後日談 世界中の誰よりきっと大スキ
カランコロンカラン♪
「よう、待たせちまったかな、竜司」
「いや、大したぁことねえよ、伍道」
俺は針棒組の事務所の近くにあるなじみの喫茶店で、雷門伍道ことゴドゥー・ライモンと待ち合わせていた。ほんの五、六分遅れといったところだ。
伍道は舶来物のスーツに身を包み、いつものストールを首に巻いている。相変わらずの洒落者だ。奴は席に着くまえに、カウンターに立っていたマスターに軽く手を挙げてブレンドを注文した。
「どうだい、そっちはあらかた片付いたのか?」
「ああ、なんとかな。どうやらカタチになってくれそうだ」
伍道は、運ばれてきたコーヒーを啜りながら答えた。ここしばらくの間、奴はさまざまな後始末のために奔走してくれていたのだ。
「それにしても、あれからもうひと月になるのか」
「そうだな、遠い昔に感じるぜ。なあ、『伝説の勇者』さんよ」
「よせよ、もうそんなんじゃねえし」
首都高上で、俺たちが乱嵐竜との死闘を繰り広げてから一か月余り。たしかに、あれからいろいろなことがあった。
日本のみならず、世界中に起こっていたネット上の異変は、乱嵐竜の消滅とともにウソのように消え去ってしまった。
この異変の原因や経過、収束に至るまでについては、多くの研究機関の専門家や各界の有識者をはじめとする有象無象が、寄ってたかって討論激論異論反論を交わしまくったが、これといった結論の出ないまま、時間とともに忘れ去られていった。よもや、『ドラゴンファンタジスタ』というゲームに登場するモンスターが引き起こした災害である、などと看破した者はついぞ現れなかった。
「ところでよ、竜司の『戦闘奴隷』に志願した娘たちはどうなったんだっけ?」
「それを言うな伍道。思い出したくもねえ」
あのとき俺が気を失ってる間に、エルミヤさんたちに奴隷契約を勝手に結ばされた件のことだ。
あれは神従契約でなく、単なる主従契約だったから俺の一存で瞬時に解除することができた。というか、彼女たちは俺の意思なしに奴隷契約が成り立たないことを承知の上で、わざと俺と自分たちの首とを「隷属の鎖」で繋いでみせたのだろう。
まったく、しょうがねえ娘たちだ。そう思いながら俺は、正直満更でもない、といった表情を浮かべていた。まあアレはアレで、彼女たちの立派な愛情表現なのだ。
「で、針棒組は正式に、竜司が組長として継ぐんだな?」
「そうだ。俺が組長の後を引き継いで、俺が終わらせる」
俺は、静かに決意を述べた。
ライバルの泥縄組が壊滅したこと、それから時流の動向も十分に考慮した結果、任侠集団針棒組の組長・針猫権左は引退を決めた。後釜には、若頭であるこの俺・軍馬竜司が指名されて九代目の組長になったが、それと同時に江戸時代から続いた針棒組も、極道の看板を下ろすことになる。
「いいのか、竜司。ずいぶん思い切ったな」
「ああ。俺も社長ってガラじゃないが、若いヤツもがんばってるしな」
背中の昇り竜の刺青は失ったが、マルやタカをはじめとする若い衆は、針棒組の看板を下ろすことになってもなお、全員が俺についてくることを誓ってくれた。
これからは「株式会社針猫建設」として、完全に真っ当なカタギの商売をしていくことになる。土建屋の社長としての今後は苦難の道だろうが、俺には不安や心配は欠片もない。
「それで、お嬢との結婚は……?」
「いや、そいつは勘弁してもらった。小虎も今回のことで、鍛錬不足を痛感したらしくてな。シンガポールの大学を卒業した後は、世界中を回る武者修行に出るんだそうだ」
針猫小虎は人生設計を大きく書き換え、俺との結婚を先延ばしにすることを宣言した。「伝説の勇者」に見合う女になって帰ってくると言っていたが……。
「ちゃんと待っててよ竜司。浮気したら承知しないから!」
「それから、チマキちゃんはどうなった?」
「ああ、アイツんとこもすげえことになってるな」
千石粽子も、父親の達吉つあんから千石モータースを引き継いだのだが、状況は思いがけないことになっていた。例の乱嵐竜戦で、俺のハコスカの爆走が実況中継された結果、空前のレトロカーブームに火が付いたのだ。
