第4話 花束には愛をこめて。
切れ味のいい、清潔なハサミを用意する。それから、広めの器に入れた水に花の茎を浸し、元あった切り口より指の第一関節分ぐらい上で斜めに切る。バラやアジサイなどは、切り口から白い綿のようなものが見えるので、それを取り除く。切り口から白い樹液が出る花もあるので、その場合はキレイに取り除き、水を吸い上げやすいようにしてあげる。
枝ものは、縦に切り込みを入れて水に接する面を増やすと水をよく吸収するようになる。
水に葉っぱが浸かっていると傷みやすいので、下の方の葉っぱは取り除いておく。
ラナンキュラスやチューリップなどの球根植物は、水が濁りやすいので、こまめに水を変えるようにする。水位も、他の植物より少な目で。
どれだけ気をつけていても、飾って数日もすれば花に元気がなくなる。
切り戻して元気を取り戻すことはできるけど、それでもやはり限界があって。最初は大きめの花瓶で楽しめた花も、最後は首にちょっとだけ茎がついてるだけになったりする。そうなったら、小さなカップのような器に浮かべればいいし、バラのような香りのいい花なら、ポプリにしてもいい。
いずれにしたって、花は最後まで楽しめるし、キチンとお世話すれば、長く咲き誇ってくれる。
「ところで。エディルとはうまくいってる?」
「え!? は!? ええっ!?」
花の手入れをしていたわたしにかかった、王妃さまの言葉。
「エディルったら、『同居いたしましたー』って報告はしてくれたけど、それ以上は何にも話してくれなくって」
「……はあ」
「で!? どうなの!? エディルとの同居は。うまくいってる!?」
興味津々な王妃さま。ぐいっとソファからこちらへ、身を乗り出してくる。
「あ、はい。うまく行ってると言えば、まあ、……はい」
「キスとか、したの!?」
「うええええっ!? キッ、キスッ!?」
ワタワタするわたし。あやうく、花が首のところで切り取られて、人生を強制終了させられるところだった。
王妃さまの後ろで、侍女頭のベネットさんが「ンンッ」と軽く咳ばらいをした。
「そうよ~、一緒に暮らしてるんだから、そういうの、ないの?」
ベネットさんの咳払い、効果ナシ。
王妃さま、恋愛談義、やめる気ナシ。
「ありませんよ、そういうのはっ!! 普通に暮らしてるだけです」
「なーんだ。つまんないの」
深くソファに身を沈めた王妃さま。「なーんだ」って。「つまんない」って。やっぱりわたしとエディルさまをからかって、遊んでたんじゃ……。
「……やはりこの結婚、なかったことにして――」
「アリスッ!!」
バァンッ!!と勢いよく開かれた扉。
花鋏を手に、意を決して話し出したわたしの声に被さった、別の声。
「まあ、陛下」
「時間が出来たのでな。会いに来た」
小さな花束を手に、入ってきたのは国王陛下。足早に近づいてくると、王妃さまの前で膝を折り、花束を差し出す。
「まあ、ありがとうございます、陛下」
ちょっとだらしなくソファに沈み込んでいた王妃さまが、いつの間にか背を伸ばして気品漂う座り方になっていた。陛下から贈られた花束の香りを嗅ぐその姿は、まさしく〈愛され貴婦人〉。
渡された花束は、バラみたいな派手なものだけじゃなく、ラベンダーとかセージとか、ちょっと控え目だけど、キレイ目の花も一緒に構成されていた。ミントやラムズイヤーなんかの葉も使って、ちょっと手の込んだ〈タッジー・マッジー〉。ゼラニウムやカモミールなど、香りのいい花も混ぜてあるあたり、かなりセンスがいい。
庭師さんが作ったんだろうか。
バラの花言葉は、「アナタを愛しています」。
ラベンダーの花言葉は、「献身的な愛」。
セージの花言葉は、「幸せな家庭」。
ゼラニウムの花言葉は、「君ありて幸福」。
色とか香りだけじゃなく、そのあたりにも配慮して作ったのなら、かなりのものだと思う。
(でもそれなら、千日紅とかミニバラも入れたいわね~)
千日紅は、「色褪せぬ愛」。ミニバラは、「果てなき愛」。
どちらもこのご夫婦に相応しい気がする。
「どうだろう。今日は天気もいいことだし、庭で一緒に茶でも飲まないか? ちょうど今、庭の花が見ごろなんだそうだ」
「ええ、喜んで。陛下」
王妃さまが立ち上がり、陛下の腕に手を絡ませる。花を観に行くなら、花を持ってこなくてもいいのに……なんて野暮なことを思ってはいけない。
庭で花に囲まれた王妃さまも素晴らしいだろうけど、小さな花束を手にほほ笑まれる王妃さまも趣があってお美しい。
(ホント、絵になるなあ)
さっきまで、人の恋愛(というか夫婦生活)をネタに楽しんでいらした王妃さまだけど、陛下と並んでいらっしゃるお姿は、完璧なまでにお美しく、愛らしい。陛下も、美丈夫な方なので、お二人が一緒にいらっしゃるだけで、「ほぅ……」と、ウットリため息しか出てこない。
「リリー、この花、お願いね」
「あっ、はいっ!!」
部屋を出ていく直前、王妃さまから花束を預けられる。そうだ、ウットリ見てるんじゃなくって、わたし、お花の世話をしなくちゃいけないんだった。
「リリー? するとお前が、あのエディルの……」
王妃さまと並んで歩いていた陛下が足を止め、こちらを見た。
「あ、はいっ!! エディルさまのお宅でごやっかいになってます。リリー・フォレットと申すますっ!!」
あ、噛んだ。
「そうか。お前が、あのエディルの……。話は聞いているぞ。エディルと一緒に暮らしてるそうだな」
「はいっ!!」
「なかなか気難しいヤツだが、よろしく頼む。一見、堅物に見えるが、あれで意外と甘いところもあってな。惚れた相手にはトコトン尽くすタイプだ」
え!? そうなの!?
