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「じゃあ、山下、放課後に進路指導室ね。」
高校2年生の2月末、期末試験後に進路指導担当の玉木先生に言われた。
玉木先生は倫理担当で眼鏡がトレードマークの女性の先生で、生徒に親身に接してくれる人気者だった。
Y県立大学医学部のAO入試受験の意思を伝えたところ、今後は、放課後にAO入試の対策をしようという話になり、この日、初めて進路指導室に行くことになったのだ。
放課後、進路指導室の扉を開けると、長机の前に並べられた椅子に誰かが座っていた。扉が空いた音でその人がこちらを見たので目が合った。ちょっと目つきが怖い。恐らく隣のクラスの男子で、顔は見たことがある気がするが…名前が分からない。
「…お疲れ様です。」
目が合っているのに無言なのも良くないと思い、私は挨拶した。
「お疲れ様です。」
向こうも挨拶を返してくれた。彼は、手にしていた面接対策の本を読み始めたので、私は扉を閉じて進路指導室に入り、彼の隣の空いてる席に座った。手持ち無沙汰なので、今日のテストの復習をしようと思い、教科書を出して、自信が無かった問題の答えを確認しようと、索引を開いて探していると、
「山下さんも、Y大医学部のAO入試受けるの?」
彼が質問してきた。
「その予定です。えーっと…君もですか?」
名前が分からなかったので、途中どもってしまったが、彼の質問に答えた。
「うん。この前、玉木先生に伝えたら、今日からここで対策する予定だから、なるべく来るようにって言われた。」
一緒の進路なら、これから接する機会も多いだろうし、きちんと挨拶しておかなければいけないと思った。
「そうなんだ。えーっと、自己紹介が遅れてごめんなさい、はじめまして、山下梓です。よろしくお願いします。」
私がそう言って頭を下げると、
「笹井陽介です。よろしくお願いします。」
彼も自己紹介をしてくれた。笹井陽介という名前は、廊下に貼り出される試験順位結果表で見たことがあった。数学は毎回3位以内の順位で、総合順位では30位以内に名前が入っていた気がした。私は数学が苦手なので、いつもすごいなと思いながら見ていたのだ。
「…いつも試験で、数学1位とかだよね?笹井君の名前よく見る。」
まじまじと彼を見ながら言った。
「そんなこと言ったら、山下さんいつも理系で学年1位じゃん。俺は名前も顔も知っていました。」
笹井君が軽く笑いながら言った。
確かに私は理系で総合順位1位をずっと守っていた。
「恐縮です…。でも、私、逆に、勉強しかしてないから、これだけ勉強してて、良い順位取れなかったら、才能ないんだと思う。」
私が言うと、笹井君は驚いたあと、笑っていた。
「そこまで言い切れるのすごいな。」
「お母さんからは勉強しすぎてノイローゼにならないか心配されてる。結構元気なんだけどね。」
試験に関係なく、毎日ひたすら、取り憑かれるように勉強する私の姿をみて、母は常に心配しているのがよく分かる。
“梓はやることが極端だし、一度決めたら猪突猛進過ぎる”
とよく苦言を呈されている。
「すごいな、そこまでできるの。勉強好きなんだね。」
感心するように笹井君に言われたが、
「うーん、好きかって聞かれると難しいな...。やらなきゃいけないことだし、やったらやったぶん成果が出るし、成績が良ければ、学校生活で不利になることもないからって感じかな。」
私がそう言うと、笹井君は驚いていた。
「えぇ?そうなの?てっきり好きなんだと思ってた。」
笹井君は不思議そうに私を見ていた。
「うーん。医者になりたいから勉強しなきゃいけないっていうのと、成績が良いと先生にも、学生にも一目置かれるからかな…。一旦良い順位を取ると、もう勉強しない頃には引き返せない。なんか意地になってるんだろうね。私、背も低いし、運動神経も悪いから、舐められやすい要素多くて。」
私が話す理由を聞いても笹井君はピンと来ていないようで、苦笑いをしていた。
「うーん。舐められたくなくて、不良になるのの、逆パターンみたいな感じ?」
「あぁ、たぶんそんな感じ。正攻法で周囲を威嚇しているのかもしれない。」
私がそう答えると
「勉強で威嚇する人初めて見たわ。山下さんは勉強がすごい好きな人なんだと思ってたよ。意外。でも、そんなに好きじゃないのに、勉強しまくって1位取ってるのもすごいわ。」
クールな人かと思ったが、笹井君は話すと結構笑うタイプだった。
「でも、私、数学は苦手でいつも、足引っ張ってるから、笹井君みたいに数学が得意な人って本当にすごいと思う。数学だけで順位がつくなら、1位になれないと思うから。」
私が正直に言うと、
「ありがとう、数学は結構好きだから。でも俺は逆に暗記とか苦手だから、それができるのすごいと思う。しかも勉強好きじゃないのに。」
「ありがとう…。でも、私、皆みたいに部活やってないし、純粋に勉強する時間が多いから、この成績を取れてるだけだよ。要領良くないから、繰り返しやらないと覚えられないし。」
私は正直に答えた。自分は時間をかけないと物事を覚えられないタイプだと自認していた。そんな話をしていると、扉が開き、玉木先生が入ってきた。