異世界仕込みの修理魔法によって、あらゆるクラシックカーの復元を瞬時にかつ完璧にこなす千石モータースには注文が殺到し、同社の売上は百倍以上に伸びた。チマキはいずれ、あの逝鳴賭市が所有していた逝鳴金融の自社ビルも買い取ってやると息巻いている。
「なあ竜ちゃん、ウチと一緒に社長業で天下取ったろな!」
「優ちゃんは、あっちに行ったんだって?」
「そうだ。まさか、亜也子んとこなんてなあ」
前園優ちゃんは私立大学への進学を決めていたが、俺の元妻である大森亜也子にその才能と『ドラゴンファンタジスタ』への愛を大いに認められ、彼女が社長を務めるゲーム会社にチーフプランナーとして就職することとなった。荒れ放題に荒れていた『ドラファン』の運営を優ちゃん率いるチームが引き継ぎ、『2』として再スタートするのだという。
優ちゃん曰く、プログラムから「ドラゴン」の単語を消したことでドラゴンというモンスターが出なくなってしまったが、複雑怪奇に構築されているゲームシステムの関係上、今後また何かのきっかけで別のドラゴンが生まれる可能性もゼロではないらしい。
「そんなところも『ドラファン』の魅力なんですけどね!」
ちなみに、俺をボディーガードとしてほしがっていた亜也子には、伍道から影法師魔法として自由に使える魔法のアイテム、「デクノボ」という人形が贈られた。これさえあれば、俺と見た目も能力も同等のコピーを、つねに傍に侍らせておくことができると知って、亜也子は非常に満足していた(俺は、イマイチこのアイテムの名前が気に入らないが)。
「コピーの竜司くん、いいわー。私をしっかり守ってね♡」
「大丈夫だ。問題ない」
「そういや尾形ちゃんも、とんでもねえことになってるらしいな」
「ああ、マジでヤバいぜ東京の治安は」
官給品の自転車を三人乗りして、首都高を爆走する姿が全国中継された尾形向日葵。今度こそクビかと思いきや、さにあらず。世界中に巻き起こっていた、ネットの異常事態を収束させた功績が高く評価され、なんと三階級特進で警部に昇格したのだ(警視総監である、彼女の父親の意向があったかどうかは定かではない)。
当然、桜田門にある警視庁内のしかるべき部署への出向が決まったが、なぜか本人はそれを拒否。引き続いての桜町交番での勤務を希望して、上層部に大混乱を巻き起こしているらしい。ようやくオガタの世話係から解放されると思っていた先輩の嶋村紗矢香も、すっかり絶望しているとのことだ。
「今後もイチ警察官として、重要人物の監視に励むっス!」
「……………………………………(ハァ。もう泣きそう)」
「ところで、あのシャルクって野郎はどうなったんだ?」
「ああ、アイツはな……」
伍道によると、乱嵐竜にひと呑みにされた近衛騎士、エルシャルク・ウランベルについての消息はいまだわかっていないらしい。あのまま胃の中で消化されてしまったのか、それとも時空の狭間に迷い込んだのか……。だが抜け目のないヤツのことだ。「幸福招来魔法」を使用して、今でもしぶとく生き残っているような気がする。
「ついでに、彼女のことは聞かないのか?」
「なんだ?」
「とぼけるな。俺の『娘』のことだよ」
「ああ、エルミヤさんか」
あの事件があったあと、エルミヤさんことエルミヤ・ライモンは、妖精のレベリルとともに次元転移魔法で異世界へと帰っていった。今回の乱嵐竜による異変の顛末を、王都・アリアスティーンにある大王宮に正式に報告するためである。レベリルは、エルミヤさんを異変を解決した立役者として伝えることで、彼女のすべての罪が許され、故郷への帰還が叶うだろうと話していた。
「それではリュージさま! 私はこれにて失礼いたします」
と言って彼女は、わりとあっさり帰ってしまったのだった。もうちょっとこう、ほら、別れの涙とか感謝のハグとか旅立ちのキ……とかなんとかかんとかあるかと思っていたが、正直拍子抜けしてしまったことは否めない。意外とイマドキの魔女ってぇのは、そんなものなのか?
