【第8話】止まれない男と、隙間を歩くタヌキ(中編A)
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港町ポルトマーレの路地裏で、俺たちはまず屋台で買わされた「伝説の剣」の正体を確かめることにした。
路地裏の薄暗がりで、俺は手に入れたばかりの「伝説の剣」をしげしげと眺めていた。
さっきまでは、太陽の光を浴びて神々しい銀色の輝きを放っていたはずだ。
だが、こうして日陰で見ると、どうも輝きが鈍い気がする。
直也「……なぁ、ALMA。これ、本当に伝説級なのか?」
ALMA『解析。形状データは過去の文献にある「勇者の剣」と98パーセント一致しています。ですが、材質密度に著しい偏りがあります』
直也「偏り?」
ALMA『外殻部分のみ高密度な魔力反応がありますが、内部はスカスカです』
嫌な予感がした。
俺が眉をひそめていると、リィナが心配そうに覗き込んできた。
リィナ「直也さん?どうしましたか?剣が汚れているなら、私がお掃除しましょうか?」
直也「あ、ああ……頼めるかな?なんかこう、曇ってる気がして」
リィナ「お任せください!伝説の剣なんですから、ピカピカにしちゃいますね!生活魔法『お掃除・ポリッシュ(研磨)』!」
リィナが杖を振る。
生活魔法の優しい光が、剣の刀身を包み込んだ。
本来なら、錆や汚れが落ちて、本来の輝きを取り戻すはずの魔法だ。
だが。
パラパラパラ……。
直也「……ん?」
輝きが増すどころか、銀色の塗装のようなものが、ボロボロと剥がれ落ちていくではないか。
まるで、日焼けした後の皮膚のように。
そして、その下から現れたのは――
リィナ「あ、あわわわ!?な、直也さん!剣が、剣が枯れ木になっちゃいました!?」
直也「……いや、違うなリィナちゃん。枯れ木になったんじゃない」
俺の手の中にあるのは、虫食いだらけの、ただの朽ちた木の棒だった。
所々に銀色の塗料がこびりついているだけの、粗大ゴミ。
直也「最初から枯れ木だったんだよ!あのアマ公、テクスチャ……いや、『厚化粧』で誤魔化してやがったな!」
ALMA『肯定します。表面に塗布されていたのは、視覚情報に干渉する「認識阻害パウダー」です。リィナさんの魔法が、それを「汚れ」として正しく除去しました』
直也「除去しなくていい真実まで暴いちまったよ!」
リィナ「ご、ごめんなさい!私、伝説の剣を壊しちゃったかと……!」
直也「リィナちゃんは悪くない。悪いのは、あの詐欺師タヌキだ」
俺は怒りに震えながら、手元の枯れ木を地面に叩きつけた。
金貨一枚。
俺のなけなしの財産が、こんな薪にもならないゴミに変わるとは。
直也「おのれポン太……!見つけたらタヌキ汁にしてやる……!」
俺が拳を握りしめた、その時だった。
ふと、足元に違和感を覚えた。
ピキッ。
乾いた音がした。
靴底を見る。
さっきポン太から買った「万能の霊薬(という名の泥水)」の効果で、地面を噛んでいたはずの泥が、乾燥してヒビ割れている。
直也「……あ」
そういえば、剣が偽物なら。
薬だって、本物であるはずがない。
あれはただの「粘り気のある泥」で、一時的に摩擦を作っていただけに過ぎない。
そして今、その泥が乾ききり、ボロボロと剥がれ落ちていく。
直也「ま、待て。嘘だろ?」
ALMA『警告。直也さんの靴底の摩擦係数が、再び測定不能レベルへ低下します』
直也「言うのが遅いんだよぉぉぉ!!」
ズルッ!!
世界が傾いた。
俺の足は氷上のスケーターのように滑り出し、重力に従って路地の奥へと加速する。
リィナ「ああっ!直也さん!また滑り出しました!」
ゼピュロス「わー!マスター待ってー!置いてかないでー!」
直也「来るな!押すなよ!絶対押すなよ!」
俺の叫びも虚しく、ゼピュロスが背後から猛追してくる。
彼女は風を纏っているせいで、狭い路地に突風が巻き起こる。
ゼピュロス「任せてマスター!私が風で押してあげるから!」
直也「やめろバカ!それは加速装置だ!」
ゼピュロス「えいっ!『テイルウィンド(追い風)』!」
ドォォォン!!