「それとな、これは実は秘密なんだが――」
「――陛下」
こそっとわたしに耳打ちしようとした陛下に声がかかる。
「くだらないことを話すヒマがあるようでしたら、執務室に大臣をお呼びいたしますが? 妃殿下と過ごしたいとおっしゃって、無理矢理時間を設けたのはどなたでしたか」
え!? あ!? エディルさま!?
思わず、陛下のお話しに身を乗り出しかけてたわたし。陛下の舌打ち直前のお顔と、ムスッとしたエディルさまのお顔に、小さく首をすくめた。
「陛下、そんな貴重なお時間なのでしたら、早く庭に参りましょう?」
「あ、ああ。そうだな、行こう」
場をサラッと和ませるように、王妃さまが陛下にほほ笑みかける。陛下も、これ以上エディルさまに何か言われたくないのか、渡りに船とばかりに、王妃さまの提案に乗って歩き出す。
そのお二人の後ろ姿を見送るわたし……と、エディルさま。――気まずい。
(っていうか、いつからエディルさま、いたの?)
ぜんっぜん気がつかなかった。
でも、冷静に考えたら、エディルさまは国王陛下付きの護衛騎士なんだもん。すぐおそばにいたっておかしくないのよね。護衛だから、喋ったりしないし、気配を感じさせないようにしてるけど、いつだって陛下のそばで、御身を守るために付いてるわけなんだし。颯爽とした陛下の登場に目がいって気づかなかっただけで、多分、ずっとそばに立っていたんだろう。
(ってことは、もしかして、さっきの会話、聞かれてた?)
わたしが、「結婚をなかったことにしてほしい」と言ったこと。陛下の登場で、ちょっと尻切れ気味になっちゃったけど、「なかったことに~」って部分はちゃんと声に出して言ったし。言っちゃったし。
ドサクサに紛れて聞こえてなかった、聞かれてなかったのならいいんだけど。
(大丈夫……かな?)
おそるおそる、隣に立つエディルさまを見上げる。
――怒ってる? 悲しんでる? 喜んでる? それとも、傷ついてる?
陛下たちを見送って、軽くため息を吐き出されたことはわかるけど、完璧な騎士としての顔を崩さないその姿からは、感情を読み取ることはできない。
「……女性は、そのようなものを貰うとうれしいのでしょうか?」
へ?
「毎回のように、陛下が用意させてる花束ですが。ご迷惑ではないですか?」
え? ああ、これのことか。
一瞬、わからなかった、エディルさまのおっしゃってること。
「そうですね。一概には言えませんが、それでも、好きな方から頂いて嫌がる女性はいないと思いますよ」
キョトンとしていた感情が、戻ってくる。
「花じゃなくてもなんだって、自分を想って贈り物を用意してくださったのだとしたら、うれしいと思います」
手にしていた花束に視線を落とす。
別にその辺に咲いてた花一輪でもかまわない。「似合うだろうな~」とか、「こういうの好きそうだよな~」とか思って用意してくれたのなら、なんだってうれしい。うれしいのはその物じゃなく、それを見て自分のことを想ってくれた気持ちのほう。物にこもった想いがじんわりと伝わってくるようで、幸せな気分になれる。
「そういうものなのですね」
「はい。ですから、こうして陛下が王妃さまに贈り物をなさることを、迷惑だなんて思ったことはありませんよ」
「迷惑」という発想すらなかった。
自分の主が相思相愛で幸せそうにしてるのを見るのは喜ばしいことだし、こうしていろんな花に触れるのは、王妃さま付き侍女兼花師としてうれしいかぎりだ。
「そうですか。ならよかったです。陛下が妃殿下を大事になさるのはよいことですが、花の贈りすぎで、アナタの迷惑になってないか心配だったんです」
言って、わずかに口角を緩めたエディルさま。
うわあ、メッチャ珍しい貴重な笑顔っ!!
「いただいた花をどう飾るか、それが花師として腕の見せ所ですのでっ!!」
そう答えるのが精一杯。
エディルさま、その笑顔、反則すぎますっ!!