「まあ、そんなこたあいいんだよ。それより伍道、これからお前はどうするつもりなんだ?」
俺は冷めたコーヒーを飲み干しながら、伍道に言った。すると奴は黙って懐から封書を出し、俺に手渡してきた。
「なんだこりゃ。――――『退職願』だと?」
「ああ、俺なりのケジメだ。針棒組もなくなったし、竜司のことももう心配ないしな。ここらで俺も、いろいろと世の中を見て回りたいんだよ」
「――――それで、『ドラゴンファンタジスタ』の世界には?」
「まあ、あっちの方にも足を延ばすかもな。まだ決めてはいねえが」
「そうか。なら――――」
俺は、伍道の退職願をビリビリと破いた。
「お、おい、竜司!」
「気が向いた時でいい。またいつでもここに帰ってこいよ、伍道。お前のために、針猫建設の専務のイスを空けといてやるからよ」
ふっとため息をつくと、伍道は少し微笑んでうなずいた。それで、俺たちの間の意思は十分に伝わった。
「ああ、わかったよ兄弟。またな」
「それじゃ元気でな兄弟。あばよ」
どこからともなく木の杖を取り出すと、伍道の服がスーツから魔導師のローブに変わり、エルフの耳がスッと伸びた。俺たちはお互いの拳を一回だけコツンと突き合わせると、つぎの瞬間、伍道の姿が消えた。
カウンターからずっとこちらを見ていたマスターが、驚愕の目を俺に向けた。俺は少しおどけたように両手を開きながら、マスターに伝票を手渡した。
愛車を自宅マンションの駐車場に滑り込ませ、自室のドアノブに手をかけたときである。なんと、鍵が開いたままになっているではないか。
「なんだ? 誰かいるのか?」
そう言いながらLDKに入っていくと、電気までがつけっぱなしになっていた。そしてそこには――――
「ああリュージさま、お帰りなさいませ」モグモグ
ダイニングのテーブルで、玉子かけご飯を口にほおばっていたのは、由緒正しいエルフの魔法使い、エルミヤさんだった。丸メガネに幅広のとんがり帽子、おまけに黒いローブと、服装もあの時のままだ。
「……なにやってるんだ?」
「はい? ああ、ごはんいただいてますけど」
「そうじゃなくて、異世界に帰ったんじゃないのか?」
「帰ったんですけど、帰ってきたんですよ」
「どういうことだ?」
「だって、向こうには玉子かけご飯もポテトチップスもスマホもパソコンも、なーんにもないんですもの。よく考えたんですけど、私やっぱりこっちで暮らすことにしましたから。それにリュージさまも、やっぱり魔法使いの専属秘書がお傍にいたほうがいいですよね?」
「っつーか、なんで戻ってこれるんだよ。エルミヤさんは、たしかまだ次元転移魔法は……」
そう言うとエルミヤさんは、左手の薬指にはめた指輪を自慢気に見せてきた。
「それは……まさか?」
「これ、『マハラバキルの宝環』です。乱嵐竜が消滅したところから見つけました。これがあれば、今後も異世界と現世界を自由に行き来することができるんですよ! ですから私、これからもずっと――――」
そう言ってエルミヤさんは、耳まで赤くなってじっと俺を見つめてきた。本当に変わらないな、この娘は。
「ったく。…………ま、べつにいいけどよ」
「あっ、それから、リュージさま――――」
俺はエルミヤさんの肩を抱き寄せ、唇を重ねようとそっと顔を近づけた。
ピンポーン
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。オートロックのほうでなく、すぐそこのドアだ。いったいこんな時に、だれだ? 扉を開けると――――
「竜司!」 小虎じゃねえか。武者修行に旅立ったんじゃねえのかよ?
「竜ちゃん!」 チマキだな。千石モータースの経営はもういいのか?
「竜司さん!」 優ちゃんか。すっかり大人っぽくなっちまってよぉ!
「グンバリュージ!」 オガタもかよ。婦警の制服で来んなってのに!
四人の女の子たちは、俺の姿を前にすると一斉に声を上げた。
「(いい? ……せえの、)ハッピーバースデー!」
「なんだ? いったいどういうこった?」
困惑する俺を尻目に、プレゼントやら食べ物飲み物やらパーティーグッズやらを手にした彼女たちは、部屋の中へ遠慮なく上がり込んできた。すると、後ろからエルミヤさんがうれしそうに説明をはじめた。
「私、異世界で伝説の勇者・グンバリュージさまのことについて記録を調べてきたんです。そうしたら、まさしく本日がリュージさまのお誕生日だったことが判明しまして。ぜひともお祝いしようと思って、みなさんもお呼びしました!」
「そ、そうなのか?」
「はい! 今日が正真正銘、リュージさまの三十四歳のお誕生日です。おめでとうございます、リュージさま!」
こうして俺の家で、思いがけないバースデーパーティーがはじまったのだった。
え? それから、俺と「彼女」がどうなったか、だって?
……ま、それについては、また今度、な。
完