俺の背中にジェットエンジンのような風圧が直撃した。
制御不能。
俺は人間ミサイルとなって、路地の壁に激突しながらピンボールのように跳ね回った。
直也「がはっ!ぐえっ!あのアマ公ぉぉぉ!!」
◆◆◆
視界が流れる。
俺は市場のメインストリートを、猛スピードで滑走していた。
人々が悲鳴を上げて避ける……はずだった。
だが、現実は違った。
ザッ。
俺が突っ込む直前、通りを歩いていた数十人の住人が、一斉に足を止めた。
そして、まるで事前に打ち合わせをしていたかのように、左右に綺麗に分かれて道を開けたのだ。
一糸乱れぬ動き。
軍隊の行進よりも正確で、そして機械的だ。
直也「……うわっ!?」
俺はその「開けられた道」を滑り抜ける。
すれ違いざま、彼らの視線が俺を追う。
首の角度が、全員同じ。
目の動きが、全員同じ。
そして、彼らの口がわずかに動き、さざ波のような声が重なった。
「「「通過します。ご注意ください」」」
数百人の声が、完全に同期していた。
感情のない、録音されたアナウンスのような声。
直也「……っ!」
背筋に悪寒が走る。
さっきのお祈りタイムと同じだ。こいつら、やっぱり中身が入ってない。
俺のために道を開けたんじゃない。「異物(俺)」が通過する際のエラー回避処理として、道を開けるプログラムが作動しただけだ。
直也「どいつもこいつも、気味が悪いんだよ……!」
リィナ「直也さん!大丈夫ですか!?」
リィナが後ろから走ってくる。彼女の目には、この異様な光景はどう映っているんだろうか。
ALMA『直也さん。前方に逃走対象「ポン太」を発見』
直也「……!」
思考を切り替える。今はあのタヌキを捕まえるのが先だ。
通りの向こう、人混みの隙間から、茶色い耳が見え隠れしている。
あいつは、この「整列した群衆」の中を、まるで水のようにすり抜けていく。
直也「逃がすかぁぁぁ!!」
俺は壁を蹴り、無理やり軌道を変えた。
摩擦ゼロの体は、慣性だけで驚くほどの速度が出る。
ポン太との距離が一気に縮まる。
ポン太「げっ!?旦那、なんであんな速ぇんだ!?」
直也「貴様が売った泥水のおかげだよ!!」
俺は手を伸ばす。
指先が、ポン太の法被に触れそうになる。
だが、その瞬間。
ポン太はニヤリと笑い、路地の行き止まりにある「ただの壁」に向かって飛び込んだ。
直也「そこは行き止まりだぞ!」
ドサッ……いや、ヌルッ。
衝突音はしなかった。
ポン太の体は、壁にぶつかることなく、壁の表面に滲むように溶け込んで消えた。
直也「は……?」
ゼピュロス「あ!タヌキが消えちゃった!」
俺は勢いを殺せず、そのまま壁に突っ込む――寸前で、ゼピュロスに首根っこを掴まれて急停止した。
直也「ぐえっ……!た、助かった……」
ゼピュロス「セーフ!ギリギリだったねー」
俺は荒い息を整えながら、ポン太が消えた壁を見た。
レンガ造りの、変哲もない壁だ。
隠し扉があるようには見えない。
だが、俺は見た。
あいつが消える瞬間、壁と空間の境界線が、一瞬だけ「白く」発光したのを。
直也「……今の、見たか?」
リィナ「はい……壁の縁が、白く光って……あの『迷いの森』の出口と同じ色でした」
直也「やっぱりな」
俺は壁に手を触れた。硬い感触がある。普通の壁だ。
だが、ポン太はここを抜けた。
あいつは隠し通路を使ったんじゃない。
この世界の「作り」の甘い部分――テクスチャの継ぎ目、あるいは処理落ちしている隙間を見つけて、そこを無理やり通ったんだ。
ALMA『推測。対象は、空間座標の「上塗り」が薄い箇所を視覚的に、あるいは本能的に識別しています。いわば、世界の「裏道」です』
直也「裏道、ね……。真っ当な道を行けば、あの気持ち悪い群衆と同じにされる。なら、俺たちが行くべきなのはそっちだ」
俺は振り返り、二人を見た。
直也「リィナちゃん。お掃除の出番だ。この壁に塗られた『壁だと思わせる化粧』を剥がしてくれ」
リィナ「えっ?壁をお掃除するんですか?」
直也「そうだ。ここには『道』があるはずなんだ。ただ、誰かが隠してるだけでな」
俺の勘が告げている。
この壁の向こうにこそ、この整いすぎた街の、本当の姿があるはずだと。
◆◆◆(中編Aパートここまで)◆◆◆
次回の更新日2月24日(火)第8話中編Bパートになります。
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