【第8話】止まれない男と、隙間を歩くタヌキ(後編B)
◆◆◆
風を切る音しか聞こえない。
いや、俺の絶叫と、ゼピュロスの歓声と、ポン太の悲鳴が混ざり合って、もはやノイズの塊だ。
直也「ブレーキ! ブレーキどこだぁぁぁ!!」
ポン太「ねぇよそんなもん! 祈れ! 神に祈れ!」
リィナ「ごめんなさいぃぃ! 私、また余計なことをぉぉぉ!」
リィナの『お掃除』で表面が異様なほど滑らかに磨き上がった結果、超加速した枯れ葉の舟は、物理法則を無視した速度で崖の斜面を滑り落ちていく。
岩肌だろうが砂利だろうがお構いなし。
引っ掛かりゼロ。抵抗ゼロ。
まるで氷の滑り台を、熱した鉄板で滑っているようなものだ。
ALMA『速度上昇中。時速80キロメートルを突破。直也さん、舌を噛まないよう注意してください』
直也「そんな冷静なアドバイスいらん! どうやって止まるか教えろ!」
ALMA『不可能です。現在の摩擦係数では、空気抵抗による自然減速を待つしかありません。推定停止地点は、西の平原の「向こう側」です』
直也「国境越えちゃうよ!?」
ドガッ! ガコン!
舟が岩の出っ張りに乗り上げ、大きく宙を舞う。
浮遊感。
内臓がヒュンと持ち上がるあの感覚。
俺たちは空中で数秒間の無重力を味わい――そして、地面に向かって叩きつけられた。
ズザァァァァァァァッ!!
着地したのは、崖下の草原だった。
だが、止まらない。
草の上だろうと関係なく、俺たちは緑の海原を猛スピードで滑走し続ける。
ゼピュロス「わーい! 草スキーだー! もっと速くー!」
直也「煽るな! ていうか前! 前見ろ!」
前方には、巨大な岩があった。
避けるハンドルはない。ブレーキもない。
あるのは、絶望的な慣性だけだ。
直也「ぶつかるぅぅぅ!!」
ポン太「南無三ッ!!」
ドォォォォォン!!
派手な衝突音が響き渡り、俺たちは枯れ葉ごと空へ放り出された。
視界がぐるぐると回る。
青い空、白い雲、緑の大地。
それらがミキサーにかけられたように混ざり合い――
ドサッ。ボフッ。
俺の意識は、柔らかい土の感触と共に暗転した。
◆◆◆
「……ん……うぅ……」
呻き声を上げて、俺は目を覚ました。
体中が痛い。だが、激痛ではない。
どうやら草むらがクッションになってくれたようだ。
直也「……生きてるか? みんな」
俺が体を起こすと、近くの草むらからポン太が顔を出した。
法被はボロボロで、自慢の毛並みには草や土がこびりついている。
ポン太「……死ぬかと思ったぞ。なんだあの魔法。殺す気か?」
リィナ「うぅ……ごめんなさい……。良かれと思って……」
リィナが涙目で縮こまっている。
ゼピュロスだけは「もう一回!」と元気だが、今は無視だ。
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
そこは、崖の上の街とは全く違う景色だった。
広大な平原が広がっている。
だが、美しいというよりは、どこか奇妙だった。
遠くに見える山々は、どれも同じ高さで、同じような三角形をしている。
並んでいる木々は、まるでスタンプを押したように等間隔だ。
そして、空に浮かぶ雲までもが、コピペされたように同じ形をして流れている。
直也「……ここもか」
崖の上だけじゃない。
この世界全体が、こういう「手抜き」……いや、「効率化」された作りになっているんだ。
遠目に見れば綺麗だが、近づいて見ると無機質で、生活の匂いがしない。
ALMA『観測結果。西のエリアもまた、環境データのリピート率が異常に高いです。……直也さんの言う通り、ここは「露骨」ですね』
直也「ああ。森の外の方が、よっぽど作り物めいてるな」
俺は足元の土を踏みしめた。
ここはまだ、崖下の「裏ルート」の延長線上だ。
だからこそ、土が不揃いで、雑草が生えていて、俺たちの足跡がしっかりと残る。
「正しくない」場所だけが、唯一リアルな感触を返してくれる。
直也「……ポン太」
俺は、毛づくろいをしているタヌキに声をかけた。
ポン太「あ? なんだよ旦那。文句なら受け付けねぇぞ。滑ったのは俺のせいじゃねぇ」
直也「違う。……改めて頼みたい」
俺は西の空、あの整いすぎた不気味な地平線を指差した。
直也「俺たちは西へ行く。だが、あんなコピペされた道を歩くつもりはない。……お前の知ってる『隙間』を繋いで、案内してくれ」
ポン太は手を止め、俺を見た。
そして、リィナとゼピュロス、最後にALMAを見る。
やがて、彼はニヤリと笑い、草の茎をくわえた。
ポン太「……物好きな連中だ。まともな道があるのに、わざわざ泥道を歩きたがるなんてな」
直也「まともすぎて息が詰まるんでな」
ポン太「へっ。いいぜ。乗りかかった船……いや、乗りかかった枯れ葉だ。とことん付き合ってやるよ」
ポン太は俺に向かって、土で汚れた手を差し出した。
俺はその手をしっかりと握り返した。
ザラザラしていて、温かい。
人形のような住人たちとは違う、生きた手触りだった。
ALMA『契約成立を確認。パーティメンバーに「ポン太(ガイド枠)」を追加します』
ゼピュロス「やったー! タヌキちゃんゲットー!」
ポン太「ちゃん付けすんな! ポン太様だ!」
リィナ「ふふっ。よろしくお願いします、ポン太さん」
こうして、俺たちの旅に新しい仲間が加わった。
止まれない男、失敗ばかりの魔法使い、自由すぎる風の魔剣娘、そして隙間を歩く詐欺師のタヌキ。
どう見ても勇者パーティには見えない、はみ出し者たちの集団だ。
だが、俺はそれが悪くないと思った。
この完璧すぎて気持ちの悪い世界で、俺たちだけが、不格好に、でも自由に足跡を残していける気がしたからだ。
直也「よし、行くぞ。……次は滑らない方法でな」
リィナ「は、はい! もう余計なことはしません!」
ALMA『提案。再発防止のため、リィナさんの魔法行使に対し、私の事前承認ロックをかけることを推奨します』
直也「……それがいいかもな」
俺たちの笑い声が、整然とした平原の風に乗って消えていく。
その風だけは、どこか自由な匂いがした。
◆◆◆(第8話完)◆◆◆
次回の更新日3月6日(金)第9話前編Aパートになります。
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