第8話 街を巡る。想いもめぐる。
エディルさまと街を歩くのは、緊張するけど楽しい。
祖父母が亡くなって、王宮に上がってからというもの、ほとんど街に出かけたことがなかった。花師として必要な物を買い出しに行ったりはしたけど、それも必要最低限の用事をすませるだけで、こんな風に街を巡ったことはない。
単純に用事以外にやりたいことがなかったのと、一人で回っても面白くなかったからというのがその理由。そりゃあ、ちょっと美味しそうなお菓子を見つけたら、ちょっとお土産に買ったりはするけど、言ってしまえばその程度。
エディルさまと〈結婚〉と言う名の同居を始めても、生活に必要なものとかゴハンの材料を買うだけで、今みたいに、あっちの店こっちの店とフラフラ歩いて回ったことはなかった。
だから。
だから、とっても新鮮。
誰かと一緒に店を覗いて、あれでもないこれでもないと、品物を見て回るのがこんなに楽しいとは思わなかった。
それも、憧れのエディルさまとだもんっ!!
足元はフワフワと雲の上を歩いてるかのようだし、心臓はずっとバクバクと高鳴ってる。
ただのお買い物、アンナさんへのお礼の品を選んでるだけなのに、うれしくて楽しくて、最高に幸せな気分。
だからかしら、ついつい他の物にも目がいってしまう。普段は気にもかけないような綺麗な色のボタンとか、色とりどりのガラスで出来たランプとか。必要じゃないもの、贈り物じゃないようなものまで見てしまう。
(うわあ、メッチャ綺麗……)
「――気に入ったのですか?」
わたしが足を止めてしまったせいだろう。エディルさまから訊ねられてしまった。
「あ、いえ、別に。行きましょう」
あわてて歩きだす。
見とれてしまったのは、小さな花を集めたような意匠の髪留め。日用使いにはちょっと派手かなって思ったけど、とても綺麗でかわいかった。
(でもだからって、無駄遣いしちゃダメよね)
今使ってる髪留めが壊れたのならともかく、そうでなきゃ新しいのを買うなんて贅沢すぎる。王宮でいただくお給金が少ないわけじゃないけど、だからって、ヒョイヒョイ買い物をしていられるほどの余裕はない。
「レディ・フォレット。少し休憩しませんか?」
(しまった。買い物に夢中で、あちこち引っ張り回しちゃったかも)
エディルさまからの提案に、ズンッと肩が重くなる。つい浮かれてたくさん、歩き回っちゃった。
(殿方って、あちこち見て回るの嫌いな人、多いのよね)
先輩たちから聞いたことを思い出す。
女性は、意見を交わしながら買い物するのが好きだけど、男性は、目的の物を買ったらすぐ帰ろうとする。たまに、あれにするかこれにするか悩む男性もいるけど、その場合、目当ての物が本当に必要なのか吟味してるだけで、女性のように、あれもいいなこれもいいなをしているわけではないらしい。だから、あれも見たいこれも見たいの女性と、もういい加減飽きたの男性は、よく意見が衝突してケンカをする。
意中の男性に嫌われたくなければ、ほどほどのところで買い物を切り上げなくちゃいけないというのが、先輩たちの教訓だった。
エディルさまが今まで何も言い出さなかったのは、彼の優しさであって、「休憩を」というのは、遠回しに「いい加減にしろよ」という気持ちの表れなんだろう。
「冷たい茶を二つ」
シオシオと、エディルさまに付き従って入ったお店。明るくカワイイ印象のお店で、入るなり甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「すみません。少し用事を思い出したので、あなたはここで休んでいていただけますか?」
「あ、はい。わかりました」
わたしが席に着くなり場を外そうとするエディルさま。
そっか。
用事があったんだ。
それなのに、わたし、買い物に振り回してたんだ。
肩がさらにズゥンっと重くなる。
「アンタの連れ、恋人かい?」
しばらくして、お茶を運んできた女性に問われた。
「いえ。〈兄〉です」
「へえ、そうかい。だとしたら、妹思いのいいお兄さんだね。ほら」
お茶に続いて、コトリと卓の上に置かれた皿。
「お兄さんからの追加注文だよ。レモンケーキ。アンタの疲れがとれるように、オススメのケーキをつけてやってくれって頼まれたんだよ」
え?
エディルさまが?
わたしのためにケーキまで頼んでくださってたの?
何度もケーキと店の入口の扉を交互に見る。
用事があるっておっしゃってたのに。ここに残してくわたしのことを気遣ってくださったんだ。
いっぱい振り回したのはわたしなのに。わたしを疲れてるからって気にかけてくださったんだ。
「いいお兄さんだね」
「……はい」
申し訳ないをうれしいが上回る。
ケーキを一口頬張ると、爽やかな酸味とともに、エディルさまの優しさが体に染み渡っていく。
「あの、このケーキ、持ち帰ることは出来ますか?」
アンナさんへのお土産は、このレモンケーキにしよう。
甘さと爽やかさ、それとエディルさまの優しさを感じられるケーキ。
「街で食べて美味しかったから」という言葉を添えることもできる。
* * * *
しばらくして戻っていらっしゃったエディルさまと店を出る。
目的の物を買えたのだから、これ以上街を歩く必要はない。それに、朝から墓参りに街の散策とあちこち引っ張り回しちゃったし、エディルさまだってゆっくり休まれたいだろう。
夕飯にはまだ遠い、日も暮れてない時間だけど、家に向かって歩き出す。
「――レディ・フォレット」
どれぐらい歩いただろうか。
もう少しで官舎というところで、突然エディルさまから声をかけられ、足を止めた。
「これを、あなたに……」
少し緊張した面持ちのエディルさま。差し出されたのは、リボンのかかった小さな箱。
「その……。先日のパイのお礼に。あのパイはとても美味しかったですから」
パイのお礼?
でも、それは、このお出かけがお礼なんじゃなかったっけ。
というか。
「あんなパイぐらいでそんなっ。いくらなんでも大げさすぎますっ!!」
これじゃあパイを焼くたびに、何かしらのお礼をされてしまうことになる。
「では、今日の記念に。受け取っていただけませんか?」
「……では、頂戴いたします。開けてみても……よろしいですか?」
今日の記念と言われてしまっては、もう逃げ場がない。
エディルさまが頷かれたのを確認してからリボンを外して、箱を開ける。
「これは――」
「先程、あなたが見ていらしたものです。あなたの瞳と同じ色の花。お気に召すといいのですが……。レディ・フォレット?」
箱を開けたまま止まってしまったわたしを不審に思われたのだろう。エディルさまが、その秀麗なお顔を曇らせた。
「ありがとう……ございます」
声を震わせながら、そう言うのが精一杯だった。
小さな花を集めた意匠の髪留め。
小さな五つの花弁、薄青色の花――トゥイーディア。
花言葉は、「幸福な愛、信じあう心」。
エディルさまが花言葉をご存知だったとは思い難い。たまたまわたしが見惚れてたから、たまたまわたしの目の色と同じだったから。お礼にするのにちょうどいいと思われただけ。
それだけの理由。それだけのこと。
なのに。
「大事に……使わせて……いただきます」
目が熱くなる。
心臓がギュッと締め付けられるように苦しくなる。
まともにエディルさまを見られなくて、うつむいたままギュッと箱ごと髪留めを抱きしめる。
うれしくってどうにかなりそうなほど――泣きそうだ。




