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第9話 薄青色の幸福。

 朝、着替えとともに髪をまとめる。王妃さま付きの侍女として恥ずかしくないように、キッチリと。

 いつもは少し地味目、艶やかな木目の髪留めでまとめるのだけど、今日からは特別。

 薄青色の小さな花、トゥイーディアのあしらわれた髪留めを、箱から取り出す。

 今日の記念にと、エディルさまからいただいたもの。「幸福な愛」という花言葉のあるその花をあしらった髪留め。意味を知らないまま贈られた、たまたま偶然の代物でも、身につけることで心が弾む。

 空いた箱には、今まで使ってたものをしまっておく。長年髪になじんでいたそれは、亡き祖父母が買ってくれた大切な思い出の品。使うことはないかもしれないけど、大事に持っておきたい。


 (よしっ)


 鏡の中自分を何度も確認して、気合をいれる。

 いつもの服。代わり映えのない髪型。

 でも、その小さな薄青色の花が鏡に映るのを見ると、気持ちが浮き立ってくる。


 さあ、今日も一日頑張ろう。


*     *     *     *


 「で? デートの記念にそれを買ってもらったと」


 「え、いや、デートって言うか……、その……」


 「デートでしょ、そんなの。ラブラブそうでよかったじゃない」


 照れるわたしを、ウリウリと肘でつついてくる先輩侍女たち。右から左から小突かれて、ちょっとわたしフラフラ。


 「祖父母のお墓に参りたいだなんて……ねえ」

 「そうよね。『お嬢さんは私が幸せにします。安心してお眠りください』ってことなんじゃないの?」

 「溺愛宣言よ、溺愛っ!! 夫として、これからアンタを溺愛していく気満々よ、エディルさまはっ!!」


 「いや、それはさすがに……」


 ない……と思う。


 「わっかんないわよ~? 今夜あたりに『リリー、身も心も私の妻になってほしい』とかなんとか、そういうお誘いが来るかもよ?」

 

 (さっ、誘っ……!!)


 「そうそうっ!! 『リリー、君のすべてが欲しい』とかなんとか言われちゃたりしてね~」


 (うええええっ!!)


 「愛してるよ、リリー」

 「わたしもですわ、エディルさま♡」


 いやあああぁっ!!

 なっ、なにを演じてくれちゃってるんですかぁっ!!


 抱き合って見つめ合う先輩たちに、頭から火を噴きそう。


 「……ほらほら、アンタたち。そんなにからかったらリリーが可哀想でしょ」


 パンパンと手を叩いてその場のおかしくなった空気をただしてくれたのは、一番先輩の侍女、クレアさん。他の先輩方と一緒にわたしをからかうことはあるけど、行きすぎないように目を光らせてくれるありがたい存在。侍女頭のベネットさんからも信任厚く、わたしの尊敬する先輩。


 「ま、なんにしたって、幸せそうで良かったわ」


 「クレアさん……」


 「これでも、みんな心配してたのよ。王妃さまの命令で結婚したけど、上手くいってるのかどうか気になってたの。ほら、エディルさまってアンタのこと『レディ・フォレット』って呼んでるじゃない? 仮にであっても結婚したのに、妻に対してよそよそしくないって思ってたのよね。だから、そんな風に出かけてたって聞いて安心してるのよ」


 そっか。そんな風に気にかけてくれてたんだ。

 先輩たちのからかいに、そんな意味が含まれてると思わなかった。本音を教えてもらい、胸の奥が熱くなる。


 「それもこれも、みんな王妃さまのおかげよね。アンタたちがお似合いだって言い出しのは王妃さまだし」

 

