最終話 サラバ!伝説の勇者よ永遠に
何も見えない。何も聞こえない。
体も動かない。声も出やしない。
ここはどこだ? 俺はどうなった?
くそっ、だめだ。何も思い出せねえ。
漠然と思った。きっと俺は、死んだのだと。
いや、死んだ、というよりも消滅した、という感じだ。
消滅した? それじゃあ、今そのことを考えてる俺はなんなんだ?
「――――さま」
そのとき、声が聞こえた。なんとなく聞き覚えがある女の声だ。
「――ージさまっ」
呼んでいるのか? この俺を。どこから? いったい誰だよ?
「リュージさまっ!」
「――るせえよ」
俺は、ゆっくり言葉を発した。
「竜司!」
「竜ちゃん!」
「竜司さん!」
「グンバリュージ!」
「うるせえっつってんだろ。耳元で大きな声出すんじゃねえ――――」
そう呟きながら、俺はそっと目を開けた。どうやら俺は、地べたに寝かされていたらしい。背中に、首都高のアスファルトの感触がある。そして周りには、さまざまな顔が心配そうに俺をのぞき込んでいるのが見えた。
小虎にチマキ、優ちゃんにオガタもいる。傍に立っているのは、エルフの魔導師の格好をした伍道か。そして、俺の手をギュッと握りしめているのは――――
「――エルミヤさん、だな」
「はいっ、リュージさま!」
丸メガネのエルフ魔女・エルミヤさんは、あふれ出る涙をぬぐおうともせず、俺の無事を知って喜びの声を上げた。
「なあ伍道、あれからいったいどうなったんだ?」
寝ている俺の傍にしゃがみこんできた伍道に、俺はたずねた。
「優ちゃんが『ドラゴンファンタジスタ』のプログラムのソースコードを書き換えて、竜に関するすべての単語を削除したんだ。それにより、ドラファンの世界にいたドラゴン種のモンスターは、乱嵐竜をはじめとしてすべて消滅、いないことになった。無論、竜の名を持つ伝説の勇者である『軍馬竜司』、お前の存在もな」
「あのとき、乱嵐竜も竜司も一緒に消えちゃったんだよ?」
「世界中で起きていたネット上の異変は、どうやら完全に収束したようです」
「でもそのあとすぐに、なぜか竜ちゃんだけ、またひょっこり出てきたんやで?」
「不思議な話っス。いったいどういうことっスか?」
女の子たちが口々に話しているところに、羽根をはばたかせながら妖精のレベリルが飛んできた。
「ねえ、ようやくわかったわ! アナタの特性が」
「リュージさまの特性って、いったいなんだったんですか?」
エルミヤさんの質問に、水晶玉をのぞき込みながらレベリルが答えた。
「ほかの誰にもない、伝説の勇者だけが持っている特性、『復活』よ」
「復活だと?」
「伝説の勇者、軍馬竜司は消えた。だが、そっくりそのまま新しい軍馬竜司として、この現世界に復活再生したってことだな」
レベリルの言葉を、伍道が補足した。
「そうなんですか! 『ドラファン』の世界では、死んでしまったら二度と生き返ることはできないというのに、すごいですリュージさま!」
そうなのか。俺がそんな特性持ちだと知っていれば、もう少し楽な戦い方もあったろうにな。
「でも、そっくりそのまま前とおんなじってわけじゃあらへんみたいやで?」
「どういうことだ?」
起き上がった俺の背中を見たチマキは、手持ちの携帯のカメラで撮影して、わざわざ見せてくれたのだ。
「りゅ、竜司! 背中の刺青が……」
「きれいさっぱり消えちゃってるっス!」
「これって、いったいどういうことなんですか? 伍道さん」
「うーむ……どうやら竜司の身体から、ドラゴンの痕跡だけが完全に消えちまったようだな。昇り竜の刺青も龍の聖痕も、存在しなかったことになったようだ。まあしゃあねえな、竜司」
「でも、いいんですか? リュージさま。大切な昇り竜が……」
「ああ、別にかまわねえよ。命が助かっただけでめっけもんだ」
かつて俺はエルミヤさんに、極道とは「生きざま」だと語ったことがある。刺青や聖痕がなくたってこれまでの、そしてこれからの俺が消えてなくなるってわけじゃねえ。むしろ、晴れ晴れとした気さえするのが妙な感じだった。
俺はゆっくりと天を仰いだ。首都高の上空には、まだ報道関係のヘリコプターが数機飛んでいるのが見える。
「さ、そろそろ帰るとするか。ニュース番組の記者たちからヒーローインタビューを受けるなんて、真っ平御免だしな」
そう言いながら立ち上がった俺は、自分自身に起こっていた「異変」にようやく気がついた。
「お、おい! ちょっと待て!」
「どうしたんですか? リュージさま」
「なんで俺、なんにも着てねえんだよ!」
乱嵐竜との戦いの前、たしかに上着とシャツを脱いだことは覚えている。だが今はズボンも靴も、パンツ一枚すら履いていないではないか。
「いえあの、リュージさまが復活されてふたたび現れたときに、なにも着ていないそのまんまの状態でいらしたので、一応そのまんまで……」
「だからって、フルチンで放置しなくてもいいじゃねえか! なんだよ、まさかあの報道ヘリから、俺の全裸が世界中にナマ配信されたってのかよ!」
どうやら俺はエルミヤさんや女の子たちにも、俺自身のすべてを余すところなく見られてしまったらしい。それを思い出しながら、彼女らは顔を赤らめて反芻しているようだった。ったく、なんてこった。
「まあまあ、そう怒るな竜司、行こうぜ」
思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえながら、伍道は自分の着ていた魔導師のコートを俺にかけてくれた。
そして、車の方へ向かおうと歩き出した俺だったが、数歩も行かないうちに自分の歩みがピタッと止まってしまった。足どころか、全身がなにかに縛りつけられたかのようにまったく動かない。
「おい! 今度はいったいなんだこりゃ?」
振り向くと、そこには信じられない光景があった。
針猫小虎、前園優、千石粽子、尾形向日葵、そしてエルミヤ・ライモン。五人の女の子たちの首から鎖が伸びていて、それぞれが素っ裸のままの俺の首と四肢をガッチリと繋いでいるのである。
「ごめんなさい、リュージさま。奴隷契約のことをみなさんに話したら、なんだか非常に興味を持たれてしまって――」
エルミヤさんは、申し訳なさそうに頭を下げた。そして他の四人も、それぞれの決意を俺に告げる。
「竜司は私の婚約者だから。絶対離れないよ!」
「竜司さん、私は二号さんでもいいんですけど」
「竜ちゃん、ウチと一緒にクルマ屋せえへん?」
「グンバリュージは本官の手で逮捕するっス!」
「というわけで、すみませんリュージさま。これからは戦闘奴隷が私を入れて五人になっちゃいますけど、今後ともよろしくお願いいたします!」
「お前ら、いいかげんにしろーーーーーーっ!」
終




