第8話 風の谷の青いの
半獣人の少女は採掘場に行けず、途方に暮れていた。俺はテーブルの上でぷるぷるしながら、窓の外を眺めている。
「困ったなぁ……」
王国から正式に採掘場の封鎖が告知され、俺たちの仕事は完全にストップしてしまったのだ。収入が途絶えるだけでなく、せっかくの稼ぎ場を奪われたというストレスで、彼女は完全に参っている。毎日の生活がかかっているから当然だろう。
元々、彼女の生活は採掘場での仕事に大きく依存していた。それがなくなるというのは致命的だ。
「うーん……街で仕事探すか……」
何か別の仕事を探すべきかもしれないが、半獣人の少女がすぐにできることといえば、やはり肉体労働くらいしかない。しかし、その仕事も見つかるかどうか……
そんなことを考えていると、突然、玄関の扉をノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だろうか。彼女はすぐに立ち上がってドアに向かった。
「はーい どちらさまですか?」
扉を開けると、そこに立っていたのはエルフの少女だった。先日、エルフの村を訪ねた時に会った人物だ。
「こんにちは」
「あれ? どうしたの?」
「ちょっと話したいことがあって」
エルフの少女は少し険しい表情をしている。何か良くない話を持ってきたのだろうか。俺もテーブルの上から彼女を観察している。
「実は 森でもおかしなことが起こり始めてるの」
「おかしなこと?」
「うん 眠りキノコとか 危険なキノコが増えてるの それも 突然に」
エルフの少女は真剣な顔でそう言った。どうやら、状況は思っているより深刻かもしれない。キノコの異常発生が、森にも及んでいるとなると、これはもう単なる偶然ではない。何らかの共通の要因があるはずだ。エルフの少女は話を続ける。
「長老に相談したら 昔の言い伝えを教えてくれたんだけど…… 『その者 青き身をまといて ついに人々を清浄の地へ導かん』 っていうの」
「へぇ……なんか予言っぽいね」
昔読んだ物語の一節に似ている。確か……青い服を纏った英雄が世界を救うとかいう内容だった。しかしあまりにも抽象的だし、今の状況にどう当てはまるのか皆目見当がつかない。エルフの長老は、その伝承が今回の異変と関係あると考えているのだろうか?
「それでさ 私思うんだけど……」
エルフの少女は少し照れたような表情で口を開いた。何だか嫌な予感がする。
「それって もしかして あなたと一緒にいる 青いスライムのことかなって」
エルフの少女は俺を見つめた。一方、半獣人の少女は俺を手に取って持ち上げる。
「青いの あなたのことらしいよ」
(ぷる?)
突然そんなことを言われても困る。確かに俺は青いスライムだが、ただのモンスターだ。伝承だか予言だか知らないが、そんな大層な存在ではない。伝承の『青き身をまといて』は、服とか鎧とかを着て輝いている様子を指すんじゃないのか? スライムの本体が青いからというのは少し強引な気がする。
「ふふ 私は違うと思うけどね こんなぷるぷるのスライムが 世界を救えるわけないし」
半獣人の少女は笑いながら俺の体を指でつついた。確かに、俺は戦うことには向いていない。ステータスも低いし、攻撃手段もない。世界を救うなんて大それたことはできないだろう。
「そうかな……でも 青いスライムって見たことないし 何か特別な力があるのかも」
エルフの少女はまだ信じている様子だ。しかし、彼女の言葉には俺への期待というよりも、何かを信じたいという切実さが感じられた。森でも異変が起きている中、わずかな希望に縋りたいのだろう。だが、申し訳ないが俺にはそんな力はない。むしろ、普通のスライムより弱いかもしれない。
「まあ どっちにしても このままじゃ困るよね」
今は予言の真偽よりも、現実的な問題に対処しなければならない。採掘場が封鎖され、収入も途絶えてしまった。エルフの森でも異変が起きているとなると、放置するわけにもいかないだろう。
彼女は少し考え込み、それから俺を見て笑った。
「よし 決めた」
(ぷる……?)