 そう。

 わたしとエディルさま。どこをどうとったら「お似合い」なのかわかんないけど、お試しであっても結婚を勧めてくださったのは王妃さまだ。


 「一度、ちゃんとお礼を述べていたほうがいいんじゃない? わたしたち、幸せに暮らしてますよって」


 「しあわ……っ!!」


 「あら、そうでしょ? 二人仲良く街なかデートしたわけだし」


 「デッ、デートッ!! あの、いえっ、それはただお墓参りしてっ、買い物しただけっ……!!」


 「それをデートって言うのよ。最後に贈り物をするなんて。エディルさまもやるわね~」


 ……結局、クレアさんもからかってるし。

 完全に、わたしが慌てふためくのを楽しまれてる気がする。


 「ま、とにかく。一度王妃さまにお礼を申し上げておきなさい。アンタの恋愛を成就させてくれたのは、紛れもなく王妃さまなんだし」


 「そ、そうですね」


 「アンタだけだったら、一生実らずに、片想いで終わってたもんね」


 う。

 反論したくても出来ない事実。


*      *     *     *


 (でも、先輩方の言う通りよね)


 水を入れ替えたばかりの花瓶を両手で抱えて歩きながら思う。

 王妃さまがおっしゃらなかったら、わたしの恋はエディルさまに憧れたままで終わってたと思う。

 王妃さまの乳兄妹で、国王陛下の護衛騎士。かたや、庭師だった祖父が亡くなって、生活に困窮したので、情けで雇っていただいた花師兼侍女。

 身分も立場も違う相手。

 王妃さまのそばでウロチョロしてただけのわたしなんて、命じられるまでエディルさまの眼中に入ってなかっただろうし。入っていたとしても、侍女その一、その二の末端程度の認識だっただろうし。「あ、お前、いたの?」ではなく、「お前いたの?」と思ってもらったことすらない状態。


 エディルさまのことは、ずっと憧れていた。

 国王陛下の護衛騎士。

 スラッとした長身。

 黒髪、切れ長の目。端正な顔立ち。

 穏やかな気性、優し気な風貌。

 花瓶を運ぶのを手伝ってもらう以前から、わたしはずっとエディルさまに恋い焦がれていた。

 つき合いたいとか、そういうのじゃなく、ただひたすらにそのお姿を目にするだけで幸せだった。

 だから、王妃さまに結婚を命じられ、驚きと戸惑いと目のくらむような幸せが怒涛のように押し寄せてきた。「これは夢?」なんて言ってる場合じゃない。このままポックリ逝きそうなぐらいの幸せに、フワフワと身体が浮いてるような感覚だった。

 けど。

 エディルさまの、毎晩の宿直。

 夕食のあと、必ず宿直に赴かれるエディルさま。それが、わたしに遠慮してのことだと、気づかないほど愚かではない。

 王妃さまの命令で、仮とはいえ結婚してくださったエディルさま。いくら命令であっても、見ず知らずの女とともに暮らすのはまずい。そう思っていらっしゃるのだろう。官舎で暮らすわたしの代わりに、ご自身が宿直と称して王宮に詰められた。

 わたし、ご迷惑だったのかな――。

 そう思ったから、王妃さまに命令の撤回を願い出た。

 エディルさまの家を占拠してるのは申し訳ない。ゆっくりくつろいでいただけないのは心苦しい。

 けど。


 (先輩たちの言うように、あれがデートなのだとしたら――)


 後頭部で髪をまとめている、小さな青い花の飾りを意識する。

 「今日の記念に」と、エディルさまからいただいた贈り物。

 これはやはりそういうことなのかな。

 先輩たちの言う通り、期待してもいいのかな。

 淡く終わっていくはずだった恋心が、その小さな花に勇気づけられる。

 先輩たちの言う通り、今晩にどうの……ってのはさすがにありえないけど。

 でも、いつか。いつかそんな風になれるかもって思っていてもいいのかな。

 今はまだ「レディ・フォレット」だけど、いつかは「リリー」、ううん。もっと別の呼び方で呼んでもらえる日が来ることを――。


 「あの子がつけてたの、やはりアナタが贈ったものだったのね、エディル」


 花瓶を抱えたまま扉を叩こうとした手が止まる。

 この声は王妃さま?


 「ええ。ことのほか喜んでもらえたようで。相談したかいがありました。感謝いたします、妃殿下」

 

 王妃さまの軽い笑い声。会話の相手は――エディルさま?



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