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DORAGON創世記譚 邪黒の剣  作者: 陸王壱式
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第2章 急  襲 ―4―

「見えたぞ! クィントロー島だ!」

 奇跡的に残ったメインマストの先端、檣楼(ものみだい)から降ってきた船員の声に、ハシュレイは風の古代精霊・ウェルトーラの息吹(かぜ)を解放して顔を上げた。膨らんだ帆の隙間から、眩しく輝く海原の先に、ちらちらと霞がかった島が見える。

「……やったね」

 これでもかというほど文句を上げ連ね、同じ説教を散々 繰り返して、ハシュレイをげんなりさせたディレイが言った。爽快と言わんばかりの笑みを満面に浮かべている。数刻前まで、泣きながら一人にしないという約束のことで怒りまくっていたのが嘘のようだ。

 ハシュレイは腰掛の代わりにしていた樽から離れると、凝り固まった身体をほぐすように胸を反らし、腕を伸ばした。

 甲板から次々と歓声が上がっている。

「行くぞ、ディレイ」

 そして、ハシュレイはディレイに手を差し伸べた。

 ディレイは白い歯を覗かせて大きく頷くと、飛び跳ねるようにして樽から降りた。彼の手を取り、しっかりと握る。

 ディレイを伴って船尾から甲板へと向かったハシュレイは、操舵室脇の通路を抜けて、階段を数段降りた所で足を止めた。つられて立ち止まったディレイの口から、わぁっと感嘆の息がこぼれる。

 生還を果たし、上陸を目前にして、甲板は歓喜の渦に包まれていた。感涙にむせび泣く者や手を取り合って踊るように跳ね回る者、歌まで唄い出す者まで居て、まるで宴でも開かれているようだ。

 その熱に浮かされることなく、ハシュレイは一人一人の顔をつぶさに見渡した。竜蛇を斃した、あの黒焔。あれは、ヘグナートであったのか、術者に会い、確かめたいと思っていた。ゾルを問い詰めれば話は早いが、生憎いくら呼べども未だに姿を現そうとしない。

 階段を下り、甲板へと踏み出す。

「あ。だんな!」

 船員の一人がハシュレイに気付き、足早に近付いてくる。その声を聞きつけ、皆が振り返った。

 ハシュレイは急に背を屈め、ディレイに負ぶさるように言った。

「どうして?」

「いいから、早く」

 戸惑うディレイの腕を取り、強引に背負って立ち上がった。矢先、集った人の波が一斉に押し寄せる。

「ありがとう、だんな」

「あんたのお蔭だ」

 船員、船客、入り混じって口々に感謝を述べながら詰め寄ってくる。中には、ハシュレイの手を取って、まるで神を崇めるかのように、はらはらと涙を流す者まで居た。その人波を掻き分けて、のしのしと歩いて来る人影に気付いた。

 ハシュレイは口許を引き攣らせた、ぎこちない笑みを作って出迎えた。

「船長」

 握手を求められ、ハシュレイは応えた。

「ありがとうよ。死なずにすんだのも、こうして無事に島へ着けたのも、お前さんあってのことだ。恩に着る」

 ハシュレイの良心がチクリと痛む。船長が親しみを以って力を籠めてくるが、ハシュレイはその肉厚な手を握り返すことが出来なかった。


 竜蛇が斃された後、夜になって皆は次々に目を覚ました。篝火を一つ焚いたハシュレイが、疲れ果てて微睡(まどろ)み始めた頃のことだった。

 叩き起こされたハシュレイは、当然のことながら矢継ぎ早の質問に襲われた。

 この上なくみすぼらしい恰好に、組んだ胡坐の上に抱える少年。猛者としての威厳は感じられず、凡庸以外の何者でもなかったが、起こしたと同時に反射的に構えられたその剣、その蒼玉が物語っていると言う。

 竜蛇を屠って、我らを救ったのはお前だろう、と。

 ハシュレイは違うと言った。斃したのは皆を眠らせたモノだとも言った。

 それは誰かと問われると、ハシュレイは頑なに口を閉ざした。

 そうすると、皆は謙遜と判断した。ここは、逃げも隠れもできぬ海の上。ハシュレイの証言通りならば痕跡がある筈だが、魔術を心得ている者は他に居ないと言う。どこからともなくハシュレイが行使した奇跡を見たと言う証言が加わり、魔獣をも使役している事実が周知になると、最早 ハシュレイが何を言っても無駄だった。興奮した人々は、脚色に脚色を重ね、自由に推察し、結論付けた。

