【第7話】迷いの森に、道なんてあるわけない(後編A)
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迷いの森を抜けて西へ。そう決めて進んだ結果、俺たちは「終わり」に突き当たった。
目の前の空間が歪み、世界が裏返るような感覚に襲われた。
俺たちは思わず目を閉じた。
次に目を開けた時、そこにあったのは「森」ではなかった。
「……な、なんですか、これ?」
リィナが震える声で呟く。
俺もまた、言葉を失って立ち尽くしていた。
そこには、何もなかった。
木も、草も、土も、空さえもない。
ただひたすらに、白い。
雪原のような白さではない。光の白さでもない。
絵の具を塗る前のキャンバスのような、あるいは文字が1つもない白紙のような、完全なる「無」が広がっていた。
足元を見ると、俺たちが立っている場所で、森の地面がスパッと切り取られている。
その先は、この白い虚無に続いていた。
直也「……世界が、ここで終わってる?」
背筋が粟立つ。
断崖絶壁のほうがまだマシだ。そこには「落ちる」という物理法則がある。
だが、この白さは違う。ここに進めば、落ちることもなく、ただ自分が「いなくなる」だけのような気がした。
ゼピュロス「わぁー!真っ白だー!ねぇマスター、これ雲の上かな?」
ゼピュロスだけは、この異常な光景にはしゃいでいる。彼女の辞書に「恐怖」という文字はないらしい。
直也「違う、ゼピュロス。絶対にそこへ入るなよ。戻ってこれなくなるぞ」
俺が釘を刺そうとした、その時だった。
目の前の白い虚無が、ゆっくりと蠢き始めた。
音もなく、風もなく。
ただ、白い絵の具が混ざり合うように、空間そのものが盛り上がっていく。
リィナ「直也さん……何か、出ます!」
リィナが杖を構える。
やがて、その「白」は一つの巨大な人型を形成した。
身長は五メートルほどだろうか。
目も口もない、のっぺりとした巨人の像。
その体は濃密な霧、あるいは雲のようなもので構成されており、ゆらゆらと輪郭を揺らめかせている。
ALMA『警告。前方に高密度のエネルギー反応。敵性存在と推測されます』
直也「……この先に行かせないための、番人ってわけか」
この「継ぎはぎの領域」を隠蔽し、迷い込んだ者を排除するための防衛機構。
巨人は一歩、また一歩と、音のない足音を立ててこちらへ近づいてくる。
その威圧感は、以前戦ったオークや盗賊の比ではなかった。
感情がない。殺気すらない。
ただ「邪魔なものを消す」という機能だけが、その巨体に満ちている。
ゼピュロス「でっかーい!でも、邪魔するならぶっ飛ばしちゃうよー!」
ゼピュロスが地面を蹴った。
彼女は大剣を振りかぶり、緑色の疾風となって巨人の懐へ飛び込む。
ゼピュロス「とおっ!『ゲイル・スラッシュ』!!」
渾身の一撃。
風の刃を纏った大剣が、巨人の胴体を真横に薙ぎ払った。
ズバッ!
手応えのある音が響き、巨人の胴体が上下に分断される。
ゼピュロス「やったー!一丁あがりー!」
彼女が着地し、Vサインを決める。
だが、俺の目は釘付けだった。
直也「……いや、効いてないぞ!」
斬り裂かれたはずの巨人の胴体が、霧のように揺らめいたかと思うと、瞬く間に元通りに繋がってしまったのだ。
傷跡ひとつない。ダメージを受けた様子すらない。
ゼピュロス「ええっ!?なんで!?今、絶対真っ二つにしたのに!」
ALMA『解析。対象は物理的な実体を持ちません。霧や煙を剣で切っても意味がないのと同様です』
直也「物理無効かよ……!一番厄介な相手だ!」
巨人はゼピュロスを気にする素振りも見せず、ゆっくりと腕を振り上げた。
その動きは緩慢だ。避けるのは難しくない。
だが、その腕が、近くにあった「ねじれた木」に触れた瞬間。
ジュッ。
何かが蒸発するような音がした。
直也「……っ!?」
巨人の腕が触れた部分が、ゴッソリと消滅していた。
折れたのではない。燃えたのでもない。
まるで、そこにあった絵を消しゴムで消したように、木の一部が「白い虚無」に変わっていたのだ。
リィナ「き、木が……白くなっちゃいました……」
直也「……消されたんだ」
俺は戦慄した。
あれは攻撃じゃない。
この世界にとって「不要なもの」を、強制的に白紙に戻す力だ。
もし、あれが生身の人間に触れたらどうなる?
肉が裂けるとか、骨が砕けるとか、そんな生易しいことじゃ済まない。
俺という存在そのものが、この世界から「なかったこと」にされる。
巨人はゆっくりと、だが確実に、俺たちの方へ向き直った。
俺は反射的に半歩下がった。
だが、その動きが僅かに遅かった。
白い腕の先が、俺のジャケットの裾をかすめる。
ジュッ。
布が白くなり、糸くずすら残さず消えた。
冷たい空気が肌に直接触れ、背中が一気に凍りつく。
直也「……今の、見たか。触れたら終わる」
そののっぺらぼうの顔が、無言で「消去」を宣告しているように見える。
直也「ゼピュロス!リィナ!絶対に触れるな!触られたら終わりだぞ!」
ゼピュロス「ええー!?斬っても効かないし、触っちゃダメなんて、どうすればいいのさー!」
ゼピュロスが空中に退避しながら叫ぶ。
彼女の風の魔法も、物理的な衝撃を与えるものが主だ。霧が相手では決定打にならない。
直也「待て。まず正体と“狙う対象”を掴む」
巨人が腕を伸ばしてくる。
俺たちはジリジリと後退した。
だが、後ろは「同じ景色が続く迷いの森」。前は「全てを消し去る白い巨人」。
完全に詰んでいる。
直也(考えろ……。あいつは無敵じゃないはずだ。何かしら『理屈』があるはずだ)
俺は必死に頭を回転させた。
物理が効かない。触れたものを消す。その体は霧でできている。
なら、その「霧」を構成している正体は何だ?
ただの水蒸気か?それとも、魔力そのものか?
ALMA『直也さん。対象の構成要素について、詳細なスキャンが完了しました』
直也「……報告してくれ。簡潔にな」
ALMA『肯定します。対象は生物的な実体を持たず、この空間の「空気を縛り付ける力」によって形を保っています。いわば、空間にへばりついた「頑固な汚れ」あるいは「淀み」の集合体です』
その言葉を聞いた瞬間。
俺の脳裏に、一つの突拍子もない作戦が閃いた。
直也「……汚れ?淀み?」
俺は隣にいる、最強の「清掃員」を見た。
直也「リィナちゃん。君の出番かもしれない」
リィナ「え?私ですか?」
直也「ああ。あいつは怪物じゃない。ただの『汚れ』だそうだ」
俺はニヤリと笑った。
このふざけた世界には、ふざけた理屈で対抗するしかない。
直也「ゼピュロス!戻ってこい!作戦変更だ。あいつを『掃除』するぞ!」
ゼピュロス「掃除?戦うんじゃないの?」
直也「戦うんじゃない。綺麗にするんだよ」
俺の声に、二人が顔を見合わせる。
白い虚無の淵で、俺たちの反撃が始まろうとしていた。
◆◆◆(Aパートここまで)◆◆◆
次回は2/10(火)更新、後編Bパートになります。
7話完結編です。
お楽しみに!