「他の採掘場に行こう キノコがないとこ探すんだ」
彼女の言葉に、俺は少し驚いた。他の採掘場? 確かに、今の採掘場が使えないなら、別の場所で採掘をすればいい。盲点だった。彼女はこんな状況でも、諦めずに別の稼ぎ口を見つけようとしている。実に半獣人らしい実利的な考え方だ。
「魔石掘りだけが私たちの強みだからね 他の仕事するより 青いのの能力を活かした方が確実だよ 人生を難しくする必要はないよね」
彼女は俺を胸に抱いて、にっこり笑った。その笑顔を見ていると、少しだけ気が楽になる。そうだ、彼女の言う通りだ。世界を救うとか、キノコの異変の謎を解くとか、そんな大それたことは俺たちの管轄外だ。まずは日々の生活を安定させることを考えよう。
「そんな……」
エルフの少女は何か言いたげだったが、半獣人の少女はもう地図を引っ張り出していた。
「採掘場は封鎖 街の仕事は たぶん雇ってもらえない だったら まだ誰も 掘ってない場所を探すんだよ」
あまりにも単純な結論だった。けれど、今の俺たちには、それが一番まともな答えに思えた。魔石を掘って売る。それが俺と半獣人の少女の生計を立てる唯一の方法だ。
◇ ◇ ◇
魔王は森の中で食材を探していた。黒を基調とした大胆な衣装に身を包み、頭には二本の角、背中には小さな翼を持つ女性。それが魔王だ。彼女は一見すると恐ろしげな姿だが、その表情には好奇心と探究心が滲んでいる。
「これ 美味しそうじゃない?」
見たことのないキノコだが、妙に目を引いた。太くて硬そうだ。先端が少し膨らんでいて独特の芳香を放っている。おそらく毒はないだろう。魔王はそう判断すると、躊躇うことなく採取し始めた。
キノコを集め終えると、慣れた手つきで火打ち石を取り出した。カチン、カチン、と乾いた音が響く。何度か火花を散らすと、枯れ葉がほのかに燃え上がった。それを見届けると、火が消えないよう慎重に小枝をくべていく。炎が安定してきたのを確認し、拾ってきたキノコを串に刺して、焚き火の周りにセットした。
「さてと 焼き加減はどうかな」
魔王は期待に胸を膨らませながら、焼け具合を確認した。キノコに程よく焦げ目がつき、湯気が立ち上っている。美味しそうな香りが森の中に広がっていく。我慢できず、魔王は一つ手に取った。
「いただきまーす」
熱々のキノコを口に運び、熱さに少し顔をしかめながらも、魔王はすぐに満足そうな表情を浮かべた。
「……うん 美味しい」
魔王は満足そうに頷いた。初めて食べるキノコだったが、意外にも味は良い。焼けたキノコを次々と口に運び、その味を楽しむ。二つ目、三つ目、四つ目……。魔王は夢中になってキノコを貪った。香り高く、ほどよい歯ごたえ。悪くない。むしろ、かなり美味な部類に入るだろう。魔王は次々とキノコを胃袋に収めていった。
「ふぅ ごちそうさま いい食材が見つかったわね」
魔王が食後の余韻に浸っていると、背後でザリッという音がした。
何者かが茂みをかき分けて近づいてきたようだ。魔王は瞬時に警戒態勢を取り、背中の小さな翼を広げ、身構える。
茂みから現れたのは意外な姿だった。灰色のゆるい上衣に濃い帯を締め、紫黒の縞タイツを履いた女性。その顔は、まぎれもなくカボチャだった。
「あら? 誰かしら?」
魔王は拍子抜けしたように言った。明らかに人間ではなさそうだ。魔族の一種だろうか。いずれにせよ、敵意は感じられない。むしろ、どこか親しみやすささえ漂っている。
「このキノコ 焼いて食べるとすごく美味しいのよ あなたも食べてみる?」
魔王はにこやかにそう声をかけた。新しい食材を発見した喜びを共有したかったのだろう。
「ちょ ちょっと待って! 何を食べたの!?」
カボチャ頭の女性――呪術師は慌てた様子で魔王に駆け寄った。そのキノコを見た瞬間、彼女の顔色が変わった。いや、カボチャ頭なので顔色は分からないが、明らかに動揺している様子だった。
「え?このキノコ さっき見つけたの」
「それ『力茸』よ!」
「力茸?……あら?」
その直後、魔王の身体に異変が起きた。急激な熱と痛みが全身を駆け巡り、その場に膝をつく。
「うぅ……なに、これ……」
「それ『力茸』よ! 大量に食べると身体と魔力回路が一時的に変質するの!」
呪術師は慌てて道具袋を探った。力茸は本来、少量なら身体能力を高める薬の材料になる。しかし摂りすぎれば、筋肉や魔力器官が暴走し、激しい発熱と一時的な身体変化を引き起こす。
「知らないわよ、そんなの……!」
魔王は呼吸を乱しながら身体を丸めた。呪術師は鎮静用の軟膏と解毒薬を取り出し、手早く処置を始める。
「少し我慢して。これで熱は引くはず」
冷たい薬が効き始めると、荒れていた魔力の流れが少しずつ落ち着いていった。
「……助かった。ありがとう」
「副作用が完全に消えるまで少し時間はかかるけど、ちゃんと元に戻るから安心して」
魔王は深く息を吐いた。ひどい目に遭ったが、目の前のカボチャ頭が敵ではないことだけは分かった。「ところで あなたは こんなところで何をしてるの?」
魔王は少し気まずそうにしながら、話題を変えた。見ず知らずの女性に、こんな情けない姿を見られてしまった。少しでも威厳を取り戻したいと思ったのだろう。
「私? 魔王を探してるの 最近就任したばかりの若い魔王」
「魔王を?」
魔王――つまり自分を探しているということだ。何のために? このカボチャ頭の女性は一体何者なのか。魔王は少し警戒した。
「なんで魔王を探してるの?」
「私は呪術の心得があるの 仕官して 魔王のお役に立てないかと思って」
呪術師は魔王の問いに微笑みで返した。カボチャ頭なので本当に微笑んでいるのか分からないが、そんな雰囲気だ。
「仕官?」
「ええ 新しい魔王の評判を聞いて 是非ともお仕えしたいと思って」
魔王はどこか引っかかるものを感じた。本当にそれだけだろうか。何か別の目的があるのではないだろうか。しかし、彼女から敵意のようなものは微塵も感じられない。魔王は少し悩んだ末、質問を重ねた。
「評判って どんなこと?」
「そうね…… 人間に対して友好的だと聞いたわ 争いを好まないって」
「ああ そういうこと」
確かに、魔王は魔族領内でも穏健派だと噂されているらしい。そもそも魔王としての仕事が面倒なだけなのだが……。それに最近は事情が変わっている。勇者との確執も生まれた。
「別に興味がないだけ それに友好的ってわけじゃないし」
「そうなの?」
「うん 勇者に殺されかけたから……」
「そうなんだ……もしかして あなたは魔王のこと よく知ってるの?」
「知ってるも何も 私が魔王よ」
呪術師は呆然とした。目の前にいる人物が、まさか魔王だとは思いもしなかった。力茸の副作用で醜態を晒していた魔族が、探していた魔王本人だったとは。