 そして、ハシュレイという名の英雄が誕生した。

 ハシュレイは、せめて船長にだけは、諸悪の根源であった事と顛末の真相を告げようとした。けれど、この男が、意外にも誰よりもひどかった。

 生死の瀬戸際で共闘し、妙な親近感を覚えたのか、ハシュレイは心底 惚れ込まれてしまっていたのだ。

 皆を結束させ、航海を再開したはいいが、事ある毎に指示を仰いでくる。表向きは船長が陣頭指揮を執っていたかのように映るが、実のところ、その殆どはハシュレイによるものだった。

 深く詮索されずに済んで、やり易くもなったが、全く呵責が無いかというと、そうでもなかった。故に、ハシュレイは裏で指揮を執り、無理矢理(つくろ)った帆にウェルトーラの息吹(かぜ)のみを召喚し、航海の後押しをした。遺族への補償と船の修繕に充てる金品も、惜しむことなく手渡した。

 そして、砂浜に降り立ったハシュレイは、名残り惜しそうに手を振るディレイを連れて、早々に立ち去った。傷の治療と疲労回復を理由に逗留を進められもしたが、笑顔の裏では冗談じゃないと渋面になったものだ。面倒な事にならないのであれば、心は痛むが避けて通りたいのが本音だった。

「ハシュレイ。今度は、どこへ行くの?」

 大股で歩くハシュレイに引き摺られるようになりながら、小走りするディレイが言った。

「南だ。そこからファルグロード島を目指す」

「もう、迎えは来ている?」

「おそらくな」

 無邪気にはしゃぐディレイに対し、ハシュレイはぶっきらぼうに応えた。

 航海を経て、再び得た地面の感触と南国の景色を愉しんでいるのは分かる。共感してやりたいと思うのだが、緩やかで長い丘の斜面の頂上付近まで来る頃になると、疎ましく思えて仕方がなくなった。

 頭痛がするのだ。砂浜を出たあたりから、嫌な感じはあった。

 今では、一歩進むごとに頭蓋に釘を打ち込まれているかのような激痛が走る。脈拍も乱れているのか、胸が鈍く痛んで息苦しい。

 ハシュレイは、ついに来たか、と思った。構築中の術式を崩壊させた際に起こる症状だった。

 古代精霊魔術の場合、異界に棲む太古より生きる精霊を召喚するわけだが、無事に召喚がなされなければ精霊の怒りを買うとされていた。

 実際のところ、精霊系統の術以外でもこういった現象はあったから、本当に精霊の怒りが原因なのか、定かではない。魔術の仕組みについて研究する者は存在するが、未だ解明しきれていない部分が多く、この現象もその一つとされていた。

 とにもかくにも、”術返り”とか”負荷がかかる”と術者達の間で称されるこの現象は、とても危険で、術によっては命を落とすこともあると云う。それ故、術者達は術式構築の中断及び中止は魔術師最大の恥として、絶対にしてはならないと口伝していた。

 それを、ハシュレイは不可抗力とはいえ、一度ならず二度までもしてしまった。あまつさえ二度目は他の術者に魔力を奪われるといった、他に例をみないであろう事態にまで発展してしまったのだ。

 予想はしていた。当然ながら覚悟もしていた。できれば迎えの者と合流した後に起こってほしかったが、それが無理であろうことも予感していた。

 だから、とりあえず、ディレイが食事などに困らぬよう一番近い村を地図で探し出し、目指すことにしたのだが……。

 ハシュレイは背負っていた荷物を乱暴に降ろし、浅い呼吸を繰り返した。両膝に手を当てて昏倒するのを防いだ。汗が、ぱたぱたと草原(くさはら)に落ちる。

しゃがみ込んでしまいたかったが、二度と立ち上がれない気がして、できなかった。

 数歩先を見る。焦点が合わない。遠くからディレイの叫び声が聞こえる。何とか顔を上げ、かすむ目を細めてみる。血相を変えて斜面を下るディレイが、二人にも三人にも歪んで見える。

