ。甘んじて、気持ちよくなるといい」


 言い方!

 綿棒でマッサージか。耳を塞いでいた手を退かされて、しぶしぶ受けることにした。でも耳かきなんて幼い頃に両親にやってもらって以来だ。

 他人に耳を触られることが、違和感ありすぎる。


「ふえっ」

「ぷっ。声」


 綿棒が耳に触れた途端に、変な声が出てしまった。

 吹き出すフローライトに、これ以上聞かれまいと口を押さえた。

 耳の形にそってススッとなぞる綿棒。正直言って気持ちいい。


「別に声を出しても構わないぞ?」

「っ……」


 出すものか、と堪えた。

 グリグリッと耳の外側をマッサージするように掃除される。


「オレはこうやって母にしてやる父の姿を見て育ったからな。いい夫になる自信はあるぞ。お前の想像するいい夫とは違うかもしれないが……こうされて悪気はしないだろう?」


 くすぐるような低い声が吹きかかって、ちょっとビクッとなった。

 今度は耳の穴の中をグリグリッと綿棒で掃除される。


「ふ、わっ、ぁ」

「くっ……お前、さては耳弱いな?」

「そんなこと、ふえっ」


 笑いを堪えるフローライト。否定しようとしたら、また耳の穴をグリッとされて情けない声が漏れてしまう。

 どうやら、私は耳が弱いらしい。赤面して、じっと耐えた。


「くくくっ。覚えておこう。リラックスしていい。別に取って食おうなんて、思っていないからな」


 肩をさすられたが、リラックスすると声が漏れてしまうので、そうもいかない。


「それとも……期待していると思っていいのか?」

「リラックスします」


 甘く囁かれて、私は素早く答えた。

 力を抜いて、耳かきを受け入れる。ゾワゾワするけれど、気持ちがいい。

 まどろんでいたくなるほどだった。


「ほら、終わったぞ」

「え?」


 そのまま続けてほしかったけれど、次は逆の耳。


「ああ、ちょっと待て、位置を変えよう」

「え? 何故ですか?」

「ベッドの外側を向け。じゃないとオレが保てない」

「ああ……」


 なんとなく察した私は言われた通り、位置を移ったフローライトの膝にまた頭を置く。


「くく、気に入ったようだな」

「……」


 すんなり頭を置いたからそう判断したのか、はたまた私の表情が緩んでいるからなのか。見抜かれて、また赤面してしまう。

 グリグリッとまた耳の外側から、なぞるように綿棒でマッサージされる。


「次は、オイルを持ってきて耳全体をマッサージしてやろうか? 耳はツボが多いからな、きっと今以上に気持ちよくなるだろう」


 丁寧になぞっていた綿棒が、今度は耳の穴をなぞった。

 他人に耳掃除をさせるって、こんなにも気持ちいいものだったとは。


「ああ、なんなら全身をマッサージしてやってもいいぞ?」


 グリグリッ。グリグリッ。

 気持ちよくって、またまどろむ。


「聞いていないな。まぁ、いいが」


 ふと、耳たぶを軽く摘まれた。


「見覚えあると思ったら、ベアも同じピアスをしていたな」

「ああ、お揃いなんですよ」

「ほーう。それは妬けるな」


 むにむにと耳たぶをこねられる。


「ふぅー」

「うひゃあっ!」


 いきなり耳に息を吹きかけられて、私は飛び起きた。

 フローライトは、くつくつと笑う。


「さて、オレはそろそろ帰ろうとしよう。今度はオレの家に遊びに来てもいいぞ? 週末にどうだ?」

「っう」

「なんだ? よかっただろう? 未来の夫としてのオレ様は」

「……まぁ耳かきは良かったです。耳かきは!」

「だらしない声まで出して気に入ったくせに」

「いいからもうおかえりください!」

「まぁ待て。今日の報酬をもらう」

「報酬?」


 からかって笑い続けるフローライトに、早く出て行ってもらおうと手を掴む。でもベッドから立ち上がらなかった。

 報酬と言われても、彼に渡せるものなどない。

 そう思ったが、引き寄せられた。顎を掴まれて、顔を近付けられる。

 唇が奪われる、と過ったが、スイッと顔を横に向かれて頬にキスを落とされた。


「ご馳走さま」


 にんやりと笑うフローライトが、意外。唇くらい余裕で奪いそうなものなのに。

 頬を押さえて放心してしまったけれど、慌てて両親と共にフローライトを見送った。



 


悲報。ストックなくなりました。


20180315

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