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第1話「愛されなかった令嬢の、二十年

「なぜ私だけ」と母に問うたのは、十二歳の春だった。


母は困ったように微笑んで、「あなたは、しっかりしているから」とだけ答えた。それが慰めなのか、単なる言い訳なのか、私には分からなかった。分からないまま、八年が過ぎた。


この国において、加護とは貴族の飾りではない。国境を侵す魔獣や瘴気から民を守るための力そのものだ。炎を操る者は討伐部隊へ、水を扱う者は治癒の列へ、風を束ねる者は索敵の前線へ。加護の種類と強さが、貴族の格を決める。それがこの国の常識だった。


妹のリゼットは幼い頃から炎の加護に恵まれ、七歳で初めて魔獣を退けたと記録に残っている。討伐部隊からも一目置かれ、天才と称えられてきた。父は宴の席でリゼットの話をする時だけ声が明るくなった。母はリゼットのために新しい訓練着を誂えた。私の加護の話題は、いつの間にか食卓から消えていった。


比べられるたびに、家族の視線が冷たくなっていくのを感じた。


期待することをやめたのがいつだったか、もう覚えていない。感情を表に出すことも、少しずつ減っていった。泣いても何も変わらないと気づいてからは、泣くことさえしなくなった。


二十歳になっても、私の加護は一度も反応しなかった。


「同調の加護」――それが私に宿っているとされる力の名だ。だが同調とは何に同調するのか、誰も正確には知らなかった。文献を漁っても、記録は少なく、古い書物には「稀に現れるが、生涯反応しない者もいる」と一行だけ記されていた。私はその一行を、何度も読んだ。


婚約の話が持ち上がったのは、私が十七の時だった。相手はクラウス・ハルトマン侯爵子息。辺境防衛を担う公爵家の嫡子として、申し分のない縁組だと父は言った。クラウス様は礼儀正しく、社交の場では常に隙がなかった。嫌いではなかった。ただ、一度も私の目をまっすぐ見て話したことがない人だとは思っていた。


卒業の夜会は、冬の終わりに開かれた。


広間には百を超える招待客が集い、シャンデリアの光が床に散っていた。私は壇上に立ち、隣に並ぶクラウス様の横顔を眺めていた。今夜は婚約の正式な披露の場だと聞いていた。


「フィオナ、貴様との婚約は本日をもって解消する」


クラウス様の声が、広間に響き渡った。


会場が静まり返る。私は彼の横顔を見たまま、動かなかった。


「同調の加護が、何の反応も示さないなど有り得ん。妹のリゼットは、幼い頃から炎の加護で魔獣を退けてきたというのに。無反応の加護持ちなど、辺境防衛を担う公爵家の恥だ」


隣に立つリゼットが、勝ち誇った顔で私を見下ろした。


「クラウス様、私を選んでくださって光栄ですわ」


リゼットが見せつけるように、掌に赤い炎を灯した。会場がどよめき、称賛の声が上がる。その炎は、この国有数の討伐貴族が扱う〈焰の加護〉の証だった。


私は、その炎を静かに見ていた。


驚きはなかった。悲しみも、怒りも、思ったよりずっと薄かった。ただ、やはりそうか、と思った。クラウス様が見ていたのは私ではなく、加護だったのだ。最初から、ずっと。


それでも足が動かなかったのは、どこかでまだ、何かを期待していたからかもしれない。


「見ての通りだ。無反応の貴様に用はない。今日をもって、婚約破棄だ」


言葉は予想通りで、それでも少しだけ、胸の奥が冷たくなった。


会場のどこかから、小さな笑い声が聞こえた気がした。

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