「ハシュレイ、ハシュレイ!」

 近付いたディレイの輪郭が一つに重なった。覗き込んでくるその表情は、今にも泣きだしそうで、真っ青だった。支えてくれる小さな手に右手を重ね、ディレイの髪を撫でようとした。

「……大丈夫。少し休めば……」

 胸に重い衝撃を受けたような鈍痛が走った。息が詰まる。呻き声を上げ、胸を押さえて喘いだ。苦悶に表情が歪む。

 ディレイの動揺が伝わってくる。安心させてやらねばと思うが、頭痛も胸の痛みも益々酷くなるばかりで、微笑すらできない。

 唐突に足の力が抜けた。ぐらりと身体が傾く。ディレイが必死に支えようとしてくれてはいるが、体格に決定的な差があり、力も足りないとなれば無理に決まっている。

「ゾル! ゾル!!」

 ディレイが叫んだ。

 足元を見ると、黒々とした染みがぼやけて映った。

 次の瞬間、ゾルの仄かな温もりと剛毛の感触を頬に感じた。

 ゾルの背と分かると、ハシュレイは妙な嫉妬心を抱きつつ、安堵した。

「俺が幾ら呼んでも応じなかったクセに。無礼な奴だ」

 ハシュレイは朦朧となりながら、消え入りそうな声で、冗談めかして皮肉を言った。

「我らは他種族とは違い、最上級位格には逆らえぬ。忘れたか」

 相変わらず無愛想な物言いに、ハシュレイは内心で苦笑した。

「やはり、ヘグナートか……」

 是、とゾルが応える。

「ヘグナートは誰にも屈せず、どの種族とも契約をしないと聞いたことがある」

「契約はなされていない。恩人である心友(とも)の頼みを仕方なく聞き入れたようだ」

「……心友? 心友とは誰だ」

「……カナン」

 カナン、カナンと呟いてみたところで、薄れゆく意識の中では、どうやっても記憶の糸を手繰り寄せることができなかった。ついには億劫になり、ハシュレイはすんなりと諦めてしまった。それよりも、魔獣にも心友という概念があったことの方が衝撃的だった。新たな発見であり、この上なく親近感を覚えるものだ。

 ハシュレイは大きく息を吐いて、震える手をゾルのうなじに置いた。撫でたつもりだった。

 ゾルが首を捩る。

「二度も術式を放棄するからだ、愚か者」

 ハシュレイはあきれながら、一体誰の所為だと言いたかった。だが、気力は失われ、声に乗せることはなかった。

「少年のことは案ずるな。眠れ」

 言われずとも限界だった。ハシュレイの意識はふっつりと途切れ、全身の力が抜けた。

 ハシュレイの意識が失われたと感じて、ゾルは一旦輪郭を崩した。落とさぬよう川面を揺蕩う笹船の如く、背に乗せ直す。

「ゾル! ハシュレイを連れて来て!」

 見れば、ディレイは手頃な大木の木陰を見つけ、ハシュレイに習った手順を応用して、簡易のテントを準備し始めていた。

「早く!!」

 離れた場所から声を張り上げるディレイに、ゾルは溜息を一つした。放り出された荷物に一瞥をくれる。すると、また一つ溜息がこぼれた。この荷物を、如何にして運ぶのか容易に想像のつくゾルは、ぐったりと項垂れて歩き始めた。



 時同じくして、ロイドベル連合国内・旧バルトーラ領(現バルバロス領)の南部、ナグ海沿岸。そこに、一人佇む少年が居た。白金色の髪が潮風に揺れる。ファーンである。

 ファーンは、透き通る青いナグの海を視界に入れ、ただ一点を見詰めていた。その先にあるクィントロー島、ただ一点を。

 

 

 

こんにちは。陸王です。

常連様も通りすがりの方様も、ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

D創 2章 4節を届けさせていただきました。

下書きを加筆し、少し手直しをしての投稿です。

あんまり良くなってはいないかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しく思います。

予定では次から3章突入だったのですが、2章3節を加筆(下書きでは書いていない)投稿した為、区切りがずれたので、もう1節増やすことにしました。次回で2章完了です。


次回は7月4日から7日の間に更新……できるように頑張ります。

どうぞ、よろしくお願い致します。


それでは、皆様。体調など崩されませんよう、どうかご自愛ください。


陸王一式

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