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第3話 妻というより「妹」です。

 家を預かる主婦の朝は早い。

 日の出とともに起き出して、家事を始める。

 と言っても、用意する朝食は自分一人分だし、洗濯だってわたしのものだけ。掃除だって、エディルさまは滅多にお帰りにならないので、汚れることが少なく、そこまで手がかからない。

 どちらかといえば、一人居候させてもらってるわたしのために、自分で家事をこなしてる状態。

 一応、プライバシーの確保というか、エディルさまに寝てるところを見られたくなくて、ソファを隠すように仕切りの布を階段から吊り下げたんだけど、あまり用をなしてない。

 手早く、仕切りの内側で着替えると、朝食の準備にとりかかる。

 この日、選んだのは、目玉焼きとベーコン、それと昨日買っておいたパン。パンは、近所の美味しいパン屋さんを紹介してもらって以来、ずっとそこで購入している。

 朝食がすんだら、洗濯。

 お風呂の残り湯と、水瓶から運んだ水で踏み洗い。出来たら、裏庭にある物干し竿にかけていく。


 「あら、おはよう、リリー。今日も精が出るわね」


 「あ、おはようございます、アンナさん。今日もいい天気ですね」


 「そうねえ」


 庭に出たところで、近所の家の夫人、アンナさんと挨拶を交わす。少しふくよかな、貫禄のある体格のアンナさん。人好きのする笑顔が特徴的な女性です。


 「エディルさんは、今日も王宮で宿直かい?」


 「ええ、はい」


 「たまには帰って来てくれたらいいのにねえ。こんなに可愛い妹を放っておくだなんて。知らないうちに、下手な男に言い寄られたりしたらどうするんだろうねえ」


 頬に手をやりため息をもらすアンナさん。その憂い顔に、微妙な笑顔で返す。

 いやあ、わたしが言い寄られるなんて、万が一にもありえないし。


 「ま、なにかあったらいつでも言うんだよ」


 「はい、ありがとうございます」


 こうして気にかけてくれるご近所さんがいてくれることは心強い。さっき、朝食に食べたパンだって、アンナさんが紹介してくれたお店のもの。他にも、共同井戸の水の汲み方のコツとか、美味しくて安い卵売りのおじさんとか。家事を請け負う者として必要な情報を、彼女はいろいろと教えてくれる。


 ――はじめまして、リリーと申します。


 この家にやって来た時、共同井戸の場所とかの案内のついでに、エディルさまが紹介してくださった、ご近所の主婦の方々。皆さま、王宮に勤める騎士さまの奥さまらしく、アンナさんのように、わたしのお母さんぐらいの方が多かった。わたしと同じ世代は、どうやらここに暮らしていないみたい。


 ――まあ、かわいい奥さんだこと。

 ――エディルさんも、ようやくお嫁さんをもらう気になったんだねえ。

 

 年配の余裕というのか。

 わたしのことに興味津々なアンナさんたち。日常に訪れた変化を喜ぶように、わたしのことを楽しそうに受け入れてくれたけど。


 ――ちっ、違いますっ!! わたし、奥さんじゃありませんっ!!


 その誤解に大慌てのわたし。

 お試し夫婦として同居することになったけど、〈奥さん〉じゃないし。


 ――じゃあ、妹さんかなにかかい?


 ――はい、そうですっ!! 兄の留守を守るために、こちらでお世話になることとなりました。


 大嘘。

 エディルさまが、一瞬、「えっ」って顔をなさったけど、嘘はうまい具合に口からこぼれ出た。

 お試し夫婦なんて説明しにくいし、説明して理解してもらったところで「でもねえ……」とか言われたら辛い。夫婦を試すだなんて、普通の感覚からしたら、受け入れがたいことかもしれないし。現に、あの場で侍女頭のベネットさんは、動揺こそしなかったけど、あまり良い顔はしてなかった。王妃さまの提案だから反対はしないが、快くは思ってなかったんだろう。

 それに、半年経って上手くいかなかったら別れる関係だし。下手に〈夫婦〉ってことにして、「奥さんはどうしたんだい?」ってことになったら、説明がややこしい。それなら、期間限定で訪れてる〈妹〉のがマシ。別れた後も、「あの子は実家に帰りました」ってことにすれば問題ない。エディルさまが本当に好きな方を連れてくるようになっても、わたしのことで煩わされることもない。


 (さて、と)


 洗濯物も干し終え、軽く背を反らしてのびをする。

 後は、軽く掃除をして、それから王宮へ出仕。

 雲一つない空。

 今日は、洗濯物がよく乾くだろう。


*     *     *     *


 「――で!? アンタ、ホントに何もないわけ?」


 いつものように出仕した王宮。そこで先輩侍女たちに、新婚生活(仮)についての冷やかし質問攻撃を受ける。

 

 「なにもありませんよぉ。エディルさま、ずっと王宮に詰めていらっしゃいますし」


 グイグイと肘で小突かれ、抱えた花瓶を必死に守る。落としたら一大事だ。


 「そんなこと言っても、たまには帰ってくるんでしょ?」


 「帰ってはいらっしゃいますけど……。一緒に夕食を召し上がってくださるだけで、すぐに王宮に戻られてしまいますから」


 エディルさまは、夕刻になると家に帰ってくるものの、食事を終えると王宮に戻られてしまう。国王陛下の身辺警護を任されているのだから、仕方ないと言えばそうなんだけど。


 (まるで、家のことを確認するためだけにお帰りになってるみたい)


 わたしが、家で不自由をしてないか。もしくは、わたしが家でおかしなことをしてないか。


 エディルさまの性格なら、「疑い、不安」で見張るというより、「危なっかしくて心配」のほうが強いんだろう。心配だから、帰ってくる。大丈夫か、様子を身に帰ってくる。忙しくても、そうしてわたしを気にかけてくださるあたり、やはり心お優しい方なんだと思う。


 (やっぱそのあたり、どこか保護者然としてるのよね)


 〈妹〉とアンナさんたちに説明したけど、あながち間違ってないのかもしれない。心配され、不安に思われるあたり、〈妻〉というより、保護される〈妹〉のほうが近い気がする。


 「――レディ・フォレット」


 「あ、エディルさま」


 ウワサをすればなんとやら。

 キャイキャイとじゃれ合うように話してたわたしたちの前に、エディルさま。剣を佩き、騎士服をまとったその姿は、何度見ても凛々しすぎる。


 「今日も、宿直ですか?」


 「ああ。夕飯だけは食べに戻る」


 「そうですか。では、わたしは先に帰って、準備をしておりますね」


 「すまない」


 短い会話。

 でも、わざわざわたしの所に、今後の予定を伝えに来てくださるなんて、やはり、面倒見がいいというのか、細やかな心配りができるというのか。


 (外見だけじゃなくって、そういうところもステキなのよね~)


 (仮)夫、(仮)兄の後ろ姿をウットリした気分で見送る。わざわざ、それだけのことを伝えに来てくださったことがスゴクうれしい。


 「レディ・フォレット……ねえ」


 「……ねえ」


 「ないわ、あれは」


 「そうねえ」


 わたしの背後で大げさに吐き出されたため息。

 ため息とともに、悔しそうに銅貨を出す先輩と、うれしそうに受け取る先輩がいたことを、わたしは知らなかった。



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