「2人とも揃ってるね。待たせてごめん。じゃあ、始めようか。」
Y県立大学医学部は今年までの推薦入試から、来年以降はAO入試に様式が変更になることが発表された。今までは、出身地を問わず、面接での評価、小論文、センター試験の得点で合否が決まっていたが、今年からは、Y県と2つの隣県出身の学生が対象で、一次試験では当日に模擬講義を受けてから、その講義内容について問われる筆記試験と講義を元にした小論文作成、集団面接が行われ、そこを通過すると、大学側が振り分けた受験生の複数人で課題に取り組むグループワークと個人面接が行われる。その後、行われるセンター試験で8割以上の点数を取れた受験生の中から合格者が決まる。また基本的に卒後Y県で9年間働くことが義務付けられており、いわゆる地域枠に相当する制度になったのだ。
「今までと形式が変わるから、正直、どこまで準備できるかは未知数だけど、面接の対策とグループワーク、模擬講義の対策をしていこうと思う。毎日だと、大変だろうから当面は週に2回やる感じでどうかな?希望の曜日ある?」
玉木先生に聞かれ、
「週に2回ですね。分かりました。私はどの曜日でも大丈夫です。」
私は答えた。
「月曜日と水曜日以外なら大丈夫です。」
笹井君は希望を伝えていた。
「分かった。じゃあ、火曜日と金曜日にしようか。」
私たちが通うS市立高校は、公立高校としてはS市内で2番目の偏差値だった。1番偏差値の高いY県立高校はY県立医大を含む医学部に進学する学生が複数人いるが、S市立高校からは、医学部に現役で合格する学生はほぼいなかった。Y県立医大がS市を含むY県内の高校生にとって有利な試験内容になった今年からは、合格者を出したいという学校側の意向を感じた。
玉木先生はそのまま18時過ぎまで、対策の講義をしてくれた。終わる頃にはすっかり暗くなっていたので、そのまままっすぐ家に帰ろうとしたとき、
「笹井、もう暗いし、山下を送ってもらえるかな?」
玉木先生が笹井君にそう声を掛けたので、彼は私を送ってくれることになった。
帰り道を2人で、歩き始めると、笹井君が話し始めた。
「さん付けじゃなくて、名字呼び捨てでもいい?」
私は彼の顔を見た。目つきが悪いと思っていたが、背が低い私が下から見上げると、そもそも目が大きいせいか、そこまで怖い感じはしなかった。
「呼び捨てでいいよ。呼びたいように呼んでもらって大丈夫。」
私は答えた。
「わかった。じゃあ、呼び捨てで。山下って、成績良いし、Y県立高校に行こうとは思わなかったの?」
笹井君から質問された。
「うーん。高校受験の時期色々あって、そこまで受験勉強に時間を割けなかったから、自分が勉強できる時間を考えて、合格率がより高そうなS市立にしたんだよね。笹井君は?」
私が質問すると、
「俺は、Y県立はちょっと厳しい成績だったのと、Y県立よりもS市立の方が楽しそうだったからかな。やっぱり文化祭とか、うちの高校派手だし。中学生の時楽しそうだなって思って。」
彼が答えた。
S市立高校の文化祭は、7月上旬に前夜祭、本祭、後夜祭の3日間に渡って行われる。文化祭前の1週間は授業が休みになり、前夜祭で行う行灯行列の行灯作り、行灯に合わせた生徒の衣装作り、本祭と後夜祭で行うクラス展示の準備をひたすら行う。そして学年ごとに各部門で順位が付けられ、総合順位も決まる。普段は、勉強に追われているが、文化祭の準備だけに取り組むこの期間はとても楽しいことで有名だ。
「分かる。うちの高校の文化祭、どの高校よりも楽しいと思う。」
私が同意すると、
「やっぱり楽しいよね。良かった。さすがに山下も文化祭の時期は勉強には専念しないんだね。」
笹井君は笑って言った。
「さすがにね。普段は勉強ばっかりしてるけど、青春したい気持ちも全くないわけではないし。私帰宅部だから、部活とかで青春っぽいことを味わうことはないから、文化祭くらいは自分が女子高生なんだなって実感したい。それにさすがにそんなときまで勉強してたら、クラスメートから引かれちゃうかなって。一応、周りのことを考えていないわけではないんです。」
私は正直に白状した。
「それならよかった。なんか、初めて山下と話したけど、想像と違った。」
笹井君に言われた。
私は、この成績で、見た目もおとなしそうに見えるらしく、真面目で堅物だと思われやすい。でも実際は、母の言うとおり猪突猛進で、取り繕わず、率直に物事を言うので、話す前の想像と違うと、よく言われていた。
「真面目でおとなしそうに見えた?ごめんね。イメージと違って。」
私がそう言うと、
「確かに、もっと堅い感じの人なのかと思ってた。だいたい成績良い人って、成績を褒められると謙遜するタイプが多いけど、山下は自分が成績が良いことを素直に認めるし、色々正直に話すから、びっくりしたよ。」
笹井君はそう言った。
「私、試験前とかに勉強全然してないって言いながら、実は勉強してるのとかがちょっと嫌なんだよね。勉強してたら勉強してるって言うし、してなかったらしてないって言う。思ってることが表情にすぐ出るし、すぐ言っちゃう人間なんです。」
「なるほどね。」
笹井君はまた笑っていた。




